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古典こてんコテン [弦楽四重奏]

…ってアホなタイトルを記して、あああ、今日は古典Qがあったのだが、お仕事で遙か横浜向こうの杉田劇場まで行かねばならなくなり、またダメになった。そもそも今日はソウル・アーツセンターでペンデレツキ様がKBS響で《ルカ受難曲》を振るんで当然ながら出かけるつもりだったのが、去る夏以来の病人認定遠距離出陣禁止命令で諦めねばならず、幸か不幸か久しぶりに古典さんにお邪魔出来るか、と思ってたんだけど。ふうう…

で、古典、ってもそっちじゃなくて、昨晩、関東地方を襲った猛烈な大雨もどうやら収まった頃に、マッカーサー道路の入りっ端になってしまいまるで周囲の景観が一変してしまったJTアートホール、最後の日に向けてカウントダウンが始まっているバブル期ホールの最後のひとつに詣で、カザルスQを聴いたのでありました。ホント、ここ、目の前に立派なチャリ専用道路があるのに、チャリじゃ行けない場所になってしまったなぁ。

さても、カザルスQといえば昨年の溜池初夏の室内楽お庭で、かなり強行軍の中でベートーヴェン全曲を披露してくださったのは皆々様の記憶に新しいでありましょう。今回はアジア・ツアーの一環でこの天候不順列島は2公演のみ。で、運んできたプログラムが、なんともまぁ、妙な、とまでは言わないけれど、かなり特殊なものでありました。こんなん。

ハイドン:《冗談》
ベートーヴェン:作品18の6
モーツァルト:《プロシア王セット》第2番
ベートーヴェン:《セリオーソ》

ですっ。えっ、って感じでしょ。とても「海外の著名常設弦楽四重奏団の来日公演」とは思えない地味さ。みんな大好き《アメリカ》や《死と乙女》、はたまた《ラズモフスキー》や《皇帝》は入っていない。そもそも「どっかに行って、広い客層に向けて自分らの達者さを聴かせ、喜んでもらう」という「お金で娯楽や感動を売る」なら、なんだか判らないけど凄かったと思わせられるバルトークとかの近代現代物をひとつ入れ、最後は芸術感動商売の元祖たるロマン派大作で終わらせるのが定番。すれっからしのファンがどんなに文句を言おうが、公演が成り立たなければ話にならないんですからっ。

皮肉ではなく、先月の末に首都圏三会場で「《鳥》+《アメリカ》+《ラズモ》第3番」というもうベタベタなプログラムを繰り返してきっちり客を入れたタカーチQの、いかにもかつての三大東京音楽事務所の系譜にあるメイジャー音楽事務所さんの作るウルトラ王道プログラムなんてのもあったわけでさ。地味さ、という意味で言えばトッパンさんでハーゲンQがやった「ハイドン作品76の2曲でバルトークをサンドイッチ」というもんもあったが、これは地味に徹し3晩ぶっ続けで並べればフェスティバルになる、って文字通りの地味自慢プログラミングになっていたわけだし。

そういう常識的な、はたまたはっきりとマニア向けを意図した戦略的な「来日公演プログラム」から見れば、昨晩のカザルスQのプログラムは、「何じゃこりゃ」で一発却下の可能性も大いにあり得るものでありました。だってね、どれも昔の言い方をすればレコード片面の曲、誰も悪い曲とは言わないけど、どれもが普通の意味でのコンサートを大いに盛り上げて終わるメイン演目になるにはちょっと弱い、ってもんばかりを集めている。こういうプログラムを何日か並べるフェスティバルならともかく、それを一晩やって帰っちゃうんだから…

お判りの方はお判りのように、このプログラム、「古典派4楽章形式の多様性」なんてタイトルを付け、「弦楽四重奏の歴史的展開」なんて集中講座に天下のカザルスQが招かれて大学のオーディトリアムで披露し、学生たちは来週までにレポート提出、なんて思えるようなもんでありますわ。で、明日は「古典派の解体」とかいう題のコンサートがあって、そうねぇ、ハイドンの作品103やって、シューベルトの《断章》を書きかけで止めちゃった第2楽章冒頭断片付きでやって、《大フーガ》やって、後半は作品130を改訂終楽章版でやる、とかね。なんか、いろんな事情がありまして本日はそういう企画もののプログラムひとつを取り出してやってみました、みたいな。

確かにこれはこれで面白く、特にハイドンは雑司ヶ谷拝鈍亭に通ってるような古学系マニアさんも大喜びしそうな娯楽巨編。そう、こういうのを面白がれるかどうかが古典が好きかどうかなんだよねぇ、ってやり放題な音楽。それに比べると、ベートーヴェンってやっぱり大真面目だなぁ、モーツァルトのこの曲集のテンポ設定って凄く意図的なんじゃね、ああああベートーヴェンさんここまでやっちゃったかぁ…って、古典派4楽章の定型もんばっかりが並ぶ故の中身の違いが良く判る。名店の素うどん食べ比べ大会、はたまた老舗盛り蕎麦一気喰い、ってね。あ、最後にデザートでファリャの「粉屋の踊り」と、これをやらねば客も帰れまい《鳥の歌》があったのは、やっぱり来日公演でありましたが。
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終演後、重労働のサイン会を終えたヴィオラのジョナサンくんとちょっと立ち話。これ、めちゃくちゃ面白かったけど、すごおおおく変わったプログラムじゃね?ソウルで何か古典派を巡るシンポジウムでもあってこういう特殊な演目をやってきたの、と身も蓋もないことを尋ねたら、「いや、そういうんじゃないんだ。やっぱり変わってるよねぇ。僕としても、弾いていて上手くいっているプログラムかどうか良く判らないんだ」とのこと。なーるほどねぇ。

とにもかくにも、こういうどう考えても小さな会場じゃないと成り立たないプログラムの公演が行われ、多い筈はなかろうがそれなりの聴衆がやってきて聴いているんだから、良かった良かったとしか言い様がありません。招聘元のメロス・アーツさん、先日のヴィジョンQと言い、夏のエベーヌQの世界ツアーといい、敢えて大手では出来ない冒険的なプログラムを仕掛けてくれて、ありがとうございますと感謝するしかないぞ。

ホントはこういうものこそ、公共主催者が公金使って「聴衆の動員は難しいが公益性が高い」イベントとしてやるべきことだと思うんだけど…向かいの人の姿が消えた文化庁東京出張所に向かって叫んでも虚しい秋の夜。いやはや…

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