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柴又・川崎・中央区 [新佃嶋界隈]

本日、すっかり川崎夏の風物詩となったミューザサマーフェスティバルで、こんな演奏会を拝聴してまいりましたです。
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/calendar/detail.php?id=3169
生誕90年のマエストロ山本直純を顕彰する演奏会で、指揮者の広上さんがコロナでキャンセルになるなどなかなか大変だったようですが、ま、直純さんという人の大変さを考えればこれくらいのことはあるだろー、がははははあぁ、って感じですかね。聴衆は直純さんと時代を過ごしてきた方々が中心で、《歌えバンバン》で熟年が一緒になって手を叩いたり。オケはもう直純さんは知らない奏者ばかりでしょうが、残るべきものは残っていくのであろうなぁ、といろいろ考えさせられた次第でありまする。やっぱり祐ちゃんが編曲した名曲メドレーの最後が《男はつらいよ》になるのは、元葛飾区民ならずとも、当然と言えば当然でありましょうねぇ。
横に流れてるのが六郷川じゃなくて江戸川に思えてくる、涙なみだの選曲でありました。

この演奏会、最後にアンコールで直純さんが川崎市のために作曲した《好きですかわさき愛の街》が披露され、大いに盛り上がって終わりました。
終演後にホールの方に「この曲って、川崎市民は知ってるんですか」と訊ねると、「ゴミ収集車がフルコーラス流しながら来るので、子供でも知ってます」とのこと。なるほどなぁ。なお、殆どが騒音ですので、視聴ダイナミックスにお気を付けて。上のローカルアイドルさんが散々歌ってるのを聴いた後なら、確実に聴き取れることでありましょうぞ。

明治文明開化以降、ニッポン国に西洋音楽が移入されてから、作曲家さんは市歌県歌などを作るのは米の飯としていたわけでありますな。直純さんもいっぱいあるんだろうなぁ、と興味本位で調べてみたら、おおおおお、なんとまあ、こんなものがありました。
https://www.uta-net.com/movie/248462/
いやぁ、これは知らなかった。区文化財団がない文化不毛の地中央区は晴海地区に今世紀の初めにニッポンでほぼ初のNPOによるホール運営と地域アート振興を目的に立ち上げられた某団体の立ち上げディレクターだった方に訊ねてみたら、「そんなの知らないよぉ」とのこと。それほど古い作品ではないのだけど…川崎のようなヒット曲にはならなかったんですなぁ。まあ、確かに…

♪愛がある 愛がある いつまでも 愛がある わがまちよ ああ中央区

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煎餅屋が消えた島 [新佃嶋界隈]

たまにはノンビリ、どーでもいい話。って、あたしとしてみれば、もうこんなところに住んでいる必要が無いと腹の中では思っている程の大問題なんですけど…

世間では「東京の下町の空気が残る」とか「お江戸町歩きスポット」とか、まあとてもじゃないがそんなんじゃないぞ、としか思えぬような形容句くっつけて語られる新佃嶋界隈でありまするがぁ、東京からの転出者超過となるコロナ禍の世界にドンドンと変貌している場所でもありまする。

もんじゃ通りとして知られる月島西仲通にしたところで、この数年で地上階に路地タイプの店舗を入れたハイライズが何本も建ち、勝ち鬨近辺に林立するハイライズ、はたまた都民最後の都心の最大財産を大手ゼネコン共同体がよってたかって常識額の10分の1でかすめ取った晴海地区オリパラ選手村跡地再開発と、御上に裏切られ続けた島周辺大川河口地区は、21世紀になっても相変わらずの無茶苦茶ぶり。

今や気分はすっかり温泉県盆地の田圃の中住人たるやくぺん先生ったら、もう俺は知らん、どうにでもなれ、沈んでしまえ、地震で崩れろ、と腹の中では思っているわけでありまするが…とうとう、ホントに「こんな島、沈んでしまえ」と叫ばざるを得ない事態となったのであります。

ええ、やくぺん先生にとって、この地球上で最も必要としていた食い物のひとつが、月島西仲通商店街の入口近くにあった煎餅屋さん胡萩堂の「げんこつ」でありました。写真を示したいけど、あまりにも当たり前のもので、探してもない。ガラスじゃなくて袋詰めだったんで、この紹介ページにもない。
https://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/archive/2016/08/post-3576.html

ここで「げんこつ」について論じ始めれば、もう新書本どころか単行本一冊書ける勢いなんだがぁ、敢えてそんなことはせんわい。ともかく、銀座あけぼのの「われげんこつ」みたいな紛いもんを「げんこつ」と思ってはいかんぞよ。あれはあくまでも「われげんこつ」で「げんこつ」ではない、とあけぼのさんも正々堂々と認めているではないかい。うん。
http://www.ginza-akebono.co.jp/about/material.html

ま、あちこちの煎餅屋に「げんこつ」と名告るものは存在し、それはそれでやくぺん先生が文句を言うものではないけれど、ともかく、世界一の、いや、この我々が知る宇宙で唯一にして無二の真の「げんこつ」を提供する店は、月島胡萩堂しか存在しないのであった。これはもう、絶対の真理なのじゃ!

ああ、そんな貴重なお店、数年前からおばちゃんがやる気あるんだかないんだかよーわからん状態で、たまにまとめ買いに行くといろいろ話はしたものの、いつまでやるかねぇ、という雰囲気漂っていた。向かいの「世界で最もメガ盛りな唐揚げ弁当」を無造作に出していたもの凄く仲の悪い爺ちゃんと婆ちゃんがやってた弁当屋が311後になくなった頃から、その日がいつか来るのではないかと感じてはいたものの…

コロナ禍、葛飾オフィスへの自主隔離、そして葛飾巨大柿ノ木から温泉県パーシモンゲートが迎えるオフィスへの移転と、周囲バタバタして西仲通にもまるで顔を出していなかったこの2年、そもそも温泉県があるキューシュー島には「煎餅」と呼ぶべき食物が存在しないという驚異的事実を前に、ともかく周囲からありったけの煎餅を温泉県盆地に持ち込まねばと万札握り締め、「おばちゃん、在庫のげんこつ、みんなちょうだいな」と叫ばんと西仲通に向かったらぁ、おおおおおおお…
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ない、ない、ないっ!我が魂の「げんこつ」屋さんがなくなり、別の店舗となりつつあるじゃあないかぁ!

いずれそうなりそうな気配はあったから、一億歩譲ってこの現実を受け入れるとしましょう。問題はそこからじゃわ。せめて交代の「げんこつ」モドキをば購入せんとGoogleMapさんに「煎餅」と入れて検索を掛けたら、なんとなんとなんとなんと、銀座方面にはいくらでもあり、門仲にもいくらでもあるのだけど(敢えて暴言を吐かせていただけば、「日本一固い」などと自分で煽るような店は信用できませんです)
https://www.kikaku-sembei.co.jp/
佃月島晴海の大川河口島の上には、煎餅屋が一軒もないと仰るではないの!え、冗談だろ、って。

かくて、「銀座東京駅から最も近い田舎」たる佃嶋界隈は、煎餅屋すら存在しない新帝都の僻地であることが判明したのであった。

ホントにないのか?ほ、ホントに…

[追記]

いじましく「月島胡萩堂」とWeb上をウロウロしていたら、ある方の個人サイトに今は亡きあの至高の「げんこつ」のお姿を発見しました。勝手ながら、遺影をここに掲げさせていただきます。
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大川端をドローンが渡る日 [新佃嶋界隈]

一昨日の晩、冬至のすっかり日も暮れた大川は中央大橋をダラダラと跨いでると、天樹の方は中央大橋と永代橋の間の大川上空に赤い小さな点が浮いているわい。クリスマス遊覧飛行で東京ヘリポートから出張ってお稼ぎ中のちっちゃなロビンソンじゃ、富豪が大奮発してもホバリングで観光させてくれるわけもないし、警察や報道でもなさそうだしぃ、なんじゃらほぃ、と思って暫く眺めていたら、どうやらドローンくんじゃあないの。へえ、冬至だかクリスマスだかでライトアップされている新帝都の空撮かいな、許可取るのめんどーだったろーなぁ…なぁーんて思ってた。

そしたら、昨日になって中央大橋越えて仕事に出て行ったお嫁ちゃまから、「橋の上でドローンの実証実験やってるよ」との連絡。へえ、と眺めてみると、おおおお、こんな奴が目の前を川下に向けて渡っていくではないかいな。
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って、この写真は縦長屋から東京駅方面を眺めたときのもんじゃなく、その後に地上から見上げたときのもの。縦長屋からセレブなブンチョウくんと一緒に眺めてると、川向こうは映画「空気人形」の舞台になった鉄砲洲に数年前に立ち上がって都庁方面の眺望を遮ってしまった36階建て縦長屋との間を、まっ黒けドローンくんが突っ走っておりましたです。高さは、こちらの縦長屋の最上階よりもちょっと上くらい、250から300メートルくらい、ってところかしら。

なんせ中央区は全面的にドローン飛行禁止区域。とはいえ、昨今の動向では、東京都だか国土交通省だか知らんが、放送局やら創価学会系の流通企業やらに圧力加えられてドローン運用解禁に向けた重い腰を上げ、実験でもやってるのか、と勝手に納得しておったであります。

かくて本日、温泉県盆地の賢人がわざわざ新帝都は上野の杜に出向いて50回目の年末《ゴルドベルク》を披露してくださる予定が九十肩で中止。その後で京成電車で急ぐ予定だった千葉市立美術館での弦楽トリオ《ゴルドベルク》のいんちきカメラマン仕事を久々に行うため、ノコノコと大川越えて茅場町から西船橋まで地下鉄でえっちらおっちら向かうべぇか、と中央大橋を越えんとす。その前に、久しぶりに大川端のドバやら雀やらの様子でも眺めてやるかいな、とノマド場に下ってみると、ほお、橋の上で今日もなんかやっておるわい。
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一昨日夜に目撃した辺りに、今日もドローンくんが舞っておりまする。ちっちゃいけど、お判りかな。

中央大橋越えて、目の前を通って佃大橋の方に向かい、聖路加の辺りで見えなくなりました。なにやっとるんだか。

ってなわけで、橋を渡る途中で歩道に立ってるスタッフさんに、あれやこれやと訊ねてみました。
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以下、そのお返事を箇条書きで列挙。

◆運用実験をやってるのは、国土交通省や東京都ではなく、JAL系の民間企業。

◆やってることは、「隅田川の橋3つを越えて、向こうの製薬会社から聖路加病院に医薬品をドローンで緊急搬送するための実証実験です」。

なるほどぉ。Googleマップで調べてみると、確かに永代橋の向こう、豊海橋から日本橋川にちょっと入った浜町の川縁に東和薬品の営業所があるわい。ここからドローンくんのお腹に薬詰め込んで、永代橋→中央大橋→佃大橋を越えて大川筋を飛ばし、聖路加ガーデンまで持ってく、距離にして1.7キロくらい。超速歩きで知られるGoogleマップさん曰く、歩いて22分で自転車なら9分、車なら8分とのこと。ドローンくんたちって、性能はいろいろあるんだろーけど、無風時の普通の運用なら時速にして50キロから80キロくらいだろうから、日本橋川から大川に入って右折、あとは真っ直ぐ大川上空を来るとすると距離は500メートル+1キロ半くらいで約2キロ弱、この距離を突っ走れば、離着陸含め3分くらいで来るだろうとは思えますね。

大川端周辺住民とすれば、心配なのは「うちに突っ込んでこないか」ってことであります。んで、おにーさんに「どれくらいの高さで飛ぶ予定なの、昨日から眺めてると300メートル弱くらい、って感じなんだけど」と訊ねると、そんなこと訊ねられてもあたしゃ操縦士でないので知らん、とのこと。広報でないので応えられない、ではありませんでした。

ま、ホントの事いうと、もっと心配なのは、この空域はヤンキー海鷹黒鷹の牙城で、地位協定でニッポン国内法一切無視の「川筋に沿って上空1000から1200フィートで飛行」という見知らぬ占領地などでの基本的な飛び方をしっかり実行なさっている場所なのだ、という現実。コロナ禍になってからは眼に見えて飛来が減っているとはいえ(ってか、大川端縦長屋勉強部屋がコロナで使用中止になっていた為、ロンの海鷹や座間の黒鷹、横田のイロコイがお仕事中のやくぺん先生の目の前を突っ走っていく姿を目撃する機会が圧倒的に減っていただけかもしれんけどさ)、新帝都に君臨するマシン猛禽類の頂点在日米軍と聖路加運搬ドローンが空中衝突する可能性は否定出来んわなぁ。この実証実験、厚木や座間に連絡行ってるのかしらね。

とにもかくにも、やくぺん先生が大川端にいる間に、目の前にまっ黒な聖路加ドローンくんが行き来するのが当たり前な風景になるのか…どうなんでしょ。ま、ドローンくんがカワウやら烏やらチョウゲンボウさんの生活の邪魔をなさらないといいんだけどさ。

トンビども そこのけそこのけ ドロンがとーる

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晴海の落日 [新佃嶋界隈]

先週だかの曇り空の寒い午後、オリパラで軍隊警察が出てまるで軍事基地か原発か、って状況の現地人オフリミット空間だった我がノマド場のひとつ、晴海客船ターミナルに行ってまいりましたです。やっと都バスも走り始め、トリトン前から南に向けて真っ直ぐ、一応、一般人もアプローチ出来る道がひとつだけ開いている。
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で、辿り付いた埠頭は、こんなん。
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うーむ、いかな「帝都で最も寂しい観光スポット」として有名だったとはいえ、やはり秋の曇り空の下に鳴くは閑古鳥ばかり、って状況は相変わらず…どころか、無人のアパートが廃墟の様に並ぶ中、ますます寂しさは増すばかり。かつては各国軍隊がニッポン・エンペラー足下のオフィシャル・ポートに入港し一礼する場所だったとは思えぬ、知らん人がみたら海辺の廃墟アパート街施設のようになってしまってら。客船ターミナルには入港予定は一切掲げられず、ホントにやってるんか、という状況。

あああああ、と寂しく思っていたら、こんなニュースが。
https://funeco.jp/news/news-18012/
やったぁ、フランス海軍のフリゲートだか以来まるまる2年ぶりくらい、やっと晴海にマニアさんが詰めかけ殺気だった空気が漂う祭りの日が戻ってくる、と喜んだんだけどぉ、じっくり眺めると「お台場の国際ターミナル」とあるではないかい。

なんじゃそれ?

どうやら、コロナ騒動の最中、ホントにトーキョーでやってたのか判りゃしないインチキ五輪のドサクサに紛れ、かつての船の科学館は二式大艇が展示されてた辺りに、国際旅客ターミナルが移転してしまったらしいわい。なんなん。
https://www.tptc.co.jp/terminal/guide/cruise

うううむ、なんだかしらんが、これはともかく眺めておかねばならぬ。ってなわけで、朝からチャリチャリと晴海の横に出来た新しい橋を豊洲に渡り、2021ヴァーチャル・インチキオリンピック巨大仮設スタジオの解体作業が進み更地ばかりとなった有明を抜け、まあああっすぐお台場のサントリーやらフジテレビの前を過ぎ、羽田行く高速の上を跨いで、オレンジ色に輝く宗谷が見えてくる辺りまで銀輪こぎこぎ40分近く、新しいターミナルまで詣でたのじゃわい。手に独連邦共和国の旗を持ったマニアさんたちが歩いて行くのを追いかけるや、おおお、おったおった。
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ターミナルそのものは、晴海のようなバブル期の浮かれた感じはない妙に質実剛健の今風の合理的な(四角くて白いだけの)広い空間。要は、なにもない、ってこと。で、こんな様子。
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遙かお台場の観光スポットの間に、晴海トリトンが頭を出している。
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コロナ故か、一般公開のない帝都公式訪問艦、ぼーっとリンクスくんを眺めてると、偉い人が戻ってきたらしく、兵隊たちが出迎えてら。
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それにしても、目の前にゆりかもめの駅はあるといえ、ここからじゃあ晴海の頃のように水兵達が歩いて銀座まで行くなんて不可能だなぁ。そもそも今、自由行動って許されてるのかしら。

もうこれからは、虹橋の下をギリギリに潜って帝都表敬訪問の軍艦が晴海に接岸することもないのだろー。皇紀2600年からなんのかんの80年、栄光の晴海は国家的詐欺と歴史に記されるであろうインチキ五輪のあおりを喰らって、いつのまにやらその役割を終えることになった…のかしら。

虹橋を マストに臨み 日が落ちる

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お彼岸の佃堀 [新佃嶋界隈]

「暑さ寒さも彼岸まで」という諺(というのか、こういうの?)が、今世紀に入った頃からは「暑さ暑さだ彼岸まで」と変更になった帝都、今年ったら中秋の名月も過ぎ、お彼岸の中日を過ぎてもまるっきり夏みたいな気の触れた湿気と熱気が漂い、東京オリンピックは大丈夫か…って、いつの間にか地域住民が気付かぬうちにとっくに終わっているんだっけか。

とはいえ、日に日に夕暮れは早くなっており、5時を過ぎれば夕方の空気が漂い出す大川端。釣り船の五輪警戒船アルバイトも終わったか、もうコロナ禍なんてどーにでもなれの都民を乗せて朝晩出て行く佃堀は佃小橋辺りは、なんだか知らんがこのところ、やたらとハゼ釣りの老若男女で溢れかえっておりまする。いつも、こんなだっけね。

なんせ、本日までの半年とすこし、葛飾オフィスを失い、縦長屋のシン・ゴジラ視線勉強部屋は緊急事態宣言発令で使用禁止が続き、文字通り「居場所がない」やくぺん先生ったら、仕方なく仮オフィスとしていた佃大橋南東詰めの旭倉庫にてこてこ通う道すがら、佃堀を眺める日々だったのであります。

んで、石武新オフィスも本格化し、いよいよ旭倉庫仮オフィスの撤収が始まったのが数日前。あれやこれやと小間物を段ボールにぶち込み
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南の温泉県とはいえ高度450メートルの盆地、冬はガッツリ氷点下で雪も降る。新帝都の半端な冬には不要なミネアポリスやらボストンの冬用の着るものを縦長屋から仮オフィスに運び込み
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あとは搬出を待つばかり、ってことになってきた。

昨日の昼前、もう仮オフィスとすら言えなくなってる倉庫に向け、夏のような水蒸気の中を歩いて行くと、ドバドバたちが壮大に植わってる藪の向こうから、甲高いジジジジという聞き慣れぬ声が響いてくるぞ。おおおお、目の前を、翡翠色の飛翔体が水門の方にすっ飛んで行き、水辺に着陸するではないかぁ!
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お判り…にはならんじゃろね、なんせふるういiPhoneの解像力じゃから。

あああ、とアホ顔晒して眺めてると、佃堀のことならなんでも知ってる元佃のご隠居が、でっかい長球ぶら下げたカメラマンさんと一緒にやってくる。曰く、「先週くらいからね、子どものカワセミが来てるのよ。この人、もう写真いっぱい撮って、インターネットにアップしているんだってさ…」。どうやら、佃小橋南側のハゼ釣りの人々とバーダー系カメラマンさんたちの間には微妙な空気があるようで、ご隠居もやれやて、って苦笑気味でありました。

かくて本日、10余年使わせていただいた旭倉庫から荷物を完全搬出、豊洲倉庫の家財と一緒に来週の石武オフィスへの搬入までしばしの別れとなる作業の立ち会いのため、朝もはよから佃堀脇を通勤していく。と、おおお、いらっしゃいました、佃小橋の下の、例大祭の幟が埋まっているのを示す杭の上に、ちょこんとお座りのちっちゃな水辺のスター。
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まだよくわからないけど、お嬢さんみたい。じっとご飯の動きを眺め、ぷっと壮大なうんちして、住吉さんの方に去って行きましたとさ。

ヘンっだ、あたしだって綺麗よ、と向こうでイソヒヨねーさんがキラキラと真っ黒い美肌を光らせてる。そー、貴方もホントにステキですよ、隠れた佃堀のべっぴんさんですからね。
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それにしてもここ佃堀、マジにハゼ釣り人の糸や針などが放置されていたら、カワセミお嬢さんには危険な場所だわなぁ。居着いても良い条件がそろっているのに、なぜかここにはカワセミが居着かないのは、それなりに訳があるのだろう。チョウゲンボウはいるけどツミはみたことないといえ、なんせドバと違わない大きさで静かにやってくるシティハンターだからなぁ。

おっと、いつまでも眺めていられない。倉庫で搬出の立ち会いをせねば。
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佃堀通勤路、綺麗なお嬢さん達に見送られる最後の朝でありました。

秋の朝 暑さ切り裂け ぶらっく・あん・ぶるー

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仕事場も祭もない初夏へ [新佃嶋界隈]

以下、全くどーでもいい駄文です。暇つぶしにもなりませんから。

葛飾オフィスを撤収して1ヶ月、風薫る皐月となりましたです。オフィスがなくなって直後の4月始めには、「いろいろあったオフィスの移転先探しもやっと決着が付いたか」と夢のような丸1日ほどを過ごしたものの、急転直下暗転、話がまた振り出しに戻ってしまった。それからは大いに凹みつつも、「東京春音楽祭」が頑張ってくださったお陰で、ほぼ連日どこかの演奏会場に行かねばならないまるでコロナ禍が終わったかの如き状況が2週間ほど続いて、再び気力を振り絞りオフィス探し作業再開どころではなく、連休もやってくるしどーするべーかと思案しているうちに、またまた緊急事態とやらで…

起きているすべてのことに意味があるのであろー、と初夏のような南風に吹かれつつ、足下に「くれないのくれないの」と寄ってくる大川端のドバやら雀たちに佃のセレブなブンチョウくんの食い残しを落としてやりながら、ボーッと午後のコロナ禍緊急事態新帝都を眺める夕方なのであったドバドバ…
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思えば大震災で佃路地裏の地べた長屋のCDや本棚が倒壊しかかった年の秋、「この家を有効に使ってくれ」という遺言を遺して父親が急逝した正にその日にお嫁の家族を佃の縦長屋に迎えることになり、佃地べたの路地と縦長屋、葛飾と寝る場所が三カ所もある無駄といえば無駄な生活が数年続く。流石にこれはコストがかかりすぎると、今世紀頭に諸般の事情でこの地に庵を結ばねばならなくなって目白から移って以来の佃の地べた長屋を捨てることにし、単身赴任状態で住所を中央区から葛飾に移し、佃二丁目町会からも完全に足を洗ったのが2015年の4月のこと。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2015-04-16

それからまるまる6年、佃から巨大柿の木の麓のオフィスに通勤する生活だったのが、昨年冬の終わりからは新型コロナウィルスの家庭内感染を避けるためにやくぺん先生だけが実質葛飾に住み込む自主隔離を敢行、シジュウカラさんやらヒヨちゃんやら、はたまたメジロン夫妻やらほーほーさんらを友とする隠遁生活を送る事となる。コロナ禍は止まず、夏以降は仕事が無く収入激減、秋になるとそれなりの規模の一軒家を維持するだけの固定費支出すらままならない状況に追い込まれ、昨年の父親の10回目の命日には小雨降る中を千葉の成田アプローチ下の墓で手を合わせ、家を処分するという有効な使い方をさせていただくことを許していただく。んで、決断をするや、あれよあれよと話が動き、この3月末までには葛飾を撤収せねばならないことになって…

てなわけで、4月の1日にはこの半世紀、世界の何処に動くにもポケットやら背負子の奥のどこかには入っていた「実家の鍵」がなくなって、妙にスースーする感じになりながら中央区民に復帰。とはいえ、同じ佃二丁目とはいえ三度目の住所は路地ではなく縦長屋の一部屋へと様変わり、とうとうやくぺん先生も地べた民から天上人になったのであーる。

なんせこの町会、地べた民と天上人の間には微妙な、ってか、ハッキリした格差(なのかなぁ、町会では億単位の土地を動かす話ばかりだったから、地べた民の方が圧倒的にほんまもんの金持ちで、縦長屋住民は勤め人か隠居投資家の小金持ちにしか思んのじゃが…)があり、ぶっちゃけ、住所は同じ町内でも、まるでコミュニティが異なります。より正確には、天上人には地べた民的な意味での地域コミュニティは存在していません。話をすれば長いものの、にょきにょきと大川端に縦長屋群が伸びてから既に20余年にもなろうというのに、1000世帯以上の新興住民を前にこんなこのような張り紙を出さねばならないという事実が、いろいろと複雑な事情を物語っているとお判りでありましょうぞ。
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なんせね、一丁目元佃にだって、お祭りが嫌で遙か西のニュータウンに引っ越しちゃう若い世代も居る、という話でしたから。お祭りマニア、お祭りが忘れられない旧住民の臨時参加をあてにしないとやれない「伝統文化」状況は、まだかわっていないようじゃ。縦長屋の街神輿は、やっぱり出せないままなのか。

そんな住吉さんの事情は事情として、選手村まで3キロ、今年も御上に翻弄され、例大祭は2度目の延期なのでありまする。勿論、向かいの鉄砲図稲荷も、その裏番組の有楽町の音楽祭りも、5月連休の例大祭はやっぱり昨年に続きお休みです。
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かくて、オフィスも祭りも無い夏がやってくる。明後日からは昨年の9月以来の現地付近泊まり込みフェスティバル・コンクール取材があるものの、その先は大川端に座って霞ヶ関やら永田町やらを眺めても、どうなるのやらまるで判らぬ。選手村の方からも、ゴーストタウンの空気が流れてくるばかり。

「五月が来た、五月が来た、
 一年経ってまた五月が来た。」

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謹賀新年のご報告 [新佃嶋界隈]

謹賀新年
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新年快乐
Happy New Year!
Frohes Neues Jahr!
Bonne année!

庶民とすれば実質上の鎖国が続き、昨年はやくぺん先生もなんと30年ぶりに一歩も外に出なかった東洋隅っこの列島も、数時間前から無事に2021年でありまする。新たな年に用事のありそうなあの人この人の顔を浮かべ、ありったけご挨拶を記してみるものの、「新年」って感覚だって中華圏とかイスラム圏とは全然違うし、欧州言語圏だって今日がお休みなだけだし…ま、それはそれ。

多摩県最東部の秘境に庵を結んでいたやくぺん先生んちが一念発起帝都に戻り、諸事情に拠り今世紀の頭に中央区佃地区に移ってくるまで、根津、目白と数年に一度の転居を繰り返していた。大川端は佃に来てからは、伝統の佃の祭を支える佃2丁目町会に関わるまでの深い付き合いとなり、結果としていちばん長く住み着いている場所になっております。

2021年春、そんな状況が、恐らくは19年ぶりに変化します。久々の、そして恐らくは人生最後の、激動の年になります。とはいえ、この10年間見慣れた上の風景が、生活圏からなくなるわけではありませんが。

大震災の秋に佃の路地の長屋からこの大川端の縦長屋に諸事情に拠り寝床を移し、さらに全く時を同じくして正月に訪れるくらいだった葛飾の親の家を諸事情に拠り引き受けねばならぬことになった。数年後にはオフィスとなっていた佃の長屋を諸事情に拠り引き払い、樹齢半世紀に迫る巨大柿の木聳える葛飾の旧親の家をオフィスとすることになった。

以降、10年代の半ばから後半、晴れて葛飾区民となって納税も立石の葛飾税務署、佃との二重生活が始まった。そして数年前に「世界中のメイジャー室内楽コンクールを全てみて歩く」という生活からの引退を宣言。そうこうするうちに医療機械を抱えて歩かねばならぬ持病が発覚、仕事も生活も本格的に変えて隠居爺としての生き方を考えねばいけんなぁ、とダラダラしてたら、昨年春節以降のコロナの世界に突入。結果として、家庭内隔離の場所として葛飾オフィスに実質上半年以上の一人暮らしをすることになる。

そこからは世間の皆様同様、世界を襲っているコロナ禍の生活でなんのかんのなんのかんの。で、秋の終わり頃に、大きな決断をせざるを得ないこととなりました。

2021年春、葛飾オフィスを放棄します。

どこにオフィスを移動するか、既に選考に入っております。数週間前に、こんな記事をアップしたのも、それが理由です。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2020-12-03
なんせこのコロナ禍、実際に候補地現場に行ってあれこれ調べるという動きそのものが難しい。でも、葛飾オフィスを引き渡す日はがっつり決まってる…ってのが2021年元旦時点での状況でありまする。

ひとつハッキリしているのは、春節明け頃には数年ぶりに住民票を葛飾から佃に戻すこと。オフィス移転先がどこになるにせよ、加入している国保が東京都の団体なんで、住所は暫くは都内にしておかねばなりませんけど。

コロナ騒動前までは、いずれは佃を引き払ってお嫁ちゃまの学校にも京成電車一本で通いやすい葛飾に蟄居、どうやら荷風みたいに葛飾近辺で死ぬことになりそうだなぁ、と思って「葛飾慕情」なんてしていたカテゴリー名なんだけど、わずか数年で「マンハッタン無宿」同様に使われないカテゴリー入りしそう。まさか葛飾の方を捨てる、という選択になるとはなぁ。

そんなこんな、大激動の年になるのは必至のやくぺん先生の2021年。とはいえ、お嫁ちゃまの学校が退官まであと6年ありますので、まだ暫くは「新佃嶋界隈」は続くことになるんじゃないかな。恐らくは、当無責任電子壁新聞に新しいカテゴリーが出来そう。

みなみなさま、まだ暫くは、よろしくお願いします。あ、まだ柿の木は引き取り手、ありません。

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ちいさな訃報 [新佃嶋界隈]

本日2020年11月1日午前10時、佃在住、箕口ぶん、急逝いたしました。

朝、いつものように「♪ピヨピィーヨ・ピヨピヨピィヨ」と鳴いて塒の扉を開けろ開けろと騒ぎ、寝てる住民を叩き起こし、いつものように週末朝飯定番のスパゲッティを食い散らかし蜂蜜を舐め、足下で生後半年の若造と喧嘩し、足の裏をつっついたりしてた。ちょっと席を外し、あれ、追いかけてこないなぁ、慌てて扉を閉めなくて良いのでラッキー、と思って戻ってきたら、若造がごろんと寝転がった爺さんの姿を横でぼーっと眺めておりました。

愛してたんだか良く判らない嫁さんを失って半年、特に病気でもなく、若い頃の大冒険で片足のツメをひとつ失っているので脚力は弱っていたものの、どうすればカバー出来るかちゃんと知って自分の世界を朝から深夜まで問題なく飛び回ってた。何を思ったか、急に嫁を追いかけあっちの世界に行くことにしたようです。いきなり、パタンと、大川端から新帝都を見晴らす小さな世界から去って行きました。
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享年8歳8日。驚くほどの長寿というわけではないものの、この小さな命に神様が与えられた時間は充分に使い切った大往生でありました。

2012年11月、うちのお嫁ちゃまが前の職場でひとつ大きな仕事を終え、一気に反動が来たかのように体調を悪くし長期休暇を取っていた頃、小さな命の責任をとってみるのはどうだ、という医者からのアドヴァイスを真にうけ、ある日突然、豊洲のホームセンターから生後2週間ほどで毛も生えていない小さなブンチョウを連れてきました。「来るか?」と尋ねたら、目が合ってウンと応えた売れ残りだった。今の自分に新しい命の世話など出来るか心配だったそうですけど、ともかく、お嫁ちゃまが付き合ってきた歴代ブンチョウの定番命名方式により「ぶん」と名付けられた男の子は、お嫁ちゃまから直接食い物を与えられ育ち、狭い縦長屋の中を起きてからお嫁ちゃまの腕の中で寝るまでずっと勝手に飛びまわる生活になり、すっかり「ヒト」として育っていきました。

ちいさな命を育て、物理的な大きさが違う生命体に配慮しながら一緒に暮らすことで、うちのお嫁ちゃまも病からから恢復したばかりか、80年代半ば過ぎからやってきた職種を離れ、若い人を育てることに専念する(=現場を去る)決断も出来ました。まだ自分にもやれることがある、という自信を与えてくれた、人生の小さな恩人であります。

いつまでもひとりでは可哀想ということで、3年のヒトだけとの付き合いを経てお嫁さんを迎えたものの、結局、形は同じで自分より弱い別の種族に敬意をもって接する、という夫婦関係だったようです。奥さんの方はダンディで礼節を弁えたぶんに首ったけだったんですけどねぇ。

コロナ禍に嫁さんに先立たれ、直ぐにひよっこ坊主がやってきて、なんじゃこの騒々しい奴は、と思いながらも歌だけは仕込み、あとは、やくぺん先生が縦長屋に戻ってくるとさっさと掌や懐に入って来てはうとうと寝てしまう、気楽な隠居爺生活をしておりました。お互い、どっちが先かな、とは言わないけどさ。

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ライフスパンの違う命と一緒に生きていくとは、日常の中に常に死を意識すること。ありがとう、ぶん、わしらはもうちょっとこっちの様子を眺めていくよ。

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BRTに乗って第一生命ホールからサントリーホールに行こー! [新佃嶋界隈]

去る10月1日、目出度くも有り難くも、トーキョーオリンピック開発のおこぼれで、銀座東京駅から最も近い田舎佃島界隈にも新たな素晴らしい交通機関が登場しました。こちらですぅ。
https://tokyo-brt.co.jp/
一見したところ都バスと誤解しそうだけど、お江戸は東地区半分千葉の住民を運び続けて一世紀、我らが京成電車が運営する新交通システムでありまする。当面開通したのは、ここ。
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晴海から虎ノ門を結び、昼間は15分に1本くらいで運行中。1時間に1本、新橋止まりの長大な連結バスも1両だけ走っておりまする。

さあ、これでもう、第一生命ホールが終わって慌ててサントリーホールに向かう、案外と半端に動きにくいルートにワームホールが開いたようなもんじゃわい。花電車でも出したいような目出度さよ、まずは乗車してみよーではなかろーか。晴れの特異日10月10日は国民体育の日を前に、台風が新帝都に迫る碌でもない空模様とはいえ、それ故に佃月島豊海方面の新開地住民はこぞって新交通システムを利用するに違いないぞっ!

まずは晴海のBRTターミナルを探さにゃならぬ。どうやらトリトンの中ではなく、再開発され高層縦長屋立ち並ぶ晴海通りを東側に渡った辺りのようなので、ともかくトリトンスクエア最北端の江戸バス停留所の辺りから、それらしき方向に向かってみましょ。
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T字路のながああああい信号を待ち、反対側に渡っても、それらしき案内もバスのターミナルらしき雰囲気もない。Googleマップさんを信じてちょっと豊洲側に歩けば、工事中の柵がすこし途切れ、中に入れるようになっていて、その向こうったら、こんなん。
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ううむ、バスターミナルというのだから、発券所や案内所、はたまた、コンビニとは言わぬも自販機、せめて屋根付きのベンチくらい並んでるかと思えば、単なる広っぱじゃあないかい。今時のハイテク駆使して次のバス到着案内するよーな固定式ポールもない、物の見事な「仮停留所」っぷりなんだけど…

ともかく、目の前の短いバスが乗客皆無のままに発車しようとしているのに飛び乗ります。普通の都バスみたいに前乗りで、PASMOをタッチ。降車扉は真ん中で、前半分はひとりがけ、後ろ半分が二人がけの、前に客が溜まってしまうタイプですなぁ。要は、お馴染みのニッポンの都市バス。

さて、ゆるりゆるりとやくぺん先生のみを乗せたBRTは出発。晴海通りに出て
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このまま真っ直ぐ、選手村という名の晴海ゴーストタウン方向に直進するかと思ったら
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なんと、トリトン横で右に曲がり、勝どき駅方向に向かいます。あれぇ、勝どき駅には停留所がなかったんじゃないかい、と思ってたら、留まらずに駅の上で左に曲がって、勝鬨橋ではなく豊海方面へと向かう。ま、そりゃそーじゃろ。
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延々と南下し、東京タワーズの横を豊洲市場へとマッカーサー道路が抜けて行くところまで至り、おもむろに右折。ここで最初の停留所となります。まるで上海の市内バスみたいに、停留所の間の距離は滅茶苦茶長いなぁ。ここから乳母車含め5名の乗客が乗ってきて、この公共交通機関、総計1320円也の売上でありますな。京成電車、なかなか大変そうだなぁ、これじゃ。

ここからは動画でお楽しみあれ。BRT最大のハイライト、マッカーサー橋を渡る車窓風景。
って、市場跡地に入った辺りから、朝日新聞のところでの合流で渋滞じゃわい。おいおい、BRTって、専用路線で渋滞無し、ってのが売り物だったんじゃないんかい。これじゃ、単なるバスじゃないかっ。

浜離宮横から汐留新橋の永遠の工事区間は、右に曲がって電通ビル南下に入り込みます。ここにBRT新橋バス停がありまする。ゆりかもめの下を行けば、JRや地下鉄の新橋駅まで濡れずに行ける…のかなぁ。

さても、あとはノーカットでマッカーサー道路を突っ走るBRTの車窓をお楽しみあれ。
新橋駅駅ビル前で左折し、JR大ガード下で延々と信号待ち。そこから地下に突っ込み一気に虎の門病院前まで抜けるのかと思ったら、地上をノンビリ進みます。途中、反対側をBRTがやってくる。
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この道、横の自転車専用レーンを走っていると広く感じるが、バスがすれ違うと、そう広くもありませんね。

かくて晴海ターミナルから虎ノ門ヒルズターミナルまで、時間にして24分也。これは立派に速いというべきなのか、微妙だなぁ。
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さあ、サントリーホールに向かおうかい。地上階のバスターミナルから南に抜けようとしたら、おねーさんから、そっちには抜けられないので一度ビルに入ってくれ、と言われました。おいおいおい。バスターミナルは北側のビルの下で、目指す溜池方面はまだ丘ひとつ向こう。
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延々とビルを上がったり下りたり、日比谷線虎ノ門ヒルズ駅の開発地区までやっと辿り着き
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2020-08-16
ここを突き抜けてくると思ってた新橋からの地下トンネル出口を眺め
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ううううむ、サントリーホール、未だ遙かなり。実際に歩けば、解体作業迫る(のか?)JTホール眺め、立派になった虎ノ門病院とニューオータニの間の公共空間抜け、アメリカ大使館をどういう法律的な根拠があるやら知らぬがまるで米軍憲兵みたいにがっつり守るニッポン官憲に捕まりながらぐるりと巻いて、サントリーホールの下手側に自然に出ちゃうまで10分もかからないんだけど、なんだか凄く遠く感じるぞ。

結論。このルート、無茶苦茶急いでないなら使えます。第一生命ホールで4時に終わり、サントリーが7時開演とかなら、ま、一度くらいご利用なさってみてはいかがかな。それよりもなによりも、せっかく今は月島駅の上を通ってるんだから、臨時で良いから停留所を作ってくれんかしらね。新佃嶋住民には悲願…でもないかぁ。

なお、BRTについて純粋に乗り物として喜んだり怒ったりしているバスマニアの皆さんが、YouTube上に全線の車窓映像などやまのようにアップなさってます。ご関心の向きは、「東京BRT 虎ノ門」でググってみて下さいな。沿線利用者地域住民とマニアさんの視点の違いが面白いですよ。

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虎ノ門ヒルズ駅は使えるや? [新佃嶋界隈]

「新佃嶋界隈」カテゴリーにはちょと遠いけど、まあ、徒歩1時間圏内ですし、本来ならチャリ圏なので、お許しを。「たびの空」じゃないもんなぁ、流石に。

佃月島晴海在住中央区民には悲願なんだか、そーじゃないんだかよーわからぬマッカーサー道路が開通し、マッカーサー大橋(築地大橋というのかな、御上的には)が通れるようになって、2012年落選東京五輪のメインスタジアムたる晴海地区と総理官邸なんぞを直接繋ぐ新帝都最後の大幹線道路が出来、にょきにょき聳えた虎ノ門ヒルズなる森ビルシリーズの足下から晴海まで新交通システムバスが走ることになり、もう虎ノ門なんぞ湾岸の一部…となる世界は、結局、やってきていない2020年晩夏。今、取り壊された虎ノ門病院跡地をスガ官房長官御用達大成建設が再開発すべく更地にした向こうに、もうすぐ使用停止になるJTアートホールがその姿をしっかり晒しているのを眺めつつ
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日曜午後遅くのガラガラのスタバに座ってます。ったら、なにやらごっそりお嬢さんたちが現れて、席が全部塞がって三密になってしまったぞぉ、なんなんじゃ、ここは。どうやら近くでまさかまさかのアイドル系イベントがあったようだわぃ…

もとい。本日は灼熱の真昼にJTアートホールでAmity Quartetさんが《ロザムンデ》と作品131という重量級サンドイッチみたいな演目をやる。ホントは花祭り前の予定で、「へえ、JTって4月にも使えるんだ、まだ」なんて言ってたら、コロナであれよあれよと延期に次ぐ延期、結局、なんとか晩夏に開催された次第。
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いつもなら佃大川端からチャリチャリと転がすマッカーサー道路の入りっ端なんだが、マッカーサー道路が出来てからチャリを置く場所がなくなってしまい、いくらお盆最中の日曜日と言え、こんなメイジャー道路にほっぽっておくわけにもいかぬ。それに、この暑さでは汐留の大混乱箇所に至る前に暑さで遭難必至。

んで、それならば五輪に合わせて新たに設置されたBRTバスシステム駅に繋がる虎ノ門ヒルズなるヌエ的な名前の地下鉄駅から行けばいいではないか、恐らくは虎ノ門病院に直接繋がるような出口もあるに違いなかろうし。

かくて中央大橋越えて日比谷線八丁堀駅まで6月のミヤンマーの如き太陽の下を歩き、ゼーゼーしながら中目黒行きに乗り込む。なるほど、虎ノ門ヒルズ駅ってば、出口は前と後ろにしかないのか。へええ…

思ったより混雑した地下鉄に右や左と大きく振られること10数分、霞ヶ関から直ぐの新駅に到着。なんだかA1出口って、仮設っぽいなぁ。改札口を出て、目の前の周辺地図を眺めるとぉ
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虎ノ門駅と一緒になってるじゃん。ま、乗換駅だから、これはこれなのかな。つらつら眺めるに、おいおい、この駅、マッカーサー道路の虎ノ門病院やらJTビルやら日本財団側に出られる出口が、一切存在しないじゃああーりませんかぁああああ!

これではまるっきり仮設駅でではないか、と毒突きつつ、ともかく上に上がる。あんまり深くないぞ。
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あ、やっぱ、仮設駅っぽい空気が漂うなぁ。なんせ、向かいはまるっきり工事現場だもん。
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どうにもこうにも、マッカーサー道路は遙か北なので、虎ノ門病院の方に工事現場の横を抜けて行くしかないわい。地下で涼しくJTビル横まで、って思惑はまったく外れてしまったのでありました。正月の駅伝が通る道を横断歩道で渡って、真っ直ぐ歩くと、やっと目的地JTビルが見えてくる。
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旧虎ノ門病院なんぞが取り壊され、空が妙に広く空いていて、これはアメ大上空突っ切って六本木ヘリポートからニッポン国中枢の真上に上がってくるヤンキー海鷹黒鷹イロコイなんぞが見える空間じゃわい、と思いつつ、反対を眺めれば、森ビルエンブレム輝く虎ノ門ヒルズが聳えているのであった。
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へえ、JTアートホールってこういう形をしてたのか、とあらためてしげしげと見物しながら、スターバックスの横抜けてマッカーサー道路に出れば、そこはいつもの自転車で眺めるマッカーサー道路。虎ノ門病院がスッカラカンになった空間、隣がないとホールの形はホントに良く判るものであーる。ほれ。
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かくて新暦葉月を迎える午後、JTアートホールで響く最後の弦楽四重奏になるやもしれぬ音符たちが響き渡る。なんせこの世代の弾けて才気煥発な連中が束になった団体、聴衆もオヤーズ関係や藝大学長夫妻なんぞを除けば、いつもの弦楽四重奏聴衆とはかなり違った若い人たちが多数。音楽の中身は、いろいろ言いたいことはあるが、ちゃんと弾ける人達が集まってるだけに「なるほどねぇ」というものでありました。シューベルトはソナタ形式のテーマとしての「歌」ってものにどう向き合うか、という大問題がハッキリ判り、作品131は第3楽章の変奏ひとつひとつをしっかりキャラ立てて、意外にも次のアレグロが全曲の頂点みたいに聞こえかねないやり方。へええこういうのありかい、と思わされましたです。終楽章では、手数もそれなりにあることを見せてくれたし。なんであれ、やってることの良し悪しはともかく、自分たちで考えた音楽やってる気持ちよさはしっかり伝わったです。

てなわけで、コロナ下での新定番になりつつある「終演後のロビーでのご挨拶が出来ませんので、皆さん、写真撮ってSNSにアップしてさぁい!」でオシマイ。
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22日にはWeb上でZoomの反省会をやるのでご覧下さい、ってアナウンスを忘れないのも、ホントに今風な連中だなぁ。

結論。虎ノ門ヒルズ駅はJTアートホールや日本財団に行くには、地下でどこかと繋がっているわけでもなく、格別に使い勝手が良いわけではありません。日比谷線で中目黒方面から来る方には、それなりに便利に使えるでしょう。銀座線の虎ノ門や溜池山王駅とどっこいどっこい。いずれにせよ、この駅、まだ未完成と考えるべきです。虎ノ門ヒルズ側へのアクセスはやたらと便利になっているようなので、ミリオンコンサート協会の事務所に行くにはもの凄く便利そうですけど。

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