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「湖畔特急」夜を往く [たびの空]

スリーピー・ホローがウトウト寝てるアパラチア山脈は、アルプスやらヒマラヤに比べりゃ「山脈」と言うのも失礼なノンビリした丘の集まりなんだけど、高低差に極端に弱い鉄路とすれば突破するのは難事業。シカゴを発ちピッツバーグからワシントンDCに向けての山越えの様子は、去る5月の北米大陸横断たびの空後半編でご紹介した通り。
http://blog.so-net.ne.jp/yakupen/archive/20070518
じゃ、NYからシカゴに向かうとなるとどーするか。なんのことはない、ハドソン河を延々遡り、エリー運河に沿ってエリー湖まで届き、エリー湖の南西岸を走ってアパラチア山脈をぐるりと北に巻き、そっから真っ直ぐミシガン湖までの平らな地面を突っ走ることになる。我らがLake Shore Limited、即ち「湖畔特急」はネイティブ・アメリカンも歩いたこんな路線で夜を抜けるのであーる。

さても、NYシティでのお勉強付けの1週間を終えたうちの奥さんは、じゃあまたね、と全米のミュージック・キャリア・デベロプメント・オフィサーズの同僚達にバイバイし、昨日午後4時、マジソン・スクエア・ガーデン下、またの名をUSゴジラの卵産卵地の横を出発。夜行シカゴ往き「湖畔特急」に乗り込むのであーる。

春のようなキチガイ陽気も、どうやら西から迫る猛烈なストームが過ぎればオシマイ。また厳冬に逆戻りらしいけど、わしらはもーしらん。地下のペン駅を出て大きく右に曲がり、さても延々とハドソン河に沿って上って参ります。天気が良ければ、不良銀行員永井荷風が週末に女連れで遊んだハドソン渓谷の景勝地の向こうに日が沈む筈なんだけど、曇り空のどんよりした夕方。ワシントン橋の辺りに川霧が上がり、遙か大西洋に向けて流れてる。春のような、不思議な風景。

車窓には、それこそハドソン・リバー派の風景画まんまの世界が、あの大都市から1時間も走らないで展開する。自然は人間を暖かく迎え入れてくれるものじゃなく、あくまでも人を拒絶する他者。こんな猛烈な寂しさの中で生きていかねばならぬ連中だからこそ、いつも他人に声をかけ、コミュニティを意識的につくり、「文化」を叫ぶ。のんびりと母なる自然に抱かれて常春に暮らしてられるマリネラとはまるで違ってさ。

どんなに間違って暖かくても、エピファニーがあけたばかりの週。午後5時を過ぎれば真っ暗で、ボストンからの接続列車がやってくるアルバニー駅はもうすっかり夜の帳。

ハドソン河をやっと越えて大きく左に曲がり、今度はエリー運河に沿って延々と進む。この辺り、廃工場マニアなら悶絶必至の風景が続くんだけど、アムステルダム、ローマって、いったいここは世界のどこじゃい、と頭がクルクルしてくるような駅名が車窓に眺められるだけで、あとは真っ暗。東海岸仕様アムトラック長距離車は、保線の悪さにひっくり返りそうな不安を乗客に与えつつ、夜をぶっ飛ばす。シラクサ、じゃなくて、秋山さんが長い間音楽監督を務めていたシラキュースは真夜中。

この辺りからは、ブダペストQのミッシャが隠居し、若き高橋悠治が留学しケージのピアノ協奏曲を録音し、そして我らが大植えーちゃんが副指揮者としてキャリアの第一歩を踏み出したバッファロー、はたまたえーちゃんファンの聖地エリー、NJPを辞めてヴィーン国立歌劇場オケで1年吹いてた杉山さんが首席チューバで就職したクリーブランドと、しっかり目を覚ましていたい場所が続くが…ねてもーた。「湖畔特急」の最景勝地エリー湖畔はぜーんぶ夜の中。

目を覚ませば、もうクリーブランドも遙かに過ぎ、朝も7時に近いというのに、大西洋時間の一番西はずれに近付いているだけあって、周囲は真っ暗。やがて見えてきた林や藪は、数日前からの季節はずれの大雨でまるで洪水にあったよう。

さても、中部時間帯に突入にし携帯電話の時間表示が勝手に1時間戻るのを眺めたら、シカゴまでもうひとっ走り。 マイケル・ジャクソンが「パン!オチャ!シュクチョク!」と叫びながら生まれてきたUSスチールの煙たなびくゲイリーの街は、今もまるで「ブレードランナー」の宇宙が広がる。

かくて午前10時10分、「湖畔特急」は18時間の旅を無事に終え、シカゴ・ユニオン駅に到着。たった20分の遅れなんて、アムトラックならば定時到着じゃあありませんか!パチパチパチぃ!

こんなのなんぼのもんじゃい、と涼しい顔の機関車にバイバイして出てくると、運河の向こうにシカゴ・リリック・オペラのアールデコなビルが聳えてる。ここに寄った理由は…そう、去る6月に遙か大西洋向こうの運河の街でヨーロッパ初演を見物した「ドクター・アトミック」の中西部初演を見物するためです。http://blog.so-net.ne.jp/yakupen/archive/20070630
なんせ家の嫁さん、一応、田舎はヒロシマなもんでね。


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