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新刊紹介:欧州中央での音楽武者修行って… [演奏家]

数週間前、クラシック演奏家関連の出版も多い春秋社さんから、こんな書籍が出版されましたです。敢えてAmazonではなく出版社の公式ページを貼り付けておきます。
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https://www.shunjusha.co.jp/book/9784393936115.html

普通は、演奏家の「自伝」というものは、引退して時間はいっぱいあるご隠居が、銀行に金遺しても仕方ないので使ってしまえ、とプロのライターやら編集者を雇って作るのが常識。日本語オリジナルではそれほど目にしないかも知れないけど、ヨーロッパ語文化圏では音楽家を含むあらゆる個人がそういう形で「自伝」やら「●●●●我が人生を語る」みたいな書物を出しております。

ところが、現役バリバリでもの凄く忙しく、どう考えても「自伝」なりの作業をする時間があるとは思えないマエストロがそんな書物を作るって、極めて異例です。放送やらライヴのレクチャーを本にするとか、日本では日経に新聞文化欄記事として連載しその原稿をライターさんが本に纏める、などの例はありますけど。無論、実質上文筆が仕事のマエストロ岩城宏之や團伊玖磨のような特殊例はありますけどねぇ。

んで、このミンコフスキ氏の著作がここの存在しているのは、ひとえにコロナ禍故だそうな。

2020年イースター頃から半年くらい、パリでもシャットダウンが続き、オーケストラが目の前にないと仕事にならぬ指揮者さんは、勉強するか暇してるしかなくなった。そのときに、ミンコフスキ氏のお友達でミンコ追っかけ「悪い人」の書き手さんが「暇してるんな伝記やろうよ」と言い出し、オンラインで膨大な時間のインタビューをやった。それを「自伝」という形に纏めた、というものです。ですから、テイストとしては「フランコ政権に抗議してプラドに隠遁し、暇と言えば暇だったカザルスにコレドールが延々とインタビューし、自伝でもあり音楽観を語る著作でもある形に纏めた」名著『カザルスとの対話』、あれみたいなものでありますわ。

伝記として無理に編年体に纏めているわけではなく、話はあっちこっちに飛んだりする。音楽観やら同時代の演奏家評も、あちこちにばらけて入ってます。そういう意味では、正に「ミンコフスキ御大おおいに語る」です。

書籍としての造りはどうあれ、「バッハ以前の音楽や所謂古楽器の偉大なパイオニアが出現し地平が開かれ、そういう音楽が当たり前になったところに、パリはルーブル美術館とパレ・ロワイヤルの間辺りのアパートに知的エリートの息子として育った少年が、どうやって指揮者になっていったか」が一人称単数視点で語られるわけですから、そりゃ興味深い話に満ちてますわ。

個人的にいちばん驚いたのは、パリのド真ん中に生まれ育ちサル・プレイエルやらオペラ座やらシャンゼリゼ劇場やらシャトレ座に歩いてでも行けるような場所だから、若い頃にライヴで大演奏家名演奏家を山のように聴いて育って、その思い出話とかがいっぱい出てくるんだろーなー…と思ったら、どうもそうじゃない。家にあった、わしら遙か極東の音楽愛好家が聴いていたのとそう違わない名盤レコードコレクションを聴き(ただし、猛烈に広そうなアパートの誰もいない部屋で、ガンガン鳴らしてたようですけど)、そこで音楽に目覚めていったという。

つまり、ミンコフスキという指揮者さん、音楽に目覚めるためにはパリに住んでなくても良かった、ということじゃん。いやぁ、これって、ちょっとビックリだなぁ。

勿論、それ以降のキャリアをステップアップしていく「僕の音楽武者修行」の過程では、欧州中央で人があれやこれや集まってくる音楽情報産業の中心地パリという場所でなければあり得ない人間関係の構築があるわけですけど、初っ端はパリである必要はなかった。へえええ…ですねぇ。

なにせまだバリバリの現役の方です。0年代後半から10年代、小生の如きも客席から眺めているあれやこれやの話もちょろちょろ出てくるし
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2009-03-30
それこそ個人的に面識のある名前もいくらでも出てくる。となると、「あれ、どうしてこの状況であの人の名前が出てこないのかな?」なんて記述もチラホラ。あああ、なるほどねぇ、そういうことなのね、と「書かれていないことから起きたことを推察する」ことも必要になってくるのは…どうなのかなぁ、そんなん当たり前の音楽ファンたる、読者にはやれっても無理なわけだから、あくまでも「ミンコフスキ氏の視点からはそう見えている」ということだと思うべきなんでしょう。

正直、ミンコフスキ氏のファンでないとちょっと付いていくのは厳しいわい、フランスの文化政策がどういう風に成されているかの基本知識がないと何が起こってるか判らんぞ、などという箇所も散見されますけど、そんなんは「自伝」には当たり前のこと。判らん名前や人間関係は吹っ飛ばして読んでも、充分以上に興味深い書物でありまする。

碌でもないことしか起きなかったコロナ禍だけど、こういう本が世に遺せたのはせめてもの…でありましょう。関係者の皆様、お疲れ様でした。

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