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応援してはいけないレース [ご当地五輪への道]

数週間後の葛飾区民から中央区民への出戻りを記念し、まだまだしぶとくやりたがってる方がいらっしゃるような「ご当地五輪への道」カテゴリーを復活させましょうぞ。

本日、例年通り正月3日目に佃大川端の縦長屋から、京成電車に直結する最寄りの都営浅草線宝町駅まで歩き、年始のお仕事始めとゴミ出しのために葛飾巨大柿ノ木下オフィスに戻って参りました。

今年は大江戸線で運転手クラスターが出ているので利用しないという理由もあるけど、この道中で来ると、乗換無し一本で荒川放水路の彼方新開地葛飾まで来られるという利点だけではなく、新春風物詩たる讀賣新聞主催関東大学対抗箱根駅伝のゴール直前の沿線風景を見物出来るわけでありまする。

おせちも飽きてきた3日の昼過ぎ、ノコノコと大川端を出て、八丁堀を抜けて宝町まで歩くと、東京駅から有楽町に向かうJR高架線の側から銀座通りに向けて、相互館の前の交差点を曲がって日本橋、ゴールのナベツネの館讀賣新聞本社ビル前へと進むラストスパートのランナーの姿が、讀賣新聞の旗を振る何重にもなった観衆の向こうに見えたり見えなかったり。このPDFファイルの真ん中、東京メトロ京橋駅のところ。
2021-01-04 (2).pdf
ランナーさんたちは警視庁丸ノ内警察署とある辺り、405と書かれた交差点を地図の下から来て、右に曲がり、京葉線の上を走り、京橋駅の上でまた左に曲がり銀座通りへと入っていきます。

で、この写真は、2020年1月3日、ぞろそろ先頭がやってくるという頃に、人々が次々と沿道に押し寄せているところ。上のPDF地図の京橋駅の2と記された出口のちょっと左側(東側)、鞄のマークの辺りから撮影したもの。
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あたしゃ、「ああ、今年はオリンピックに向けて人がいっぱい出てるなぁ、いやはや、これが夏の終わりまで延々続くのかぁ…」と既にウンザリしながら、ランナーが来るのを待つこともなく、京橋駅から銀座線で上野に行き、昇龍で餃子買って、葛飾へ向かったのでありましたっけ。まさかその先、半年も葛飾で蟄居することになるとは思いもせずに。

さて、これが2021年1月3日のほぼ同じ時間。場所は同じですが、お判りですかね、角のローソンがなくなってる。コロナでバタバタ閉店する変わり果てた新帝都で、もうすぐやってくるランナーを待ち受ける様子。撮影場所は道を挟んだ北側、京橋駅4番出口の辺り。
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政府官報と並びニッポンの「正しい報道」の基準たる天下の讀賣グループが「沿道に来るなぁ」と叫び続け、正義感溢れる自粛警察の皆さんがネット上でパトロールしているだけあって、閑散としている、というか、お正月のサラリーマンさんがいないこの辺りのこの時間、って感じですな。え、これからマラソンだかの選手が来るんですか、うっそー、って感じ。

流石に、銀座通りを渡った、選手が左折する潰れたローソン前の角には、例年の警備員さんとはちょっと違う、「沿道で応援しないで下さい」という立て看板を持ち、同じような趣旨の文字を着込んだスタッフもたくさんいる。
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沿線に居るのはダメなら、ってか、隣のスターバックス店内には、スマホ中継眺めながら激戦が目の前にやってくるのを待ってる人達がたくさん。とはいうものの、ギュウ詰めかと思ったら、席が丁度いっぱいになるくらいなもの。店の中からも、走ってる青山学院大学のランナーサンの姿がしっかり眺められる有様。
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うううむ、天下の讀賣グループが「沿線に出るな」と二日間叫び続けた試合のクライマックスをライヴで眺める人々は、これくらいなものでありましたとさ。

ってなぁ、ライヴで眺めるな、ってんなら、別にオリンピックとやらを無理にトーキョーでやらんでもいいじゃないの…としか思えぬ、何度も五輪に騙され続けた湾岸地域住民なのでありましたとさ。

大スポンサーの讀賣グループがなにをお考えか知らぬが、周囲の殆どの地元民は、もうオリンピックここでホントにやるとは思ってないけどねぇ。いやはや…

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選手村入り口でダイクが鳴る筈だった午後 [ご当地五輪への道]

敢えて音楽ネタやパンデミックネタではなく、ご当地ローカルネタ、ということで。こんなカテゴリー、あったんですよぉ。

本日、東京オリンピック&パラリンピック選手村入口に聳える晴海トリトン内第一生命ホールで、「トリトン晴れた海のオーケストラ第一生命ホールライヴ配信」が行われ、客席で拝聴する機会を得ましたです。こちら。まだ視聴可能のようですな。

去る火曜日のミューザ川崎の「再開に向けた試演会」のようなもので、ご当地関係者として表周りのテストに動員されるのだと思っていたら、どうやらちょっと違いました。入口は三本のタワーの間にポコンと入り込んだまあるぃみはるちゃんへと向かうエスカレーターをいっぱい昇ったいつものロビーからではなく、地上階の駐車場の片隅の楽屋口。お久しぶりのスタッフと挨拶すると、今やすっかり日常風景となった体温検査を受け、よろしー、ということで、ホールへのエレベーターに誘導されます。
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エレベーターは乗員2名まで、とのこと。このトリトンオケでベートーヴェン交響曲全集を収録しており、本来ならば本日は第九のライヴ収録があった筈の某レコード会社の方と一緒に上層階へと向かいます。佃の住吉さんが祀られている通路を通り、いつものロビーへと抜けると、こういう表示はあるものの
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導線がテープで示されているわけでもありません。スタッフの誘導で、ここでもまたエスカレーターならぬエレベーターでひとつ上の一階席階に上ります。

オーディトリアムに入る扉がひとつだけ開けられ、スタッフが立っている。指定された席はひとりづつ空けられてます。テレビマンユニオンの収録スタッフが5名ほど、最後の打ち合わせをしているところを、画面に収まらないように気をつけながら席に着く。
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本日から東フィルがライヴ聴衆入りコンサートを復活しているので、多くの同業者さんはそちらに向かったのでしょう。客席には同業者数名、演奏家関係者、スタッフなど1ダースほどが静かに座ります。

映像をご覧になればお判りのように、ステージ上はこれ見よがしに席を空けたりするわけではなく、モーツァルトのクラリネット協奏曲で参加した管楽器奏者がちょっと広めの間隔かなぁ、という感じ。譜面台もひとりひとつではありません。

というように、「第一生命ホールの再開に向けたテスト」というよりも、五輪で賑わい始めた選手村入口というご当地でベートーヴェン生誕250年と東京五輪開催をダブルで祝ってしまおう、というイベントの残念会、かしら。

21世紀に911直後にお堀端から東京湾を望む湾岸の永遠の未開地に移転してきたちょっとでぶっちょころころの「みはるちゃん」が、いろんなことがありながら、ともかく20年に近い時間を過ごしてきた。当初は人口10万を割っていた「区文化財団もまともに存在しない文化果つる場所」、「銀座東京駅から最も近い田舎」、そしてなにより「過去の万博五輪で御上に騙され続けた街」に、地域に根ざした音楽提供NPOとして誕生したトリトン・アーツ・ネットワークが、地域というやり方は維持しつつ、当初の日本で初めて邦人団体がベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲を演奏した弦楽四重奏の聖地のレガシーを引き継ぐ弦楽四重奏に絞ったオフブロードウェイ的展開から、新興住民も増えてきた状況に鑑み、イグレッグQ(と言われても、困るかも)の矢部氏を中心とした指揮者無し室内オーケストラをレジデンシィとする路線に転換。そのひとつの集大成的瞬間として、「ご当地五輪&楽聖生誕250周年記念指揮者無しダイク」が佃嶋の先っぽから客船ターミナルの先端までの島に響き渡る善き日だった筈が…パンデミックの数ヶ月が終わることを祈る作品135第3楽章へと凝縮されていく。

この場所を地元民として眺めてきたやくぺん先生とすれば、そんな音楽家の皆さんの祈りにエア拍手及び最後のホントの拍手で応じる要員として、席に座らせていただいたのでありましたとさ。舞台の上には、パンデミック騒動が始まった頃、やくぺん先生が最後に経験した巨大オーケストラで首席を弾いていた方などもいらっしゃり、遠くから手を振ったりして。

無粋なことを言えば、この演奏、奏者の多くは先週来上野の東京文化会館などでやられてきた様々な演奏再開に向けた実験を経験してきた皆さんで、そこで現場で得たノウハウを業界全体で共有する場でもあったようです。日本フィルのサントリーでの無観客ライヴでの現場からの情報なども演奏家レベルでは情報として共有されているみたい。どんな詳細な文章でのガイドラインよりも、実際に経験してきた実験の結果を直接舞台で演奏家どうしが分け与え広めていければ、それがいちばん良いに決まってますからねぇ。

終演後、エレベーターに乗り合わせた大晦日上野ベートーヴェン弦楽四重奏大会で中間走者を務めた某氏と、この数ヶ月のことなど一瞬の立ち話。バイバイし、トリトン1階の駐輪場を出て、チャリチャリと誰も住まない五輪の街の中へと漕ぎ入れる。
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「からっぽなんですよ」と手持ち無沙汰な警備員さんと立ち話をし通り抜け、「東京でいちばん空いている観光地」として名高い客船ターミナルに至れば、コロナで5時で閉まってしまう送迎デッキには数名の人々がノンビリ座るばかり。夏至の日暮れにここで撮影会をしようとしていたアマチュアカメラマンさんとモデルさんが、もう閉まっちゃうんだと困惑してら。

そして、オリンピックでの大増便を理由に始まったトーキョー新名物、副都心上空を通過し羽田に降りていく機械鳥たちの下を、三密を避け夕方の風に吹かれる客をこぼれんばかりに乗せたヒミコ型観光船が大川河口をのぼっていく、梅雨の合間の水無月の日暮れ前。
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第一生命ホールの再開公演は、東混「八月の祭り」からだそうな。Tディレクターに拠れば、おいおいアウトリーチ活動なども復活の予定とのこと。

やっぱりまた御上に騙された水に囲まれた街には、ふろいでしぇーねるよりも、ミズヲクダサイの方が似合う…

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東京新風景誕生 [ご当地五輪への道]

ドタバタと独伊仏を駆けまわり、昨日夕方、ぶっ倒れそうになって戻ってまいりました。明けて本日、やってきた取材のデータ10数ギガをクライアントさんにさっさと渡してしまわないと気持ち悪いので、大川端からチャリンチャリン、途中のカメラ量販店でUSBメモリーを購入するや再びチャリンチャリンと目の前の日比谷公園に乗り付け、お弁当開いてるじいちゃんばーちゃんの横に座ってパソコン開き、鷺さんがご飯をお食べになりセキレイたちが尻尾振りながら追いかけっこしてるのを眺めること半時間、やっとデータを全てメモリーに転送。またまたチャリンチャリンとどこに国やら知らぬ国旗たなびく外務省前を通り溜池某所まで至り、担当者さんに「ほいなぁ」とお渡し。かくて終わった終わったと、またまたまたまたチャリンチャリンと湾岸方向に戻る。

さてもさても、時差やっつけのためにも、少しは気持ちの良いところをグルッとしていこうかいな。日本財団前からJT、虎の門病院前とマッカーサー道路と一緒に整備された自転車道を進み、相変わらずネックとなってる虎ノ門ヒルズの北側を通って再びマッカーサー道路沿のコイケだったかマスゾエだったかもう訳が判らぬ都知事さんが「東京のシャンゼリゼにしたい」などと恥ずかしくて穴に入りたくなるようなことを仰った新開発地域を走破。新橋に至り、山手線潜って、電通やら共同通信やらの足下のグチャグチャな辺りを抜け、おおおサンクスギビング休暇なのに何を元気に帝都上空舞っとるんじゃ座間の黒鷹くん、と騒々しい姿を見上げ
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流石に車道横を抜けるのは気を使うわいなぁ、と浜離宮北西入口横で一息付いていると…
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なんじゃらほい、この道は?

朝日新聞南側と浜離宮の間の運河に沿って、仮設っぽいけど明らかに自転車道と歩道としか思えぬ道が整備されている。
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こんなもんあったっけ、どこに向かうのかしら、今日はもう頭も動かないし、ダメなら戻ってくれば良いだけ。ちょっくら行ってみるべえか。

ちょっと進むと、左手は築地市場跡地となり、どう見ても市場関係者とは思えぬ車両が走ってるぞ。
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あああ、なるのどなるほど、これこそが11月頭に開通すると言われていた築地市場跡地の隅をぐるりと強引に巡って新しい橋を2本跨ぎ新市場へと繋がる晴海通りのバイパスじゃあありませんか。その南側に沿って、自転車道と歩道とが仮設されてるということは、このままマッカーサー橋を越えて豊海に行けるということではないかぁ。
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かくて、地元住民の一部が勝手に「マッカーサー橋」と呼んでいる、大川最下流に数年前に架けられたはいいが、渡らずの橋となっていた場所に至ったのであった。
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東詰で橋の袂を眺めると、なるほど、正式名は「築地大橋」というのかいな。
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もうちょっとなんとかならんかとは思わんでもないが、まあ、まさか地元民の言う「マッカーサー橋」というわけにもいかないだろう。いちばん心配だったのは「オリンピック記念橋」とか「森喜朗橋」とかになることだったが、流石にそれはなかったので一安心じゃ。ま、御上がなんといおうが、これからも「マッカーサー橋」って呼ぶだろうけどさ。

案外と高さが感じられない不思議な橋の真ん中まで自転車を押し、どかんと駐めて、川上の勝ちどき橋側から周囲をぐるりと眺めれば…
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勝ち鬨の橋開閉部機械室の向こうに聖路加タワー、そして今や東京駅周囲に巨大な壁を巡らせつつあるアベバブルの高層オフィスビル群の間に天樹の真ん中から上、日本橋コレドから讀賣日経ら現在の日本の政治経済を実質支配する悪の巣窟大手町、皇居の森はビル群に隠れ、橋の西詰向こうに旧市場、奥には朝日新聞から汐留の電通共同通信ら新橋界隈吹き込んでいた東京湾の夕方の爽やかな浜風を完璧にブロックしてしまった醜悪な汐留再開発地区が浜離宮の背景を成す。
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そして、さらに奥には新五輪バブルの象徴虎ノ門ヒルズから、もっと奥なる六本木ヒルズ、そして東京タワー!なるほど、この角度が開いているということは、六本木ヘリポートに出入りする占領軍のマシン猛禽類もよく見えるということじゃな。まだまだ目を巡らせば、東京都内島嶼部に向かう艦船ターミナルの向こうにゆりかもめが走り、虹橋へと向かうお台場の芝品川側が眺められ、眼下を行き交うは今や同型艦3隻の大艦隊となった大川観光船ヒミコ丸タイプの新造艦じゃわい。
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大川河口は豊海水産埠頭の無骨な風景で切り取られ、そこからは新興住宅地区たる構想アパート並ぶ豊海地区。上空には豊洲越えて塒の東京ヘリポートへとファイナルアプローチしていく消防ヘリJA119シリーズのいるか君が走り抜けてく。視線もほぼぐるり、晴海トリトンから大川端リバーシティへと戻って、東京新風景ぐるり一周と相成るのであったぁ。

浜離宮に出入りする観光船を眺め、佃大橋辺りよりもなんだか妙に狭い感じの河口の真ん中に立って秋の終わりの風に吹かれていると、流石に腹も減ってくる。このままマッカーサー橋を突き抜け、今や指揮者として有名になりつつある某メイジャーレコード会社のご隠居録音プロデューサーさんお住まいの豊海タワーアパート足下のスーパーでなんか買い、帝都で最も淋しいメイジャー観光地、晴海水産埠頭までチャリチャリ行ってみましょか。

マッカーサー橋を自転車下り通路で下り、豊海のスーパーで見切り弁当を買い、朝潮運河を渡るこれまた晴海新住民悲願の新大橋を越え
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かつての晴海国際展示場跡に辿り着けば…

ななななな、なんじゃここわあああああああ!
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向こうに豊洲大橋が突き抜け、なんにもなく、防災演習やら、今世紀初め頃にはあっと言う間に失敗した観光遊覧飛行船基地だった原っぱは、巨大な住宅建設が行われており、虹橋どころか晴海客船ターミナルすらロクに見えやしない。
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https://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2016-12-30
https://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2017-04-28
工事現場をチャリンチャリンとすり抜けて辿り着いたやくぺん先生のレギュラーノマド場のひとつ、豊洲新市場を川向こうに眺めるターミナルの隅っこからは、なんとなんと、トリトンの姿すら隠れちゃってるし。
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ご当地五輪へのろくでもない思惑詰まりっぱなしの道は、とうとうまるで新しい、そしてこの街が廃墟になるまで保たれてしまいそうな帝都新風景を生み出した。恐らくは、やくぺん爺さんが眺める帝都最後の変貌の姿であろー。なんせガキの頃は、ここにスケートしに来たわけだしさぁ…

東京新風景、皆の衆も是非ともご覧あれ。新橋方面から歩いても、晴海埠頭まで1時間程度。佃縦長屋からサントリーなんぞに行くのに、新橋銀座が混雑が見込まれタクシーをぶっ飛ばすなら、晴海通りを豊海まで下り、マッカーサー橋渡って旧市場横を抜け、浜離宮交差点を左折してもらうのがいちばん近くなるかも。

大川に 架ける新橋 道何処

[追記]

んで、これが佃縦長屋から眺めた大川端河口。いちばん奥がマッカーサー橋で
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勝ちどき橋をこえ、写真のいちばん下が佃大橋。

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豊洲大橋が稼働している [ご当地五輪への道]

まさかもう使うことはあるまいと思っていた「ご当地五輪への道」カテゴリー、風雪に耐え数年ぶりに復活パート2でありますっ!この話のまる4ヶ月後の続き。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2016-12-30

連休前に締め切りがある原稿を午前中に全部入れ、とはいえなんせ予定している校正がまだ来ない宙ぶらりん状態。気分は完全に「終わったおわったぁ」なんで、久しぶりにチャリンチャリンと大川端北の隅っこから遙か南の外れ、湾岸のど真ん中(?)、帝都トウキョウでもっと暇で閑散とした観光地であり、風が弱く天気の良い午後なら最高のノマド場として知る人ぞ知る(あまり知られても困るんだけど)晴海客船ターミナルまで詣でるのであった。

んで、清澄通り沿い月島駅上のHotto Mottoで弁当買って、運河渡ってちゃりんちゃりんと晴海島に入り、トリトン横を延々と埠頭まで下って行く。この辺り、今やすっかり湾岸の高層マンション街になりつつあり、まともな文化振興財団のない中央区という立地を逆に利用した民間NPOトリトンさんの地域文化活動展開も、今や不可欠なものとなりつつある。あれだけ文句を言っていた東京都が、オリンピックに向けてトリトン・アーツ・ネットワークに「地元で頑張ってて偉いで賞」みたいなもんを下さるなんて、ホントに時代はかわるものよなぁ、なーんて思いながら真っ直ぐ行くと、おおお、暫く来ぬうちに、国際展示場が撤去され更地になって四半世紀、銀座東京駅から最も近い僻地だった晴海埠頭脇にニョキニョキとクレーンが建ち上がっているではないかぁ。
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それどころか、まだ未開通の筈の豊洲大橋を渡って盛んにトラックが出入りしており
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ホテル・マリナーズコート側の歩道にはお歩道が設置されておらず、埠頭にアクセス出来なくなっている。おいおい、なんてこった。

しょーがないから反対のピカピカのガラス建築湾岸署側に渡り、豊海側のマッカーサー橋へと向かうこっちはまだ使われていない橋の前を抜けて埠頭へと向かう。四半世紀も放置された挙げ句、両側がすっかり工事現場になってしまった中を右へ左へ。防災訓練会場だった辺りはこんなん。
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ちなみに、この地域「オリンピック」なるもんに向けての開発のデベロッパーさんはこちら。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2016/07/20q7s300.htm
日本国の大手ゼネコンさん総ざらえでんがなぁ。これがオリンピック!

埠頭には海保も練習船も一切おらず、珍しくも、なのか、毎度お馴染みなのか、スッカラカン。ターミナルも、こちらは毎度お馴染みのスッカラカン。嗚呼、男がひとり、トランペットを対岸の寂しく佇む豊洲に向けて吹き鳴らすばかりなりぃ。
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都心部方向を眺めれば、すっかりしっかり「高層ビル建築現場」でんがな。
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180度振り向けば、そろそろみんな忘れてる豊洲なんだかしらない場。
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間を結ぶ豊洲大橋は、盛んにトラックやらミキサー車やらが往来する。
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これが21世紀17年目のトーキョー・チャチャチャ、オリンピック・チャチャチャ!

これといったオチはありません。無論、特に感想もありませんっ。キッパリ。

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話題の街の年の瀬 [ご当地五輪への道]

送り付けられてきた校正原稿をブンチョウくんたちに邪魔されずにじっくり読み込むにはどこが良いかと考え、佃月島住民が考えつくところといえば、「東京で最も寂しい観光地」として名高い、晴海客船ターミナルであるのは致し方ない現実でありましょうぞ。

かくて暮れも押し詰まった午後、もう実質会社も工場も休みでそれなりに澄み渡った師走の空の下、お台場の向こうからフジテレビのまん丸ドームの上で大きく右に旋回しつつ米軍空域を避けるべく東京湾岸から江戸川南総上空で必死に高度を取る帰省客を満載したエアドゥやら、はたまたラスベガスでカジノ見物かしらって観光客を詰め込んだデルタのLA便が消えていき、流石にここまで押し詰まると屋形船も減った大川河口にはひみこほたるなが虹橋下を行き交う様を眺める晴海客船ターミナル、相も変わらず、人っ子ひとりおりませぬ。
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ふうう…毎度ながら、てもちぶたさんの警備員さんと「暇ですねぇ」「ひまです」という会話を交わし、暮れゆく日が当たるベンチに陣取り、200枚を越えるプリントアウトを赤ペンを持って開き始める。

目の前に広がるのは、今年、東京湾岸で最も話題になったあの場所。
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なんだか、指定管理を巡って総務省と仁義なき戦いを続ける文部省が妙なことを言い出したお陰で、東京都がこの建築物をまるまるカジノ会社に経営権売りつけることだって可能な感じになって来てる怪しい雲行き、今や日本国で最もアヤシー場所が広がってます。いちばん河口側は大もうけした奴が成田までアウグスタウェストランド609で凱旋する為のヘリポートにでもなるのかしらね。

アヤシいのはそっち側だけじゃあない。眼を帝都中央方向に転ずれば、あらまぁ、いつからこんなことになったのか。
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埠頭ターミナルに向けて都バスがアプローチする道沿いの緑が全てなぎ倒され、かつて町会の防災訓練で走りまわらされたもっとかつての晴海見本市会場跡のコンクリートが剥がされて、すっからかんになってます。視点をバス通りまで下げると、こんなん。
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ここを拠点に飛行船で東京観光、なんて壮大なプロジェクトもわずか数ヶ月で頓挫したっけなぁ。いまや夕方に雀やムクドリのおうちとなる場所もなく、年末年始休暇の静けさに鳴くものもなし。

どうもこの辺り、今や数週間で道が付け替えられる有様で、埠頭にアプローチするには清掃工場が途切れたところで直ぐに左に曲げらるようになってます。御上に欺され続けた、今や帝都に対する加藤の怨念籠もる大手町の平将門首塚にも匹敵するアンチ帝都のパワースポットにすらなりかねない空間が、オリンピックなる内向き大散財に向けて再び三度悲惨に掘り返されている横を東西に突っ切る、これまた今や湾岸住民の怨念が大川を跨ぐような幻のマッカーサー大橋
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そして、豊洲大橋
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御上が強引に鎮守するかのような月島警察のモダンなガラスビルが、まるで「踊る大捜査線」のリアルセットみたいにマッカーサー橋東詰に聳える。

御上に裏切られ続けた街が、夕方の光を浴びてキラキラ輝き、年が暮れていく。さっさと2020が去ってくれることをだけを望みつつ、2016の年がゆく。

大川に 投げる恨みに 年よ逝け

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Tokioベイに五輪旗はためかず [ご当地五輪への道]

朝の7時前。羽田空港第2ターミナルラウンジから、東京湾に朝日が昇ってくるのを眺めています。10月あたまとしてはちょっと湿気が多く、爽やかな朝じゃあない。すっかり陸地になったD滑走路の向こうは靄っていて、千葉の山は見えないし。
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東京湾の内側に、朝の光が射し始めている。たくさんの人工の島達が、さて僕たちの上で人間共は何をしてくれるのかな、ってつるっぺたく待ってら。

昨日まではかろうじてよれよれの姿を都営大江戸線月島駅に晒してくれてた幟たちも、一番電車を前に全部撤収されてた。町会の大壇幕は、昼にもたたむのかしら。ま、駅員さんの朝の仕事がひとつ減ったのは良ござんした。

また朝が来て、この湾岸にまた五輪は来なかった。

なお、後に「幻の東京オリンピック・パートⅡ」を執筆する未来の歴史家諸氏のために、2009年時に於ける開催予定地周辺住民の素朴な感想を記しておきましょう。晴海島や豊海近辺の様子は与り知らねど、為政者に振り回され無茶な夢を見てるふりをさせられた隣の佃・月島の北端近辺の空気とすれば、「イシハラ都知事の趣味で騒いだオリンピック騒動の最大の盛り上がりは、初夏のIOC委員現地視察のときだったねぇ、あのときは町会の動員なんかもあったしさ…」

かくて、「ご当地五輪への道」カテゴリー、一巻の終わり。

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IOCが町にやってくる [ご当地五輪への道]

オリンピック誘致に関しては、平壌放送と良い勝負のマスメディアが特殊な日本語文化圏にのみ向け広く発信している歪んだ情報と、ご当地東京湾岸に流布する情報との間のバランスがまるで判らず、「みんなが知ってること」なのか「ローカルネタ」なのかがグチャグチャであーる。ま、それが「オリンピックを晴海で」たる由縁なんだから。

繰り返しますが、東京オリンピック誘致騒動は、小生にとってはあくまでも「ご近所ネタ」です。それ以上の関心はまるっきりありませんので、悪しからず。これが内藤新宿や渋谷ヶ原で起きてる騒ぎだったら、当壁新聞で伝えるのは東京都の予算問題と、文化関連事業についてのみであったでしょう。

さて、各所で報道されておりますように、IOC委員の皆々様が、本日、我らが田舎町佃月島勝ち鬨晴海近辺にやってまいります。この「銀座東京駅から最も近い田舎」地区が世界大運動会の会場に相応しいか、お調べにいらっしゃるわけですな。
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20090411k0000e040052000c.html
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2009041602000061.html
http://www.asahi.com/national/update/0409/TKY200904090149.html
というわけで、英都から帰国後、春の交通安全運動のお手伝いなど一切出来ずに引越騒動で走り回る過労の目に写る薫風香る我が佃月島人工島には、春だ、いやもう初夏だとばかりに、いきなりニョキニョキとトンでもない色の幟が林立するに到っております。まるで春先まで残ってしまったケイトウのように暑苦しい、息苦しい緋色の洪水。ひとみちゃんでお馴染み、月島西仲通りの現状。
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なお、不確かな町の噂情報に拠れば、東京特別区には「盛り上げ資金」として我らが都民税から各区1千万円也が内藤新宿の御上から下され、主戦場たる我が中央区はさらに上乗せがあるそうな。で、この予算は、「経費節減トーキョー・オリンピック」の総予算には加えられていないそーであります。嗚呼、さっそくやっとるぞ!

昼前、通りを抜けた先の東京最古のボーリング場下に間借りするエクの練習場まで、真っ赤な幟で頭がクラクラしそうな西仲通りを突っ切り、来月のエク・ロンドン公演の現状説明会へとチャリチャリと走ってきたわけであります。と、なんと、ボーリング場の音がしない。それどころか、向かいの湾岸の老舗洋食店「月島亭」に閉店のお知らせが張られ、周囲は閑散としている。ほれ、ファースト夫人が西仲通りの方から麗しく爽やかにやってくる。
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話をきくに、やくぺん先生が英都で弦楽四重奏漬けになってたり、引越騒動で外部との連絡がちゃんと付けられないでいる間に、この月島地区最古の文化施設周辺の再開発計画がやっと動き始め、ボーリング場やレストランが廃業になったそうな。エクに練習場を提供してくれているリヒテルも訪れた湾岸地区の老舗スタジオ、ピアノアートサロンもどうなることやら。

ま、湾岸世界大運動会ゆえのことじゃなかろーし、昨日あったものがなくなり、素っ頓狂な新建築が瞬く間に普通の風景になっていくことを受け入れることが都会に住むことでありますから、文句は言いません。嫌なら世界には住むべき場所はいくらでもあるんだしね。新しいことをするとは、古いことを容赦なくぶっ壊し、捨てること。それが嫌で、懐かしんでるのがお好みなら、悪いことは言わん、わざわざこんなとこに住むべきじゃあない。月島亭がなくなるなんて、これはもう食文化の問題そのものだけど、それでも無くなるものを惜しまないのが街住まい。

無論、強がりですよ。あったりまえじゃん。

そんなこんなで、IOCご一行様に致しましては、恙無く美しき「カラ手形の島」の現状を見物なされますよう、地域住民として心からお祈りする次第であります。晴海は春、埠頭には日本海軍遠洋艦隊の若者達も今日明日まではいる筈だしさ。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2006-10-04

え、やくぺん先生は個人的にはリオ・デ・ジャネイロに一票ですよ。非国民と呼ぶなら呼べ!

湾岸に 決戦迫り 幟揺れ

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町会詰め所跡 [ご当地五輪への道]

箱崎の東京シティエアターミナルのシティバンク銀行ATMが廃止になり、なんとこの銀行、とうとう山手線北東地区から完全撤退してしもーた。この辺には商売になる金持ちが住んでないと見切ったんだろうけど、中国やシンガポールではもの凄いシェアの銀行なんだから、東京東北部にゴッソリ住んでる中国人学生なんかは困るだろーになぁ。いやはや。

んで、もう未完原稿は持って歩くと腹を据え、出発30時間前にネットで貧乏人席にチェックインを済ませ、ああぁあ一足遅かったか、仕事が出来る席が取れなかったぁ、と嘆きながら、これまでだったら箱崎でリムジンバスに乗る前にシティバンクから出してたユーロ現金をつくるための日本円を引き出しに、西仲通りの某大手邦銀ATMまで、降り出した冷たい雨の中をサンダル突っかけてチョコチョコ向かうです。

と、来月末からは新厄偏庵への最寄りの地下鉄出入り口となる月島駅6番出口向かい、かつて佃二丁目町会詰め所があったところが綺麗に整地され、タイルなど貼られ、詰め所の跡形もなく、でっかくドカーンとオリンピック誘致巨大ペナントが掲げられております。ご丁寧にも、どなたが書いたらやら、「佃二丁目町会」ってサイン入り。なんでやねん。
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すっかり寂れた佃大通りを凌駕し、リバーシティに向けての我が町内最大の繁華街となってる佃仲通りの入りっ端。下の記事の真ん中当たりが、解体直前、在りし日の町会詰め所の風景。
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2008-11-15
さてもこの細長い町会詰め所、なんでこんな仮設建築があったのか、お判りかな。解体直後のこの写真なら、ははぁ、と納得する方もいらっしゃるかな。
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地下鉄有楽町線が開通する前、はたまた佃大橋が架かる前から新佃地区に土地勘ある方なら、もうお判りじゃろて。そもそもこの詰め所の跡地には、新佃島と月島を隔てる堀割の船着き場に向け、現佃仲通りと月島西仲通りを繋ぐ橋の北詰から水辺へ下りていく細い坂道があったのじゃ。佃大橋が架かり、堀割が埋め立てられ、新佃島と月島がひとつの巨大な人工島となったとき、不要になった坂道をかさ上げした。結果生まれた道沿いの中途半端に細長い空き地に、町会詰め所が仮設されたそうな。なんせ昔は道だったので、あんなに細長かったんじゃな。

去る日曜日にはオリンピック誘致市民マラソンが島を跨いで越えていった大川向こうから晴海先端に到る大陸橋の下には、この前のオリンピック前までは、佃と月島を隔てる水が流れてました。その名残が、この佃二丁目町会詰め所だったわけです。以下の写真をじっくりご覧あれ。商船大学の方から渡ってくる相生橋で佃に入り、初見橋で月島に抜ける清澄通りの電車道がある。その北側に、もうひとつ橋が見え、橋のたもとの運河には船も浮かんでいる。そこに向かっていく細い坂道が、町会詰め所になったところ。下のURLがオリンピックの前年で、まだ佃大橋はありません。
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=USA&courseno=M288&photono=49
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/ViewPhotoServlet?workname=MKT636&courseno=C9&photono=23
この写真だと、もうしっかり町会詰め所の細長い姿が写ってる。新旧厄偏庵もあるし、佃オフィスの安マンションもまだ立派に輝いて建ってるぞ。
http://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/79/ckt-79-4/c12b/ckt-79-4_c12b_16.jpg
1964年のオリンピック前に建った詰め所は、次のオリンピックを見ることもなく取り払われた。この場所にそんなものがあった記憶など、瞬く間になくなるだろう。

都会に住むとは、そういうこと。「遺せ」なんて言っちゃいけない。それが音楽ホールだろうが、郵便局ビルだろうが。

ちなみに、現在の佃二丁目には、船着き場は一切ありません。単なる、東京駅銀座から最も近い田舎町。

新佃 出口探せぬ 水の上

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急いで走ろう東京マラソン [ご当地五輪への道]

優勝賞金一千万円を目指し初見橋陸橋でデットヒートを繰り広げる(のであろー)トップランナーへの嬌声が厄偏庵の寝床にまで響く春は曙(って、もう昼なんだが、昨晩ほぼ徹夜の御陰でこうなってる)、本来ならば町会のお手伝いで佃大橋から旧初見橋上で清澄通りを越える東京マラソンのハイライトの辺りでなにやらボランティア作業をしていなければならぬのだけど、スイマセン、なんせ、あと4日で実質締め切り4本あるんです。お許しを。

その〆切りのひとつ、プレアデスQを見物に、直ぐにも大雨になりそな湿った湾岸の空気を切ってチャリンチャリンと晴海に向かおうとすりゃ、おお、まだ陸橋上を人影が走っておるぞ、ってか、歩いとる。これも何かのご縁、市民ランナーの皆様の朝潮運河を跨ぐ三連橋で、最後の力走を見物してあげましょか。
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佃大橋からの最初の巨大な丘を下り切って、文化遺産「ライダー橋」の隣り、豊洲新開地へ向かう春海橋のところじゃ、東京ベイから吹き込む強風に立ち向かわんとばかりに、高校生のおじょーちゃんたちが太鼓叩いてら。

さあ、制限時間ももうすぐオシマイ。ゆっくり走ろう東京マラソン、なんてノンビリしたことは言ってられん。プレアデスQが作品131のアレグロに魂の嵐を奏でる頃にゃ、みなさん、全員ゴールしてなきゃいけんのですからね。

右を見ても左を眺めても、はためくはオリンピック誘致の旗ばかり。さても、来年は少しは「市民マラソン」らしいだらしなさが戻ってくるのかしらね。

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晴海通り大掃除 [ご当地五輪への道]

来る10月2日に開催予定の運命のIOC総会に向け、一生懸命盛り上げようとしている我らがご当地晴海五輪。つきましては、当私設電子壁新聞としましても、後々の歴史家の方々のため、「2009年10月2日までに地元ではどんな動きがあったのか」を少しでも記録することにいたしましょう。

かくて、「新佃嶋界隈」カテゴリー番外編として、「ご当地五輪への道」をつくります。果たしてどの程度のエントリーがあるか皆目見当つかず。まさかこれっきり、ということはないだろうけど。また再びの夢と幻に終わった21世紀初頭の晴海五輪騒動の知られざる記録となるや、はたまた、21世紀のオリンピックを大きく変革したあの伝説の晴海五輪に向けてのサクセスストーリーの一部となるや。乞うご期待。

さても、税金作業も無事終わり、あとは明日の午前中に川向こうの京橋税務署に提出するばかりの日曜の朝10時、佃月島晴海、湾岸人工島に住まう善男善女、ワラワラと勝ち鬨橋東詰に集まり来たれり。その数、なんと300と50余。皆、中央区担当者から渡されたオレンジ色の襷を肩に、軍手に包んだ弓手にゴミ取り挟み、馬手にはビニール袋のいでたち。各町内の町会責任者が掲げる五輪誘致旗を先陣に、我らが佃&新佃町会構成員はその全能力を統合統一、真に一都一体となり、内外に断固たる五輪誘致の意志を示すべく、晴海通りから清澄通りにかけての歩道清掃作業へと邁進せり。視よ、勝ち鬨の橋に掲げたる都民の決意の証を!
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ってなわけで、そんな勢いで勝ち鬨橋東詰を出発。そこそこゴミはあるものの、どっちかってば「五輪に向けて都民も頑張ってるぞ」の意思表示のデモ行進気分で、もう春も近いポカポカの清澄通りを月島駅辺りまで北上。ぐるっと回ってまたかちどきまで戻ったのでありました。正直、思ったよりも歩道は綺麗で、何カ所か植え込みの辺りに集中的にゴミの投棄があったくらい。「オリンピックを晴海へぇ!えいえいおおおおお~!」とでも叫ばないと格好つかないような気分にすらなってくる長閑さ。
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とはいえ、これだけの人々が一斉にゴミ拾いをすればそれなりに集まるもので…ほれ、こんなに山になってら。
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一仕事終えたところへ、我らが中央区長、満を持しての登場です。瞳ちゃんやじーちゃんも、きっと清掃作業に参加した群衆に居るんでしょうねぇ。とにもかくにも、区長訓話、拝聴!
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要は、4月17日のIOC委員晴海通りから晴海五輪競技場予定地視察に向けて、見物される辺りを綺麗にしましょう、ってこと。

佃町民らが通りの掃除デモ行進をしている間、かちどき住民らは勝ち鬨橋にお花の鉢植え設置作業を担当しておりました。ほれ、こんなに素敵になりましたよ。
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だれじゃ、そこで「維持管理が大変だなぁ」などとぼやいているのはっ!

ちなみに、本日のイベントの予算は中央区ではなく東京都が出しているそうな。オリンピックに向けて各区に振り分けられた予算がいくらなのか、あたしゃ教えて貰いましたけど、こんなところで書いて良いのやら。知りたかったら、花見の後にでも酒持って厄偏庵においで。まあ、大手広告代理店にこれだけの規模のイベントを仕切らせるために必要な額から考えれば、思った程大きな額ではありません(新銀行東京に投入する捨て金に比べたら、微々たるものです)。っても、26日から来月7日まで、家主は遙か英都倫敦まで2012年五輪視察に詣でますので、悪しからず。

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