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奈良の大仏に捧げる十三回忌《花は咲く》 [演奏家]

平日でもインバウンドで大混雑、まともにランチを喰らっている場所もないようなJR京都駅から、久々の東海道新幹線に用意されたパソコン労働可車両とやらに鎮座し、周囲もみんなパソコン開いたり携帯で打ち合わせしたりしている中を新帝都に向かってます。

昨日は大阪城が見える部屋で大阪国際室内楽コンクール2023専門委員による反省会があり、終了後大阪城公園駅から大和路快速に揺られることぐるり環状線西を回り天王寺から東へと1時間と少し、すっかりモダンになってこれまたインバウンド溢れるJR奈良駅に向かい、午後7時前にはデカい鹿の親分みたいな奴に脅されながらすっかり夜となった東大寺は大仏殿に至る。
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んで、こんな演奏会に詣でさせていただいた次第でありました。
https://www.almond-music.com/jpvn50th
https://www.asahi.com/articles/ASRBB72S6R9XPOMB00W.html

どういうイベントなのかは上のURLで読める朝日新聞奈良総局長さんがお書きの今朝の記事でお判りでしょうから、どうのこうの申しません。日本とヴェトナムの国交樹立半世紀を記念する両国の若い演奏家を集めた祝祭管弦楽団が、震災から12年目となる東北を中心にツアーを行い、最後に奈良は東大寺大仏殿で、文字通り大仏さんの足下にオーケストラを並べて奉納演奏をする、というイベントであります。

この祝祭管、当日プログラムには敢えて(なんでしょう)どういう経歴の奏者なのかは一切記してありませんけど、3人のコンサートマスターのひとりは当電子壁新聞でもご紹介したことがある、ノルウェーで勉強しハノイに戻ってから室内楽をやりたくてしかたなく、藝大のヴェトナム国立音大との共同室内楽プロジェクトにも参加し松原かっちゃんなんかと共演、その後は藝大にもちょっと来ていたらコロナになってしまいあれこれプロジェクトが頓挫してしまい…という些か不運なことになってしまっていた鬼才グェン・ティエン・ミンくん
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2020-02-07
もうひとりが震災後の仙台フィルにコンマスとして招かれ音楽での復興を実践してきた現九響コンマス西本幸弘、って顔ぶれ。

他にも、ヴィオラにはサントリー室内楽アカデミーで大暴れだった飯野和英くんやら、オーボエやフルート、コントラバスには我が隣町竹田のRentaro室内管九州のメンバー、そしてホルンには漆原さんのご子息「ぴゃくぽん」こと友貴氏などなど、冷静に考えるとこの数のメンバーで知り合い率が異常に高い若いオーケストラでありまする。Rentaroオケの森田氏に拠れば、ヴェトナム側はハノイのサン・シンフォニー、サイゴンのオペラ・バレエ管のメンバーなどで、本名さん率いるヴェトナム国立管のメンバーはいないとのこと(なんせ、同時期に日越合同新作オペラ世界初演やってますから、こっちに加わるのは無理でしょうね)。それから、ハノイの長老クラスの先生やお師匠クラスの奏者もおらず、基本的に「ユースオケ」とは言わないまでも、ヴェトナムで現役で活動する30代くらいまでのバリバリの若い世代から成るフェスティバル管でありました。ヴェトナム戦争どころか中越戦争も知らない、正にヴェトナム版「戦争を知らない子どもたち」のオーケストラですな。

それにしてもどうやって大仏殿の中で演奏するのかと思ったら、驚くなかれ、真ん中の巨大な大仏さんの前の高くなったところには貴賓席が配され、その下の平土間に指揮者が大仏さんに背中を向け、大仏さんに向かって細長くオケが並びます。結果として、数の限られた聴衆は大仏とオーケストラの間に左右に更に細長く広がって並ぶパイプ椅子に座ることになり、どの席に座ってもオケの全体像は見えません。
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楽屋などなく、左右奥にワラワラと演奏家が待機することになり、一度席に着いたらもう動けないような状態。そんなわけで、やくぺん先生の座った大仏さんに向かって左の後ろの方では、コンマスだったはずのミンくんの姿すら見えず、ご挨拶もまるで出来ない状態でありましたです。

でも、このイベントというか、演奏会というかには、それで一向に構わない。ヴェトナムの作品やら《運命》やら、両方の文化やそれを越えた普遍の価値があるだろう音楽作品が、巨大な仏さんに向かって演奏されれば良い。若いヴェトナムと日本の音楽家たちが弾いている相手は、普通の意味での聴衆ではなく、仏さんなんでありますよ。

それがはっきり判ったのは、最後に西洋楽器とヴェトナムの竹のヴィブラフォンみたいな打楽器アンサンブルの合同で演奏された《花は咲く》でした。そう、この演奏は、「大震災で命を失った人々の鎮魂の意味を込めて十三回忌として音楽を奉納する」式典だった。聴衆は、たまたまそこに居合わせて、一緒に手を合わせた人達、ということ。演奏を終えたヴェトナム人奏者の多くは、聴衆に向けてお辞儀をするのではなく、大仏さんに手を合わせていたのが印象的でありましたです。

ヴェトナムと日本の若いプロの音楽家が、普通の意味での地方都市公演とはちょっと違う「被災地」なる場所を訪ね歩き、最後は巨大な仏様に音楽を捧げる。飛行機で空港に着いて、バスに乗ってホテルの間を移動し、響きの素晴らしいあちこちのホールで音楽を聴きたい人に向けて弾く普通の演奏旅行では、決して見えないだろうものを見たり、経験したりしたでしょう。こんな特別なツアーを実現するために尽力した音楽家、現場裏方、そしてプロデューサーM氏には、大いに感謝せねばなりません。こういう音楽もあり、演奏もある。皆様、お疲れ様でした。

それにしても、一頃は嫌になるほど耳にした《花は咲く》、ホントに久しぶりにライヴで聴いたけど、菅野よう子という作曲家さんの名前がこの曲で後世に残ることになったのはラッキーだったなぁ。

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