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ニッポン列島2020年にベートーヴェン弦楽四重奏チクルスなし [弦楽四重奏]

札幌の関係者の方からは数週間前に漏らされていた話だったんですが、どうやら数日前にふきのとうホールの公式ホームページで11月17日からの1週間6公演で告知されていたベルチャQのベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏会が、正式に中止と発表になったようです。
https://www.rokkatei.co.jp/hall/fukinoto/?fbclid=IwAR1IlZzHcocDf9nyROQgBrSxaiw6NVEEnWyUTF7_OgRXlr_En84yvDxKBkE

なにしろチケット発売が北海道に緊急事態宣言が出た4月頭だったわけで
https://www.rokkatei.co.jp/news/hall/20200411-3000/
その後はチケット発売は停止していたみたいで、やくぺん先生が7月頭にコンサート再開を先鞭を切ったエクの定期のお手伝いにいったときも、ふきのとうホールでの直接販売は現時点では停止中、ということでありました。結局、それっきりだったようです。売り切っちゃって、さあどうするんだぁ、ってヴィーンフィルみたいなことにならなくて良かったですな。

きちんとしたデータは調べても判らないのだけど、少なくともキタラ小ホールやらふきのとうホールやらが出来て、札幌でもあの時計台のホールとか教育文化会館だっけとかで細々と室内楽やってた状況が変化して以降も、このような短期集中型のベートーヴェン弦楽四重奏サイクルはやられたことはなかったようです(00年代半ばから暫くPMFが東京Qを講師に迎えアメリカの夏期室内楽セミナー型の専門コースをやっていたけど、演奏会としてベートーヴェンを纏めて取り上げたことはなかったし)。札幌の音楽関係者もベートーヴェン250歳記念年最大のイベントと盛り上がっていたようで、残念なことであります。

蛇足ながら、東京首都圏ですら室内楽の演奏史は極めて記録が曖昧で、日本全土となると過去にベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルスですらやられているか、案外と判らない。古い音楽年間や演奏年鑑を端からひっくり返すしかないのでしょうが、それでも学生やアマチュア団体によるチクルスとかがあり得るジャンルですから、うち漏らしは確実にあるでしょう。山形なんてアマチュアの某団体がやってそうだし、富山も地元団体がショスタコ全曲やったりしてるわけだからやってる可能性は大いにある。九州だって福岡モーツァルト・アンサンブルの記録が完全に残ってるとは思えないし。関西に至ってはいろいろな可能性がありすぎてどこから手を付ければ良いやら判らぬ。その意味で、旧第一生命ホールで岩淵先生率いるプロムジカQが日本の団体初のチクルスをやってると判明しているのは、例外的なことなんでしょうねぇ。

もといもとい、ともかくこのベルチャQのサイクル、実現していれば勤労感謝の日に向けた1週間に真ん中1日だけ休みを挟んで6回公演で完奏する、なかなかヘビーなプログラムだった。そもそもやってることがイギリスというマーケットの、室内楽の楽譜を読み込んで、自分も演奏するような、ある意味でベートーヴェンの創作を取り巻いていたサロンの貴族連中に近いハイエンドのエンスー聴衆(東京Qなんてなんの「解釈」もしてない綺麗な音楽をやるだけとネガティヴに評価し、リンゼイQなんぞを世界一の団体と讃えるような嗜好の聴衆ですわ)をターゲットにし、そこで生き残ってきた団体なので、よく言えばいろいろと仕掛けてくる、悪く言えばあれやこれや細かくいじり回してきて疲れる演奏をしてくれる。個人的にはこのような短期集中全曲演奏には最も向かない、ホントなら記念年の1年を通して3週間に1度くらい1曲づつじっくり聴かせてくれるのがいちばん良いと思う団体なんだけど、まあ、それが出来るのは英都とか、英国国内くらいでしょうねぇ。

エベーヌQなんぞの場合は、そういうマニア聴衆向けの部分もきっちりと押さえながらも、いろんな風に聴きたい聴衆を広くつかまえられるようにしているけど、ま、それはイギリスとフランスの室内楽聴衆の違いなんでしょうねぇ。なんであれ、アルテミスQが実質的にもうまるで別物になってしまっている今、もしも2020年に20世紀後半の「メイジャーレーベルから次々と新譜録音が出て、その演目で世界ツアーを繰り返す国際的なクァルテット」というフォーマットが生き残っていれば、恐らくはDGのアルテミスQ、エラートのエベーヌQ、EMIのベルチャQ、SONYのパシフィカQ、スプラフォンのパヴェル・ハースQ、ってところが「クラシックファンなら常識として知ってるメイジャー弦楽四重奏団」だったことでしょう。要は、かつてのアルバン・ベルクQとかアマデウスQとかスメタナQとか、ってこと。

弦楽四重奏の世界は、幸か不幸か20世紀末からすっかりインディーズ化が進み、今や「クラシックファンならなんとなく知ってる弦楽四重奏団」というものは存在しなくなってしまった。2020年に唯一懐かしのメイジャー感を伝える団体の来日公演、それもサントリーでもいずみホールでもなく、ふきのとうホールという場所での公演がコロナ禍でやれなかったというのは、「ベートーヴェン生誕250年はこういう年だったのだ」と象徴的に示す現実でありまする。

というわけで、2020年のニッポン列島では、ひとつの団体に拠るベートーヴェン弦楽四重奏全曲短期チクルスは、一切行われないことが確定しました。勿論、これはマズいと今から12月17日のお誕生日に向けて慌ててチクルスを企画し、開催してしまう熱血マネージャーさんやコンサートスペースの個人オーナーさんなんかがいるかもしれませんし(実際、ここだけの話、やくぺん先生もそういう相談を受けました)、ニッポン拠点でそれが直ぐに出来る団体も片手の指全部とまではいかないが、なくはない。とはいえ…いかんせん、そういう意欲ある個人マネージャーさんや主催者さんがコロナで青息吐息、会社存続の危機に喘いでいる現状、流石に無理でありましょうなぁ。公共はいかにお金が余っちゃってても、数ヶ月でこんな大企画はやれんしね。どこかが配信と絡めてやる、なんてないかしら。ピアノ・ソナタ全曲なら、急遽開催ネットでもライブ、なんてあり得るだろうけど。

初夏のサントリーが敢えて選んだこれまでにないロシア系団体チクルスとしてのアトリウムQ、スメタナQ以降のチェコでヴィーハンQのモダン土着路線とはちょっと違う道を歩んだ団体の実質最後の大仕事だったプラジャークQ、そして2020年のメイジャーな弦楽四重奏再現とはこういうもんだと見せつける予定のベルチャQ、これらが全てなくなって…でも、案外、お腹が減ってる感がない秋なのは、どうしてなのかしら。

ちなみに、ニッポンの浦安でのエクと同じような日程で、パリでは来年にはみ出す形でエベーヌがチクルス始めてます。来年頭までこちらで眺められますので、パリのローカルな祝い方をご覧あれ。
https://www.arte.tv/en/videos/097909-002-A/ebene-quartet-plays-beethoven/

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