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さらば野生カポック [葛飾慕情]

何の因果か30年ぶりに住民票を大川どころか荒川放水路東の新開地葛飾に移すことになり、それどころか「家の手入れ」などという自分には生涯無縁と信じていたことまでせねばならず、案外と次々に雑用が出てくるものであーる。この数日、通常業務を淡々とこなしつつ、葛飾セーフハウスでのこの夏最後の日々を過ごすことになってるのは、植木屋さんを待つため。

ええ、何だか知らぬが親父がここに土地を買って家と仕事場を建てた1960年代終わり頃から、この土地には柿の木が1本ついてました。こういうのが法律的になんの意味があるか、全然判らないのだけど、ともかく、あって、その柿の木を自宅玄関や仕事場の横に来るように家を建てた。別に由緒がある木だったとも思えず、晩秋に美味しい実をタップリつけることもなく、死んだお袋がどんな荒技を行おうが頑として細長く堅く、ヒヨドリだって喜ばないような渋柿しかつけぬ。秋ともなれば前の工場の車が枝を引っかけて葉っぱやら渋柿をゴッソリ道に落とし、台風が来ればもう周囲にでかいばかりの落ち葉を吹き飛ばしまくる。

とはいえ、流石に40年を過ぎて6メートルクラス(今、植木屋さんが仰ったところによれば)ともなると、なかなか切るという気にもなれぬ。親父が死ぬ前に「切っちまうか」と言ってたけど、まあ、いいんじゃないの、あれはあれで「工場の向こうの柿の木のある家」と目印になってるわけだからさ、なんて申しておった。

だって、自分が管理するなんて、思ったこともなかったもんさ。

ところがまあ、ここセーフハウスの管理をすることになり、この柿の木がひとつ問題となる。なんせ、来週から10月頭まで、バンフ→ミュンヘン→関西→オースティン(まだ連絡してないいいいいい!)→ソウル、と6週間の間に動き回るわけで、その間、成田から乗り継ぎのために東京1泊で葛飾まで戻る、って日があるくらい。当然ながら柿の葉落としやら掃除やら、してる暇などない。このままではお隣さんにゴッソリとメープルシロップ買ってくるしかないぞぉ、って状況。

んで、慌てて、出発前に植木屋さんをお願いしたわけです。

さても、先程プロの眼で眺めてもらったところ、どうやら敵は柿だけではないという。柿の木の下に、カポックなる元観葉植物の野生化したものが生え茂っているという。

インドネシアとかが原産で、東南アジアや南米でデカイ樹になってるというこの植物、流石にいかな東南アジア化しつつある日本列島といえど数メートルクラスの大木になるには至らず、でも柿の木の下に置いてあった鉢を自らぶち割り、人の高さを超えるくらいの大きさには成長している。困るのは柿の木のお陰で上に伸びず、道路の方に生い茂り、家の方の玄関前に繁茂していること。
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なんせ小生、このカポック君の生命力のお陰で、この家を引き継いでからずっと自宅玄関は封鎖状態、親父の旧仕事場の出入り口から入ってる有様。

植物最強、でんがな。

とにもかくにも、なんでもいいからこの秋に向けて世界のあちこちで遥か日本列島は葛飾の柿の葉掃除のことを考えなくても済むようにしておくんなせぇ、と職人さんにお願いし、目の前でバッサンバンサンやってもらってる次第。

植物の強さって、ダメそうだとあっさり負けを認め、これはいけるとちょっとでも思うと勢い込んで生い茂る、って判断力(?)の適切さというか、見切りの良さというか、なんだよなぁ。

このカポック、311数日後に水元公園から金町浄水場にセシウムを降らせた雨をしっかり浴びてる筈。それからずっと生きてる葉もあることだろう。それを考えると、滅び行く日本国が後の人類文明に手渡せる貴重な実験データとして残しておきたい気もしないでもないが…まあ、そういうわけにもいくまいて。

この樹齢半世紀の柿の木も、あの日に自然には存在しない訳の分からぬ放射性物質を浴び、吸い込んでいる。そう、もしかしたら、わしらがガキだった頃、「中国がゴビ砂漠で核実験をしたので、この雨に当たらないように」とテレビが盛んにまくし立て、「わあ、この雨にあたるとはげるぞぉ!」とはしゃぎながら小学校から走って帰ってきたときに、似たようなものをもう浴びていたのかもしれないけどさ。葉っぱの成分をきっちり分析してもらえば、絶対に訳の分からぬものが出るんだろうなぁ。

知らないから、平気な顔をして生きていける。ここだって、フクシマと変わらない。

いろんなもんを浴びまくってるから渋柿なのだ、なんて話は聞いたことありませんっ!

カポックに セシウム積もり 時積もり

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