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しんかんせんコンサート! [音楽業界]

恐らくは新帝都を含めキューシュー島に関わりの無い皆々様には全く判らんことでしょーが、今、キューシュー島は「シンカンセン」で盛り上がっておりますっ!ホントに盛り上がってるのか、この春に特急大幅値上げと駅の人員大幅削減をやらかしたJR九州さんが、もうなにがなんでも盛り上げようと必死になっているのか、なんとも判らんけど、ともかくJR駅なんぞは大いに盛り上がってるよーに見えるわけですは。この新しい線に最も冷たい筈の佐賀駅でも、ほれ、こんな。
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本日、お盆休みは終わってもまだまだ夏休み値段の公共交通、お嫁ちゃまが温泉県盆地から新帝都は大川端に戻ろうとして、最もお安い方策は、なんとなんとジェット★やら桃さんではなく、佐賀空港発のSpring Japanさんなのであった。で、朝からお見送りでせっせと一緒に田圃と遠浅の海の真ん中の将来のニッポンミサゴホームベースへと出かけたのでありまする。で、駅のホームを降りて空港バスに向かおうとすると、上のような告知が改札横に掲げられていたのでありました。

正直、この「キューシューしんかんせん」とやら、鳥栖から佐賀を経て武雄温泉までの長崎本線、佐世保本線の間はシンカンセンとして繋がっておらず、100キロにも満たない盲腸線、というか、断片です。どうやって新鳥栖と繋げるか、喧々囂々、こんなものが出来てもなんの利益にも成らぬ佐賀周辺は冷たい目で騒ぎを眺めている。ぶっちゃけ、この新線、「新幹線」と思うから行けないので、なんのことはない、在来線としてもいろいろと問題があり過ぎる長崎本線の新線が出来たと考えるべきなんでしょう。今更この場所に新線を作るなら在来線ではなく、新幹線フォーマットで作ってしまえ、ということ。どうやって現在の新幹線網に繋げるかなど、考えてない!だって、ともかく今の備前山口からの海沿い線は、余りにも不便すぎるんだから…

ま、そんなこんないろんな思惑はどうあれ、来月末には新線が出来てしまう。佐賀駅でも、こんな手作りポスターを階段に張ってます。
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うううん、佐賀駅のJR九州職員さんは、どんな思いなんでしょうねぇ。なんせ、実質的に駅が開設されたときからずっと当たり前にあった「長崎行き特急」が、あと1ヶ月でなくなってしまうなんて、シシリアンライスから肉がなくなっちゃったよーなもんではありませんかっ!

いろんな思いが交錯するSagaなれど、新線のジャンクションとなる武雄温泉周辺は大いにもりがっているよーで、ぬぁんとおぉ、こんな演奏会がありまするっ!
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http://www.city.takeo.lg.jp/information/2022/07/011371.html
新線開通の前日、長崎本線に特急かもめが走る最後の日(武生温泉駅には来ないけど)、市内の文化会館に九響が高らかに発信ラッパを鳴らすのだぁ。

なんかチケットが猛烈に安いし、今ひとつ判らん演奏会だけど、やくぺん先生ったら、この日は翌日が竹田の室内アンサンブルの第3回定期公演で温泉県盆地に居る予定なんで、マジ、ちょっと覗いてみようかしら…っても、裏九州文化圏からすれば、延々3時間もかかる遙かな向こうなんだよなぁ…

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田舎の花火は大きな送り火 [石武にて]

立秋も過ぎ、温泉県盆地の夏の終わりを告げる花火大会が、先程無事に終了しました。

このところの盆地の天気予報は「ふるふる詐欺」続きで、午後には驟雨という予報が連日出ているのにまるで降らぬ。ニッポン列島も朝鮮半島も大雨のニュースばかりなのに、ここはどうなってるんじゃ、と不思議な晩夏の空が続いていたのですけど、選りに選って今日は午後から土砂降りの雨。畑でヨレヨレになりかけていた紫蘇の葉には恵みの雨ながら、玄関脇の紅葉に居を構えたキボシアシナガバチさんたちは、雨樋から滝のように落下する濁流に巻き込まれまいと、女王を下にびっしりとおうちに張り付いてます。
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畑の主のニホンアマガエルさんたちは、降っても晴れてもマイペースでケロケロ!
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どうなることかと思われた驟雨も去り、打ち上げの合図も響き、8時半過ぎからいよいよ観光地と反対側に広がる田圃の真ん中から、20分くらい、それほど派手だったり凝った玉があるわけでもない、でっかいお盆の送り火みたいな花火が打ち上げられる。観光地の側はどうだか知らんが、田圃の中の道に出てきているのは近所の住民と、お盆で田舎に来ているらしいお子様たちばかり。あ、一台だけ観光タクシーが乗り付けていたのは、賢い観光客さんが運ちゃんに「人が少なくてよく見えるところに行ってちょ」って頼んだんでしょうねぇ。

ノンビリと、淡々と打ち上げられる田舎の花火は、頂上を雲に隠した由布岳を背景に、夜の田圃をいろんな色に染めていく。花火といえば晴海埠頭の先、虹橋との間の会場から打ち上げれる中央区大華火大会か、遙か大川の上流の天樹隣に眺められる隅田川花火大会、はたまた矢切の渡しの上に輝く葛飾柴又花火くらいしか知らん東夷とすれば、ここ温泉県盆地の花火でいちばん驚いたのは、その音でした。

ドカンと打ち上げられた花火って、視覚と音にちょっとズレがあるところに味わいがあるんだけど、それだけじゃなく、由布岳から反対側の九重の山、市役所がある庄内との境の山、更にはお盆で流石に機械鳥や砲弾、はたまたドローンくんの音がすっかり止んでいる日出生台演習場を隠す山へと複雑に反響し、巨大なポリフォニーを成す。光と複数声部の音のカノンが、もうすぐ頭を垂れそうな一面の緑の田圃を埋めていく。

風の凪いだ宵、最初の数発があがったところで背景を成すまっ黒な由布岳の稜線はさっさと煙に霞んでしまい、源泉から噴き出す真っ直ぐな煙と混じり、盆地全体が朝霧ならぬ宵の霧に沈んでいく。
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盆地の花火は、海風が全てを沖へと散らしてくれる帝都湾岸のそれとはまるっきり違う、でっかいお盆の送り火。なんせここは田圃の真ん中さ、「華火ってのはねぇ、観るもんじゃなくて、聞くものなんじゃよ」なーんて嘯くこともできんわい。

音楽祭も、まだやろうってんなら、こんなもんでいい。田舎の街の、適正規模な、田舎の祭り。

さて、盆地滞在夏休みもあと数日。信州は松本経由で戻った帝都はまだ灼熱だろーし、その先に待ってるバイエルン王国ったら…どうなってることやら。

盆の地に 火華のカノン 夏送り

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盆地の夏祭り [石武にて]

昨日、先週の月曜日にいきなり内容変更になった無茶ぶり原稿作業をなんとか終え、手元にあるのは〆切がはっきりしないんだがどう考えてもさっさとやっておかないとマズい原稿がひとつだけという状況になり、晴れて目出度く夏休みに突入。20日朝に福岡帝国都大空港から松本のちっちゃな滑走路へと空路移動、そのまま新帝都に戻り月が変わるやバイエルン王都に向かうまでの、ささやかな夏休み期間となりましたとさ。

温泉県盆地と新帝都大川端の2拠点、実質作文作業は大川端縦長屋ではやる場所がない生活となり、結果として当無責任私設電子壁新聞が諸作業の中でも最も冷遇されることになってしまい、書きかけで放置されているもんが山積み。ま、夏休み期間中に少しづつでもアップしていくつもりですが、今時のYouTuberさんみたいに読者数カウント稼いで収入にするような責任ある媒体ではありませぬが故、ま、こんなもんだと諦めて下さいな。なんせ、weblogというメディア、そろそろハッキリと廃止というか存続そのものがなくなりそうな気配すらあり、過去記事が検索可能なアーカイブとして存在している当電子壁新聞なんぞには困ったことなんですけど…まあ、情報の質が圧倒的に変化している時代に生きているんでしょうねぇ。ううううむ…

ま、そんな愚痴は愚痴として、毎度ながらのどーでもいい話。先週には盆地開闢以来一切存在しなかったチェーン系ホテルの星野リゾートがオープンし、タクシーうんちゃんとのあーだこーだ格好の話題となっている観光地、2009年で35年間続いたレギュラー開催が終了して7月最終週末の音楽祭はなくなったものの、もうひとつのメイジャーな祭りたる映画祭は、今年も開催されます。
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http://www.oct-net.ne.jp/yufuin-c/
音楽祭はレギュラー開催がなくなっても延々と続いていた映画祭、去る真冬に実質上のプログラミングディレクターだった伊藤氏が急逝なさり
https://www.47news.jp/7377609.html
どうなるか心配されていたのですが、無事に開催されます。駅前の本屋さんには、亡くなる直前に出版された伊藤氏の著作も並んでます。
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隅っこには、ずっと在庫がなかった拙著もビニ本になってひっそりと据えられておりますので、よろしくです。

とはいうものの、そもそも人口が1万ちょっとの歴史もなければ文化もない温泉と田圃しかない田舎町。伝統と格式の祭りなんてあるでもない。あるといえば、どこの田舎町にもあるお盆の送り火花火大会くらい。
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打ち上げ場所は、やくぺん先生が改札口のない駅からぐるりと線路越えて田圃側にやってきて、緑の中をまあっ直ぐにオフィス軒隠居庵に向けてダラダラと登ってくる直線道路のど真ん中、大分川を跨ぐ橋の袂のようですな。

この満点の星空に、花火が打ち上がる。
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温泉県では「たまやぁ、がぎやぁ」というかけ声が挙がるのか。それとも、コロナ大蔓延の中、声出し鑑賞はここでも一切禁止なのか。

華火咲き 蛙ケロケロ なつやすみ

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最後のクァルテットは元気モリモリ [弦楽四重奏]

ヒロシマ原爆忌の週末、温泉県盆地から豊後の山、筑後から肥前の原を過ぎ、遙々有田の谷の彼方のニッポンJR最西端の駅佐世保まで日帰りして参りました。キューシュー島はホンシューや半島からの玄関口たる福岡帝国から鹿児島に向けて南下する、はたまた「裏九州」と言われようが日向灘を宮崎に向け進む方策はそれなりに用意されているのだけど、大分から長崎へと公共交通機関で横切るのはとんでもなく大変。海岸線から特急でも40分以上かけて標高500メートル登ってくる我が盆地からだと、JR優等列車をほぼ待ち時間ゼロで乗り継いでも、最寄り駅を午前9時過ぎに出て佐世保駅到着は12時半くらい。

到着した高架駅は、車窓左手に佐世保軍港が広がる基地の街だけど、駅目の前にあるのは離島に向けた民間小型フェリーなども出ている生活港としてのターミナルなんで、JR横須賀駅みたいにいきなりヘリ空母いずもがドカンと鎮座し、ヘリポートがあり、「おおおおお、基地のゲート前に着いてしまったぁ」って感は希薄。たまたま本日は日本海軍側施設がオープンハウスで、艦艇公開やら関連装備展示なんぞをやってる「ニッポン軍夏祭り」状態。埠頭のショッピングセンター前ではニッポン海軍軍楽隊の演奏会も準備されてます。
inabanorikovc@gmail.comへええヒロシマ忌にお祭りやるんだなぁ、我が軍は、とちょっとビックリ。そういうもんなんかいな。

ま、それはそれ。で、本日のお題はこちら。
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正に横須賀は京急汐入駅から横須賀芸術劇場までと同じくらいの距離のところ二、佐世保ハルカスという大小ホールを備えた芸術センターがあります。JRからそのまま繋がってる松浦鉄道を挟んで港とは反対側で、マリンコ雷電専用ヘリ空母アメリカやら揚陸艦ニューオルリンズなんぞの巨体は鉄路と高速が丁度シールするような建て方となっているのは、横須賀芸術劇場からはどう頑張っても空母ロンや第七艦隊旗艦ブルーリッジは見えないのと同じ。

いかにも「基地があるんでうちはお金がありまして」って感じありありの素晴らしい設備の上層階に、所謂バブル期「室内楽専用」タイプの中ホールが設置され、そこを拠点に「レジデンス弦楽四重奏団」という触れ込みでアルカス・クァルテットという団体が活動していました。いました、というのは、本日の演奏会開始前に、実質上この団体の創設から関わって来た担当の方が舞台に登場し、「一昨年は出来ず、昨年は川崎さんが来日出来ず三重奏、やっと3年ぶりに弦楽四重奏ですが…」と前置きし、この団体の活動は今回で最後、と報告なさった次第。

遙々福岡などからもやってきていた熱心なファンの皆様はご存じだったのやら、それほど「えええええ」という感じもなく、サラリと本番に突入し、ファーストはオタワのアートセンター管(ピンキーの指揮でCBCからいっぱい録音が出てましたねぇ)コンマスの川崎息子、ってか、今やすっかり立派なオジサンの川崎洋介、ヴィオラは言わずと知れた柳瀬省太、チェロは見かけに似合わず(などと言ったら中様に殺されそうだが)高い歌を繊細に奏でる辻本玲。そして、なんとなんとセカンドは我らが西野ゆか様、そー、エクファーストのゆか様なのでありまするよ。

定期演奏会でエクが大いに語っているのをお読みの方は、ゆか様がいつだったかベートーヴェン作品132について大いに語った際に「この曲はセカンドをやってみたい」と仰っていたのをご記憶でありましょうや。あれ、って書きながら、そう言ってたのは吉田嬢のような気もしてきたけど…まあいいや、なんにせよエクのファーストとしてこの作品をもう何十回と弾いてきている隅から隅まで知った方が、敢えて隣のパートを担当する。そういえば、20世紀の終わり頃、最初期の「プロジェクトQ」結果発表会だったかなぁ、ともかくまだエンカナさん時代のエクがこの曲を演奏したのは、個人的には第1期エクの頂点だったという記憶があるのだが…ファーストセカンド交代制だったあの頃のエク、ゆか様がどっちのパートを弾いていたか…ううううむ、記憶にない。

とにもかくにも、これはもう何を置いても聴かねばならんでありましょーぞ。

ちなみのこの団体、10年代初め頃に結成されたとき、まずは川崎氏のファーストというところがスタートで、川崎氏の強い意向でこのメンバーが集められたとのことです。担当者さんによれば、西野さん招聘にはそれなりの躊躇はあったそうですけど、ま、幸運にもエクはサントリー室内楽アカデミーの初代講師として教えるという仕事に本格的に関わるようになったときで、年に1度、1週間ほどを集中的に過ごし練習しアウトリーチをし(コロナ前の年は米軍基地にも行ったとのこと)理想的な会場で本番をし、という経験は弦楽四重奏というものをより深く知る上でよろしいのではないか、ということだったのかしら。

そんな弾くだけなら黙ってても出来ちゃうような人達を集めた今回の「最終回」プログラム、まさかヒロシマ忌に合わせたわけではあるまいハイドン《十字架上の七つの言葉》抜萃に始まり、20世紀半ば杉のアフリカン・アメリカ作曲家ヘイルストークのいかにもなテーマによる変奏曲、こんな曲じゃ。
https://youtu.be/_KEdcLKVlkk
そして団の締めくくりに相応しい作品132、という堂々たるプログラム。

とはいえ演奏は、最後、という言葉で期待するような「万感の思いを込めて」とか「永遠に続くような静かな祈り」とかよりも、きっちりガッツリどんどん弾いて、妙な感傷が入る余地なんぞ微塵も無し、というものでありました。なるほどねぇ、これがプロ達の「最後の言葉」なんだなぁ。無論、西野さんはいろいろ仰りたいことはあったようですけど、これはこれ、と割り切れるのが正にプロ。大いに興味深い音楽でありました。大枚払ってSaseboまで来た意味は大いにありましたとさ。

こういう「最後」も、ある。スタッフ、演奏家の皆様、お疲れ様でした。

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柴又・川崎・中央区 [新佃嶋界隈]

本日、すっかり川崎夏の風物詩となったミューザサマーフェスティバルで、こんな演奏会を拝聴してまいりましたです。
https://www.kawasaki-sym-hall.jp/festa/calendar/detail.php?id=3169
生誕90年のマエストロ山本直純を顕彰する演奏会で、指揮者の広上さんがコロナでキャンセルになるなどなかなか大変だったようですが、ま、直純さんという人の大変さを考えればこれくらいのことはあるだろー、がははははあぁ、って感じですかね。聴衆は直純さんと時代を過ごしてきた方々が中心で、《歌えバンバン》で熟年が一緒になって手を叩いたり。オケはもう直純さんは知らない奏者ばかりでしょうが、残るべきものは残っていくのであろうなぁ、といろいろ考えさせられた次第でありまする。やっぱり祐ちゃんが編曲した名曲メドレーの最後が《男はつらいよ》になるのは、元葛飾区民ならずとも、当然と言えば当然でありましょうねぇ。
横に流れてるのが六郷川じゃなくて江戸川に思えてくる、涙なみだの選曲でありました。

この演奏会、最後にアンコールで直純さんが川崎市のために作曲した《好きですかわさき愛の街》が披露され、大いに盛り上がって終わりました。
終演後にホールの方に「この曲って、川崎市民は知ってるんですか」と訊ねると、「ゴミ収集車がフルコーラス流しながら来るので、子供でも知ってます」とのこと。なるほどなぁ。なお、殆どが騒音ですので、視聴ダイナミックスにお気を付けて。上のローカルアイドルさんが散々歌ってるのを聴いた後なら、確実に聴き取れることでありましょうぞ。

明治文明開化以降、ニッポン国に西洋音楽が移入されてから、作曲家さんは市歌県歌などを作るのは米の飯としていたわけでありますな。直純さんもいっぱいあるんだろうなぁ、と興味本位で調べてみたら、おおおおお、なんとまあ、こんなものがありました。
https://www.uta-net.com/movie/248462/
いやぁ、これは知らなかった。区文化財団がない文化不毛の地中央区は晴海地区に今世紀の初めにニッポンでほぼ初のNPOによるホール運営と地域アート振興を目的に立ち上げられた某団体の立ち上げディレクターだった方に訊ねてみたら、「そんなの知らないよぉ」とのこと。それほど古い作品ではないのだけど…川崎のようなヒット曲にはならなかったんですなぁ。まあ、確かに…

♪愛がある 愛がある いつまでも 愛がある わがまちよ ああ中央区

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大阪国際室内楽コンクール2023名称について [大阪国際室内楽コンクール]

大阪城公園を見下ろす某所で、大阪国際室内楽コンクール2023専門委員会が開催されましたです。
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コンクールなるイベントには商店街応援ソングを歌って踊るローカルアイドル選抜大会から優勝賞金一千万円のヴァイオリン競技会まで数あれど、メイジャーな国際大会と呼ばれるものになると、様々な人が関わってきて「権威」を作るための準備が周到に成されるわけであります。少なくとも室内楽コンクールとしては、各大陸にひとつ(アフリカと南米にはないなぁ)くらい存在する地域を代表する大会として機能している大阪も、音楽的にも運営的にも様々な「専門家」の意見を取り入れながら、独善に陥らないように開催されております。

無論、「審査委員長の独断と偏見」で全て決めてしまった方が良いという考えもありますが、それはあくまでも審査の段階での内容レベルの話であって、審査委員長が開催期間から課題曲から賞金分配まで全部ひとりで決めているメイジャー大会などあり得ない。そもそもひとりで出来るようなイベントではありませんからねぇ。

てなわけで、ちゃんとしたコンクールというものは、各界の専門家を集めて「うちの次の大会はこういう感じでやりますが、皆様、忌憚のない意見を仰って下さいませ」などということをするわけですね。大阪大会の会議に招聘されたのは、マネージメント関係者1名、在阪オーケストラ関係者1名、演奏家4名(全員が弦楽四重奏経験者で、うち2名は現役クァルテット奏者、1名は過去の大阪大会入賞経験者)、それに音楽ジャーナリスト1名、という顔ぶれ。既に参加団体の募集は始まっているので、タイミングとしては課題曲についての議論などはしようがなんですが、現在出されている運営案についてワイのワイの言い立てる。結論を纏めるというよりも、運営側に「これで大丈夫かなぁ」とか「このままではちょっと現場でヤバいことになるかもよ」とか、それぞれの立ち位置からの率直な発言が相次ぎ、正に大坂夏の陣でありました。

内容については流石にこんなところに記すわけにはいかんのですけど、ひとつだけやくぺん先生外の人関連の話題について、世間様に説明しておいた方が良いであろうことがありますので、サラッと事実関係のみ記しておきます。来年の大阪大会の正式呼称及び表記について。

※※※

来年5月に開催予定の大阪大会、当電子壁新聞を立ち読みなさってるよーな皆様はよーくご存じのように、本来ならば2020年5月に開催される筈の大会でありました。で、その大会の名称は「第10回大阪国際室内楽コンクール&フェスタ」でありました。

ところが今回、正式名称は「大阪国際室内楽コンクール&フェスタ2023」だそうな。要は、公式名称に「第10回」とは入れていない、ということ。

コンクールや音楽祭などアニュアルイベントにとって、「この大会が何度目か」というのは歴史や権威を示すためには極めて重要であります。回数を記すだけで、ぽっと出のコンクールじゃないぞ、もう何十年もやっていて、卒業生もいっぱいいるんだぞ、という事実は無言で伝えることが出来ますからねぇ。逆に、回数が書かれていないと、「ああ、何回やってるのか教えたくないのか」といらん勘ぐりをされてしまったりしかねない。

恐らくは関心のある方は気付いていると思いますが、コロナ禍後に再開された世界のコンクールの多くが、「第○○回」という表記を避ける傾向があります。

理由はいろいろでしょうが、多くの大会とすれば、「開催年がズレてしまい当初予定されていたタイミングで行えていないが、当然ながら開催予定だった大会は告知や参加者応募はしてしまって舞台裏作業は進んでいたので、その大会をどういう扱いにすれば良いやら」って、頭を抱えているんですわ。欠番にするというやり方がいちばんスッキリするが、それはそれで混乱を与えかねない。はたまた予定通りのやれなかった大会をなかったことにして回数番号込みで開催年を移動させたことにしても、予定された大会で参加予定だった団体の経歴や出されてしまっている広報物を今から根こそぎ消し去ってしまうわけにもいかぬ。

てなわけで、今回は回数を表記せず開催年度だけにして、判る人には「開催される回数としては10回目ですけど、参加者や審査員を含め2020年開催予定第10回大会をまるまる延期したのではなくて、全く別の大会として開催しますので、悪しからず」と伝える、という方策を採らざるを得ない。

ま、要は「今回は第10回大会とは記しません。あくまでも2023大会で、次回以降はまた考えます」ということ。最も誠実な対応でしょうね。

そんなことどうでも良いじゃないか、とお考えかもしれませんが、そうでもないのです。なんせ、室内楽のコンクールというのは大阪に来ても良いよと言われる団体は10ほどしかない。つまり、一次予選で涙を呑んだとしても、「大阪というメイジャー大会に参加が許された」という事実は充分にその団体の経歴に記すに値する結果なのです。その年に世界中でプロを目指しているであろう数十から100くらいの室内楽グループの中で10位以内に入っている、ということですから、もう充分に「入賞」なのでありますよ。

大会そのものはいずみホールのステージで開催されなくても、第10回大会は既に始まっており、参加が許された団体は大阪に至る最初の関門を突破していた。それだけでもう、充分に褒めて貰っても良い結果なんです。もしも来年の大会を「第10回」としてしまうと、2020年に大阪に来ることを許された連中は、舞台での演奏は実らなかったとはいえそこまでは辿り付いた自分らの結果を、どう扱うべきなのかわからなくなる。

コンクールは、ある意味、教育機関です。若い団体のキャリアに関し、そこまでの配慮をする必要もある。それが出来てこその「メイジャー」大会。

てなわけで、当電子壁新聞でも、腹の中では「第10回大阪大会」と思いつつ、「大阪2023」と記すことにいたします。以降、そんな事情だということをご了承下さいませ。

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ベルリンフィルの上海レジデンシィはどうなったのか? [音楽業界]

温泉県盆地オフィスで草刈りをする予定が、妙に作文仕事が立て込んでしまい、サツマイモに取り付かれてしまったカメムシ軍団駆除している時間もなく虚しく畑を眺める文月も終わりの今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。

ある古いメールを検索していて、こんな案内をあらためて発見してしまったのですがぁ
http://www.wupromotion.com/index.php?option=com_acymailing&ctrl=archive&task=view&mailid=166&key=95b1c507175e8fe8492752ae6540a730&subid=9345-8fedbbc68f36229d644314b523574637&tmpl=component

必要な英文部分をまんまコピペすると、以下。

Together with Wu Promotion, the Berliner Philharmoniker is planning a residency project in Shanghai at two-year intervals, beginning in June 2022.

The performances in June 2022 are part of the celebrations of the 50th anniversary of the diplomatic relations between Germany and China.

Under the baton of chief conductor Kirill Petrenko, the orchestra will give four concerts during this first residency as part of a “Festival of the Berliner Philharmoniker”. Chamber music activities are also planned, as well as master classes, concert introductions and other outreach and community projects. In the course of this longer residency, the orchestra attaches great importance to a direct exchange with the musical and social life in Shanghai and encounters with local conditions.

With their new residency in Shanghai in 2022, the Berliner Philharmoniker will begin an exclusive partnership with Wu Promotion.

この話、当然ながら日本語メディアでは一切話題にもならず、実際に先月にこんなイベントが上海であったとは思えない。なんせ、お嫁ちゃまの生徒で2年間も来日ペンディングになっていた上海の奴が、やっと先週上野に来られたと大喜びをしている状況。先月、ベルリンフィルが上海に行ったなんてまずあり得ないだろうしねぇ。

上海万博のシュタンツ指揮ケルンの《リング》全曲を招聘し、中国本土にやっとまともな音楽事務所が出来た、ひとつ時代が代わったと言われたのも大昔に感じる今日この頃、情報鎖国とコロナ封じ込めに専念する大陸は、一体どうなってることやら。ここ温泉県盆地の上は、毎日上海やらからの貨物便が頭の上を横切って往来しているんだけど、長崎から船で一晩、飛べば1時間の上海に生身の体が運べる日があるとはまるで思えない。

前々首相が元軍人の手製銃で殺され、コロナ患者が世界でいちばん多いニッポン列島、まだまだ鎖国は続く…のか。

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ファン・ズウィーテン男爵邸のK.550のこと [音楽業界]

昨晩は、新帝都は溜池の大きなコンサートホールで、天下の東京都交響楽団を前代ニューヨークフィル監督が指揮して、モーツァルトの後期3大交響曲を一晩で披露する、という演奏会を拝聴してまいりましたです。
https://www.tmso.or.jp/j/concert/detail/detail.php?id=3574

21世紀20年代の今、2000人収容するオーディトリアムで管はともかく弦楽器はたっぷり入ったモダン楽器で著名指揮者がこの3曲を演奏するって、なかなかありそうでない機会。あるとしたら、ヤルヴィ指揮ブレーメン室内管とか、ハーディング指揮マーラー室内管とか、はたまたエラス=カサド指揮セント・ルークス室内管とか。まあ、狙いに狙ってペトレンコ指揮ベルリンフィル、なんてのはあっても不思議ではないですけど。

20世紀最後の「レコードの巨匠時代」終焉期には、アメリカ合衆国のメイジャー・オーケストラはこういうものを録音したくてもユニオンとの関係でコストがかかりすぎて無理、という話は盛んに聞かされたものです。そんな文字通りの「大人の事情」を逆手に取るように、所謂HIP大流行となって、こういう形のメイジャーオーケストラでの大編成モーツァルト交響曲は特殊ジャンルとなってしまった。今回、2週間弱の新帝都滞在最後をこの演奏会で締めることにしたのも、正直、珍しいからです。身も蓋もない言い方だなぁ、いやはや。

ま、中身に関しましては、マニアさんからモーツァルト好きの方、はたまた同業者さんなど含め既にあちこちでいろんなことが言われているでしょうから、関心のある方はそちらへどうぞ。やくぺん先生ったら、あああティンパニーがぁ、とか、木管のバランスはこーゆーもんなのかぁ、とか、ポリフォニックな線の見せ方って、とか、ぶっちゃけ、あれこれ脳内補正して聴いている始末で、いかに我が前頭葉がHIPに浸食されまくっているか、今更ながらに驚きまくるという貴重な体験をさせていただいたのでありましたとさ。

さて、それはそれとして、興味深かったのは当日プログラムの解説でありまする。日本語版は寺西先生、英語版は当電子壁新聞ではお馴染みの(かな?)ロバートが書いていて、別の原稿。トーキョーとモントリオールという太平洋と北米大陸隔てた10000キロ向こうから送られてきた2つの作文の基本的なスタンスが、極めて似ている。寺西先生のものは上の都響URLから読みに行けますので、ご関心の向きはどうぞ。

で、隣に座った敬愛する同業者氏に「いやぁ、こういう曲解って、難しいですよねぇ」などと世間話に毛が生えたような会話をしていて、ひとつ興味深い情報を提供していただきました。

モーツァルトのK.550ト短調交響曲ですが、寺西先生もロバートも「モーツァルトの生前に演奏されたようだが…」という毎度ながらの持って回った言い方をしている。で、もの凄く信頼出来る同業者氏に拠れば、これに関してはもう10年くらい前に書簡が発見されている。モーツァルトはファン・ズウィーテン男爵邸でのこの作品の演奏を聴いて、怒って出て行ってしまった、という手紙が公開されているとのこと。何故かこの話は日本語の媒体では定説としては取り上げられていないようで…とのことでありました。

教えていただくがままにソースとなる文献を漁ると、いやぁ、恐ろしい世界になったなぁ、あっという間にPC画面に英訳で出てくるじゃないのさ。

ホントはここでURLを貼り付ければ良いんでしょうが、流石にこの論文を読みたいという方はもうちょっと手間を取っていただくべきであろうと思うので(立ち読みなさってる方々の利便など欠片も考えてませんからね、当無責任電子壁新聞は)、この論文、という題名だけを記しておきます。こちら。

A Performance of the G Minor Symphony K. 550 at Baron van Swieten’s Rooms in Mozart’s Presence, in: Newsletter of the Mozart Society of America, vol. XVI, Number 1, 27. January 2012, S. 1-4, 17.

もう発表されてから10年も経っているのに、日本語文献ではまだ殆ど取り上げられていないのには、やはり学問的な裏付けが希薄、事実として語るにはまだちょっと…ということなんでしょうかねぇ。

なにはともあれ、モーツァルトの後期交響曲の作曲背景やら演奏を巡って、やっぱりまだまだ判らんことだらけ、ということは判りますな。個人的には、曲目解説などに盛んに語られる「モーツァルトが委嘱もされないのにこんな大作を書くのは珍しい」という話は、うううん、そーかー、と思ってしまう。なんせ、あの《ハイドン・セット》という究極の委嘱無し、勝手に書きたくて書いた作品群がある人ですからねぇ。ファン・ズウィーテン男爵周辺のサロンのためなら、それくらいやるだろーに、って思っちゃうけどなぁ。うううむ…

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