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台湾フィル室内楽に行きましょう [演奏家]

宣伝です。もろに、宣伝。

今日も朝から葛飾オフィスは巨大柿ノ木でのヒヨちゃんとめじろん夫妻の喧嘩を眺めながらの作文仕事プチお隠りが続きます。年末の無茶ぶり仕事で滅茶苦茶になった作文作業工程、昨日、本来は先週締め切りだった纏まった作業がやっと初稿が全部入り、落ち穂拾い作業になりました。本来は昨日締め切りの仕事に夕方からやっと手を付け、頭が動かないのでぶっ倒れて、久しぶりにがっつり7時間寝て、爽やかに起き、冬の晴れ渡った空の下、ほーほーさんが「ご飯ないよぉ」とこっちを眺め、ヒヨが「蜜柑の鮮度が悪くなっただぎゃああ」と叫ぶのにあきれ顔で挨拶し、さあ、なんとか午前中に昨日締め切り原稿のテープ起こしを終え、夕方までに初稿にしよーではないかぁ、とぐぁんばるのであーる。

だってさ、今日は、こんなんがあるんねん。新開地葛飾からすれば、クウィーンズからマンハッタン抜けてニュージャージーまで行くくらいの遠い場所、遙か代々木公園彼方のハクジュさんなんだけど。
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https://www.aspen.jp/concert/%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF-%E5%AE%A4%E5%86%85%E6%A5%BD%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88/
ご覧のように、この5月16日に台湾フィルが東京オペラシティで来日公演を行い、一柳さんのドッペル・コンチェルトをやるのの前パブ公演みたいなもの(あたしゃ、大阪にいて行けない…ううううう)。

んで、メンツを眺めると、おおおお、Flux Qのチェロ氏がおるではないですかぁ(ってか、日曜日のインタビューの時間が次々と変更になったのは、彼の練習時間があったからなんだけどさ)。んで、共演する奏者さんたちの経歴を眺めると、へえ、なるほどねぇ、アメリカ系が多いのは大山さん絡みなのか、それとも単に団の中のバランスがそういうものなのか、この副コンマスの方が日本絡みで室内楽イベントなんかがあるときの仕掛け人なのかな、とか、室内楽業界の人名に慣れ親しんでいる方なら、なかなか読んでいて面白い筈でありまする。Webにもありますので、ご覧あれ。へえ、あのチェロ氏、ボストニアンだったのね。

それにしても、こういう経歴って、20世紀末くらいまでの日本のこういう室内楽演奏会では当たり前のプロフィルだったんだけど、最近はすっかり見ることもなくなってきたような…国力の推移、って割り切ればそれまでなんだろうけどなぁ。ううううん…

とはいうものの、現状で果たしてやくぺん先生ご本人は遙か荒川放水路と大川越えた宮城の彼方まで行けるのやら、なんとも言えぬ状況ではあるのだが、皆様、お暇があろうがなかろうが、「N響室内楽の夕べ」なんて響きに心躍る方なら、行って損はないと思います。是非どうぞぉ。

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ショウだとかヴァインベルクだとか… [音楽業界]

スイマセン、締め切り地獄、23日くらいまで続くことになりました。先週締め切りの大物、最後の下山段階で難航し、23日まで最終締め切りを延ばしていただき、その間に手を付けていなかった本日締め切りの2本、23日締め切りの1本を処理させていただくことになった。昨日、Flux Qのインタビューを遙か横浜でやってから新開地葛飾に戻り、なんとか本日締め切りの1本の初稿を入れ、今朝は本日締め切りの原稿に手を付ける前い、本来先週締め切りの原稿を昼までに初稿だけでも出そうと始めたらぁ…巨大柿の木下で水道管工事が始まってしまったぁ。どーするべーか。午後には大分への電話インタビューがあるので、ここを動けないんだわなぁ。ううううん…

そんな無茶苦茶な事態が続き、こんな無責任電子壁新聞などやってる暇がない。で、存在証明のネタひとつ。

イギリスの「音楽の友」+「ぶらあぼ」+「レコ芸」みたいな存在たるBBC Music Magazineという英語圏では妙に有力な媒体が20世紀末からあるのは、皆々様よくご存じの通り。ここが、毎年、神楽坂のレコード・アカデミー賞みたいなBBC Music Magazine Awardsというのをやっていて、その初期には、なんとなんとカルミナQのデビュー盤のシマノフスキなんぞが天下のアルノンクール指揮ベートーヴェン交響曲全集とガチで戦う、なんてことも起きている。まあ、良くも悪くも、業界の最先端トレンドを作る気満々な情報操作大国大英帝国っぽいというか、ロンドンの評論家連中らしいお先走りっぽさというか、なかなかニッポンでは納得できないようなリストかもしれませんが、数日前にこんなノミネートがアップされました。
http://www.classical-music.com/article/vote-now-bbc-music-magazine-awards

これらの中から、イースター明けには2020年の大賞が発表されます。で、なんと、ネットでの一般読者投票も行ってます!Voting for the BBC Music Magazine Awards opens on Thursday 16 January and will close on Sunday 16 February at 11.59pm.だそうですので、まだじっくりリストアップされたディスクを聴いて決断する時間はありまする。

っても、このリスト、まあ、なんとも興味深い。いきなりオーケストラ曲ではヴァインベルクだもんねぇ。ずーっと眺めていくと、かのアタッカQのキャロライン・ショウのディスクも挙がってるし。なんか「やくぺん先生無責任アウォード」みたいやんけぇ、いやはや…

神楽坂さんも、芸術祭が始まる10月くらいに候補ディスクをリストアップをして、12月の評論家先生の選考会と平行して読者賞を出せばいいのになぁ。今時、簡単にできるだろうし、直接のディスクの売り上げに貢献しそうだし。ねぇ、編集長さんっ!

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21世紀半ば頃の普通のコンサート [現代音楽]

今、15日午後10時過ぎ。実は本日締め切りの大きな原稿、まだ半分ちょっとしか出来てません。小品山積みするみたいな前頭葉のパワー仕事でもあるので、普通の感覚からすれば、昨日から7本やっつけて、あと3本半くらい残ってる、って感じです。

そんなわけで、本来ならばまだこんな無責任電子壁新聞なんぞやってられないんだけど、先程まで溜池で鳴っていた演奏会のことを自分のためのメモとしてでも記しておかないと、完全に落っことしてしまうこと必至。なわけで、半時間だけ、割れそうな頭を動かしますです。

普通だったら先週くらいから、当電子壁新聞では横浜は神奈川県民ホールでやってるFlux Qの演奏会やらシンポジウムで盛り上がり、その流れの中で本日の読響さんの定期もご紹介する、という流れだったのでありましょう。なんせ「どこに行っても60年代マンハッタンの香り漂う一柳先生のお姿」って状況なわけですから。スイマセン、関係者の皆様。なんであれ、こういう演奏会。
https://yomikyo.or.jp/concert/2018/10/594-1.php
オケによっては演奏会が終わるとリンクがなくなっちゃうこともあるので、中身をコピペしておきます。こんなん。

ショスタコーヴィチ:エレジー
ジョン・アダムズ:サクソフォン協奏曲
フェルドマン:On Time and the Instrumental Factor(日本初演)
グバイドゥーリナ:ペスト流行時の酒宴(日本初演)

【関連情報】
下野竜也インタビュー https://yomikyo.or.jp/news/#news-topics-12389
作曲家・一柳慧に聞く20~21世紀のアメリカ・ロシアの現代音楽 https://yomikyo.or.jp/news/#news-topics-12390

中身については、これらをご覧になっていただけば良いわけでして、以下は「感想とも言えぬ感想」でありまする。

ま、終わったところで正直な感想を述べさせていただけば、「あああ、21世紀初頭にもシンフォニー・オーケストラってのは健在なんだなぁ」ってアホなもんでありましたです。それからもうひとつ、これは読響の担当者の方には漏らしちゃったんだけど、「ヴァイグレ社長がやりそうもないところをしっかり拾ったな」って。

このコンサート、作りから言えば「短いそんなに聴いていてしんどくない、気楽に聴いても大丈夫な曲が前奏曲みたいにあって、その後にモダンオーケストラの委嘱で書かれた力の入ったデカい曲が置かれる」ってのをふたつ積み重ねたもの。デカい曲、というのは長さじゃなく(どちらも30分弱くらい、ハイドンやモーツァルトの交響曲くらいの長さです)、中身のこと。マーラ-とかリヒャルト・シュトラウスとか、はたまたショスタコーヴィチのシンフォニーやら交響詩をコンサートのメインプログラムとして演奏するときに必要になるでっかい楽器編成、とはいえ今時のメイジャー・シンフォニーオーケストラとすれば日常的に並べてるようなもので(ちょっぴり電子のスパイスが振りかけられてたけど)、弦楽器が滅茶苦茶少ないとか、打楽器が並ばないほどいるとか、管楽器奏者はみんな持ち替え楽器を抱えて出てこなきゃいけんとか、そういう前衛真っ盛りな頃のシュトックハウゼンとかツィンマーマンとかの妙てけれんなオーケストラではありません。年がら年中マーラーやらシュトラウス聴いてる東京の聴衆なら、「おお、今日もいっぱいいるなぁ」ってお馴染みのデッカいオーケストラの風貌です。

アダムスもグバイドゥリナも、そんなバブリィでカロリー高めのオーケストラを、たっぷりしっかり使います。あんないっぱい弦楽器を並べ、それが24声部に分かれるとかいう無茶をするのではなく、まるでマーラーのアダージェットみたいにべたあああっと弾かせる。たくさん並んだ打楽器も、まるでショスタコの狂気のアレグロみたいにジャンガラジャンガラ鳴る。そういう「21世紀の大オーケストラ」の言葉遣いで、しっかりと音を鳴らし、それなりに言いたいことを言っていく、という作業。

ですから、本日の演奏会、所謂ゲンダイオンガクばかりのコンサートではお馴染みの「転換の時間が実際に演奏している時間と同じくらいだった」という現象は起きませんでした。舞台の様子は、短い現代曲やって、古典の協奏曲やって、後期ロマン派のやたら楽器が入るでっかいシンフォニーやって…って演奏会とまるで違わなかった。そこ、コンサートのあり方としては、結構、ポイント高いかもね。

良いとか悪いとかじゃなく、モダン・オーケストラという媒体をこんなにきっちり、こんなにまともに使い倒し、何の衒いもない。うううん、王道だなぁ!要はこの演奏会、奇妙なゲンダイオンガクを趣味的に並べた、というのではなく、21世紀の今のオーケストラ作品として極めて真っ当なもんをしっかり聴かせてくれた、といういかにもとーきょーを代表するメイジャーオーケストラの定期演奏会らしいものなのであったのじゃ。

きくところによれば、このプログラミング、指揮者の下野さんがあれをやりたいこれをやりたいと言い立てた結果ではなく、下野さんと読響のプログラミング担当者が話をし、いろいろ持ち寄った結果、こうなったとのこと。その意味では偏った趣味ではなく、すごおおおくバランスが良い、これぞ21世紀半ば頃の普通のオーケストラ・コンサートなのであーる、ってことになったのも、なるべくしてだったのでありましょうなぁ。

そういう中に置くと、ショスタコが弦楽四重奏曲を本気で書き始める前にちょろっと書いてた短い弦楽四重奏を膨大な数の弦楽器で弾く序曲みたいなもんはともかく(これだけ弦楽器が多いと、まるっきりエッジが取れちゃう感漂うのは、意図的なんだろうなぁ)、フェルドマンはやっぱり60年代前衛の未完成さ、不完全さ、敢えて言えばいーかげんさをしっかり感じさせてくれたのが面白かったです。

アダムス御大は、協奏曲ってのはどんだけソロが出すテーマで客を掴むかなのに、敢えてそれをやらずにこんだけ空気感を醸し出せるなんて、ホント、老獪極まりないオッサンだこと。

グバイドゥリナおばさまの今風シュトラウス交響詩を前に、わしらがあんまりよく知らないソ連での不遇時代に生活のために書いてた映画音楽とかってどんなもんだったんじゃろか、なーんてどーでも良いことを考えたり。終わったあとには、「さあ、これからいよいよショスタコの交響曲4番が後半かな」って感じちゃったのは、決して皮肉ではありませぬ。2006年のフィラ管での初演って、恐らくはこの曲がプログラムの前半にあって、後半にはこの巨大管弦楽を駆使する大曲があったんだろうなぁ、それってなんだったんだろー、なーんて溜池から新橋に向かう都バスの中ですーっと思ってましたとさ。

とにもかくにも、4日間みっちり練習し、この演目とすれば驚くほどたくさんの聴衆をしっかり集めた演奏家・関係者の皆様、お疲れ様でした。ホント、べんきょーになりましたです。

読響の皆々様、次はヴァイグレ社長に本気出して貰って、リームやらヴィドマンやらがメインで、その前にピンチャーとかマントバーニーとかの短い曲がくっついたような、今回すっぽり抜け落ちてたライン河畔から無謀な剛速球投げ込んでくるみたいな無茶をお願いいたしますです(考えてみたら、そいういうのって、アルブレヒト御大の頃とかにもそれなりにやってたような)。お疲れ様でした。

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20年代の作文作業で困ること [売文稼業]

生存証明です。昨年暮れからの、この歳では物理的に不可能としか思えぬ原稿の山も最後の巨峰にたどり着き、明日水曜日夕方前までにあと30枚ほど、前頭葉の内部では大きな画面一つ、中くらいの画面ひとつ、それに小さな画面が5つ開いている状況。普通に考えれば絶対に不可能な量でありまする。ともかく、やらにゃならん。

んで、当作文は単なる生存証明で、なんとか生きていますよぉ、でも今日明日は連絡されても反応しませんからねぇ、というステートメントでありますので、もうここで読み終えてくださって結構でありまする。作文の目的は達成しているわけですから。

さても、昨日もひとつ取材があり、これはこれで極めて興味深く、暇があれば当電子壁新聞にグダグダと綴るところだが、ま、いずれ時間があれば。ことによると商売作文になるやもしれませんので。

それとは別に、今やってる作文で困ること。愚痴です。

今やってる作業は、某専門出版社が「ムック」という形で10年に一度くらい改訂するカタログ本の細かい作業。だから、頭の中にはウィンドウがいっぱい開いてるみたいになるわけです。ひとつひとつ分の作業を終え上がったら、さっさと編集者さんに送っては、そのウィンドウは閉じていく、という作業が繰り返されている。その中身は、まあ、一言で言えば「生データを人々がアクセス出来る形にする」というもので、情報整理作業とすれば「データからインテリジェンスへの変換」作業ですな。いかなAI化、コンピューター化が進んでもいちばん最後までなくならない、ってか、この作業が出来るようになればそのAIはもう「生命体」と呼んでよかろーに、ねぇ、データくん、って部分のお仕事でありまする。

とはいえ2020年の今、データを整理整頓してインフォメーションとし、さらにインテリジェンスとして提供する作業の中で最も面倒なのは、データ収集作業なのでありまする。そんなのネットの発達でいちばん楽になったところでしょ、と思うかもしれませんがぁ…とんでもない、全く反対なのじゃよっ!

今、作文用のパソコンと検索用のタブレットになるパソコン、それにiPhone端末との大小3つのスクリーンが開いていて、その向こうには、葛飾巨大柿の木が冬の朝の光を浴び、めじろん夫妻がやってきては蜜柑をつつき、それをギャーギャーとヒヨちゃんが追い立てる、心温まる大自然の営みも眺められるのであるがぁ、問題はそのパソコン画面から拾い上げられる生データなんですわ。

ぶっちゃけ、多すぎる!

この作業を本格的に始めるにあたり、先週、編集部までノコノコ出かけ、過去の四半世紀ほどのバックナンバーを拝見させていただきました。ばらしちゃうと、世界のオーケストラのガイドブックみたいなもんをやってるわけです。いやぁ、面白かった。前回2009年版は、大小のコラムを流し込み、可能な限り多くのデータをアップしようという編集方針。その前、20世紀終わりくらいに出たものは、もうちょっと読み物臭い。更にその前、80年代終わりだかの版は、もう今の常識からすれば「情報としてあるのはメイジャーレコード会社から出てくるレコードと、NHKがFMでライブ放送する音源程度、あとは来日公演でのライブ体験、それでひょーろんかの先生方が好き勝手なこと言いまくる」ってもの。正直、今なら「ちょっといろいろ知ってる音楽ファンが、Web上に記すブログ記事」に限りなく近いテイストなんですわ。当時はまだ書き手に関西のDやんとか、ブルックナーはA先生にとどめを刺しカラヤンなんぞは資本主義の手先と漫談家の血がドクドクのU先生とか、やはりカラヤンの美しさは素晴らしいのではなかろうかと思わないでもないのではないかのKきょー先生とか、もの凄くクセのある方々が並んでいて、それはそれで読んでいてたいそう面白い。いやぁ、なるほど、これが「商売になる読み物原稿」だよねぇ、ってあらためて感心したりしてさ。

もとい。21世紀20年代の今、何が困るかに話を戻せば、ともかくわしらはいろんな生データに接することが容易になりすぎていて、それらを整理するだけで、もう頭がクラクラしてくる。もーいーよ、そそんなこと教えてくれなくっても、ってさ。

なにりも困るのは、生の一次情報を、関係者、場合によってはオーケストラのメンバーやら運営側のご本人たちに、直接この瞬間に質問だって出来ること。だってさ、今、iPhoneを手に取って、Facebook開いて、相手の名前を打ち込めば、時差を考えなければ直接某オケの事務局広報担当者と顔テレできちゃうわけだし、アルプスの山の中を列車に揺られてる指揮者さんと話が出来ちゃうわけだし、口さがないコンマスくんから常任指揮者への愚痴だってきけちゃうわけですよ。

やろうと思えば、それが出来る。

これって、困るでしょ。だって、そんなこと教えてもらっても、読者に生データとして提供するわけにいかないもん。使えるインフォメーションとして整理するには別の手間がかかり過ぎ、全体の中での意味づけをしてインテリジェンス化するには余りにも断片的。でも、そういう生データだって、取ろうと思えば直ぐに取れる。さー、どーするどーする…

具体的には、今、オルフェウス管について書かねばならないのだが、コンミスさんやらチェロさんの連絡先って、このパソコンに入ってるんだよねぇ、ってこと。北米東海岸ならまだ起きてるだろうしさ。

困った世界になったなぁ。いやはや…

さても、こんなアホな作文はこれでオシマイ。作業を続けます。その前に、ちょっと朝飯を食うべーか。ヒヨちゃんはあんなに美味しそうに林檎食ってるもんなぁ。

がんばろー、あたしっ!

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新年地獄の怒濤の作文作業真っ最中 [売文稼業]

2020年も遺すところあと355日、皆様、いかがお過ごしでしょうか。

現在、10日金曜日の冬の日が沈んだところ。新帝都はまた連休だそうで、恐らくは眼下に広がる銀座東京駅日本橋、はたまた八丁堀や京橋近辺では、楽しい新年会が繰り広げられようとしていることでありましょうぞ。いいなぁ…

やくぺん先生ったら、昨年暮れも押し詰まりまくった28日土曜日の午後8時過ぎ、忘年会の真っ最中に「1月7日締め切りでトータルで35枚くらい、まだ完全に仕事内容決まらず」というオソロシー依頼を受け、依頼相手の関係者も横でマッコリ飲んでるんで「なんなんね、これ」と呆れて尋ね、内部事情を漏らしていただくに、どうやらこれはあたくしめが引き受ける他に手はないなぁ、という状況になった。んで、年末年始も大晦日ベートーヴェンが取材になったりしたので当然休みにはならず、お正月らしい顔をしたのは元旦のみ。
二日から誰も居ない大川端縦長屋シン・ゴジラ目線の勉強部屋に籠もり作業を始め、まずはもうひとつ正月明け締め切りだった原稿を強引にやっつけ、そこからはもうひたすら作文作業。間に新年コンサートなんぞを挟みつつ、ともかく正月休み明けにはなんとか無茶な原稿の初稿をまとめて入れたら、その後も五月雨式に追加原稿が入り、完全に手を離れたのが去る火曜日の夜。
んで、水曜はこれまたかなりギリギリに入ってきた某一般誌のための某企業会長さんへのインタビューがあり、その打ち合わせやら別の仕事の打ち合わせやらで水道橋神楽坂近辺をウロウロするだけで日が暮れる。昨日木曜日は、これまたその某一般誌の別の記事のためにマエストロ・インキネンにインタビューをせねばならないのだが、去る週末にマレーシアフィルを振っていたというマエストロ、時間やらがギリギリまで決まらず、結局、スイスのどこかにいるのをFaceTimeで捕まえるということになったのだがぁ…

もう面倒でどーでも良くなってきた。案の定、事態は簡単には進まず、FaceTimeが繋がらなかったり、なんとまああちらは移動中の車内だそうで、途中で乗り換えだからまたあとにしてくれ、となったり。最終的に、遙か葛飾オフィスの巨大柿の木の下から、恐らくは風光明媚なのであろうアルプスの山中を走る車内へと今時珍しい国際電話をして、なんとか10分程話をしたのであったぁ。スカイプやらFaceTimeやらしか使っていなかった今日この頃、所謂昔ながらの国際電話って、去って行った10年代には一度たりともしたことなかったんじゃないかしら。ふうううううう…

んで、正月休みを完全にパーにした原稿の余波はまだまだ続くぞ。本日金曜日締め切りだった恒例の『演奏年鑑』器楽室内楽概観という、ある意味、一年でいちばん面倒くさい原稿が全く手つかず状態。まあ、無論、内容が内容だけに「いつも考えてること」といえばそれまで。やくぺん先生としては珍しい、ひょーろんかずらして偉そうなことを言う内容なので、まるで当電子壁新聞を書くようにだああああああっとやっつけて、頭割れそう目しょぼしょぼになりながら、槍ヶ岳から常念越えて最後は富士山へと連続アタック、みたいな、隠居爺には死ねというのかと叫びたくなる過酷な作業、なんとか日本アルプスは越えたぞ、って縦長屋に戻ってきた次第。ったら、途中の京成電鉄車内で「量が多すぎるので削ってくれ」というハラホロヒレハレな連絡が入り、おおお、完全にこっちのミス(昨年、間違った長さで書いた原稿のフォーマットをそのままに引っ張り出してやってしまった、という凡ミス中の凡ミス…)なので、ひたすら急いで修正決定稿作成作業をして、なんとか金曜夕方の終業前に入れたのでありましたとさぁ。

ふうううううううううううう…というわけで、この数日、当電子壁新聞どころではなかった、ということですぅ。

飯食ったら直ぐに次の仕事の準備を始めねばならぬ。本日参上予定だった、芸劇で仲道さんがフォルテピアノとモダンピアノを並べてベートーヴェンのソナタを引き比べる、なんていかにも記念年最初に相応しい演奏会は行けません。それどころか、昨日から遙か横浜は神奈川県民ホールで始まっているFlux Qのイベントも、明日の本公演だけはなんとか行くぞ、というような状況になってます。
まぁねぇ、こういう世界のどこでやってもインディーズでしかないイベントを神奈川の財団さんがやってくれるなんて、有り難いと言えば有り難いわけで、東京首都圏に100人程度しかいないであろう本当に関心がある聴衆のひとりとして、参加できないのは誠に申し訳ない気分でいっぱいでありまする。

ええ、関係者の皆様には、様々な連絡事項やらなにやら、放りだしてあることも多々あると思いますけど、かくなる非常事態であります。なにとぞお許しあれ。今月下旬になれば、「仕事ください、これじゃ生きていけません」という状態に逆戻りになることは目に見えているので、お見捨てなきよう。葛飾のめじろんたちも、このしょーもない爺をよろしく、と美味しそうに申しておりまするでちちちぃ。
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キャロライン・ショウいよいよ日本でも [現代音楽]

新年初荷、ではないんだけど、最初の大物原稿をともかく初稿だけでも入れ、終わった終わった、と倒れ込みたいところなのだが、なにやら明日月曜以降は妙に取材などが立て込み、その先には次の大物原稿がまだ作文レベルでは手つかずで待っているので、少しでも作業を進めておかねばならない。若い頃ならもうドンドンやれたのだけど、すっかり爺となった今日この頃、ひとつ原稿入れるともうその日は頭が動かなくなってしまう体たらくぶり。せめて必要なものを聴いておくだけでもせねばならぬと、こんなものを聴き始めたわけでありまする。ほれ、10分くらいだから、騙されたと思ってお聴きあれ。


一昨年前くらいから、アメリカ合衆国の若い演奏家連中からはやたらと名前を聞くようになったキャロライン・ショウという作曲家がおりまする。「最も若くしてピュリツァー賞を獲った作曲家」という謳い文句も付けられ、オペラなんかじゃないのでメイジャーというよりもちょっとインディーズっぽい空気の中で出てきている若い女流作曲家さんです。なんだか芸術系大学院の教室に座ってそうなお嬢さん、って感じの方なんだよなぁ。こちらが公式ページ。
https://carolineshaw.com/

それにしても、この「女流」という言い方は、もう21世紀20年代にはほぼ無意味なんだろうけど、ま、勢いで付いちゃってるだけだと思って下さいな…

もとい。やくぺん先生は、この作曲家のクァルテット全集(現時点で書かれている弦楽四重奏作品をだああっと集めた、という程度の意味ですが)を入れているアタッカQが、録音の前後にやたらと弾きまくっていた頃に、正にこの《間奏曲》という曲をブルックリン図書館だかの無料演奏会で聴いて、へええええ「才気煥発」って言葉を使いたいけど、なかなかしっとりしててよろしいんじゃないかい、なーんて無責任に感じてた。

日本ではなかなか名前が出てこないなぁ、と思っていたんですけど、意外なところで出くわすことになった。こちら。
https://www.nagano-arts.or.jp/stages/%E3%83%AA%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%A9%E3%83%B3%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E5%9B%9B%E9%87%8D%E5%A5%8F%E5%9B%A3-1/
これまたどういう風の吹き回しか、オープニング以来、今や日本でいちばん売れてる世界的音楽家久石譲氏を頭に置いたオケをつくってベートーヴェン全曲やったりとかしてた長野のホールが、今年から3年、自前の弦楽四重奏団をつくって演奏会をやります、ってこと。毎年、現代曲をやるそうで、今年はなんとなんと、キャロライン・ショウを取り上げるという。担当の方に「なんでやねん?」と身も蓋もない質問をしたら、別に演奏者の中にキャロライン様のお友達がいるとかいう訳ではなく、純粋に面白そうだからやる、ということだそうでありまする。ただ、チラシなどを眺めても、この人を紹介するということには特に触れてはいないようですねぇ。

何を隠そう、ぶっちゃけ、この演奏会の曲目解説をこれから書くのであーる、って状況。んで、送っていただいた楽譜を初めて眺めてみて、へええええええ、こりゃ確かに面白いねぇ、とあらためて思っていたところなのであります。せっかくだから、当無責任電子壁新聞で宣伝しちゃえ、ってことです。はい。

正直、この作品の曲としての解説を書けと言われても、さあ何を書きましょうか、としか言いようがない。商売としては、なかなか難しい対象なんですわ。「貴方は曲目解説で何を知りたいですか」って尋ねて歩きたくなっちゃう。ぶっちゃけ、聴けば絶対に面白いし、すれっからしは「あれ、どうなってるのかな」と楽譜が見たくなるでしょうし。

とにもかくにも、来る2月2日に長野で、この興味深い曲が演奏されます。アタッカQの映像眺めて聴いてみたいと思ったら、新幹線で東京駅から2時間弱、長野にいらっしゃいな。

おっと、せっかくだから、彼女の出世作たるピューリツァー賞を30歳で獲得した《8声のためのパルティータ》の映像がYouTubeにまるまるあるので、ご紹介しておきましょう。ぶっちゃけ、冒頭など、ラップの流れを汲んだとしか言い様がない声楽曲です。敢えて「合唱曲」とは言いません。これ、日本でもやりたい人たちがいるんじゃないかなぁ。まあ、東海岸出身の20代が書いた英語ラップはネイティヴでないとノリはかなり難物かも、と思わんでもないけど。

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シンガポールで《ヴァルキューレ》初演 [演奏家]

お金持ちな出国禁止もなんのその、あっさり逃げ出せるニッポン列島に蟄居するやくぺん先生とすれば、行きたくても行けない話なんですけど…

今やニッポン越えて東アジア圏で最も「先進国」やってるシンガポールでありますが、ひとつ弱点がるとすれば、未だに西洋型オペラハウスのきちんとしたものがないことでありましょう。無論、エスプラネードではシンガポールのオペラカンパニーが《アイーダ》とかをちゃんと自国のオケやコーラスで上演しているし、小規模オペラカンパニーが興味深い演目を出したりしてますけど、バブル期以降のニッポンみたいな「引っ越し公演」が次から次へと行われる、という風にはなっていない。どうしてなのかなぁ、と思わぬでもないけど、まあ、事実としてそうなんです。オーストリアからの国家文化交流でヴィーン国立歌劇場管が監督の小澤氏と《フィガロの結婚》をやったときも、エスプラネードでセミステージ形式、ってか、歌手が勝手に演技する、みたいなものだったし。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2007-09-27
ましてやハードルが高いのがヴァーグナーで、シンガポールのプロダクションで過去にステージとしてきちんと上演されたヴァーグナーは《オランダ人》だけみたい。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2016-09-30

そんなシンガポールで、来る日曜日の1月5日、とうとう《ヴァルキューレ》が初演されます。こちらが会場となるエスプラネードのリリース。
https://www.esplanade.com/events/2020/omm-die-walkure?utm_source=Esplanade+Mailing+List&utm_campaign=85fb68dd45-whats_on_jan_012020&utm_medium=email&utm_term=0_abb3f82f99-85fb68dd45-51699803
なんか、このポスター、完全に『スターウォーズ』だわなぁ。確かに同じようなもんだけどさ。なんせ、「Destiny awaits a pair of young lovers and their Valkyrie protector, as their forbidden love threatens to thwart Wotan, the king of the gods’ master plan to combat the forces of evil. 」だもん。

このプロダクション、世界には確実に人口の零点数%は存在するらしいヴァーグナー好きにはそれなりに注目されているようで、バックトラックにはこんな記事も出ています。書いてるオッサン、会ったことある奴じゃないかぁ。
https://bachtrack.com/interview-chan-tze-law-orchestra-of-the-music-makers-wagner-die-walkure-singapore-november-2019

興味深いのは、このプロダクションが日本でもよく知られるシンガポール響やシンガポールのメイジャー・カンパニーがやってるのではなく、オーケストラ・オヴ・ミュージック・メイカーズというちょっと特殊な団体の主催である、ということ。こちらが、そっちの公式ページ。
https://www.orchestra.sg/the-valkyrie

この団体がどういうものか、説明するとメンドーなんだけど、敢えて言えば「アマオケ」と分類されても仕方ない団体。演奏者の全員が別の職業を持っているそうだけど、プロとしての教育を受けた人が殆ど。若い音楽学生も入っていて、ヴェローナQのオンちゃんも国に居た頃にこの団体で弾いたことがある、と仰ってたっけ。

ニッポン国の「クラシック」文化が凄く深く根付いていることの証拠に、無数のアマオケが存在し、名古屋ではアマオケが《リング》チクルスを完奏してしまった、なんて話が世界の業界を驚かせているわけだが、ニッポンを追いつき追い越せで「発展」し、今やしっかり追い越してしまったシンガポールは、こういう文化の面でも似たような状況にあるのかなぁ、と思ったりして。

まだチケットがあるようなので、お暇な方はどうぞ。午後4時開演ですから、お間違えないように。

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21世紀20年代の始まりにあたって [売文稼業]

新年明けましておめでとうございまする。
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っても、今は新年も明けて二日目の午後、冬至は過ぎたとはいえ、北緯35度東経135度でグリニッジ標準時から9時間も早い極東の島国の真ん中辺りの空は、午後4時台になるとすっかり夕方の気配、今年も残すところあと364日、って寂寥感も漂う…わけないかな。

世間では何が起きてるか知らないけど、朝から追手町上空で讀賣系報道ヘリが叫んでは鰯の群れの上のカモメたちのように大学生アスリートらを追いかけ、そんな騒動が箱根方面に向かってくれたと思ったら、今度は新帝の新年参賀で新帝都上空に新聞テレビ各社報道ヘリ乱れ飛ぶ上を、昨年の新帝即位騒ぎ頃から第一線で働き始めた地味な新制服に身を包んだ新型パトヘリくんたちが高空警邏でぐるんぐるん。大川の上は観光船が行き来し、遙か筑波やら榛名山、電通ビルの向こうには富士山の頭までも顔を出す、なんとも騒々しい新帝都の初春でありまする。ふううう…

さても、やくぺん先生ったら、すっかり頭はかすみ目はしょぼしょぼの老人初心者も板に付き、昨年夏の終わりには病人認定までされ、あらゆるところに5キログラム弱の医療機材を持って歩かねばならなくなり、前世紀の終わり頃から昨年の前半までのような「あんた、今、どこのいるの?」って生活は出来なくなりました。そんなわけで、やってきた21世紀の20年代は、ちょっと、というか、全然違った生活にならざるを得ません。なんせ、先月頭にアムステルダムから戻ってきて、次に列島を離れるのは恐らくは春節終わりというか、イースター休暇前の統営まで予定はなし。その先も、ヘタすると9月までずっと国内にとどまる可能性が高いです。無論、国内移動や、香港台湾ソウルくらいの札幌や那覇と実質違わない近距離への数日のお出かけはあるかもしれないし、国内移動もそれなりにはあるだろうけど(なんせ、5月には第10回大阪国際室内楽コンクール&フェスタがありますから、関西張り付きになることは確実)、基本はおとなしく過ごすことになるでありましょう。

昨年秋以降、新帝都を中心にあれこれ業界を眺めるようになると、この街でもいろんなことが起きているなぁ、と思うことしきり。相変わらずヴィーンフィルやベルリンフィルやコンセルトヘボウ管なんぞの来日公演とは無縁とはいえ、これまで「ゴメン、バタバタしてて」と泣く泣く行けなかったような若い人や年寄りたちの室内楽とか、小さい会場での現代音楽やら実験系音楽やらにも顔を出せるようになって、いろいろ思うところもあったわけでありまする。その辺りは、これから年始3本目の締め切りになってる『演奏年鑑』の概論などで記すわけで、こんな無責任私設電子壁新聞にダラダラなんか喋るわけにもいきませんです。ゴメン。でも、『演奏年鑑』って、今、普通の意味での市販ってされてないんだよねぇ。

そんな生活の変化の中で、ひとついよいよこれは腹を据えねばならぬ、と思っておることがあります。ええ、何を隠そう不詳やくぺん先生、その世間に晒している人間体での作文仕事ではWeb原稿の黎明期から関わり、極めて不幸なことに、ろくなことが起きていない。で、すっかり偏屈老人になってしまっていて、Web原稿は基本的に信用していない、やりたくない、やらない、依頼があっても「その枠は若い人がやるべきで、うちらは紙と共に滅んでいきますから」などと申していたわけでありまする。

とはいえ、テレビ新聞広告の総額がWeb広告に追い抜かれた、というニュースを耳にするに、いよいよ紙媒体も特殊なジャンルになりつつあると考えざるを得ない。紙としての「本」そのものを売るというやり方は、自分の生徒に教科書として売れる学校の先生とか、250万円くらい積み上げて出版社さんから出してもらうスポンサー付き本とか、極めて特殊なやり方以外には実質不可能となりつつあると思うべきなのでしょーねぇ。

そこで、正月二日に後先考えぬ無謀な宣言をしてしまいますです。

20世紀末に音楽之友社から出版され、今では絶版となっている『弦楽四重奏の名曲名演奏』という小さな著作の、Web改訂を作ります。
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既に旧紙版の編集というか、台割り作業は細々ながら、始めております。とはいえ、Web本にするとなると、単にスキャンしてPDFファイルをまとめた、ってもんで終わらすわけにはいかぬ。基本、「Web上のガイドブック」=「ポータルサイト」ということにせざるを得ない(そもそも、ああいう類いのガイドブックとは、紙版のポータルサイトだったわけですからねぇ)。音や映像に直接繋げられるので、譜面の断片を使うための承諾などという面倒な権利関係が山積みな作業はいらなくなるものの、映像や音声を使わせていただくためのあれこれの作業やら手続き、演奏家の皆様から承諾を得る作業は必要となってくる。20年以上経って古くなってしまった中身の情報のアップデートもせねばならない。無論、編集者に相当する人は置き、校閲までは無理にしてもちゃんとプロの校正の目も通すつもりでおります。実質、個人でやる出版社、ってことになっちゃうなぁ。

てなわけで、今日明日に直ぐ出来るというわけでないでしょうが、なんとか大阪の大会前くらいにはWeb上で世に問えるようにしたいと思っております。既に紙版の担当編集者さんだった方からは、法律的には問題がない、との承諾はいただいておりますです。また、現時点では日本語版のみですが…ま、そっから先は出来てからの話。お値段は…そうねぇ、どうなんでしょうねぇ、オンブックスと同じくらい、ってのが妥当なんだろうなぁ。そういうのもどうしたらいいやら。

これが上手くいけば、やくぺん先生の世を忍ぶ人間体の両手の指ほどの著作の中で唯一重版がかかった『気楽にいこうクラシックコンサート』の2020年代版(やるとすれば、上野の杜に集う業界歴戦の強者共の共著の形にしたいなぁ)、膨大にある演奏家インタビューの公開、などアイデアはいろいろ控えておりまする。Web原稿に対する不信感を作り上げたFUJITV Art Net連載の『Music in Museum』も、なんとか纏まった形で復活出来ないかなぁ、と思ってるし(まあ、あれは一部が『クラシックコンサートをつくる。つづける。』に流れているわけだけど)。

なんか、いよいよどこにも出かけずに家でやれる隠居仕事っぽくなってきたなぁ。ま、それでいいだけどね。

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