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ベルリンフィルの上海レジデンシィはどうなったのか? [音楽業界]

温泉県盆地オフィスで草刈りをする予定が、妙に作文仕事が立て込んでしまい、サツマイモに取り付かれてしまったカメムシ軍団駆除している時間もなく虚しく畑を眺める文月も終わりの今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

ある古いメールを検索していて、こんな案内をあらためて発見してしまったのですがぁ
http://www.wupromotion.com/index.php?option=com_acymailing&ctrl=archive&task=view&mailid=166&key=95b1c507175e8fe8492752ae6540a730&subid=9345-8fedbbc68f36229d644314b523574637&tmpl=component

必要な英文部分をまんまコピペすると、以下。

Together with Wu Promotion, the Berliner Philharmoniker is planning a residency project in Shanghai at two-year intervals, beginning in June 2022.

The performances in June 2022 are part of the celebrations of the 50th anniversary of the diplomatic relations between Germany and China.

Under the baton of chief conductor Kirill Petrenko, the orchestra will give four concerts during this first residency as part of a “Festival of the Berliner Philharmoniker”. Chamber music activities are also planned, as well as master classes, concert introductions and other outreach and community projects. In the course of this longer residency, the orchestra attaches great importance to a direct exchange with the musical and social life in Shanghai and encounters with local conditions.

With their new residency in Shanghai in 2022, the Berliner Philharmoniker will begin an exclusive partnership with Wu Promotion.

この話、当然ながら日本語メディアでは一切話題にもならず、実際に先月にこんなイベントが上海であったとは思えない。なんせ、お嫁ちゃまの生徒で2年間も来日ペンディングになっていた上海の奴が、やっと先週上野に来られたと大喜びをしている状況。先月、ベルリンフィルが上海に行ったなんてまずあり得ないだろうしねぇ。

上海万博のシュタンツ指揮ケルンの《リング》全曲を招聘し、中国本土にやっとまともな音楽事務所が出来た、ひとつ時代が代わったと言われたのも大昔に感じる今日この頃、情報鎖国とコロナ封じ込めに専念する大陸は、一体どうなってることやら。ここ温泉県盆地の上は、毎日上海やらからの貨物便が頭の上を横切って往来しているんだけど、長崎から船で一晩、飛べば1時間の上海に生身の体が運べる日があるとはまるで思えない。

前々首相が元軍人の手製銃で殺され、コロナ患者が世界でいちばん多いニッポン列島、まだまだ鎖国は続く…のか。

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ファン・ズウィーテン男爵邸のK.550のこと [音楽業界]

昨晩は、新帝都は溜池の大きなコンサートホールで、天下の東京都交響楽団を前代ニューヨークフィル監督が指揮して、モーツァルトの後期3大交響曲を一晩で披露する、という演奏会を拝聴してまいりましたです。
https://www.tmso.or.jp/j/concert/detail/detail.php?id=3574

21世紀20年代の今、2000人収容するオーディトリアムで管はともかく弦楽器はたっぷり入ったモダン楽器で著名指揮者がこの3曲を演奏するって、なかなかありそうでない機会。あるとしたら、ヤルヴィ指揮ブレーメン室内管とか、ハーディング指揮マーラー室内管とか、はたまたエラス=カサド指揮セント・ルークス室内管とか。まあ、狙いに狙ってペトレンコ指揮ベルリンフィル、なんてのはあっても不思議ではないですけど。

20世紀最後の「レコードの巨匠時代」終焉期には、アメリカ合衆国のメイジャー・オーケストラはこういうものを録音したくてもユニオンとの関係でコストがかかりすぎて無理、という話は盛んに聞かされたものです。そんな文字通りの「大人の事情」を逆手に取るように、所謂HIP大流行となって、こういう形のメイジャーオーケストラでの大編成モーツァルト交響曲は特殊ジャンルとなってしまった。今回、2週間弱の新帝都滞在最後をこの演奏会で締めることにしたのも、正直、珍しいからです。身も蓋もない言い方だなぁ、いやはや。

ま、中身に関しましては、マニアさんからモーツァルト好きの方、はたまた同業者さんなど含め既にあちこちでいろんなことが言われているでしょうから、関心のある方はそちらへどうぞ。やくぺん先生ったら、あああティンパニーがぁ、とか、木管のバランスはこーゆーもんなのかぁ、とか、ポリフォニックな線の見せ方って、とか、ぶっちゃけ、あれこれ脳内補正して聴いている始末で、いかに我が前頭葉がHIPに浸食されまくっているか、今更ながらに驚きまくるという貴重な体験をさせていただいたのでありましたとさ。

さて、それはそれとして、興味深かったのは当日プログラムの解説でありまする。日本語版は寺西先生、英語版は当電子壁新聞ではお馴染みの(かな?)ロバートが書いていて、別の原稿。トーキョーとモントリオールという太平洋と北米大陸隔てた10000キロ向こうから送られてきた2つの作文の基本的なスタンスが、極めて似ている。寺西先生のものは上の都響URLから読みに行けますので、ご関心の向きはどうぞ。

で、隣に座った敬愛する同業者氏に「いやぁ、こういう曲解って、難しいですよねぇ」などと世間話に毛が生えたような会話をしていて、ひとつ興味深い情報を提供していただきました。

モーツァルトのK.550ト短調交響曲ですが、寺西先生もロバートも「モーツァルトの生前に演奏されたようだが…」という毎度ながらの持って回った言い方をしている。で、もの凄く信頼出来る同業者氏に拠れば、これに関してはもう10年くらい前に書簡が発見されている。モーツァルトはファン・ズウィーテン男爵邸でのこの作品の演奏を聴いて、怒って出て行ってしまった、という手紙が公開されているとのこと。何故かこの話は日本語の媒体では定説としては取り上げられていないようで…とのことでありました。

教えていただくがままにソースとなる文献を漁ると、いやぁ、恐ろしい世界になったなぁ、あっという間にPC画面に英訳で出てくるじゃないのさ。

ホントはここでURLを貼り付ければ良いんでしょうが、流石にこの論文を読みたいという方はもうちょっと手間を取っていただくべきであろうと思うので(立ち読みなさってる方々の利便など欠片も考えてませんからね、当無責任電子壁新聞は)、この論文、という題名だけを記しておきます。こちら。

A Performance of the G Minor Symphony K. 550 at Baron van Swieten’s Rooms in Mozart’s Presence, in: Newsletter of the Mozart Society of America, vol. XVI, Number 1, 27. January 2012, S. 1-4, 17.

もう発表されてから10年も経っているのに、日本語文献ではまだ殆ど取り上げられていないのには、やはり学問的な裏付けが希薄、事実として語るにはまだちょっと…ということなんでしょうかねぇ。

なにはともあれ、モーツァルトの後期交響曲の作曲背景やら演奏を巡って、やっぱりまだまだ判らんことだらけ、ということは判りますな。個人的には、曲目解説などに盛んに語られる「モーツァルトが委嘱もされないのにこんな大作を書くのは珍しい」という話は、うううん、そーかー、と思ってしまう。なんせ、あの《ハイドン・セット》という究極の委嘱無し、勝手に書きたくて書いた作品群がある人ですからねぇ。ファン・ズウィーテン男爵周辺のサロンのためなら、それくらいやるだろーに、って思っちゃうけどなぁ。うううむ…

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グラーツ大会の結果 [音楽業界]

一次予選はオンライン、二次とファイナルを夏休み真っ盛りのグラーツで開催する、という些か特殊な形で行われた「フランツ・シューベルト&現代国際室内楽コンクール」、所謂「グラーツ大会」ですな、第11回目となる今回は3つあった科目の中から弦楽四重奏がなくなるという残念な状態でしたが、とにもかくにも先程結果が出ました。こちら。表記を含め、オフィシャルをまんまコピペします。

[☆] Piano Trio [☆]
1st prize Trio Orelon
2nd prize Trio Unio
3rd prize Soleri Trio

[☆] Lied Duo [☆]
2nd prize DUO ADAMOVA/SCHAFER and BALEIRO/COSTA
3rd prize KAYAKI/EBINA

声とピアノの二重奏は1位を出さなかったわけですね。日本のチームが3位に入ってますから、この辺りはもう来年くらいから夏のサントリー・サマーフェスティバルの貴重な出演者要員としてリストアップされてくることでありましょう。こちらがヴェーベルンの演奏。

で、直接いろいろ関係ありそうなのがピアノ三重奏であります。なんせ、この科目の次の最もメイジャーな国際コンクールは来年5月の大阪ですから、もうこれは他人事ではない。優勝団体を含めたファイナリスト、セミファイナリストの半分くらいは絶対に応募してくるでしょうし、ことによると3つや4つの団体が大阪はいずみホールまで来ることになるでありましょう。

とにもかくにも、勝ったイタリア拠点の連中はしっかりホームページもあるキャリアを始めている奴らみたい。ケルンが拠点みたいで、わしがミュンヘン居る頃にケルンの辺りで演奏会やっとるわい。うううむ、ちょっとババリア首都から日帰りするには遠いか。
https://www.trio-orelon.com/?fbclid=IwAR39iMklpj0UK8j2IG9I7RJT9dIfClMAWVndrXJUEvmypprWYS7p_Mz3yVs

てなわけで、セミファイナル、ファイナルの映像は遺っているようなので、お暇な方はご覧あれ。

うううむ、毎度ながら、暑い暑いと言ってる間に勉強せにゃならんことがいっぱい溜まってるなぁ。

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トマじゃない《ハムレット》 [現代音楽]

ホントに久しぶりにチャリチャリ大川越えて、旧築地川を晴海通りが跨ぐ東詰の東劇に行って参りました。もうどれくらいやってるのやら、「Metライヴビューイング」ってやつです。
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オペラの舞台をライヴで全米各地の映画館で中継、がっつり$30くらい取るけど、特等席じゃないと絶対に観られないような映像と、おうちのオーディオ装置よりは余程立派な音響で聴かせて、まるでメトのプレミアに座っているように体験してくださいな、ってやつ。始まった直後からそれなりに大きな反響があり、北米の地方オペラ主催者さんに「お陰で最近はうちで来シーズンの演目のリクエストをすると、メトライヴでやった作品ばかりが挙がるようになり、舞台もあんな金かかったものと比べてちゃちだとか言われ、正直、営業妨害です」とマジで怒ってたなぁ。今世紀の初め頃のことだったと思うけど。

コロナ禍を経て、パソコンどころか携帯端末で通勤電車の中でもメトやらスカラやらパリのガルニエやらからの映像を鑑賞できるばかりか、どことも知らぬドイツの田舎の劇場の尖りまくった演出も当たり前にいくらでも視られちゃう今日この頃、じゃあわざわざ一昔前の映画館の空気漂う東劇まで来て
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今時のシネコンの豪華な椅子とはちょっと比べると可哀想な、でもメトの狭い席よりは100倍くらい立派なフカフカシートに座って、映画版オペラを眺めるという「オペラ鑑賞」が21世紀初頭の徒花に終わったかと言えば…どうもそうでもないようで、なんのかんの世界中で続いている。世界中、っても、御上の情報操作が日々巧みになっている中国本土とかはどうなってるかしらねぇ、最近は。

んで、正直言えばロマン派オペラにも、今や我が世の春のバロックオペラにもホントはそんなに関心が無いやくぺん先生ったら、わざわざ出かけるのはそれなりに理由はある。この映画オペラ、あのルパージュのこけおどしセットばかりが話題になった大失敗《リング》の最初に《ラインの黄金》なんぞ眺めに来て、ああああこれはやっぱりダメだ、この音は3時間なんてとてもじゃないが晒されていられない、と思って以来くらいのことかな(その後にメトのいつもの席でライヴで眺めても、やっぱりダメだったけどね、あの演出は)。かの、元ベルリンフィルのヴィオラ奏者のオーストラリア人(オーストリア、じゃありません)、ブレッド・台湾にコロナ持ち込んじゃった・ディーン
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2020-03-06
作曲するところの《ハムレット》なる演目だからでありまする。

いやぁ、なんとも勇気のある選択じゃの、と驚きを禁じ得ないわけでありますが、ともかくこのシェイクスピア翁の現代でも比較的抵抗なく上演が出来る、一筋縄ではいかない主人公のキャラクター含め「現代にリアリティがある舞台」を作るのがそれほど難しくない作品の何度目か知らぬオペラ化でありまする。

過去2世紀版以上に無限に繰り返されてきた沙翁作品歌劇化の試みの中で、文句なしの決定的な成功作と言えば神様ヴェルディの《オテロ》と《ファルスタッフ》、次点でそれなりの成功とされスタンダードとして生きてるのはヴェルディ先生の《マクベス》とかパーセルの《妖精の女王》とかブリテンの《夏の夜の夢》とかベルリオーズの《ベアトリーチェとベネディクト》…くらいかなぁ。その次のクラスとなると、もう殆ど趣味の世界となってきて、サリエリの《ファルスタッフ》という方もいようし、ニコライだって捨てたもんじゃない、ベルリーにだって一応シェイクスピアなんじゃないの、等々。個人的には、数年前にENOが新作で出した《冬物語》という難物そうなもんには興味があるんだが、あまり話題にはならなかったよーですなぁ。あ、ヴァーグナー好きの方からは《恋愛禁制》を忘れるな、と突っ込まれそーだなぁ。

んで、この現役バリバリのヴィオラ奏者さんでもある作曲家さんの《ハムレット》でありますがぁ、既にグライドボーンの世界初演が映像化されていてNHKも放送したことあるとのこと(知らんかった)。まあ素材が素材ですから教養ある英語圏の評論家が絶賛などする筈はなく、賛否両論でいろいろ言いたいことはあるけど、まあ、ええんじゃないの、という感じ。誰もトマのグランドオペラを引き合いに出す人はいないのは、当然と言えば当然なんでしょうなぁ。

というわけで、暑い夏の午後にボーッと座って大川端眺めてるんだったら、メトのお馴染みの我がファミリーサークル天井桟敷上手いちばんステージ遠くの席$20だか、あそこに座ってどーでもいーロマン派オペラ眺めて来てしまった、というくらいの気持ちでチャリチャリ出かけたわけであります。

で、感想とすれば、「これくらいだったら、ライヴビューイングの方がいつものステージなんも判らん席でこの作品眺めるより良かったかな」ってのが本音。

以上オシマイ。始まって少し、ガッツリ寝落ちしてしまったんで、作品全体についてどうこうなんて言えません、ゴメン。ただ、オペラということで言えばトマのオリジナル版のハムレットが死なずに生き残るという終わり方は、シェイクスピアのオリジナルよりも21世紀の今とすればええんでないの、と常々思うこともあるわけで、そっちでいってくれるかな、死屍累々たる現実を受け入れて王子は生きていくという結末の方が「悲劇」なんじゃないか(「アベシンゾーは殺さずに生かして、自分のやったことの悲惨な結果を目撃させねばいけなかった…」というのと同じ)とも思っていたので、ちょっと残念かな。

音楽的には、今の作曲家が大好きなカウンターテナーを絶対にどっかに投入するだろう、ヘタするとタイトルロールかとも思ったんだけど、あの役にドッカンと突っ込んでくるかぁ、とか、タイトルロールの仕事ヘビーすぎぃ、とか、結局戦後前衛の開拓したあれやこれやよりも《ヴォツェック》のドロドロ音が勝ちなのかなぁ、とか…ま、あれこれ考えさせていただきました。真夏の午後に暑い暑いと大川端でボーッとしてるよりは有意義な時間が過ごせましたです。

ただ、これをどっかで上演するから$1000自腹切って太平洋やシベリア越えて観に行くかね、と言われると…いかないなぁ。うん、ゴメン。判った、こういう曲なのか、トマには出来なかったことが21世紀にはいろいろ出来るようになってますねぇ、ってくらいかな。

この半世紀のシェイクスピア原作オペラ化としては、正直、《テンペスト》よりも上手くいってるんじゃないかしら。ことによると《リア》よりも判りやすいかも。ちゃんと演じられるテノールがいれば、でしょうが。やたらと饒舌なハムレット青年、オペラというやり方を選ぶならば、これはこれでありとは納得させられた次第でありました。WOWOWでやったら…うーん、やっぱ視ないだろうけど。

この音楽と台本で、「悩める非行動派王子ハムレット」はやれるのかしらね。当たり前のことだけど、オペラ作曲ってホントに「解釈」であり、「演出」なんだよなぁ。

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昼間のコンサートでレーガーを聴く人々 [音楽業界]

線状降水帯というよーわからん言葉が普通に使われるようになったニッポン列島の夏、まるで南洋のような空の下、遙々横浜の元祖近郊住宅地区、JR根岸線で終点大船から一駅戻った本郷台駅前、横浜市栄区民文化センターリリスに行って参りました。こういうもんを聴くため。
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https://www.lilis.jp/event/?id=1643888230-719955
舞台の上からお喋り上手の水谷氏が笑いを取りながら紹介したところに拠れば、「コロナの最中に何か出来ないかという気持ちで、東京首都圏の公的スポンサーを持たないオーケストラの僕たちが集まって、この会場で映像収録をしたことから始まったグループ」だそうな。←あ、老人の耳コピなんで一語一句正確ではないので、毎度の「書いてあることはみんな嘘、信じるな」でお願いしますです。

ご覧のように怱々たるメンツの演奏会で、演目も極めて興味深い。終演後に演奏家ご本人らに「ふつーならせめて《浄夜》でしょーに」と訊ねたところ、水谷氏がレーガーのクラリネット五重奏に大いに感銘を受け、自分らと同世代の頃に書かれたこの曲を演奏してみたかった、とのこと。なるほどねぇ。流石にこのスコールの大気には余りにも暑苦しいジューシー過ぎる作品の後にこのままでお帰りになるわけには行きませでしょうから、と苦笑しつつ《主よ、人の望みの喜びよ》のコラールを六重奏編曲で披露して下さいました。昼間っから濃厚すぎるステーキの後に、お口直しのシャーベット、ってかな。

無論、こういうメンツですから聴く側のハードルもどんどん上がってしまうのは否めず、ブラームスなどは終楽章コーダ前など、もうすこし時間があればいろいろと細かく詰めて作れたろうにともったいなさを覚えるあれやこれやも無かったわけではないものの、これだけの人が集まってこんな演目ですから、成る程今日はこうだったのか、と充分満足。願わくば本番がもう一度くらいどこかで作れればねぇ…ま、欲しがりすぎはよろしくないですな。

このコンサート、中身は$20でこれなんてありがとうございます横浜市民の皆様、としか言いようがないものだったんだけど、もうひとつ興味深いのは、その聴衆でありました。

メディアが大雨洪水に注意と朝から叫びまくる午後の根岸線、大雨での運行停止が頻発する悪名高い路線でありまする。ましてや夏の連休明けの火曜日昼間の午後2時で、空模様も怪しく雨が落ち始めている。ことによると終演頃には大雨で電車が止まってるかもしれない。そんな午後に、なんとなんと「満員御礼」です。担当者さんも、「もっと早く売り切れると思ったんですけど…」とうぁっはっはぁ顔ですし。なるほど、勝って当然、の企画なんですな。ブラームスの有名な方の(だろうなぁ…)六重奏はともかく、ヘタすりゃ切符貰っても敬遠されそうなレーガーの作品、それでこの余裕っぷりって、なんなんねん。

満員の客席を埋めるのは、極少数の明らかに「演奏家の関係者お友達」としか思えぬ楽器背負った若い人たちを除けば、全てが熟年ばかり。
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この250席くらいの、ヨーロッパなら「アンフィシアター」と言われそうな急傾斜の高齢者向きならざる会場が、横浜郊外の善きご隠居で埋まる。世代的にはブラームスは往年の名画「恋人たち」で用いられた…という世代でもなかろうしなぁ、今や。
https://www.youtube.com/watch?v=CK48EiWCheU
https://eiga.com/movie/65554/

この前も、ある中堅世代演奏家さんと話をいていたら、「今は平日であろうが昼間の方が良いんです」と主催者側から言われて、そんなもんなんですかねぇ、と真顔で訊ねられたっけ。ううむ、判らん、気楽に「そうなんですよ」とも言えないけど、この状況を眺める限り、やっぱりそうなのかなぁ。

コロナ後の世界では、所謂「クラシック」のライヴ演奏会とは高齢者ファンを相手とする「ホンモノに遭えるアイドル」のライヴイベント、要は高齢者向けAKBなのであーる、という暴言を某専門誌で吐いても、誰も文句言わんしとりたてて賛同する声も挙がらない、なんだかよーわからんけどジワリジワリといろんな状況が変化しているのは感じる夏の夜なのであったとさ。

それにしても、このオーディトリアムを満席にする人々の何十人もが「三原じゅん子」って書いているんだよなぁ…何が不満なんだろー、うううううむ。

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長い長いファミリーコンサート [演奏家]

すっかり夏恒例となったチェロ奏者上森祥平氏の「1日でバッハとブリテン無伴奏全曲」演奏会、今年も恙なく開催されましたです。
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http://www.alti.org/at/20220709.html
http://www.millionconcert.co.jp/concert/detail/2022_07/guide/220718uwamori_bach.html

この演奏会、コロナの一昨年を除けばもう10年以上やってて、死ぬまでやりますと舞台の上で公言しちゃってる文字通りのライフワークでありますな。で、昨日もしっかり完奏なさり(やくぺん先生ったら途中でアウトで、バッハの4番はロビーのフカフカ椅子でぼーっと座ってました)
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最後には昨年同様に奥様とお二人の息子さんが出てきてアンコールにパパお疲れ様御家族アンサンブルがあったりして。なんせ上森氏、知る人ぞ知る話でしょうけど、この演奏会がバッハ全曲だった10年ちょっと前に6番を弾き終えた舞台の上から公衆の面前でプロポーズしてOK取った、というトンデモな心温まるエピソードがあるわけで、そのときからの聴衆がかなりいるであろうことを考えれば、文字通りの「今年も我が家はみんな元気ですよ」って演奏会なわけですわ。

ま、正直、純粋に音楽という意味で聴けば、このような演奏会ってやはり特殊だなぁ、とあらためて思った1日でありましたです。朝のブリテン1番から始まり夕方のバッハ6番まで、全てを暗譜。ということは、録音してパッケージで世に問うような「正確で精密な演奏」である筈はない。特にバッハに関しては、もう午後最初の1番冒頭から極めて上森流の音楽、それが曲の性格に合わせてどういう風にますます上森流になっていくかを一緒に体験する、という午後なのであります。で、最後に、お疲れ様でした、ってファミリー総出演。

音楽的にはこういうやり方だと曲の性格の違いが凄く分かる結果になり、特にバッハ5番の難しさ、その後に長い長い音合わせの後に始まる6番のまるで楽器を変えたのかと思う程の色の違いなど、勉強になった。ブリテンに関しては、夏の朝一発の1番というのはこの曲に凄く合ってるし…で、3番はやっぱり良く判らん、ってものでしたね。

こういうコンサートのあり方がある。ホント、上森氏はなんと幸せな音楽家なのか、と羨ましくすら感じてしまう。ああ、某賞の選考委員をさせていただいていた頃、この方をプッシュしてホントに良かったなぁ、と思わせて下さいました。たまにはこういう時間に接しないと、ニンゲンドンドン悪くなる。ありがとう御座いました。

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昭和饒舌体もどきパルシファル [音楽業界]

二期会さんがストラスブールの劇場と提携して出した夏の盛りの《パルシファル》を、貧乏人らしからぬ大枚€100くらいはたき、3階右3列目という素晴らしい席で拝見してまいったのであーる。
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思えば2019年12月にアムステルダムの運河沿いの劇場で眺めた《ヴァルキューレ》以来の、「あああ、欧州の千席少しくらいの規模の劇場で出るヴァーグナーを眺めたなぁ」という気分になっておりまする。以上オシマイ…

ってなわけにもいかんだろうから、毎度ながらの感想になってない感想。

そもそもこの演出、「ICEでライン越えて40分走ればカールスルーエ、1時間半でバーゼルやらマンハイム、シュトゥットガルトやフランクフルトだって2時間かからない」という、《パルシファル》の上演だったらそれこそ毎年ガチ保守本流ヴァグネリアンが集う今や世界で唯一のマンハイムの戦後バイロイト様式を意地で維持する60余年の伝統演出から、原発事故から環境破壊から男だらけの社会批判からキリスト教義否定からなんでもありの今時演出まで、ありとあらゆるビックリトンデモ舞台を見慣れている聴衆共が集まってくる場所での新演出であります。となれば演出家の最大の仕事は、激戦区《パルシファル》新演出プレミアに”Operanwelt”やらの「斬新な演出」を見飽きた評論家にはるばるライン西まで来て貰い、すれっからしの客共には終演後にビール飲みながら口から泡を吹かせる意味探索演出家罵倒の楽しい時間を提供する、ってところにあったのでありましょう。

つまり、そんな素敵な、いくらでも中身を突っ込める素材を用いたまるっきり中身のない演出だった、ということ。ロビーで悪い人から伝え聞くに、演出家さん本人は「パルシファルくんの成長物語」と仰っているそうなゴリゴリ。ま、そういう発言も含めて膨大に掘り投げたチャフのひとつなんでしょーし。あ、批判や皮肉ではなく、褒めてるんですよ、うん。

ともかく「意味」を指し示す道具が無数に用意されていて、そのどれに引っかかっても見る側が勝手に自分なりの「意味」を作ろうと思えば作れるようになっている。冒頭の鏡の前のヘルツェライデお母さんから始まって、ずっと出てくる子供パルシファル、モンサバート城でありクリングゾルの城でもある博物館…等々、書き出せはキリがない。それぞれにいくらでも「象徴」や「意味」を読み取って下さい、と次から次へと饒舌に繰り出され、真面目に眺めているともう頭はクラクラになっちゃう。

で、1幕の後半が始まって先王が生きるミイラみたいになって出てくる辺りから、すれっからしの聴衆は「あああ、これはもうどうにでも取って良いのだ」と気づいて、あとは気楽に素敵な音楽に浸れる、という仕組みですな。

つまり、演出家が深い意味やら政治的社会的な意図なりを一切言わないために、意図的に用いる饒舌なものいい、ということ。

なるほどねぇ、こういう舞台がトーキョーでも観られる今日この頃になったんだなぁ。

思えば、全く時を同じくして、作品としても似たもの同士の《ペレアスとメリザンド》を初台で出していて、それがどうやら「過剰な情報を繰り出して全て夢の世界にする」というテクニックを駆使しているという。という、というのはなんのことはない、この舞台のトレイラーやらエクスでの評判を小耳に挟むに、初台の巨大空間で舞台の意図やらをきちんと判るためには€100程度の席ではとても無理、最低でも€200は出さないとフラストレーションが溜まりイライラするだけの演出である、と判断して、貧乏人のやくぺん先生は見物を断念せざるを得なかった。だって商売で作文せねばならんわけではない単なる娯楽、ドーネーションが必要な民間の団体ならともかく、わしらの税金でやってる国立劇場に€200なんてとても払えませんからねぇ、残念ながら。

てなわけで、久しぶりの鎖国前ヨーロッパ€50くらいのそこそこ貧乏人席でのヴァーグナー見物気分に浸れたので、ま、よしとしましょか。今時の讀響さんとは思えぬ三幕のホルンさんの派手な事故はともかくとして…あちゃあああ。

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横浜版《浜辺のアインシュタイン》は上演中出入自由じゃありません [現代音楽]

話題になっているんだかいないんだか知らないけど、10月に横浜は県民ホールで上演される《浜辺のアインシュタイン》の制作発表記者会見が行われました。

当無責任私設電子壁新聞を立ち読みしてるよーな皆様には説明なんぞ一切無用でしょうし、出演者や制作側がオフィシャルに言いたいことなんぞは、午後から夕方に出始めた記事がもうありますので、そちらをご覧下さいな。ほれ。
https://natalie.mu/stage/news/485616
夜になって公式トレイラーも出ました。こちら。
ぶっちゃけこのトレイラー、どのようなコンセプトでのステージになるかまるで判らんですけど、この海を見ている若い二人、ってイメージの背景にある山下公園なんぞから眺めているような類いの「海」は、これまでのこの作品のどの上演でも見たことない海の姿であることは確かですね。へえええ、ってね。ちょっとビックリ。

で、上の記者会見記事では全く触れられていない、この作品をある程度ご存じの方が気になる点をふたつ、質疑応答で訊ねさせていただきましたので、記しておきます。特に前者は極めて重要な変更点。敢えて「変更点」と言わせていただきますけど、正直なところ、どんな舞台なのか、どんな翻訳なのか、どんな演技者の動きになるのかとかよりも、遙かに重要で本質的な変更だと思いますので。

★2022横浜版《浜辺のアインシュタイン》は、5時間近い上演がずっと途切れずに展開し、客席から聴衆が立ったり動いたりするのは自由、という初演以来のコンセプトを踏襲しません。ハッキリと幕で分けて、休憩を設定するとのことです。「コロナでの聴衆制限」などが理由だそうです。正直、どうもやくぺん先生には良く判りませんでしたが、そういうことらしい。うううん、これはこの作品のあり方を本質的に変えちゃう変更だと思うんだけどなぁ…

★このプロジェクトが発表されてから、これまでの主催側からの告知は全て作品のタイトルの前に「フィリップ・グラス/ロバート・ウィルソン」という名前が付けられていました。この表記を眺めると、「ああ、ウィルソン版の初版演出をベースにした実質上の第4版を作るのか」と思ってしまうかもしれません。ところが、いろいろな告知を見るとそうじゃないみたいで、本日も全く違う演出になると言明されてました。それって聴衆の側に誤解を与えるんじゃないかい、と訊ねたら、理由ははっきりしてました。要は、著作権だか上演権だかを持つところの要求で、ウィルソンの名前を併記しないとダメなのだそーです。へええええ…

なお、演出家さんに拠りますと、「アインシュタインは出ます」とのこと。なるほど、出るのか。なるほど…

てなわけで、横浜版がどんなになるか、あまり良くは判らなかったけど、ダラダラと浜辺を眺めているような緩い構造の上演ではなく、しっかりと決められた席に座って4時間半を過ごすというものになるようです。

当面の話題は、本日公開となった大友克洋の手書きになるポスターチラシじゃないかしらね。ここでは敢えて貼り付けませんが、上のWeb記事に出てますので、ご覧あれ。

[追記]

記者会見のライヴがアーカイブとしてYouTubeでアップされました。お暇ならどーぞ。
https://www.youtube.com/watch?v=VzpdcjV3CBY

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ボンクリは電子音響のフェスティバルだ! [現代音楽]

どれくらいの方が気付いているか判らないけど、明日明後日と池袋は東京芸術劇場で開催される藤倉大氏監督(なんですよね)の「ボンクリ」が、いつのまにやらニッポンではいちばん大規模な「電子音楽」の音楽祭になってしまっているじゃあないですかぁ!
https://www.borncreativefestival.com/

もちろん、ライヴ音響の普通のゲンダイオンガクもいっぱいありますけど、この都市型、というか、ヴェニュ総動員型フェスティバルの初めの頃から地下のギャラリーのようなところでひっそりと、でもずっと開催されていた様々なタイプの電子音楽のライヴ上演が、ジワリジワリと表に出てくるようになり、とうとう今年はラインナップの半分以上が所謂「電子音楽」がらみで、ついにはこんな空前の大演奏会まで開催されることになった。
https://www.borncreativefestival.com/grownup

なんとまぁ、あの東京芸術劇場のいちばん上に据えられた大ホール、普段は読響さんやら都響さんやらN響さんなんぞがマーラーやらを鳴り響かせる巨大空間で、「ボンクリ・フェス2022のアーティスト選曲による“出演者なし”の電子音楽コンサート。コンサートホールが巨大なリスニングルームに変身。コンサートホールに設置されている無数のスピーカーをふんだんに使い、選りすぐりの電子音楽に浸ることができます。」だそーな。

こんな演奏会って、70年大阪万博の鉄鋼館以来じゃあないかい。でも、どうやら主催している芸劇さんったら事の重大さをあんまり意識してないみたいで、「いつも地下階でやってる奴、もうみんないろいろ耳に慣れてきたみたいだから、今年は大ホールでやっちゃうかぁ」くらいの、肩に過多な力が入ってない様子なのが、これまたなんともナイスでありまするな。

コロナ禍以降の今、よく考えてみると私たちにとっていちばん耳に馴染んでいて近しい存在の「楽器」って、ヴァイオリンやらピアノやらではなく、アンプやスピーカーなんですよねぇ。全人類とは言わないが、少なくともニッポンの都市生活者が耳にする「音楽」の99%までが再生音だろうし、再生装置やマイクスピーカー通さない生音を日常的に聞いてるのはごくごく一部のクラシック音楽関係者かクラシック音楽ファンしかいない。それに、創作だって電子音が簡単といえばいちばん簡単。さあ、あなたもやってみましょう、そこにパソコンさえあれば直ぐに音楽を創ることができますよ、ってさ。

電子音といっても、ホントにいろんなものがある。へええと驚いたり、何じゃこりゃと呆れたり、おおおおおなんて綺麗なんだと陶酔したりと、何が出てくるか判らぬのも面白いところ。この勢いでかのシュトックハウゼンの大作…の筈だったのにねぇ…

ま、死んだ子の歳を数えても仕方ない。さあ、明日明後日は、気を取り直して池袋にGO!どれも絶対居面白い、とは敢えて言わないけど、ダメと思ったら抜け出しちゃえばいいだけですから。

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グラーツ大会真夏に開催 [音楽業界]

2020年春節からイースター頃に始まったコロナ禍、どうやら2022年夏の段階で、もう本土及び台湾の中華帝国を除き世界の「政府」は対策を止めたらしく、欧州各国はほぼ野放し、我らがニッポン国ったら入国管理の厳しさ維持するだけであとは自己責任、ワクチンだけは税金でやってあげるから罹る奴は勝手に罹りなさい、という状況になっておりまする。我らが同業者お友達も次々とこの半端な鎖国を突破し、フランスドイツの夏の音楽祭巡りをして参りました、イギリスに、はたまたヴェトナムに、あれこれ用事で行ってきました、なぁんて話が耳に入り始める今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

このコロナの時代にタイムラインが大影響を受け、更にはコロナ禍直前から国際コンクール連盟事務局を巡る内紛分裂騒動が起きていた国際コンクール業界とすれば、ギュウ詰めになったコンクール日程を連盟で調整するという本来業務がまるでやられず、もう実質上無秩序状態。結果、この秋の頭には、過去にも常に問題になっていたバンフとミュンヘンARDが完全にバッティングするという誰もが困ってしまう事態が勃発し、状況は「アジア予選付きのF-1とアメリカ国内予選突破した奴らのインディカー」みたいな大西洋挟んで同じカテゴリーでキャラ違いすぎのグランプリ同時開催となってしまっております。

そんな中で、ちょっとばかし違う立ち位置をキープし続けていたグラーツ音楽院主催の「フランツ・シューベルト&モダン国際室内楽コンクール」も、延期になっていた本選を行います。こちら、英語版を貼り付けておきましょ。
https://schubert.kug.ac.at/en/

なんと、これまではグラーツの寒い冬の日に音楽院のあちこちの教室と街中の豪華なカジノのホールなんぞで開催していた大会、過去の「弦楽四重奏、ピアノ三重奏、歌とピアノ二重奏」という3科目から弦楽四重奏を抹消、ピアノトリオと声楽に絞るという極めて特殊なイベントとなりました。今世紀の初頭にQアルモニコが優勝しているところです。ま、お陰であたしゃ、いかなくても良くなったから隠居の身には有り難いといえばありがたい。

とはいえ、来年の大阪でピアノ三重奏があるわけで、その前のほぼ唯一の前哨戦ということで、立場上、全く知らんぷりするわけにもいくまいて。なんせ、第11回目となる今大会、期間はなんとなんと7月20日から24日などという常識的にはあり得ない夏休みのど真ん中。こんな時期、学校に裏方スタッフがちゃんといるのか(なんせ、両科目ともピアノという主催者側のメンテが必要な楽器が関わりますからねぇ)、音楽院が主催する大会として聴衆になって貰いたい学生がいるのか(無論、いないわななぁ)、こんな時期のグラーツって宿とかどうなってるんだ、移動だってお高い時期じゃあないのかい、等々、判らぬことはてんこ盛りながら、PCの前に座ってオンラインで眺めている限りは特に困ったことはない。ま、時差の問題は毎度ながらですけど。ストリーミングはこちらからどうぞ。グラーツに集められた団体は全て「セミファイナリスト」扱いで、ステージは全て無料でライヴ放送されまする。
https://schubert.kug.ac.at/en/competitions/franz-schubert-and-modern-music-2022/programme/

幸か不幸かグラーツに招聘されたピアノ三重奏団には我らがニッポン国籍の方はひとりもいないようですが、リートとピアノ部門には純ジャパチームひとつと、ピアノに同胞がいらっしゃるようですね。ま、これなら昨今のどっか螺旋が外れたようなコンクール騒動は起きないでしょうから、安心して眺めていられるなぁ。←なんせ、隠居の身を奮い立て、肉体的金銭的な無理をしてもミュンヘンまでいかにゃならんのは、現場見てないでウェールズやらアマービレのときみたいな半端なことになったら困るからだもんね。

夏も盛りの文月20日過ぎ、涼しくなった深夜にグラーツからの中継で燃え上がりましょ…かな?

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