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今更ながらにイェルサレムQのこと [弦楽四重奏]

去る日曜日午後から溜池で始まっている夏のお庭恒例の中堅実力派団体に拠る(長老団体の年が一度だけあったけど)ベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏会シリーズ、1993年だか結成で創設メンバーが3人も生き残っていて、最も新しい若手ヴィオラ君になってから既に11シーズン目というイェルサレムQが安定の演奏を繰り広げ、既に本日で中日の3日目となりました。
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連日、「初期+中期+後期」って滅茶苦茶判りやすい、ある意味でもうどーにでもなれ、って感じのプログラミングで展開、作品18と《ラズモフスキー》は無事に2曲を終え、なかなか微妙な並べ方をしてきた後期も作品127の初日に続き昨日は意外にも作品130+大フーガを持ってきた。じゃあ本日は作品18の3と、《ラズモ》3番と、それに作品131なのかなぁ、と思ったら、全然違うぞ。うううむ…

そんな演奏順の意図をあれやこれや探る楽しみを含め、なかなか壮大な娯楽となっているサイクルであります。客席はまだまだ空いているのだけど、入場者数制限の売り止めなのかもしれないので、皆さん、今晩は溜池にいらっしゃい、と気楽に言えないのが残念。当日券が出ているのか、ご関心の向きはホールのチケットセンターに問い合わせてくださいな。スイマセン。

さても、そんなイェルサレムQでありますが、ぶっちゃけ、ホントに公演が出来るか判らない情勢だったこともあってか、過去の溜池夏祭りで展開されたような事前広報が成されてはおりません。これはもう、広報担当者自らちゃんと判ってるわけで、誰を非難しても仕方ない。やれて良かったね、とみんなで慰め合うしかないコロナ禍ですっかりお馴染みとなった風景ですな。

公式のホームページにも、いつもならば参加団体が力の入ったコメントやらヴィデオクリップやらをアップするわけですが、そういうことも不可能だったし、なによりも団体の基本的な紹介もそれほどはない。なんせこの団体、2004年の秋にもの凄く気に入ったテレビマンユニオンの伝説のプロデューサー大原れいこさんの肝いりで来日し、大原美術館の倉敷コンサートなどにも出演したわけですが、その後は創設メンバーでは2007年だかに来て、それからずーっと日本には来ていなかった。やくぺん先生ったら、余りにも来ないんでメンバー交代後の音を知りたくて厳冬の釜山のアホみたいにデカいホールにまで行ったりした記憶があるなぁ。ともかく寒い会場だったという記憶ばかりが…
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2013-01-26
その後もパリのビエンナーレなどでは聴いているものの、それほど熱心にお付き合いしていたわけでもなく、やっと一昨日昨日の《ラズモ》2曲と、なによりも昨日の作品130を聴いて、「ああああなるほどねぇ、こういう人達なのね」と膝をポンと叩いた、という情けなさであります。まさかまさか、冷静に考えればそうなんだけど、「21世紀の北米時代ブダペストQ」だったとはなぁ。敢えて断言しますが、21世紀20年代の今、世界の現役団体で、あのような「2000席のホールに隅々まで響き渡らせるためのピアニッシモ」を作る団体は、恐らく、他にないんじゃないかしら。世間の顰蹙を買うこと百も承知で言えば、やってる音楽の中身含め、ブルーローズじゃなくてサントリー大ホールで聴くべき団体です。こういう団体って、まだこの地球上にあるんだなあ!

って、吃驚呆れている午後、遙かレッジョエミリアからはこんなとんでもない話が伝わってきて
https://www.premioborciani.it/en/eventi/giorno-3-2/
何があったのか、最初のラウンドは弾けた団体が二度目のステージを前に隔離になったって、陽性反応が誰かに出ちゃったってことかい、おいおいおい、裏方などPCR再検査必至だろーに、ともの凄く心配になってくるぞ。

もといもとい。で、イェルサレムQです。この団体について、2010年に創設ヴィオラがベルリンフィルの首席ヴィオラに栄転して、逆にベルリンフィルやら東西詩譚管にいたヴィオラが加わった頃から、それまでに行っていた広報の仕方をすべて切り替えて、若手団体の広報から、今更団体についての説明は不要な成熟した団体の広報のやり方になった。ンで、今回も「イェルサレムQとはどういう由来の団体なのか」という広報は全くなされてません。

そんなわけで、一昨日から本番に接している皆々様に情報を提供する、というお節介な無責任勝手連で、やくぺん先生の人間体がこの団体の初来日のときに大原さんからの依頼で書いた紹介文を以下にまんま貼り付けます。正直、なんの媒体に書いたかはまるっきり記憶がありません。ハードディスクの過去原稿ファイルを検索して出てきたもの、そのまんまです。では、どーぞ。繰り返しますが、2004年夏に書いた旧稿ですので、ヴィオラ奏者は今とは違ってます。

※※※※※

弦の国から~イェルサレムQあれこれ

◆主要コンクールを経験せずに
 音楽ジャーナリストとして弦楽四重奏を中心テーマとしているので、世界にさほど数が多くない弦楽四重奏の国際コンクールに可能な限り顔を出している。弦楽四重奏の世界は狭く、バンフ、ロンドン(旧ボーツマス)、ボルチアーニ、ボルドー(旧エヴィアン)、ミュンヘン、メルボルン、大阪などの主要国際コンクールのどれをも経験せずに世界マーケットに乗った団体など、1990年代以降、恐らくはひとつとしてなかろう。
 が、正直にいうと、筆者はイェルサレム弦楽四重奏団をライブで聴いたことがない。
 そもそも、オーケストラのコンサートマスターや首席奏者などの安定した地位を狙えるほど腕達者で、敢えて弦楽四重奏などという金にならぬ代物に青春を捧げようとする酔狂な奴らなど、この世にそれほどはいない。それゆえか、室内楽のコンクールは、ピアノやヴァイオリンのそれとまるで性格が異なるのだ。国際コンクール会場は、あっちを向いてもこっちを見ても、どこかで見たような顔ばかり。受ける連中は顔見知りで、顔ぶれだけで相手の水準もだいたい判っている。ある時点を過ぎると、若手の室内楽志望者が総員勢揃いしたフェスティバルのような雰囲気が流れる。なんとも不思議な場所なのだ。
 イェルサレムQは、そんな主要コンクールを経験していない希有の存在だ。本当のエリート。事情がどうあれ、この事実だけでも充分に注目すべき団体なのである。

◆なぜイスラエルから若手団体が出ないか
 というわけで、イェルサレムQはとても気になっていた。EMIのデビューシリーズでディスクが出たときも、イスラエルからこんなに若い、それも男ばかりの常設弦楽四重奏団が生まれられるなんて、到底信じられなかった。なにしろ常時戦時下のあの国には徴兵制度というものがあり、余程特別な理由がない限り若者は兵役を逃れられない。若い室内楽団が育ち始めても、誰かが兵役に引っかかりキャリアが中断される。傑出した若いアンサンブルなど、育ちようがない社会構造なのだ。
 ソ連崩壊前後、旧ソ連からユダヤ系の有能な若手音楽家が大量にイスラエルに移住した。イェルサレムQメンバーも、そんな人々である。徴兵は難問だ。かつてパリでトランペットのナカリアコフとインタビューしたときも、どうやって徴兵免除を乞うか深刻に悩んでいたっけ。2年前のボルチアーニ国際弦楽四重奏コンクールで、17歳平均のイスラエルの団体が本選まで進んだことがある。のちに小耳に挟んだところでは、まだまだ未熟な彼らを最終ステージまで残した理由は、「徴兵でこの先も続けられるかどうか判らない彼らに、少しでも多く演奏の機会を与えてやるため」の審査員の配慮だったという。
 弦の国と呼ばれ、世界に冠たるイスラエルフィルを有し、テル・アヴィブ美術館には高水準の室内楽シリーズがあり、名高いイェルサレム音楽センターやアイザック・スターンのセミナーが存在するイスラエルなのに、過去に有望な若手常設弦楽四重奏が出現していない。そんな中でイェルサレムQが登場したのは、偶然ではなかった。1993年にイェルサレム音楽センターでクァルテットを結成し、メキメキと上達する若き4人を前した音楽センターのディレクターが、政府に掛け合い、ほんの少し年齢の異なる4人を同時に徴兵するよう求めた。要求は受け入れられ、1999年までの2年半、4人は同じ宿舎で暮らし、兵舎で練習を重ねたという。徴兵という非常事態を逆手に取り、集中的な練習期間にしてしまったのだ。兵役の良し悪しはここで問うまい。与えられた環境を自ら目指すもののために利用し尽くした強かさに、ただ舌を巻くばかり。

◆内田光子のお眼鏡に適った3代目
 1980年代の終わり頃から、ピアニストの内田光子が共演するクァルテットは比較的限られている。一頃はカルミナQ、このところ数年はブレンターノQとの共演ばかりだった。音楽をあらゆる要素に分解し再構築する内田の強靱な精神に付き合うのは、並大抵なことではない。スイスのカルミナQはクァルテット界のアルノンクールと比喩される超辛口だし、ブレンターノQは何も知らずに聴いたらNYの団体とは誰も信じない「クァルテット弾きのためのクァルテット」。共通するのは、考え抜き、計算し抜いた挙げ句に、やっとアンサンブルを創り上げる団体であること。
 イェルサレムQは、この秋から内田光子との共演を始める。内田が選んだ若手の3代目だ。彼らのディスク、特にハイドンを聴けば、さもありなん。とてもあの若さとは信じられない成熟したアンサンブル表現と、猛烈に素直な素材の美しさとの共存。そう、まるで大人顔負けの声色で「リンゴ追分」を唄う天才少女美空ひばりみたい…なんて、素っ頓狂すぎる物言いかしら。
 なんにせよ内田が選んだ音楽家だ。素直なだけでは済むまい。この世代、ドイツのクスQ(イェルサレムQと共にブイトーニ財団の支援を受ける)、アメリカのパシフィカQ、日本のクァルテット・アルモニコ(イェルサレムQが唯一参加し優勝したグラーツのコンクールの彼らの次の回に優勝)、同じくイスラエルのアヴィブQ、デンマークのパイツォQなどなど、有望な若手が横一線。現時点でここまで成熟した響きを聴かせるイェルサレムQがこの先どう変貌するか、誰にも判らない。ま、未来はどうあれ、今のイェルサレムQを聴けた皆さんが将来鼻を高くできることだけは確かだろう。

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