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仕事場も祭もない初夏へ [新佃嶋界隈]

以下、全くどーでもいい駄文です。暇つぶしにもなりませんから。

葛飾オフィスを撤収して1ヶ月、風薫る皐月となりましたです。オフィスがなくなって直後の4月始めには、「いろいろあったオフィスの移転先探しもやっと決着が付いたか」と夢のような丸1日ほどを過ごしたものの、急転直下暗転、話がまた振り出しに戻ってしまった。それからは大いに凹みつつも、「東京春音楽祭」が頑張ってくださったお陰で、ほぼ連日どこかの演奏会場に行かねばならないまるでコロナ禍が終わったかの如き状況が2週間ほど続いて、再び気力を振り絞りオフィス探し作業再開どころではなく、連休もやってくるしどーするべーかと思案しているうちに、またまた緊急事態とやらで…

起きているすべてのことに意味があるのであろー、と初夏のような南風に吹かれつつ、足下に「くれないのくれないの」と寄ってくる大川端のドバやら雀たちに佃のセレブなブンチョウくんの食い残しを落としてやりながら、ボーッと午後のコロナ禍緊急事態新帝都を眺める夕方なのであったドバドバ…
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思えば大震災で佃路地裏の地べた長屋のCDや本棚が倒壊しかかった年の秋、「この家を有効に使ってくれ」という遺言を遺して父親が急逝した正にその日にお嫁の家族を佃の縦長屋に迎えることになり、佃地べたの路地と縦長屋、葛飾と寝る場所が三カ所もある無駄といえば無駄な生活が数年続く。流石にこれはコストがかかりすぎると、今世紀頭に諸般の事情でこの地に庵を結ばねばならなくなって目白から移って以来の佃の地べた長屋を捨てることにし、単身赴任状態で住所を中央区から葛飾に移し、佃二丁目町会からも完全に足を洗ったのが2015年の4月のこと。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2015-04-16

それからまるまる6年、佃から巨大柿の木の麓のオフィスに通勤する生活だったのが、昨年冬の終わりからは新型コロナウィルスの家庭内感染を避けるためにやくぺん先生だけが実質葛飾に住み込む自主隔離を敢行、シジュウカラさんやらヒヨちゃんやら、はたまたメジロン夫妻やらほーほーさんらを友とする隠遁生活を送る事となる。コロナ禍は止まず、夏以降は仕事が無く収入激減、秋になるとそれなりの規模の一軒家を維持するだけの固定費支出すらままならない状況に追い込まれ、昨年の父親の10回目の命日には小雨降る中を千葉の成田アプローチ下の墓で手を合わせ、家を処分するという有効な使い方をさせていただくことを許していただく。んで、決断をするや、あれよあれよと話が動き、この3月末までには葛飾を撤収せねばならないことになって…

てなわけで、4月の1日にはこの半世紀、世界の何処に動くにもポケットやら背負子の奥のどこかには入っていた「実家の鍵」がなくなって、妙にスースーする感じになりながら中央区民に復帰。とはいえ、同じ佃二丁目とはいえ三度目の住所は路地ではなく縦長屋の一部屋へと様変わり、とうとうやくぺん先生も地べた民から天上人になったのであーる。

なんせこの町会、地べた民と天上人の間には微妙な、ってか、ハッキリした格差(なのかなぁ、町会では億単位の土地を動かす話ばかりだったから、地べた民の方が圧倒的にほんまもんの金持ちで、縦長屋住民は勤め人か隠居投資家の小金持ちにしか思んのじゃが…)があり、ぶっちゃけ、住所は同じ町内でも、まるでコミュニティが異なります。より正確には、天上人には地べた民的な意味での地域コミュニティは存在していません。話をすれば長いものの、にょきにょきと大川端に縦長屋群が伸びてから既に20余年にもなろうというのに、1000世帯以上の新興住民を前にこんなこのような張り紙を出さねばならないという事実が、いろいろと複雑な事情を物語っているとお判りでありましょうぞ。
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なんせね、一丁目元佃にだって、お祭りが嫌で遙か西のニュータウンに引っ越しちゃう若い世代も居る、という話でしたから。お祭りマニア、お祭りが忘れられない旧住民の臨時参加をあてにしないとやれない「伝統文化」状況は、まだかわっていないようじゃ。縦長屋の街神輿は、やっぱり出せないままなのか。

そんな住吉さんの事情は事情として、選手村まで3キロ、今年も御上に翻弄され、例大祭は2度目の延期なのでありまする。勿論、向かいの鉄砲図稲荷も、その裏番組の有楽町の音楽祭りも、5月連休の例大祭はやっぱり昨年に続きお休みです。
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かくて、オフィスも祭りも無い夏がやってくる。明後日からは昨年の9月以来の現地付近泊まり込みフェスティバル・コンクール取材があるものの、その先は大川端に座って霞ヶ関やら永田町やらを眺めても、どうなるのやらまるで判らぬ。選手村の方からも、ゴーストタウンの空気が流れてくるばかり。

「五月が来た、五月が来た、
 一年経ってまた五月が来た。」

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謹賀新年のご報告 [新佃嶋界隈]

謹賀新年
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新年快乐
Happy New Year!
Frohes Neues Jahr!
Bonne année!

庶民とすれば実質上の鎖国が続き、昨年はやくぺん先生もなんと30年ぶりに一歩も外に出なかった東洋隅っこの列島も、数時間前から無事に2021年でありまする。新たな年に用事のありそうなあの人この人の顔を浮かべ、ありったけご挨拶を記してみるものの、「新年」って感覚だって中華圏とかイスラム圏とは全然違うし、欧州言語圏だって今日がお休みなだけだし…ま、それはそれ。

多摩県最東部の秘境に庵を結んでいたやくぺん先生んちが一念発起帝都に戻り、諸事情に拠り今世紀の頭に中央区佃地区に移ってくるまで、根津、目白と数年に一度の転居を繰り返していた。大川端は佃に来てからは、伝統の佃の祭を支える佃2丁目町会に関わるまでの深い付き合いとなり、結果としていちばん長く住み着いている場所になっております。

2021年春、そんな状況が、恐らくは19年ぶりに変化します。久々の、そして恐らくは人生最後の、激動の年になります。とはいえ、この10年間見慣れた上の風景が、生活圏からなくなるわけではありませんが。

大震災の秋に佃の路地の長屋からこの大川端の縦長屋に諸事情に拠り寝床を移し、さらに全く時を同じくして正月に訪れるくらいだった葛飾の親の家を諸事情に拠り引き受けねばならぬことになった。数年後にはオフィスとなっていた佃の長屋を諸事情に拠り引き払い、樹齢半世紀に迫る巨大柿の木聳える葛飾の旧親の家をオフィスとすることになった。

以降、10年代の半ばから後半、晴れて葛飾区民となって納税も立石の葛飾税務署、佃との二重生活が始まった。そして数年前に「世界中のメイジャー室内楽コンクールを全てみて歩く」という生活からの引退を宣言。そうこうするうちに医療機械を抱えて歩かねばならぬ持病が発覚、仕事も生活も本格的に変えて隠居爺としての生き方を考えねばいけんなぁ、とダラダラしてたら、昨年春節以降のコロナの世界に突入。結果として、家庭内隔離の場所として葛飾オフィスに実質上半年以上の一人暮らしをすることになる。

そこからは世間の皆様同様、世界を襲っているコロナ禍の生活でなんのかんのなんのかんの。で、秋の終わり頃に、大きな決断をせざるを得ないこととなりました。

2021年春、葛飾オフィスを放棄します。

どこにオフィスを移動するか、既に選考に入っております。数週間前に、こんな記事をアップしたのも、それが理由です。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2020-12-03
なんせこのコロナ禍、実際に候補地現場に行ってあれこれ調べるという動きそのものが難しい。でも、葛飾オフィスを引き渡す日はがっつり決まってる…ってのが2021年元旦時点での状況でありまする。

ひとつハッキリしているのは、春節明け頃には数年ぶりに住民票を葛飾から佃に戻すこと。オフィス移転先がどこになるにせよ、加入している国保が東京都の団体なんで、住所は暫くは都内にしておかねばなりませんけど。

コロナ騒動前までは、いずれは佃を引き払ってお嫁ちゃまの学校にも京成電車一本で通いやすい葛飾に蟄居、どうやら荷風みたいに葛飾近辺で死ぬことになりそうだなぁ、と思って「葛飾慕情」なんてしていたカテゴリー名なんだけど、わずか数年で「マンハッタン無宿」同様に使われないカテゴリー入りしそう。まさか葛飾の方を捨てる、という選択になるとはなぁ。

そんなこんな、大激動の年になるのは必至のやくぺん先生の2021年。とはいえ、お嫁ちゃまの学校が退官まであと6年ありますので、まだ暫くは「新佃嶋界隈」は続くことになるんじゃないかな。恐らくは、当無責任電子壁新聞に新しいカテゴリーが出来そう。

みなみなさま、まだ暫くは、よろしくお願いします。あ、まだ柿の木は引き取り手、ありません。

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ちいさな訃報 [新佃嶋界隈]

本日2020年11月1日午前10時、佃在住、箕口ぶん、急逝いたしました。

朝、いつものように「♪ピヨピィーヨ・ピヨピヨピィヨ」と鳴いて塒の扉を開けろ開けろと騒ぎ、寝てる住民を叩き起こし、いつものように週末朝飯定番のスパゲッティを食い散らかし蜂蜜を舐め、足下で生後半年の若造と喧嘩し、足の裏をつっついたりしてた。ちょっと席を外し、あれ、追いかけてこないなぁ、慌てて扉を閉めなくて良いのでラッキー、と思って戻ってきたら、若造がごろんと寝転がった爺さんの姿を横でぼーっと眺めておりました。

愛してたんだか良く判らない嫁さんを失って半年、特に病気でもなく、若い頃の大冒険で片足のツメをひとつ失っているので脚力は弱っていたものの、どうすればカバー出来るかちゃんと知って自分の世界を朝から深夜まで問題なく飛び回ってた。何を思ったか、急に嫁を追いかけあっちの世界に行くことにしたようです。いきなり、パタンと、大川端から新帝都を見晴らす小さな世界から去って行きました。
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享年8歳8日。驚くほどの長寿というわけではないものの、この小さな命に神様が与えられた時間は充分に使い切った大往生でありました。

2012年11月、うちのお嫁ちゃまが前の職場でひとつ大きな仕事を終え、一気に反動が来たかのように体調を悪くし長期休暇を取っていた頃、小さな命の責任をとってみるのはどうだ、という医者からのアドヴァイスを真にうけ、ある日突然、豊洲のホームセンターから生後2週間ほどで毛も生えていない小さなブンチョウを連れてきました。「来るか?」と尋ねたら、目が合ってウンと応えた売れ残りだった。今の自分に新しい命の世話など出来るか心配だったそうですけど、ともかく、お嫁ちゃまが付き合ってきた歴代ブンチョウの定番命名方式により「ぶん」と名付けられた男の子は、お嫁ちゃまから直接食い物を与えられ育ち、狭い縦長屋の中を起きてからお嫁ちゃまの腕の中で寝るまでずっと勝手に飛びまわる生活になり、すっかり「ヒト」として育っていきました。

ちいさな命を育て、物理的な大きさが違う生命体に配慮しながら一緒に暮らすことで、うちのお嫁ちゃまも病からから恢復したばかりか、80年代半ば過ぎからやってきた職種を離れ、若い人を育てることに専念する(=現場を去る)決断も出来ました。まだ自分にもやれることがある、という自信を与えてくれた、人生の小さな恩人であります。

いつまでもひとりでは可哀想ということで、3年のヒトだけとの付き合いを経てお嫁さんを迎えたものの、結局、形は同じで自分より弱い別の種族に敬意をもって接する、という夫婦関係だったようです。奥さんの方はダンディで礼節を弁えたぶんに首ったけだったんですけどねぇ。

コロナ禍に嫁さんに先立たれ、直ぐにひよっこ坊主がやってきて、なんじゃこの騒々しい奴は、と思いながらも歌だけは仕込み、あとは、やくぺん先生が縦長屋に戻ってくるとさっさと掌や懐に入って来てはうとうと寝てしまう、気楽な隠居爺生活をしておりました。お互い、どっちが先かな、とは言わないけどさ。

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ライフスパンの違う命と一緒に生きていくとは、日常の中に常に死を意識すること。ありがとう、ぶん、わしらはもうちょっとこっちの様子を眺めていくよ。

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BRTに乗って第一生命ホールからサントリーホールに行こー! [新佃嶋界隈]

去る10月1日、目出度くも有り難くも、トーキョーオリンピック開発のおこぼれで、銀座東京駅から最も近い田舎佃島界隈にも新たな素晴らしい交通機関が登場しました。こちらですぅ。
https://tokyo-brt.co.jp/
一見したところ都バスと誤解しそうだけど、お江戸は東地区半分千葉の住民を運び続けて一世紀、我らが京成電車が運営する新交通システムでありまする。当面開通したのは、ここ。
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晴海から虎ノ門を結び、昼間は15分に1本くらいで運行中。1時間に1本、新橋止まりの長大な連結バスも1両だけ走っておりまする。

さあ、これでもう、第一生命ホールが終わって慌ててサントリーホールに向かう、案外と半端に動きにくいルートにワームホールが開いたようなもんじゃわい。花電車でも出したいような目出度さよ、まずは乗車してみよーではなかろーか。晴れの特異日10月10日は国民体育の日を前に、台風が新帝都に迫る碌でもない空模様とはいえ、それ故に佃月島豊海方面の新開地住民はこぞって新交通システムを利用するに違いないぞっ!

まずは晴海のBRTターミナルを探さにゃならぬ。どうやらトリトンの中ではなく、再開発され高層縦長屋立ち並ぶ晴海通りを東側に渡った辺りのようなので、ともかくトリトンスクエア最北端の江戸バス停留所の辺りから、それらしき方向に向かってみましょ。
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T字路のながああああい信号を待ち、反対側に渡っても、それらしき案内もバスのターミナルらしき雰囲気もない。Googleマップさんを信じてちょっと豊洲側に歩けば、工事中の柵がすこし途切れ、中に入れるようになっていて、その向こうったら、こんなん。
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ううむ、バスターミナルというのだから、発券所や案内所、はたまた、コンビニとは言わぬも自販機、せめて屋根付きのベンチくらい並んでるかと思えば、単なる広っぱじゃあないかい。今時のハイテク駆使して次のバス到着案内するよーな固定式ポールもない、物の見事な「仮停留所」っぷりなんだけど…

ともかく、目の前の短いバスが乗客皆無のままに発車しようとしているのに飛び乗ります。普通の都バスみたいに前乗りで、PASMOをタッチ。降車扉は真ん中で、前半分はひとりがけ、後ろ半分が二人がけの、前に客が溜まってしまうタイプですなぁ。要は、お馴染みのニッポンの都市バス。

さて、ゆるりゆるりとやくぺん先生のみを乗せたBRTは出発。晴海通りに出て
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このまま真っ直ぐ、選手村という名の晴海ゴーストタウン方向に直進するかと思ったら
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なんと、トリトン横で右に曲がり、勝どき駅方向に向かいます。あれぇ、勝どき駅には停留所がなかったんじゃないかい、と思ってたら、留まらずに駅の上で左に曲がって、勝鬨橋ではなく豊海方面へと向かう。ま、そりゃそーじゃろ。
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延々と南下し、東京タワーズの横を豊洲市場へとマッカーサー道路が抜けて行くところまで至り、おもむろに右折。ここで最初の停留所となります。まるで上海の市内バスみたいに、停留所の間の距離は滅茶苦茶長いなぁ。ここから乳母車含め5名の乗客が乗ってきて、この公共交通機関、総計1320円也の売上でありますな。京成電車、なかなか大変そうだなぁ、これじゃ。

ここからは動画でお楽しみあれ。BRT最大のハイライト、マッカーサー橋を渡る車窓風景。
って、市場跡地に入った辺りから、朝日新聞のところでの合流で渋滞じゃわい。おいおい、BRTって、専用路線で渋滞無し、ってのが売り物だったんじゃないんかい。これじゃ、単なるバスじゃないかっ。

浜離宮横から汐留新橋の永遠の工事区間は、右に曲がって電通ビル南下に入り込みます。ここにBRT新橋バス停がありまする。ゆりかもめの下を行けば、JRや地下鉄の新橋駅まで濡れずに行ける…のかなぁ。

さても、あとはノーカットでマッカーサー道路を突っ走るBRTの車窓をお楽しみあれ。
新橋駅駅ビル前で左折し、JR大ガード下で延々と信号待ち。そこから地下に突っ込み一気に虎の門病院前まで抜けるのかと思ったら、地上をノンビリ進みます。途中、反対側をBRTがやってくる。
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この道、横の自転車専用レーンを走っていると広く感じるが、バスがすれ違うと、そう広くもありませんね。

かくて晴海ターミナルから虎ノ門ヒルズターミナルまで、時間にして24分也。これは立派に速いというべきなのか、微妙だなぁ。
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さあ、サントリーホールに向かおうかい。地上階のバスターミナルから南に抜けようとしたら、おねーさんから、そっちには抜けられないので一度ビルに入ってくれ、と言われました。おいおいおい。バスターミナルは北側のビルの下で、目指す溜池方面はまだ丘ひとつ向こう。
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延々とビルを上がったり下りたり、日比谷線虎ノ門ヒルズ駅の開発地区までやっと辿り着き
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2020-08-16
ここを突き抜けてくると思ってた新橋からの地下トンネル出口を眺め
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ううううむ、サントリーホール、未だ遙かなり。実際に歩けば、解体作業迫る(のか?)JTホール眺め、立派になった虎ノ門病院とニューオータニの間の公共空間抜け、アメリカ大使館をどういう法律的な根拠があるやら知らぬがまるで米軍憲兵みたいにがっつり守るニッポン官憲に捕まりながらぐるりと巻いて、サントリーホールの下手側に自然に出ちゃうまで10分もかからないんだけど、なんだか凄く遠く感じるぞ。

結論。このルート、無茶苦茶急いでないなら使えます。第一生命ホールで4時に終わり、サントリーが7時開演とかなら、ま、一度くらいご利用なさってみてはいかがかな。それよりもなによりも、せっかく今は月島駅の上を通ってるんだから、臨時で良いから停留所を作ってくれんかしらね。新佃嶋住民には悲願…でもないかぁ。

なお、BRTについて純粋に乗り物として喜んだり怒ったりしているバスマニアの皆さんが、YouTube上に全線の車窓映像などやまのようにアップなさってます。ご関心の向きは、「東京BRT 虎ノ門」でググってみて下さいな。沿線利用者地域住民とマニアさんの視点の違いが面白いですよ。

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虎ノ門ヒルズ駅は使えるや? [新佃嶋界隈]

「新佃嶋界隈」カテゴリーにはちょと遠いけど、まあ、徒歩1時間圏内ですし、本来ならチャリ圏なので、お許しを。「たびの空」じゃないもんなぁ、流石に。

佃月島晴海在住中央区民には悲願なんだか、そーじゃないんだかよーわからぬマッカーサー道路が開通し、マッカーサー大橋(築地大橋というのかな、御上的には)が通れるようになって、2012年落選東京五輪のメインスタジアムたる晴海地区と総理官邸なんぞを直接繋ぐ新帝都最後の大幹線道路が出来、にょきにょき聳えた虎ノ門ヒルズなる森ビルシリーズの足下から晴海まで新交通システムバスが走ることになり、もう虎ノ門なんぞ湾岸の一部…となる世界は、結局、やってきていない2020年晩夏。今、取り壊された虎ノ門病院跡地をスガ官房長官御用達大成建設が再開発すべく更地にした向こうに、もうすぐ使用停止になるJTアートホールがその姿をしっかり晒しているのを眺めつつ
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日曜午後遅くのガラガラのスタバに座ってます。ったら、なにやらごっそりお嬢さんたちが現れて、席が全部塞がって三密になってしまったぞぉ、なんなんじゃ、ここは。どうやら近くでまさかまさかのアイドル系イベントがあったようだわぃ…

もとい。本日は灼熱の真昼にJTアートホールでAmity Quartetさんが《ロザムンデ》と作品131という重量級サンドイッチみたいな演目をやる。ホントは花祭り前の予定で、「へえ、JTって4月にも使えるんだ、まだ」なんて言ってたら、コロナであれよあれよと延期に次ぐ延期、結局、なんとか晩夏に開催された次第。
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いつもなら佃大川端からチャリチャリと転がすマッカーサー道路の入りっ端なんだが、マッカーサー道路が出来てからチャリを置く場所がなくなってしまい、いくらお盆最中の日曜日と言え、こんなメイジャー道路にほっぽっておくわけにもいかぬ。それに、この暑さでは汐留の大混乱箇所に至る前に暑さで遭難必至。

んで、それならば五輪に合わせて新たに設置されたBRTバスシステム駅に繋がる虎ノ門ヒルズなるヌエ的な名前の地下鉄駅から行けばいいではないか、恐らくは虎ノ門病院に直接繋がるような出口もあるに違いなかろうし。

かくて中央大橋越えて日比谷線八丁堀駅まで6月のミヤンマーの如き太陽の下を歩き、ゼーゼーしながら中目黒行きに乗り込む。なるほど、虎ノ門ヒルズ駅ってば、出口は前と後ろにしかないのか。へええ…

思ったより混雑した地下鉄に右や左と大きく振られること10数分、霞ヶ関から直ぐの新駅に到着。なんだかA1出口って、仮設っぽいなぁ。改札口を出て、目の前の周辺地図を眺めるとぉ
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虎ノ門駅と一緒になってるじゃん。ま、乗換駅だから、これはこれなのかな。つらつら眺めるに、おいおい、この駅、マッカーサー道路の虎ノ門病院やらJTビルやら日本財団側に出られる出口が、一切存在しないじゃああーりませんかぁああああ!

これではまるっきり仮設駅でではないか、と毒突きつつ、ともかく上に上がる。あんまり深くないぞ。
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あ、やっぱ、仮設駅っぽい空気が漂うなぁ。なんせ、向かいはまるっきり工事現場だもん。
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どうにもこうにも、マッカーサー道路は遙か北なので、虎ノ門病院の方に工事現場の横を抜けて行くしかないわい。地下で涼しくJTビル横まで、って思惑はまったく外れてしまったのでありました。正月の駅伝が通る道を横断歩道で渡って、真っ直ぐ歩くと、やっと目的地JTビルが見えてくる。
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旧虎ノ門病院なんぞが取り壊され、空が妙に広く空いていて、これはアメ大上空突っ切って六本木ヘリポートからニッポン国中枢の真上に上がってくるヤンキー海鷹黒鷹イロコイなんぞが見える空間じゃわい、と思いつつ、反対を眺めれば、森ビルエンブレム輝く虎ノ門ヒルズが聳えているのであった。
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へえ、JTアートホールってこういう形をしてたのか、とあらためてしげしげと見物しながら、スターバックスの横抜けてマッカーサー道路に出れば、そこはいつもの自転車で眺めるマッカーサー道路。虎ノ門病院がスッカラカンになった空間、隣がないとホールの形はホントに良く判るものであーる。ほれ。
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かくて新暦葉月を迎える午後、JTアートホールで響く最後の弦楽四重奏になるやもしれぬ音符たちが響き渡る。なんせこの世代の弾けて才気煥発な連中が束になった団体、聴衆もオヤーズ関係や藝大学長夫妻なんぞを除けば、いつもの弦楽四重奏聴衆とはかなり違った若い人たちが多数。音楽の中身は、いろいろ言いたいことはあるが、ちゃんと弾ける人達が集まってるだけに「なるほどねぇ」というものでありました。シューベルトはソナタ形式のテーマとしての「歌」ってものにどう向き合うか、という大問題がハッキリ判り、作品131は第3楽章の変奏ひとつひとつをしっかりキャラ立てて、意外にも次のアレグロが全曲の頂点みたいに聞こえかねないやり方。へええこういうのありかい、と思わされましたです。終楽章では、手数もそれなりにあることを見せてくれたし。なんであれ、やってることの良し悪しはともかく、自分たちで考えた音楽やってる気持ちよさはしっかり伝わったです。

てなわけで、コロナ下での新定番になりつつある「終演後のロビーでのご挨拶が出来ませんので、皆さん、写真撮ってSNSにアップしてさぁい!」でオシマイ。
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22日にはWeb上でZoomの反省会をやるのでご覧下さい、ってアナウンスを忘れないのも、ホントに今風な連中だなぁ。

結論。虎ノ門ヒルズ駅はJTアートホールや日本財団に行くには、地下でどこかと繋がっているわけでもなく、格別に使い勝手が良いわけではありません。日比谷線で中目黒方面から来る方には、それなりに便利に使えるでしょう。銀座線の虎ノ門や溜池山王駅とどっこいどっこい。いずれにせよ、この駅、まだ未完成と考えるべきです。虎ノ門ヒルズ側へのアクセスはやたらと便利になっているようなので、ミリオンコンサート協会の事務所に行くにはもの凄く便利そうですけど。

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皐月初めの大川端 [新佃嶋界隈]

どーでもいい、ノンビリした駄文。久しぶりの佃月島晴海風景。

昨年来、些か体調不良だった佃のセレブなぶんちょうの奥様が、一昨日夕方に最愛の弟君の掌の中で眠りながらお亡くなりになりました。一昨日に葛飾から佃に戻るのは無理だったのだが、昨日、ヴィドマンのネット放送が日程変更になった。で、もう一晩、佃の塒でぶんちょう奥様は眠っているという。んで、慌てて戻ってきて、お通夜というのも妙だが、遺された旦那さんらと一緒に一晩を過ごし、先程、遙々足立区からいらしていただいた葬儀屋さんにしっかり託しました。
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このコロナ禍で一緒に焼き場にはいってやれず、明日、お骨になって戻ってくるとのこと。

というわけで、久々の佃滞在。午後からはお嫁ちゃまがテレワークで学生指導をするので縦長屋を追い出されるも、いつものシン・ゴジラ視線の勉強部屋も閉鎖中、周囲のカフェもやってない。んで、仕方なく大川端ノマド場にやってきて、他人様との距離をしっかり取りつつ、皐月初めの初夏の南風に吹かれておりまする。最後に入っていた原稿のやりとりをし、これで入稿中の作文仕事は全部オシマイ。手元にあるのは5月末締め切りで良いですよ、どうせいつ出せるかわからないし、って原稿がひとつだけ。いやはや…

不届き者が川遊びなどしないよう見張るのか、中央大橋の下には警視庁のパトボートが浮かび、観光船の往来などまるでない静かな大川端の午後。向こうには、本来ならば今頃はフランス中心に世界中から、知り合いやら知らない奴らやら音楽家たちがじゃんじゃんやってきて、暇なんで遊ぼうぜ、などという連絡が飛び交っている筈の国際フォーラムの先っぽもちょっとだけ眺められる。明日からの鉄砲洲稲荷の例大祭はどうやらやることはやるようだが、大川向こうから東銀座を練り歩く神輿などは出ないらしい。
http://yayoikai.sakura.ne.jp/
http://www.teppozujinja.or.jp/nenkan.html#reitaisai

あ、今、離発着が普段の10分の1くらいしかない羽田大増便(!!)のための南風時午後3時から6時までの副都心上空アプローチ、本日の初便の北九州からのちっちゃな320が降りていく。いちばん大きくても、こんなもん。
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大川端住民にはあまり関係ない話なんだけど、コロナ騒ぎがなければ今頃世間は大騒ぎだった筈のこの新アプローチ、東京ヘリポートに向けて西から出入りするマシン飛蝗たちとすれば、これまでの道のど真ん中に高速道路が通ったようなもの。どうするのかと思ってたら、豊洲と晴海埠頭、虹橋の間にあったこれまでの道が、佃島の北、門仲上空辺りに変更されたようでありまする。かくて、やくぺん先生の定番大川端ノマド場に座っていると、まるでヤンキー海鷹黒鷹みたいに六本木銀座の方から昭和通り上辺りを抜け、永代橋の向こうをぐるりと門仲上空を抜けて民間ヘリ、官公庁ヘリが降りていく、はたまた豊洲の縦長群の向こうから中央大橋と天樹の間を西に向けて出ていくようになりました。
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ま、そもそも空が凄く空いている昨今なんで、気付いている住民はあまり居ないかな。コロナ騒動で空母ロンの定期航海出航も遅れるようでヤンキー海鷹も殆ど来ないし、大川の騒々しい観光船や小型タンカーもほぼ皆無。

船も通わぬ大川を遡り、ぶんちょう夫人がいつも眺めていた中央大橋も、永代橋も越えた遙か荒川の辺りじゃ、今頃、小さな命が荼毘に付されているんだろー。

新佃嶋界隈に、静かな初夏の午後が過ぎていく。

大川に 薫風凪いで とりがゆく

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新帝都の新たな空の道(湾岸編) [新佃嶋界隈]

どうやら昨日から話題の羽田空港新離着陸コースのテスト運用が始まっているらしく、今日も朝から佃嶋先っぽから眺める湾岸から新帝都東半分に輪を描いた辺りの空の様子は、随分と違ってます。

一年でいちばん寒い筈の春節の頃、新暦ならもう睦月晦日から如月の空はどこまでも透き通り、でも妙に暖かく、月間生産枚数100枚に迫るというまるで40台働き盛りみたいな無茶な仕事をなんとかこなしたボロボロの前頭葉を大川端に晒していると(ホントは医者に1月分の医療機材リース料を払いに行くのを忘れていて、慌てて朝一で並んで番号札を取って、呼ばれるまで外で待ってる、って情けない状況だったんだけどさ)、今や高層縦長屋群林立する豊洲の向こうから、737やら320やら朝の出発便が次々と冬の空へと昇っていく。
今時のCD-9の胴体ほどあるぶっとい双発エンジンがんがん吹かす連中なら、新宿の西側にアルプスのように聳える5000メートル級の治外法権横田空域の上でもなんなく昇っていけるわけだが、それでもやっぱりぐるりと大回り。羽田Cランを離陸すると大きく右に旋回し、湾岸高層マンションビルがディズニーランドになった辺りで今度は左に旋回。北日本やシベリア、北米に向かう連中はそのまま市川から江戸川上空を真っ直ぐ北に向かい、富山河川敷や小松、米子コナンくん空港なんぞに向かうちっちゃな奴らとか、ソウルやらその向こうの北京、大連なんぞに向かうそこそこ図体のデカい連中はどんどん左旋回を続け、やくぺん先生オフィスの巨大柿の木の上を抜け、横田空域の上に出て西に向かうのであります。

さても、そんな帝都東の空の道が、昨日からちょっと様子が変わってます。これまでと比べると川一つ西に新しい道が出来た。浦安やら市川上空で江戸川河口から関東平野に入ったのが、葛西臨海公園と東京ヘリポートの間の荒川放水路上空を、まるでヤンキー海鷹くんが川筋に沿うように右に左に体を振りながら突っ走り高度を取っていくようになりました。瞠目せよ、午前10時のBAヒースロー行きが、ぐうううっと左に旋回して荒川放水路上空を昇っていくっ!
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シベリア越えて英都に到着する頃には、大英帝国は大陸から分離し再び栄光の独立独歩の世界となってるのじゃっ!入国の「EUはこちら」ってラインはどうなるのかしら?

佃嶋の先っぽから眺めるに、日本海側便及びソウルビーコン拾う西行き国際便は天樹の直ぐ向こう、って感じで旋回してきます。とはいえ、正直、ここ佃から眺める限りは、あんまり状況は変わったようには思えないのがホントのところだなぁ。

てなわけで、11時過ぎに午前の運用テストが終わり、やくぺん先生もお医者さんに行き、チャリチャリと銀座まで行きNikonさんで一眼レフをお掃除し、またチャリチャリと戻ってくる。さても1ヶ月の間に崩壊した日記やら自分への秘書仕事をするべぇと、シン・ゴジラ目線の勉強部屋に向かい、冬の視界の良い新帝都を眺めおると、午後3時過ぎくらいから再び羽田新離陸ルートのテストが再開されたようでありまする。

おおおお、帝都東の庶民貧乏人達よ、空を見上げよ、威風堂々、ルフトハンザの8ジャンボがフランクフルトに向け新開地の空に勇姿を輝かせておるではないかっ!
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今までの市川上空ルートでは流石の大空の王者とはいえ豆粒みたいにしか見えなかったけど、その美しい姿を大きく左に振り、東京ディズニーランド上空から荒川放水路の上へと進んでくるぞっ。
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川筋に沿って巨体を揺すり、天樹向こうの葛飾区と足立区の境、ゴーン氏には懐かしの小菅上空辺りで、また大きく右に振り
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成田から挙がってくるシベリア街道行きと合流に向かう。

かくて新帝都の新しい空の道、川筋一本西に寄っただけとはいえ、随分と違った風景にはなっておりまする。果たして荒川放水路の東は葛飾からはどんな風にみえるのやら、数日後に葛飾巨大柿の木の上空の様子をば、またご報告しましょうぞ。

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感謝祭のお客さん [新佃嶋界隈]

ホントに久しぶりの佃地元ネタ。サンクスギビング休暇のお気楽話ですぅ。

ブラック・フライデーのセール案内が山のように飛び込んでくるけどなーんにも買わない資本主義社会の宿敵やくぺん先生、昨日の冷たい雨のサンクスギビングのお休み(実質的にアメリカ合衆国の委任統治領みたいなニッポンだけど、流石にこの習慣だけは入ってきませんねぇ)、朝に葛飾オフィスで吹き始めた木枯らしに落とされた柿の葉をガサゴソとかき集めてゴミ袋に入れ、午前8時にやってくる燃えるゴミ収集に間に合わせ、手間取っていた原稿の初稿を編集部に入れて、今日は遙か鶴見までアルディッティQに行くんだっけか、と日程把握すら怪しいアホな糠味噌頭でボーッと大川端まで戻ってきて、小雨降る佃堀の横を医療器具引っ張ってダラダラ歩きながら、新しくなった佃堀で生まれ育ったカルガモたちのテリトリーにもなにやらいろいろ冬のお客さんも来る季節になったなぁ、なーんてぼーっと眺めるともなく眺めていると、おやぁ、なんだか見慣れぬ方がいらっしゃるぞ。
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おやまあ、お珍しや、オシドリの旦那さんじゃあありませんかぁ。

地味自慢みたいな奥様は周囲にいないか探したけど、見当たらない。オシドリ旦那ったら、ノコノコと歩いて住吉神社の境内裏からポチャンと佃堀に飛び込み、ノンビリ泳いだり、水面をバタバタ飛んだりなさってますぅ。
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道行くニンゲンの方々ったら、秋の終わりの冷たい雨に足下ばかりを眺めていて、スターがいらっしゃるのに気付いてないみたい。

やくぺん先生も、ともかく医療器具を縦長屋に置いたらまた出かけなきゃならんので、名残惜しげにご挨拶だけさせていただきましたとさ。明日は晴れると言うから、また会いに来るからねぇ。

※※※

感謝祭なのに、だか、感謝祭だから、なのか、七面鳥ならぬケンタッキーの毎月28日は「ニワトリの日」セール1000円パックを佃縦長屋ご家族で喰らった翌朝、さあ買った買ったのブラック・フライデーは天高く晴れ渡り、今日はヤンキー猛禽類は絶対に飛ばない新帝都の空の下、朝っぱらにお医者さんに行きついでに佃堀を眺めると、おお、いらっしゃるいらっしゃる、数ヶ月前に出来たピカピカの船着き場、すっかりカルガモ一家の寝床になってるところに、イケメン旦那もノンビリ寝てらっしゃいます。
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一丁目の長老曰く、「昨日から居るんだよ、久しぶりだねぇ。え、雌は…いないなぁ。」

やってきた幼稚園の子供たちに、ほれ、あそこで寝てるのが世界でいちばん綺麗な鴨だよ、と指さすと、きゃーきゃーぴーぴー、なんか先生の方が喜んで携帯でピースしたりしてさ。秋晴れの佃堀、スターの出現にちょっとしたパニック状態じゃ。

さても、これからどうするのかなぁ、と思ってたら、夕方前にアマービレ聴きに横浜に向かうべくまた佃堀横を抜けながら水面を眺めると、イケメン旦那の姿がありません。どうやら、奥さんのいらっしゃりそうな場所に抜けちゃったみたい。

かくて久しぶりの鴨界のスター、佃堀にはサンクスギビング休暇に一泊二日なさっただけでありました。カメラマンの被写体にされるなら、インバウンドさん溢れるニッポンチャチャチャの浜離宮の方が良いのかもね。しっかりスターするんだぞぉ。

オシドリも ターキーもゆき 秋が往く

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チャックの船大川を往く! [新佃嶋界隈]

すっかり冬の空になった帝都を貫く大川に、トンでもないもんが出現しましたぁ!
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なんじゃこりゃ、とお思いになるでありましょーねぇ。こちらでありまする。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000005300.000007006.html?fbclid=IwAR2kccbGsvFUDjHMn2j961nXCXQMicNkbnnjVj9FQYhpIakjl-lPupB8irA
本日昼過ぎから午後2時まで、大川の真ん中より上流、浅草から桜橋の辺りを連日いったり来たりするそうな。面倒なんで、以下にコピペ。

※※※

■ふねと水辺のアートプロジェクト 第3弾「ファスナーの船」
日程:12月14日(金)~28日(金)
※天候や川の状況により中止の場合あり
時間:12:00~14:00 ※時間は前後する可能性あり
場所:隅田川・吾妻橋~桜橋の川岸付近(上記時間帯に往復)
交通:吾妻橋=東武伊勢崎線・東京メトロ銀座線・都営地下鉄
浅草線「浅草駅」から徒歩1分
観覧費:無料
特設サイト:https://sumidagawa2018.com
協力:一般社団法人日本チャーターヨット協会

※※※

関係者の方に依れば、豊洲の向こうの船着き場に係留してあって、毎日、大川を豊洲側から相生橋潜って、やくぺん先生の塒の下通って、永代橋なんぞ潜って通勤してくるそうなんで、新佃嶋界隈、佃2丁目や3丁目にお住まいの方々は、年末までの2週間程、この屋形船よりちょっと小ぶりの銀色のファスナーが大川を往き来する姿が見られるようです。これが永代橋の下を通過するファスナーくん。
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ううううん、やっぱり大川が水が多すぎて、うまいくあいに「ファスナーが開いていく」みたいな波紋は描けないのかなぁ。その辺り、2週間の試行錯誤で変化があるのかしら。

帝都の水辺を走りまわるのは初めてとのことで、となればやっぱり欲しいのは天樹とのツーショット、はたまた浅草対岸の〇んちビルとのツーショットということになるのであろーが、少なくともやくぺん先生勉強部屋から眺める天樹とのツーショットは…チャックがちっちゃくて判らんわいっ!
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そんな年末大川を彩るアートを眺めてやろうというのか、チャックくんが新大橋向こうの大曲を超えて見えなくなった頃、上空には恐らくは帝都上空を跋扈する小さなマシンとぶものたちの中でもいちばんハデハデな奴がやってきたぞぉ。
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俺の方がクールだぞぉ、と正真正銘のヤンキー塗装で、横田飛行クラブのセスナくんがファスナー丸を見下ろしておったとさ。

大川に ファスナー広げ 年も往く

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祭りの頃 [新佃嶋界隈]

去る日曜日、平昌の音楽の祭りから戻ってくると、帝都湾岸佃は3年に一度の例大祭の真っ最中でありました。月島駅から荷物引っ張って島の北の外れの縦長屋に向かう道中、町内の公道は怪しげな睦連中が我がもの顔で闊歩し、路地も人で溢れてる。佃小橋の所まで来ると、正に八角神輿が一丁目御神域を抜けて出て行くとこ。
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なんせ我ら縦長屋住人は、同じ町内にありながら「お祭り」には無関係。縦長屋住民組織の回覧で「宗教的な理由から管理組合として住吉さんへのお祭りの寄付は断り、二丁目町会に託しました」とまわってきたけど、託された町会がどんなになってるかは容易に想像がつくなぁ…嗚呼。

佃堀を過ぎればお祭りの喧噪は一気になくなり、町神輿も中央大橋東詰まではやって来ない。なんとも不思議な、神様の町内出張を文字通り高みの見物。地べた民から縦長屋住民となり、そんな妙てけれんな夏の祭りにも慣れつつある自分が、なんだかちょっとオソロシイけどさ。

他人事でぼーっとしてる間に佃の表祭りも終わり、いつになったら佃堀に埋め戻されるやらよーわからぬ幟の柱がいつまでも聳えてら。
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大川に面した幟柱の足下、佃の佃に田中屋さんに行き、成田空港アプローチ下で墓を守って下さってるぼーさん用に4400円もする巨大詰め合わせを奮発、異教徒なりに世間に格好を付けるだけの墓参りをするのが、お袋が広島原爆忌の朝に没してからの縦長屋&葛飾住民たるやくぺん先生に残された唯一の夏の祭りなのであーる。

ヒロシマナガサキの皆様が灼熱の下で死んでくれなければ、日本国政府は敗戦の決定なんぞ出来ぬままズルズルと本土上陸作戦になり、親爺は九十九里に掘った塹壕から飛び出して上陸してくる米軍に殺されていただろう。当然、あたしゃ、この世には存在しない。誰に「ありがとう」と言って良いか判らないので、しょーがないから天を仰げば、目に入るのは遙か福建省は厦門から飛来し、成田へと高度を下げていく厦門航空のお腹。
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楽しい日本観光に向かう客を満載したあの787は、爺さんも関わった重慶空爆に向かった陸攻とは正反対に、ノンビリと夏空を渡ってきた。それがどんなしょーもない世界であれ、ちょっとは世界は良くなったと思いたいぞ。ねえ、爺さん。

戻って来た佃で世間に関係なく日常の作文作業に勤みお盆休みとやらが過ぎ、次の週末が近付くが、湾岸最後の夏祭りはいくら待ってももう来ない。なんせ、世界大運動会の開催が決まり、帝都に遺された最後の広大な空き地たる晴海埠頭が大手デベロッパー寄って集っての事業体に二束三文で売り払われ、「選手村」なる名称の高層マンションがニョキニョキ建てられることになり、東京都中央区民の夏の最大の娯楽、「東京湾大華火大会」は中止となってしまったのは数年前のことなのであった。

ところがなんとなんと、かつて栄華を極めた湾岸大華火大会のその夜に、遙か虹橋の向こうでテレビ局主導の花火大会が始まると知ったのは当日の午後。って、華火大会の日は相生橋南詰めで町会交通整理をさせたれていた頃は、新佃嶋近辺もお祭りの空気はあったものの、距離とすれば隅田川花火より遠いお台場サントリー本社の方じゃ、「へ、やってるの」ってもんでありまする。7時を過ぎても音はすれど林立してしまった縦長屋の向こう、微かに眺める虹橋が煙って、白い塗装がいろんな色に変化するのが見えるだけ。

…ったら、音の方向が違うようじゃ。あれ、なんでしょね、あれは。
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なんと、これまたアベバブルで高層オフィスやマンションが林立してしまい、都庁も首相官邸も警視庁も見えなくなった向こう、六本木ヒルズの彼方、トランプ来日時には橫田のイロコイやロンの海鷹がグルングルン舞っていた辺りが、花火で光ってら。なるほど、あれは遙か神宮の花火大会。帝都の東西で大花火打ち上げショーを同時にやるって、祭りインフレにも程があるわいのぉ。

既にその頃、お台場の一部も配下に収める門仲富岡八幡、昨年のドロドロどころか神社本庁やら日本会議の参与まで噂されるおぞましい宮司一家内殺人事件に揺れて今年の本祭りはどうなるかと心配されたけど、宮司がどうあれ祭りは祭り。既に花火二連発の日から祭りに突入。本日はあの「デカすぎて担げず、クレーンとトラックで移動するしかない」というギャグ状態の巨大本神輿も広大な支配領域に出て来て、その真ん中を突っ切る清澄通りを通る都バスはこんなことになってる。
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幸い、佃縦長屋から葛飾オフィスに向かうべく天樹下まで向かう我が都バスは、ギリギリ規制に引っ掛からない時間でクリアー。普段は敬老パスで混雑する車内は、今日は観光客で溢れ、車窓には町神輿があちこちで走りまわり、やってくるのを待つ人々。
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かくて、深川のハデハデな祭りを横目に、祭りもなにもなく、巨大柿の木とちっちゃな蜜柑が実りつつある新開地へと向かうやくぺん先生であったとさ。

さても、あとは、内紛で分裂した佃の盆踊りを分裂派が月遅れて開催するという新イベントが終われば、湾岸の祭りの季節はこれにて全て終了。嫌でも秋がやってくる。既に午後の5時ともなれば大川端には夕方の空気が漂い、ランナーたちは上がってきたちっちゃな蟹たちを踏みつけないように気遣いながら走り、チョウゲンボウが舞い…

往く祭り 他人事と化す Godzilla目線

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