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別府にて [たびの空]

温泉県空港のカードラウンジにいます。そもそもは明日のジェット★さんで戻る予定だったんだけど、コロナ減便であえなくキャンセル。しょーがないなぁ、それなら前の晩にはかわもといねちゃんが別府アルゲリッチハウスで弾くので由布岳跨いで別府まで出てくるので、そのままオフィスには戻らず別府市内に泊まり、その足で空港に向かう、って日程にいたしましたです。

なんせ、別府市内から由布岳向こうの盆地まで演奏会終了後に戻る公共交通は大分経由のJRしかなく、1130円也。流石に深夜に田圃の中を歩くわけにもいかず、JR九州由布院駅から観光地お迎えタクシーに乗れば800円也。で、翌朝にバスセンターまで歩いてまた朝一のバスで別府まで戻ってくれば950円也。以上、総計2880円也かかってしまうわけじゃ。ちなみに、タクシーナビで別府ビーコンプラザから石武温泉近辺までお値段調べると、下道で行っても7000円弱とのこと。うううむ、羽田国際線ターミナルから佃縦長屋までタクシーぶっとばすくらいかぁ。

となれば、別府市内の3000円台の素泊まり安宿に飛び込んでも違いはあるまいて。なんせ、演奏家さんとちょっと会って挨拶するだけでも終演後延々待たされ、一体いつになるか判らぬご時世、最終列車に乗れるか心配しながら待ってることを考えれば、別府に泊まりましょとまりましょ。

別府に素泊まりするとなれば、考え方はいろいろあるわな。まずは定番の、「温泉施設付き旅館若しくはホテル」でありますな。無論、「チェーン店ビジネスホテル」というのもあり、高崎山巻いて大分までいけばごっそりありますけど、この町で超少数派(それでも、「温泉施設のないビジネスホテル」ってのは駅前に新設されていて、この町の新たな展開を感じさせるが、それはまた別の話)。あとは、昔からの古い家族経営に毛が生えたような駅前商人旅館、という地方都市らしい選択肢もなくはない。別府の場合は、こんな宿にも温泉施設がそれなりに付いていて、それはそれで奥が深いなぁと感じさせてくれるわけであーる。

コロナで値段が滅茶苦茶な今、県内限定GOTOくずれみたいなキャンペーンもやっているが、そいう温泉県民観光客の関心ともちょっとズレるところ…この機会に泊まっておくのなら、やはりこの方のお膝元であろーにっ。
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そー、別府駅前でクックロビン音頭やってる変なオジサン、大分県民みんな知ってる別府湯布院を創った偉人、亀の井グループ創設者にして日本の観光イベント広報のパイオニア、油屋熊八氏でありまするな。

やくぺん先生がなんのかんの終焉の地として温泉県由布岳向こうの盆地を選ぶことになったのは、言うまでも無く、もとをただせば90年代初頭からの音楽祭との縁あってのこと。んで、その音楽祭の発端は、70年代初めの亀の井別荘や玉ノ湯の若い経営者たちが結果として高度成長後のディスカバー・ジャパン「故郷見直し一村一品運動」の先駆けとなることになった温泉地広報活動の一部たる震災復興イベントとして始まったもの。んでんで、その亀の井別荘の地を他所者の中谷家に託したのが油屋さん。

つまり、このオッサンがこの地上に居なかったら、この瞬間にやくぺん先生が温泉県と関わっていることはなかった。我が家にとっても恩人なのであるぞよっ。

ってなわけで、現在は別資本になっているとか言い出せばキリがないけど、せっかくこのような機会だから泊まってみようではないかぁ、と別府亀の井ホテルに素泊まり宿泊したのであーる。ほれ、JR別府駅を抜け東側に出て、線路に沿って歩いてくと、こんな案内。
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ううむ、味わい深い。奥の今風のホテルが、現在の別府亀の井旅館でありまする。

本来ならば団体バスが並んだりするのかしら、感染も落ち着き昨年来の閑古鳥ではなくなったとはいえ、やはり寂しさは隠せないホテルロビーでチェックインしようとすると、フロントさんというよりも番頭サンというオジサンからアップグレードしますと言われてビックリ。まる2年まともに利用していなかった宿泊予約サイトで上級会員特典がまだ維持されているなど思ってもいなかったわい。別府駅から別府港を見晴らす無駄に広いツインの部屋に入り、ちょっと古い立派なホテルの常としてネットワークや電源関連が今時の別府市がアピールしてる「ワーケーション」対応としては心許ないなぁ、と感じつつ、直ぐに風呂に行って、あとはもーどーにでもなれ♪ちょチョンノパ(おお、風呂に入ると「船橋ヘルスセンターの唄」が口を突いてしまう千葉県遺伝子の情けなさよ!)。

館内はそれなりに「レトロモダンの街ペップ」をアピールしようとする努力はあり、カウンターは閉鎖されていてフロントでの支払いになってるお土産物屋さんでは、こんなもんも売ってます。
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へえ、じゃあ、大人向けの伝記もあるじゃろ、と探したけど、ない。レトロ別府を懐かしむグッヅをいくつか購入し油屋じいちゃんへの責任を果たしたような気になったものの、一応、フロントの番頭サンに「子ども向けはあるみたいだけど、油屋さんの公式伝記みたいなものって、ないんですか」と訊ねたら、御座いません、と一刀両断。今は資本が違っちゃってるとはいえ、どうみても昔からいらっしゃる方みたいなんだが、なんかいろいろ思うところがあるのかしらね。

ちなみに、油屋氏をニッポン広報の父のひとりと尊敬する藝大で広報を教える准教授氏に伝えると、油屋伝は某出版社から出ているが、初版の事情で絶版状態だそうな。ううううむ、大人の世界だなぁ。ま、逆に考えれば、油屋さんのやらかしたあれやこれや、まだ生きている、ということなんだろーけど。

駅近辺のまだ寂しい飯屋で、なぜかありそうでない鶏天丼なるものを喰らい、ダラダラ坂を登り、上野公園のそれみたいにモダンでオサレなスタバを横目に日も暮れた真っ暗な公園を突っ切り、別府アルゲリッチ・ハウスでいねこさん&阪田氏の超絶リスト=ベルリオーズを堪能し、またダラダラと線路の海側まで戻って来てぶっ倒れ、朝一の成田便に間に合うべく目覚まし鳴らし、おもむろにカーテンを開けるや
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おおお、朝の光を浴び、別府港に大阪からのさんふらわぁが入港してくるのであった。

これからのやくぺん先生、人生最期のフェーズに別府という街がどう関わってくるのか、まだ皆目判らない。そもそもゆふいん盆地という場所とどういう付き合いになるのかすら、まだまるっきり判らない。そんな今回のトラッド亀の井ホテル滞在での最大の収穫は、金600円也だかで購入したこのレトロ絵葉書かもね。
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中谷宇吉郎氏が天下の名文「由布院行」に描いた関東大震災直後の風景よりもちょっと前くらい、油屋さんが先々々々代(なのかな、今は)中谷さんに託した頃の金鱗湖。今は湯ノ岳庵やら庄屋やらになってる辺りがまだ田圃で、隠れキリシタン時代よりも前の古墳じゃないの、と言われるポッカリした丘から安永氏別荘辺りの集落がまだなにもない、我が温泉県盆地の原点の姿。

この場所で俺はどーするんじゃ…

さてと、まだ暫くは、どんどん三等国へと転がり落ちていくニッポン帝都の惨状を眺めに戻るとするべぇかい。

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