SSブログ

司令塔のない《ゴールドベルク》 [演奏家]

葛飾オフィス撤収作業も4週目に入り、「親父の家の処分片付け」仕事はキャンプ用品や発電機などまで突っ込まれた裏の物置の中というオソロシー難物を除けばほぼ8割が修了。今週からは「オフィスの仮移転」作業も本格化しております。なんにせよ、あと1ヶ月は当電子壁新聞は開店休業状態が続きます。忙しいとか疲れているとかいうよりも、この歳で大荷物運びやら書棚解体やらの作業を延々とやっていると手が動かなくなり、キーボードがまともに叩けなくなる。で、どうしても最低限入っている商売作文やら事業連絡などのために腕のパワーを回さざるを得ず、こんな一銭にもならず逆に仕事の支障にしかならぬ「書いてあることは嘘ばかり、信じるなぁ」の無責任私設電子壁新聞まで文字通り「手が回らない」状況。ま、広告も取ってないし(iPhone版ではやたらと広告が出てくるのだが、So-netさんが何をやってるか良く判らぬ、あたしゃ一銭も貰ってないぞ!)、お許しを。4月以降は滅茶苦茶暇…なのか、転居探しで金が出て行くばかり状態になるのか、うううむ。

もとい。そんな中でも、どうしても顔を出さねばならぬ演奏会はある新帝都トーキョー地区、本日はこんな演奏会に行って参りましたです。
DSCN6121.jpg
思えばいつからの付き合いになるのか、藝大学生時代のアガーテQが由布院音楽祭に出たときからか、その前からか、もう記憶が無い。その後、勃興期の地域創造のアウトリーチ実験でちょっと過去にない形でのスターとなり日本全国のホール関係者にファンを作り、あの音程に厳しい耳がオケなんて音程悪い集団でやっていけるのか心配されながらも札響セカンド頭に10年近く(かな)も座り続け、オケの人気者となり、地域のファンも増やしていったヴァイオリニストの大森潤子さんが、演奏活動記念年ということで、近しい人やファンの前でやってお祝いした、というかなりプライヴェートな感じの演奏会。これはいかないわけにはいかんじゃろに。

お馴染みエクの下ふたりと共演するシトコヴェツキー版《ゴールドベルク変奏曲》がメイン。この共演者の選択といい、演目といい、とても興味深いですな。

だって、わしら音楽のシロートからすれば、例えばエクがセカンドが交代するというとき、丁度札幌を辞めることになっていた大森さんなんて、最適な人材に思えるわけですよ。付き合いも長いし、世代も一緒だし、どういう音楽をやるか良く知っている。人間的にもエクが札幌定期をやるときには聴きに来たり、打ち上げにも来たりしている。「弦楽四重奏をプロデューサーや演奏家じゃない音楽監督が作る」というようなやり方をするなら、どう考えても真っ先に連れてきそうなベストな選択に思えるでしょうねぇ。

だけど、エクも大森さんも含め、みんなそう思うけど、「弦楽四重奏」として常設でやっていく団体としては、現場とすればちょっと違う、という選択になる。へえ、そうなんだぁ、と思うけど、その選択は理解出来なくもない。仲が悪いとか、価値観が違うとかじゃないのだけど、誰もそれは考えない。

これがプロの音楽家の関係なのだなぁ、とあらためて、今更ながらに、思うのでありまする。そう、弦楽四重奏はプロデューサーが作るものではない、オーストラリアQしかり、カザルスホールQしかり。敢えて業界内タブーを口にすれば、コペルマン時代の東京Qしかり。昨今のアルテミス…とは言わないけどさ。なんであれ、フェスティバル的な団体ならばともかく、所謂常設団体は外部プロデューサーには作れない。

って、話がまるで関係ないところに行ってるんだが、ま、無責任電子壁新聞だからそれはそれ。本日、近江楽堂での演奏ですが、とても興味深かったです。

なにせ《ゴールドベルク変奏曲》という楽譜は、チェンバロ奏者やらピアノ奏者さんが生涯をかけてしゃかりきで真っ正面から挑んでくる大作でありまする。名曲とはいえ、なんせ調だって7割程は固定されてるもの凄く限界の多い世界での1時間を越える変奏ですから、今のコンサートホールに座っている聴衆を前に披露するとなると、あれやこれやの仕掛けをして、その演奏者なりに作り込んでいかねばならない。基本、ソリストというか、ひとりの演奏家がやる限り、いくらでも設計図はひけるし、完璧に創り上げてくることも出来るわけですな。わしらは、いつもはそういう演奏をライブでもディスクでも聴いている。

本日の演奏は、三人の演奏家に拠るアンサンブル版でした。指揮者も、勿論、いません。全体の造りを指導監修する先生がいるわけでもありません。ほんまもんの室内楽です。

そういう演奏でこの編曲楽譜を聴くと、「ああ、わしらが普段聴いてるこの曲の再現って、もの凄く演奏家の個性で作ってきてるもんなんだなぁ」と感じさせられる。逆に言えば、「ゴールドベルクって、こういうもんだ」と思わされる、ということ。普通なら、折り返し半分に向けてひと盛り上がりあり、後半頭一発ドカーンと再開。最後のアリア前にウルトラ超絶技巧発揮のクライマックスがやってくる、という造りの1時間ちょいになる。グールドの影響で演奏するようになったモダンのスターピアニストだけでなく、そんな作り込みの極北にいらっしゃるような道夫先生だって、やっぱりそれなりの「個性」が嫌でも感じられる。

ところがどっこい、三人の個性、というか、二つの良く判った低音に個性的な上声が乗っかるアンサンブルで耳にすると、そんな過度の作り込みとは無縁の、淡々と流れる時間の中でじっくりと関連性が成熟していく過程が、すごおおおおく感じられる。

冒頭のアリアでは、「あれ、この曲ってこんなにソプラノが聞こえたっけ」と思ったんだけど、1時間ほどの長い旅を終えて戻ってきた最後のアリアでは、まるで違うバランスで聞こえていた。耳なしやくぺん先生ったら、終演後に裏で「最初と最後のアリアって、全く同じ譜面なんですよね?」なんてアホな質問をしてしまったくらい。三人が50数分の音楽を一緒にすることで、同じ楽譜があそこまで違って響くものなのかと、アンサンブルという音楽の奥の深さに驚嘆するのでありましたとさ。

だから室内楽は面白い。うん。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

悪いのはキースじゃなくてリヒャルト君だと思います! [演奏家]

引っ越し騒動の真っ最中、こういうものを見物に行って参りました。
IMG_9981.JPG
ホントに久々、昨年は一度もやってないんじゃないかって、「感想になってない感想」ですぅ。

ま、一言で言って、「余りにまともだったんでビックリ」であります。

世間の人はどうだか知らんし、世間がどういう評価をしているかなんぞ関心も無いけど、少なくともやくぺん先生にとって、《タンホイザー》という作品はヴァーグナーの普通に上演されて何種類もの演出を目にしてきている舞台作品の中では、最も始末に負えない難物。ぶっちゃけ、《オランダ人》と《タンホイザー》は若いリヒャルトくんの強引なまでのパワーが炸裂している音楽はなんとでも格好付いちゃうけど、話は真面目に考え始めると何が何だかよー判らぬ。納得行くとか行かないとか以前、バタバタと終わるけど、あれってつまりなんだったの、って感は否めない。「現代的なリアリティ」という言い方をすれば、恐らくは話としては遙かに荒唐無稽な《リング》にだっていくらでも多層的な意味が見いだせるものの、このヴィーナスの国と東西独国境辺りの田舎のお城での歌合戦、それに遙かローマの滅茶無慈悲な教皇様のお話ったら、どこにどう「リアリティ」を感じれば良いのやら?ホントに始末に困るお話なのが正直なところ。

本日の二期会さんの舞台、このカンパニーが盛んに組んでいるストラスブールの劇場、フランスの筑波大学みたいなものがありEUの議会がある知的レベルはやたらと高い場所だけど、ハコとしての規模は上野よりも遙かに小さな舞台のために随分前にキース・ウォーナーが作ったプロダクションで、今回はコロナで外国人歌手は一切無し、ウォーナー御大は来られず助手が来て本人はリモートで参加、という作り方だそうな。ま、ストラスブールと同規模のフランクフルトの劇場で散々この作品をやってるヴァイグレ御大がニッポン長逗留の最後に指揮台に立っているわけで、音楽的には破綻のしようもない。数日前の公演では「歴史的な大事故クラス」の歌手陣だったとの噂も飛び交ってましたが、本日はそこまで酷いことはなく、何も知らずに舞台に接すれば、「ふらりと入ったドイツのそこそこの規模の都市の市立劇場で、年期は入ってる歌手や合唱団はちゃんと判ってる舞台で、歌手は座付きの人達ばかり」って舞台を眺めたみたいな感じ、でありまする。

なによりも感心したのは、第2幕の歌合戦に舞台があって、客席があって、その間を歌手達が行き来して客席巻き込んですったもんだ繰り広げる、ってプロセスがきちんと判るように描かれていたこと。ちゃんと整理が出来てない、歌手が勝手にやってるだけの舞台を散々観させられる場面ですからねぇ。正直、この歌合戦場面で舞台が設営されているのを眺めたのって、初めてですわ。所謂「お城の大広間」でやるのが当たり前ですから、エリザベートが「うぁお、ホール万歳!」って歌うのが妙に納得いったりして。他の奴が歌ってるとたまらなくなって突っ込んでしまう性格の悪い、ってか、ニンゲンが全く出来てない失礼極まるタンホイザーくんの無茶苦茶さがよーく判る。これじゃみんなが怒っても仕方ない、ってね。

問題は、最後の救済の部分で、序曲のときから見えていた巨大なオブジェの上からぶら下がったエリザベートの遺体に向けタンホイザーがよじ昇っていく、って終わり方。あれはなんじゃ、そもそもなんでヴィーナスは上手のソファに転がってるんじゃ、なんなんねん?

まあ、どう考えても「なにがなんだか良く判らない」って終わり方としか言いようがない。でも、やくぺん先生とすれば、この終わらせ方には、「だってこの作品だもんね、しょーがないじゃん」と納得してしまいしたです。はい。ウォルフラムがノンビリ夕方の星を歌ったり、タンホイザーが苦労話から自暴自棄になってる裏で、さっさとエリザベートが自殺しちゃってるところをどうやって描くかは、エグい舞台を出す今時の演出家さんたちならば腕の見せ所になるわけだが、キース御大はその辺り、なんにもしない。だって、何かしたくても、リヒャルトがどうすれば良いかのアイデアをなーんにも出してくれてないんだもんさ。やりよーがないじゃないのよ。

その意味では、この作品の最後の訳のわからなさをそのまんままともに示した、さあ、リヒャルトはこういう風にして話に決着が付いたっていってるんだけど、俺に出来るのはここまでです、皆さんどーかね、って潔さ。演出としては、非常に「納得のいく」ものではありました。作品としては…納得なんていくわけないだろーにっ!

1,2幕で上の方でいろいろ人が動いていたり、ちょろちょろ少年が出てきてたり、キース御大、なんかいろいろやろうとしていたけど、ま、それはそれ。そこを突っ込みたい奴は突っ込んでくれ、ってかね。

そんなこんな、2月《タンホイザー》、3月《ローエングリン》と《ヴァルキューレ》、4月には《パルシファル》と、コロナ禍の中にありながら謎のヴァーグナー祭りになってるニッポン列島、初っぱなを飾るに相応しい、久しぶりに二期会さんが見せてくれた極めてまともな舞台でありましたとさ。関係者の皆様、お疲れ様でした。

nice!(3)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

一年ぶりの「外国人」室内楽 [演奏家]

明日、川口リリアホールで、イザベラ・ファウストとアレクサンドル・メルニコフの二重奏が行われます。こちら。
https://www.lilia.or.jp/event/2326
演目も、こんなん。ガチじゃんかぁ。

シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第1番 イ短調 op.105
ウェーベルン:ヴァイオリンとピアノのための4つの小品 op.7
ブラームス:クラリネット・ソナタ第2番(ヴァイオリン版) 変ホ長調 op.120-2
シューマン:ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ短調 op.121

チケットは22日金曜日午前の段階で後ろ二列とあとちょぼちょぼ、という感じで残っているそうで、当日券も出るかも、とのことです。直前の申込みが多いそうで、今日もそこそこ動くでしょうから、ご関心の向きはお急ぎご連絡を。公共ホールの主催公演で€50越えってのはなかなかだけど、このメンツでこの曲なら仕方ないでありましょうな。ブラームスのクラリネット・ソナタのヴァイオリン版なんて、ライヴで聴くの初めてだぞ。

なんだか当たり前に演奏会の勝手な宣伝をしているようだけど、なんとなんと、やくぺん先生としてみれば、昨年1月の今頃に横浜で開催されていたFlux Q以来、まるまる1年ぶりの「外国人演奏者のみによる室内楽」でんがな。演目も「さあみんな、いよいよベートーヴェン年は終わったぞ」ってガッツリしたもんだしさ。いやぁ、これはもう、どんな貧乏とはいえ、借金しても行かないわけにはいかんでしょに。

イザベラ・ファウスト様、既に関西ではコンチェルトをお弾きになり、これまたコロナ後ニッポン初の「外国人ヴァイオリン独奏者」なんじゃないかしらね(違ったら、教えて下さないな)。

ちなみに月曜日の浜松アクトシティでは、リゲティのホルン・トリオなんてもんも入った演奏会が予定されており、どうしてモルゴーアQの新ヴィーン楽派とぶつけるんだ、と天を仰いでいたのだけど、そっちはホルンさんが日本での二週間隔離というわけにはいかなかったようで、デュオのリサイタルになりました。おおおおお、なんとなんとぉ、クラリネット・ソナタを両方やる、って突拍子もないプログラムじゃないかいっ!
https://www.hcf.or.jp/life/guidance/premium_series/2020/0125/index.html
っても、静岡の公共ホールさんは緊急事態宣言が出ている都道府県の人には切符売ってくれるか、あたしゃ、知りませんけど。

正直、この1年間、「ニッポンを拠点にしている若しくはニッポン国籍」の演奏家による室内楽しか聞くことが出来ず、ガイジン演奏家ってどんな室内楽やるか忘れちゃいそう。なんせ、先週、ホントに久しぶりに若い連中の弦楽四重奏を聴いて、隠居宣言前は年に何十回となく聴いていたこのくらいの連中の演奏のレベル感をすっかり失っている自分を発見し、愕然としましたです。これはヤバいぞ、って。

ライヴをきっちり聴いていないと、ホントに耳のレベルが下がってしまう、というか、おかしくなってしまう。コロナの世界ったら、やくぺん先生に本格的な引退を迫るものなのであろーかっ。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

サー・サイモンの功績 [演奏家]

再びのコロナ緊急事態の中、既に廃止カウントダウンが始まっている葛飾オフィスで、まさかの再びの自主隔離お籠もりが始まってしまいました。やくぺん先生のご商売も、ちょっとは回復の兆しがみえてきたところだったのだけど、本日夕方に新年二本目の原稿を入れ編集さんの年始挨拶みたいなOKをいただいたら、なんとまぁ、手元に締め切りのある原稿がすっかりなくなってしまったぞ!また失業状態に舞い戻りじゃわ。こんな状況が続くとホントに、数年先には入る筈のわずか月数万円の国民年金だけで生きていく方法を本気で考えないといかんなぁ、とあと数ヶ月の命の巨大柿の木の向こうの曇り空を眺めるのであった…いやはや。

そんな中、朝から業界では久しぶりにノンビリした、というか、コロナなんぞどこ吹く風の業界話が飛び交ってますな。ほれ。
https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-55617039
https://www.theguardian.com/music/2021/jan/11/simon-rattle-extends-contract-london-symphony-orchestra-conductor-bavarian

サー・サイモン・ラトルがロンドン響監督を辞して、ミュンヘンのバイエルン放送響監督になりますよ、という話。

もう随分長く言われていた話で、ここまで引っ張ったのはコロナの影響なのかも、とも思わぬでもない。なんせ資本主義世界の主要オーケストラ、この先の活動の目安、ハッキリ言えば安定収入の目安が、どこもまるで立たない状況に置かれているわけで、ロンドン響なんてその筆頭でありましょう。それに対し、この先のコロナ禍&コロナ後の世界で上演コストがかかる大作や現代作品、委嘱新作などを本気でやろうとしたら、しっかりとした財政基盤があるドイツの放送局というのは、ヘタすれば西側世界では唯一オーケストラを支えられる組織となってくる可能性が高い。流石に業界のことを誰よりも良く判っている指揮者さんだけある、もの凄く賢い選択であるなぁ、と感心することしきりでありまする。

そもそもラトル御大がベルリンを辞めてロンドンに行くときに、「90年代以降型のクラシック専用ホール」が存在しないロンドンに、ロンドン響があの残響零秒と呆れられるバービカンを捨てて新しい今時型ホールを作る、というのが大きな理由だった。オリンピックの頃にはロンドン東の足立区だとか台東区みたいな場所も言われていたけど、最終的に場所はバービカンの北辺りで、極端に地域を離れるわけではないみたいで、なかなか微妙な妥協点をめっけたな、と驚いた。その後は話が動いているんだかいないんだか。ま、ラトルがいるならエルプフィルハーモニーみたいなことにはならんだろーに、と思ってたわけで…

そしたら、ガスタイクという「90年代以降型」とはちょっとギリギリ言いがたい会場はあるものの、良くも悪くも弦楽四重奏からマーラーまでやっちゃうあのなんとも言いようのないヘラクレスザールが拠点のバイエルン放送響が、ミュンヘン東駅の東側、何を隠そうミュンヘン厄遍庵からもそう遠くない辺りの再開発で今時タイプのホールを造るということになっており、そっちにサー・サイモンが…ということになっちゃった。

やっぱりそういう流れは誰でも感じられるようで、ガーディアン紙はしっかりその辺りを議論してますな。

正直、オーケストラというものに商売としてそれほど関心がないやくぺん先生とすれば、ラトルという指揮者さんのベルリンでの功績は、音楽的なことよりも、「時代に合わせて公共と民間自主運営オケの両方の顔を持っていたBPOの組織を改革一本化し、ドイツ人にはあまり関心なかった教育プログラムなどアウトリーチ系の事業を充実させ、フィルハーモニーを配信基地へと変貌させた」という21世紀10年代のブランド・オーケストラとしてのアップデートにあったと思ってます。コロナでロンドン響でそういうことが出来なさそう(組織や配信、プログラムはもうとっくにやっているので、なによりも最後のホールのアップデートですな)なら、やれそうな場所に移るのは極めて自然なことでありましょう。

ま、今、世の中の多くのオールドファンが驚いてるのは、「あああ、今やベルリンフィルは上がりのポジションじゃなくなったんだなぁ」ってとこだと思うけどさ。

まだ暫くは鎖国状態の極東の島国から眺めれば、なーんにも関係ない遙かシベリアの彼方の話、って感じられてしまうなぁ。ううううむ。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

文化大革命世代の巨匠逝く [演奏家]

いくらCOVID-19で明け暮れた2020年とはいえ、まさか当電子壁新聞が三連発で訃報をアップするとは…

先程、上海の同業業者さんから教えていただきました。
http://www.chinadaily.com.cn/a/202012/29/WS5fea8716a31024ad0ba9f290.html

今の日本の音楽愛好家がどれくらい覚えてらっしゃるか判りませんが、20世紀末くらいには日本の音楽事務所にも所属していて、今世紀になってからはアルゲリッチがらみで別府にも来ていたような。

上海の同業者さんは、「ラン・ランの前に国際的なキャリアを作った中国人ピアニスト」という言い方をしていたけど、まあ、天安門以降の世代には一種の「戦前」の音楽家なのかもしれませんね。周囲にメニューインとか所謂「レコーディング巨匠時代」の著名人の名前がたくさん出てくるのも、この世代らしい。

個人的にはジャンルもジャンルだし、とりたてて接点があったわけではありません。ただ、何故か、ほんとにどうしてだか判らないんだけど、京響の東京定期で上の文化会館でショパンのコンチェルトを聴いた記憶が猛烈に残っている。そのあとに、ゴールドマルクの交響曲《田舎の結婚》が演奏されたというのもこれまた何故か猛烈に覚えている。

今、慌てて文化会館のアルヒーフを調べたら、なんとまぁ、1982年のことだったのかぁ。うううむ、不思議だ、なんで覚えているのか。
https://i.t-bunka.jp/pamphlets/12457
とにかく、猛烈に堅い響きの、これぞモダンピアノ、という音がバリバリしていた、という記憶が…

どういう風に追悼したらいいかすら判らない、こういう人に一度出会った、その後はメニューイン絡みでいろいろ名前が出てきたけど、結局、接点はなかった…

そんなホンの一瞬の出会いでも、不思議な大事な記憶になってしまうのが、音楽の凄いところ、というか、オソロシーところ、というか。

実は、今、ある別の老ピアニストの原稿をやっている真っ最中。芸風としては対極みたいな方なんだけど、今から、ソースを探して久しぶりに聴かせていただきます。

知り合いの某弦楽四重奏団が4人中3人がコロナに罹った、という話を聞いた直後。ひたひたと何か嫌なものが迫ってくるような年の瀬の午後。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

パンチャス氏逝く [演奏家]

年の瀬に連日のろくでもないニュースで、ちょっと嫌になってしまうのだけど、ギトリス翁とは対照的に日本のみならず世界でも殆ど報道がないようなので、当無責任電子壁新聞くらいには大きな訃報として記しておきます。

アジアユースオーケストラ(AYO)の創設者で、香港在住(多分)のアメリカ合衆国(多分)の指揮者リチャード・パンチャス氏が、お亡くなりになったそうです。

といっても、クリスマス休暇の真っ只中とはいえFacebookは9月に「カリフォルニアからやっと香港に戻れます」という書き込みがあったっきりで更新されておらず、日本語のAYO公式サイトにもなんの情報もなく、ソースが「書いてあることはかなりやばい、信じるなぁ」で有名な世界一早耳の業界ゴシップサイトSlipped Discなんで、ちょっと危ない気持ちもするんですけどぉ…一応どこから引っ張ってきたかわからぬオーケストラ総監督の引用まんまが張り付けてあるし、元メンバーの方がフェイスブックで情報を挙げていたりしますから、まさか訃報の捏造はないでしょう。
https://slippedisc.com/2020/12/orchestra-founder-dies/

リンク先が消えちゃったら困るから、総監督さんのステートメント、張り付けさせていただきます。

Dear AYOers and friends,
It is with deepest sadness and a broken heart that I inform you our beloved Mr. P has left us this morning due to the complication caused by pneumonia.
Over the past 25 years I worked with Mr. P side-by-side in AYO to create special opportunities to the young people. Going through rough time and good time. Experiencing many adventures. Before his departure, Mr. P wished all of the AYOers to carry on his mission to nurture the young people. He wanted to tell you all how much he loved you and missed you. He wanted so much to be there in 2022 to conduct the AYO’s 30th anniversary concert with all of you.
Mr. P is my best friend, my mentor and my boss. Life ahead without him will never be the same.

発足時期がPMFと微妙に被っているので、初期においては両者の混乱もかなりあったこの団体、毎度ながらのメニューイン御大の名前は出ているものの、実質上はポンチョス氏がほとんど一人で、組織のバックとかもなく、返還前の香港を拠点にスタートしたアジア圏の若手を集めるユースオーケストラです。PMFや、はたまたフロリダのニューワールド・シンフォニーや兵庫のPACオーケストラみたいな、「プロフェッショナル一歩手前のオーケストラ専門家育成団体」に特化していたわけでもなく、もうちょっと「アジア圏のよく弾けるアマチュア若手のサマーキャンプ」みたいな緩い感じでした。卒業生には勿論プロのオーケストラ奏者になっている方もたくさんいるのでしょうが、例えばドイツで活躍するオペラ演出家の菅尾友さんなども、AYOでヴァイオリンを弾いていらっしゃって、さっそくフェイスブックに訃報を挙げてらっしゃいます。

90年代半ばくらいには、わしらのような連中まで香港に呼び寄せてキャンプの最初から見物させ、日本ツアーにも同行させ、なんて派手な動きをなさっていた。香港併合後はどうなることやらと周囲には思われつつも、併合のときはいろいろ記念のお仕事もやってたようだが、その後は大陸とは関わってはいたものの、そっちへの積極的な展開というよりも、インドシナ半島から極東部までの各地での展開をしっかりと続けていた(なんせ、いかにもありそうなロン・ユー先生の名前など、全く出てきませんから)。指揮者としては、英国植民地だったわけで起ち上げにこういうことが好きそうなメニューイン翁を引っ張ってくるのは当然としても、以降はPMFみたいな超有名スター指揮者を看板にするわけでもなかった。セルジュ・コミッショナーとか、ジェイムス・ジャッドとか、なかなか渋い味わい深い方々を招聘し、地味な仕事はパンチェスおじさんがやる、というやり方をしてた。確か、カザルスホールに盛んに来ていた頃のシュナイダーじいちゃんも指揮してたような気がするが、ちょっと調べが付かないなぁ。

どんどん本土と一体化し、昨年だかには経済でも北京政府大プッシュの隣の深圳にも追い抜かれ、政治的にも日本では民主化運動弾圧ばかりが伝えられ、NYTの東アジアヘッドクオーターもソウルに移動したと伝えられる香港が、このような国境を越えた活動の拠点としてどうなっていくか、やくぺん先生なの視点からすれば、この団体などが眺めていて最も空気が判る組織だったんですけど…カリスマおじさんを失い、ますます見えないことになりそうだなぁ。ご関心の向きは、8年前のこのインタビュー、ご覧あれ。「ミュンヘンのオケの奴が、20年のうちにヨーロッパのオーケストラ団員の3割はアジア系になると言ってるよ」なんて、冗談じゃないですからね、実際。
https://www.youtube.com/watch?v=EPspA5ql-yE

正直、この方がどのような考えで、何を最終目標に、この団体を生涯の仕事としてやっていたか、あたくしめはいまひとつ、いや、いまみっつくらい判ってません。故人の業績をきちんとまとめてくれる方が出てきて欲しいものです。もういらっしゃるのかも知れないけどさ。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

トンデモが許された人 [演奏家]

クリスマスの朝、ギトリス御大の訃報が世界中を飛び交っております。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201225/k10012783311000.html
人の命の重さが報道の多い少ないで決まるわけではないことは百も千も承知ながら、天下のNHKが普通に報道するレベルの訃報は、コロナばかりではない理由で数多くの巨匠が逝かれた2020年の我が業界にあっても、数少ないもののひとつでありましょう。

正直、やくぺん先生はギトリス氏との接点は晩年で、それもホントに純粋に「お仕事」で何度かあっただけで、個人的にどんな方かを知ったり、影響を受けたりするには余りにもわずかなお付き合いだった。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2012-03-11
幸いにもギトリス翁の場合は周囲にいろいろな方が常にいらっしゃったので、イダ・ヘンデルばあちゃんとか岩淵龍太郎先生みたいな「この状況じゃしょーがないから、猫の手みたいなあたしなんかであれ、ともかくお手伝いしなきゃならんぞ」みたいな現場に巻き込まれたわけでもなかったし。

とはいえ、そんな小さな接点しかなかった方とはいえ、その成熟期から晩年の音楽がまんま人格になったような傍若無人っぷりというか、なんでもありが許されちゃうっぷりというか、破格の無茶苦茶さは嫌でもビシビシ伝わってまいりました。

そう、「他人がどんなことを言おうが、そんなの関係ない。俺がやるといったことはやるし、やってもいいのだ」というあり方。これこそ、正に「スター」であり、「巨匠」であり、「アーティスト」なのでありましょう。その人であることそのものが「価値」となる。そんなあり方。

皮肉ではありません。ホントに、凄いなぁ、と驚嘆し(そして勿論、周囲は大変だろうね、と呆れ哀れむわけですけど)、その存在を賞讃するのであります。

そういう人が居ないと、困る。だって、津波で流された木を用いてヴァイオリンを作ってみても、その楽器を実際に使って絶賛してくれる演奏家がいなければなんにもならない。ぶっちゃけ、最高の楽器が作れる筈なんてないことは誰にでも判っている。だけど、その意義を認め、実際に弾き、絶賛してくれる「スター」があってこそ、そんな活動は世間に日の目を見る。当然、「なんであんなことをするんだ」と批判する人は山のように出てくるだろう(そうでなければ、それはそれでアヤシい)。だけど、そんなの言わせとけ、と笑って(あるいは怒って)言えるもの凄い人が、ひとりでもいらっしゃれば良い。

ギトリス氏は、あらゆる意味で、そういうことが出来る人だった。スターとは「価値を創る人」である、と万人に思わせてくれる人だった。

どうしてそうなれたのかは、また別の話だけどさ。

コロナの年のクリスマスに、ほんまもんのスターが逝った。そして、春に向けて明るくなり始めた筈の世界が、またちょっと、暗くなった。

合掌

nice!(2)  コメント(1) 
共通テーマ:音楽

49回目の就眠音楽 [演奏家]

冬至に向け昼が短くなっていく最後の日たる本日師走20日午後、上野は東京文化会館小ホールで、年末恒例の「小林道夫《ゴールドベルク変奏曲》演奏会」が開催されましたです。
IMG_8629.JPG

今年で49回目を迎えるこの演奏会、始まった頃はどこでやっていたか良く知らぬのだけど、ともかく主催者の故小尾マネージャーとの関係が深かった津田ホールが出来てからは千駄ヶ谷で行われていて、幻の五輪を前に津田ホールが廃館となってからは上野に戻っていた。

道夫先生と小尾マネージャーが二人三脚でやってきた、というか、なんせ自分で何かをやりたいと仰る方ではないので、小尾さんが尻を押すような形で始まり、ここまで続いてきた企画。誰が言っていたのか記憶は定かではないのだけど、「まあ、50回まではやりましょうか」という話だったとのこと。そしたら、コロナ禍の真っ只中で小尾マネージャーが齢90で大往生なさり
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2020-07-29
道夫先生としても、小尾さんも先に逝っちゃったし、今年はコロナだしもういいんじゃないですかね、という感じだったそうだけど、ま、なんのかんのでやることになった。どうやら来年まではおやりになるつもりらしいです…が、ま、どうなるかは誰も知りません。ご本人含めて。

三密回避にはしていない会場を埋めるのは、道夫先生や小尾さんと一緒に年を重ねてきた熟年ファンが殆どだけど、お弟子さんというわけでもなかろうに、若い人の姿も少しは見受けられる。足取りはおぼつかないということはないものの、バリアフリーという意味では最悪のあの文化小ホールの楽屋ともいえない舞台裏から足下を確かめるように出てくる道夫先生は、チェンバロの前にちょこんとお座りになり、譜面を眺め、淡々とアリアを弾き始める。

グールド流のデジタルサウンド先取りみたいな音楽では勿論なく、今時の若い指まわりバリバリのアクロバットでもなく、古楽サウンド一般化以降のあれやこれや作品の構造や声部の入れ替えをこれ見よがしに強調する意識高い系でもなく…淡々と、としか言いようのない音楽。短調の変奏で前半を終えて、20分の休みを挟み、始まった後半も劇的な盛り上げの欠片もない。そんな時間の流れとはいえ、後半二つ目の短調の変奏を終え、若いバリバリくんたちがクライマックスに向け大いに盛り上げていくオシマイの辺りの変奏では、何をするでもないのに自然と音楽の内容が無性に濃くなっていくのは、いかにもこの賢人らしいところ。

長い時間をいろんな姿形で過ごし、やっと戻ってくるアリアだって、「俺は大変な旅をしてきたぞ」って人生を回顧する空気を醸し出すとか、コロナの年を振り返るとか、無論、小尾さんとの過去を懐かしむとか、そんなロマンティックな思い入れは一切無し。さて、また頭からやりましょうかね、って素っ気なさに、全曲が終了。アンコールにBWV698の短いコラールを弾いて、はいオシマイ。舞台の上から「最期のマネージャー」への追悼の言葉があるわけでもなく、冬至イブの日が暮れかかる中に、人々は上野の杜を去って行くのであった。

終演後、実質上事務所を継いだ「ポスト最期のマネージャー」氏と立ち話していると、サイン会もなければ集まって喋るのもはばかられるコロナ時代のロビーからはさっさと人影が消える。と、楽屋扉からそっと道夫先生が出てきて、目立たぬように待っていた小尾未亡人と談笑なさってます。
IMG_E8631.JPG
いろんな人が去って行った2020年、いろんなことがあった筈なのに、この湯布院町在住の老賢人の奏でる音楽は、ひたすらに音楽でしかない。弾けば弾く程、極めれば極める程、先が見えなくなるのが音楽でねぇ、と仰ってるような。

クリスマス翌日には、名古屋は宗次でもういちどお弾きになるそうです。闇が最も深いときを挟み、また日が長くなり始め、もう一度、30の変奏が始まる。
https://munetsuguhall.com/performance/general/entry-2081.html

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

コロナ下の海外拠点団体大ツアー [演奏家]

世界の歴史に「コロナの年」として記録され、中学生が一生懸命「ええと、新型コロナ流行はぁ、2020年だっけ」と暗記することになる異常な秋、ニッポン列島各地で歴史的なツアーを行ったと演奏史に記録される団体がふたつありまする。ひとつは、まあ、言わずと知れた天下のヴィーン・フィルハーモニー。そしてもうひとつが、我らがベルリン在住のニッポンの若者達、葵トリオでありますっ!

本日11月21日、無能の極みを晒しつつある我らがニッポン政府も流石にこれはマズいと「人の移動の誘導」政策たるGOTOキャンペーンを見直すと発表せざるを得なくなった勤労感謝の日連休の初日、一度塒に戻ってたやくぺん先生が新帝都から久しぶりに混雑するシンカンセンに揺られてやってきた名古屋は宗次ホールで、葵トリオのツアーもあともう1日だけ、って公演が行われました。
IMG_7836.jpg
宗次ホール、本日はミュンヘンARD大会ピアノ三重奏部門ニッポン拠点団体初の優勝の葵トリオ、そして明日の前橋汀子Qのセカンドには1984年ミュンヘンARD大会ヴァイオリン部門をニッポン人として初制覇した久保田巧さんが登場、ミュンヘン・コンクール祝祭の秋祭りとなっておりまするっ!宗次ホールのスタッフにそう言ったら、「ああ、そうですねぇ」って拍子抜けの反応でありましたが、うううううむ…

もとい。このコロナの秋、実質上鎖国のニッポンに入国しようという奴は、それがどんなパスポートであれ、何故かヴィーンフィル団員関係者のみを例外に、全ての人類は入国を許可されてから2週間の隔離が要求されております。今この瞬間も、我らが天才指揮者マキシム・パスカル氏が、都内某所で軟禁状態6日目を迎えておりまする。

葵トリオの面々も、ドイツから先月末に帰国、関西某所の実家でそれぞれ2週間の隔離期間を過ごし、晴れてシャバに出て活動を開始。11月10日の東京のコンサートスペースを皮切りに、四国は香川、そして今週頭からは懐かしの富山に入り3日間の「帰ってきました演奏会」を行う。
IMG_7764.jpg
そこからサンダーバードで関西に戻り、昨晩は関西のお披露目たるフェニックスホールで演奏。そして本日の名古屋は宗次ホールに、昨年の夏以来の二度目の登場となった次第。ツアーは、明日のびわ湖ホールのオール・ベートーヴェン・プログラムで打ち上げとなり、その後は関空からアムステルダム経由で独に戻り、来月にはレーゲンスブルクでの演奏会が控えておりますが…果たしてこれは可能なのやら。
https://aoitrio.com/concerts/

指揮者ひとり、ピアニストひとりならまだしも、わずか3人とはいえ「室内楽団」の日本列島ツアーが、このコロナの霜月にきっちり恙なく行われ、明日、無事に終わろうとしているという事実は、大いなる快挙として記録されるべきことでありましょうぞ。なんせねぇ、コロナがない幻のタイムラインだったら、今頃はオリパラ騒動も終わり、盟友トランプ勝利を追い風にアベちゃん意気揚々と憲法改定に突っ走る極めて不穏なご時世の中を、あたくしめは17日から23日までの1週間で7公演を敢行するふきのとうホールのベルチャQのベートーヴェン・チクルスに行ってた筈で、葵トリオはなんとか東京だけ聴いて(実際にやられたサロンではない、某公共ホールでの公演だった筈)、本日は雪もちらつき始める札幌にいて「あと2日」とユンケル煽っていただろーに。

現実のタイムラインといえば、本日の宗次ホール公演、いずこも同じコロナ対応公演で、開演前には聴衆は整理番号を貰ってホール前に並びます。時間になると、番号順に呼ばれて、検温され、消毒され、順番に会場に通されるのであります。
IMG_7839.jpg
6月以来すっかり見慣れた光景とはいえ、連休初日の夜を迎えようとする名古屋の大繁華街のど真ん中、ホール外に伸びる列は、なんとも異様な風景でありました。思えば、最初に「入口で消毒」ってのをやったのは、明日のびわ湖ホールで3月頭に《神々の黄昏》GP見物したときだったなぁ。明日の本番は無料ネット中継やる、なんて話にビックリしていたっけ。

宗次ホール公演は、エク以来のバンフ招聘団体となったクァルテット・アルパでガッツリとアンサンブルを鍛え上げた弦楽器2人の猛烈に達者なアンサンブルが完璧なバランスと響きを創り上げるフォーレに会場が涙する大盛況。終演後、宗次オーナーも大満足でありましたとさ。
IMG_7843.jpg
ちなみにここ宗次ホール、あまり話題になってない「GOTOコンサート」にも参加しております。
IMG_7846.jpg
なんだか今ひとつ良く判らぬこの御上主導補助金導入政策、財源はどこだか知らないけど、大丈夫なんだろーかねぇ。

さて、明日はいよいよベートーヴェン生誕250年を葵トリオが祝い、今回のツアーで唯一の《大公》が披露される最終公演です。関西地区の皆様、びわ湖ホールに午後2時に急げ!貴方は後に語られる歴史を目撃し、体験するであろー!

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

ヴァイオリン・ソナタ《運命》 [演奏家]

昨日は午前中に家族の急逝という思いもかけない事態があり、出かけても聴いているだけの精神的なパワーがあるか疑わしい中を、ともかくこういうものをちゃんと聴くのが俺が神様にまだ生かして貰っている理由なのであろうとぐぁんばって、上野の杜は藝大奏楽堂に出かけて参ったでありまする。流石にお嫁ちゃまは無理でした。そりゃ、仕方ないわね。

ホントは当電子壁新聞でも事前に宣伝したかったのだけど、学内&関係者限定非公開イベントになってしまったため、そういうわけにもいかなかった演奏会。こういうもんです。
https://www.geidai.ac.jp/container/sogakudo/93604.html

第2回となっておりますが、いずこも同じ第1回はコロナ禍でキャンセルになってしまい、実質上第1回。4回シリーズが3回になってしまい、随分と長いコンサートになってしまったそうな。なお、藝大奏楽堂は既に有料入場者を入れたコンサートも再開しており、週末だかのオルガン演奏会は目出度くも売り切れだそうであります。

上の公式URLを眺めていただければお判りのように、要は「ベートーヴェン生誕250年記念落ち穂拾い集」のひとつ。ホントならこのようなアカデミックというか、趣味に走ったというか、よほど興味がある人じゃないとわざわざ会場まで来ないだろう、って演奏会は、たくさん予定されていたんでしょうねぇ。なんせ「ベートーヴェンではない人が編曲した管弦楽曲の家庭用室内楽版」を並べたわけですから。

演奏家は、ご覧のように永峰先生以下、藝大だけでなく国立音大の先生なども加わったアンサンブル。永峰先生が集めたメンツだそうで、一昨日にハクジュでトリオ弾いてた人とか、先週荻窪で弦楽四重奏弾いてた人とか、2020年の東京首都圏の現役バリバリばかり。

大きな奏楽堂にパラパラと聴衆がばらけ、舞台上には空気清浄機らしきもの(なのか?)が取り囲む中に音楽家達が座ります。
IMG_7171.JPG
来週には天下のヴィーンフィルがチャーター便でやってきて天下のサントリーホールで満員の客席を前に演奏するというのに、藝大はとっても慎重だなぁ。

まずは《エグモント序曲》から。っても、ヴァイオリンとチェロ、それにピアノ連弾、って妙な編成。だってさ、このような同時代の編曲って殆どが連弾で、どんな複雑な管弦楽曲でもともかくこの形に落とし込んでどんなもんか知る、というものばかり。そこに弦楽器ふたつ入るわけですから、なんだろうなぁ、響きが豊かになるというのでもないし、ま、とても聴きやすくなることが確か。ただ、正直、モダンなピアノで大ホールでこの楽譜を鳴らすと、どうやってもチェロのバランスはおかしくなります。それはコンサートをプロデュースした沼口隆准教授も百も承知で、これはこれと思って聴いてくれ、と舞台の上から仰っておりました。

大事な家族に不幸があったというのにわざわざやくぺん先生が上野までやってきた目的は、続くJ.アンドレなる作曲家がヴァイオリンとピアノの二重奏のために編曲した《交響曲第5番》ハ短調op.67 にありました。なんのことない、ヴァイオリン・ソナタ《運命》ですわ。こういう楽譜が出版されて、欧州各地の家庭で弾かれていたんですねぇ。演奏を担当した都響で矢部ちゃん隣に座る吉岡麻貴子さん曰く、「技術的には難しくないかもしれないですけど、譜捲りがしにくく、なによりもパワーが…」とのこと。

なんせ丁度一週間後の日曜日は、遙か北九州は黒崎で午後から夜までベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ全10曲を1日で聴こうというやくぺん先生とすれば、こういう楽譜が音になる以上、聴いておかないわけにはいかんでしょうに。ま、感想は…へえええええええ、ですかね。「なかなか興味深い」としか言いようがないもんでした。ピアノ編曲にオブリガートのヴァイオリンが付いた、というもんではないにせよ、ううううむ、なんだか摩訶不思議なものを聴いた、という感じでありました。吉岡様、お疲れ様でしたです。

後半の九重奏版交響曲第2番は、この編成なのにホルンが2本入るとか、フルートとヴァイオリンのパートが入れ替わった箇所があるとか、いかにもプチ交響曲って響きの箇所と、おっとぉそりゃ無理でしょ、って部分とがまだらになった音楽。一応、リースというこの中では最も知られた名前の音楽家が編曲を担当しているわけですけど…ま、なにより若きヴィオラ名手ふたりがやたらと過剰な仕事をさせられるのが印象的でありました、って情けない感想かしら。とはいえ、流石にオケマンばかりを集めた室内楽とあってか、案外とそれっぽい盛り上がりで終わりましたとさ。

さあ、この演奏会、無性に聴きたくなってくるでしょ。そんな貴方の心を見透かしたかのように、東京藝大さんは来る12月2日からこの演奏会をWebで配信してくださるそうな。詳細は未定だそうですので、ご関心の向きは、足繁く藝大ホームページを見にいってくださいな。

死んでから200年近くも経つと、ポケットの中にこれらの作品の映像と音がみんな詰まっていて、世界のどこからでも聴けるなんて、楽聖は想像だにしなかったでしょうねぇ。尤も、この頃まで自分の曲が演奏されているかどうかなんて、まるで関心はなかったろうけどさ。

nice!(2)  コメント(1) 
共通テーマ:音楽