SSブログ

大家といえば親も同然… [新佃嶋界隈]

うちの隣、というか、うちと同じ屋根の中に入っている大家さんちのおばあちゃんが、数日前の晩にお亡くなりになった。
佃の長屋でお習字と踊りの先生をなさっていた方。おじいちゃんを亡くされた後はもうお師匠さん仕事は止めてしまっていたようだけど、伝統的な町の文化人であった。娘三人に見守られ、たくさんの生徒達を育てた自宅長屋のお稽古室での大往生。ひとりではなにかと不自由だろうおじいちゃんの近くに往けたのだから、それはそれでお幸せであったのだろう。合掌。

大学院時代からずっと住み安アパートを転々としたnear Tokyoは調布市深大寺近辺を出て、東京に戻ってからは、芸大坂下の根津の谷の貸マンション、自由学園明日館と徳川さんちの間くらいの目白は西武線名物踏切脇の都心の田舎屋みたいなオフィス兼住居、そして湾岸は佃の地べた長屋…これまた数年毎に膨大な資料を抱えて大引っ越しを続け、引っ越しが趣味とも誤解させる引っ越し貧乏。この先も、家を持ち定住するなどということは想像も出来ず、どこでのたれ死にするやらまるで判らぬ我が身。
おかげで、店子としての礼儀作法だけは身に付いている。大家さんと良好な関係を築かないと生きていけないのである。深大寺時代のトイレ別風呂なしアパートのときは、敷地内にある大家さんの親戚みたいな生活ぶりだったし、根津の民間マンションでは、なぜか唯一大家さんと個人的なやりとりのある店子のようだったし。

それでも、大家さんがご自宅で亡くなるのを経験するのは初めてだ。大家といえば親も同然、店子といえば子も同然。なにをどうお手伝いしていいのやら訳が分からず、ともかく今朝は佃大橋から渡ってくる高架の向こう、もんじゃ通りで名高い西仲通り北詰のマクドナルドの向かい、本願寺の説教所でもある集会所に行き、お通夜のための町内会のテントを立てる手伝い(という名の足手まといみたいだったけど)をするのであった。さて、何をしたらいいのやら。集会所を覗きに行かねばなるまい。
主逝きて 看板虚し 習字塾

そう、看板といえば、数日前に記した名看板建築撤去だけど、さっき、通りがてらに作業員のにーちゃんにこの場所がどうなるのか尋ねたら、駐車場とのこと。って、車2台しか入らないぞ。またまた歯抜けのような場所が出来ただけ。

なんとも、これで世間は景気が良いそうな。

あ、これから集会所で食事だから数合わせに来い、と、佃生活40年で以前は一丁目は佃小橋の袂に住んでいたという反対隣のご隠居からの声。はいはい、店子として参上いたしますぅ。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1