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49回目の就眠音楽 [演奏家]

冬至に向け昼が短くなっていく最後の日たる本日師走20日午後、上野は東京文化会館小ホールで、年末恒例の「小林道夫《ゴールドベルク変奏曲》演奏会」が開催されましたです。
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今年で49回目を迎えるこの演奏会、始まった頃はどこでやっていたか良く知らぬのだけど、ともかく主催者の故小尾マネージャーとの関係が深かった津田ホールが出来てからは千駄ヶ谷で行われていて、幻の五輪を前に津田ホールが廃館となってからは上野に戻っていた。

道夫先生と小尾マネージャーが二人三脚でやってきた、というか、なんせ自分で何かをやりたいと仰る方ではないので、小尾さんが尻を押すような形で始まり、ここまで続いてきた企画。誰が言っていたのか記憶は定かではないのだけど、「まあ、50回まではやりましょうか」という話だったとのこと。そしたら、コロナ禍の真っ只中で小尾マネージャーが齢90で大往生なさり
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2020-07-29
道夫先生としても、小尾さんも先に逝っちゃったし、今年はコロナだしもういいんじゃないですかね、という感じだったそうだけど、ま、なんのかんのでやることになった。どうやら来年まではおやりになるつもりらしいです…が、ま、どうなるかは誰も知りません。ご本人含めて。

三密回避にはしていない会場を埋めるのは、道夫先生や小尾さんと一緒に年を重ねてきた熟年ファンが殆どだけど、お弟子さんというわけでもなかろうに、若い人の姿も少しは見受けられる。足取りはおぼつかないということはないものの、バリアフリーという意味では最悪のあの文化小ホールの楽屋ともいえない舞台裏から足下を確かめるように出てくる道夫先生は、チェンバロの前にちょこんとお座りになり、譜面を眺め、淡々とアリアを弾き始める。

グールド流のデジタルサウンド先取りみたいな音楽では勿論なく、今時の若い指まわりバリバリのアクロバットでもなく、古楽サウンド一般化以降のあれやこれや作品の構造や声部の入れ替えをこれ見よがしに強調する意識高い系でもなく…淡々と、としか言いようのない音楽。短調の変奏で前半を終えて、20分の休みを挟み、始まった後半も劇的な盛り上げの欠片もない。そんな時間の流れとはいえ、後半二つ目の短調の変奏を終え、若いバリバリくんたちがクライマックスに向け大いに盛り上げていくオシマイの辺りの変奏では、何をするでもないのに自然と音楽の内容が無性に濃くなっていくのは、いかにもこの賢人らしいところ。

長い時間をいろんな姿形で過ごし、やっと戻ってくるアリアだって、「俺は大変な旅をしてきたぞ」って人生を回顧する空気を醸し出すとか、コロナの年を振り返るとか、無論、小尾さんとの過去を懐かしむとか、そんなロマンティックな思い入れは一切無し。さて、また頭からやりましょうかね、って素っ気なさに、全曲が終了。アンコールにBWV698の短いコラールを弾いて、はいオシマイ。舞台の上から「最期のマネージャー」への追悼の言葉があるわけでもなく、冬至イブの日が暮れかかる中に、人々は上野の杜を去って行くのであった。

終演後、実質上事務所を継いだ「ポスト最期のマネージャー」氏と立ち話していると、サイン会もなければ集まって喋るのもはばかられるコロナ時代のロビーからはさっさと人影が消える。と、楽屋扉からそっと道夫先生が出てきて、目立たぬように待っていた小尾未亡人と談笑なさってます。
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いろんな人が去って行った2020年、いろんなことがあった筈なのに、この湯布院町在住の老賢人の奏でる音楽は、ひたすらに音楽でしかない。弾けば弾く程、極めれば極める程、先が見えなくなるのが音楽でねぇ、と仰ってるような。

クリスマス翌日には、名古屋は宗次でもういちどお弾きになるそうです。闇が最も深いときを挟み、また日が長くなり始め、もう一度、30の変奏が始まる。
https://munetsuguhall.com/performance/general/entry-2081.html

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