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エクvsちゅーぼー [弦楽四重奏]

2005年11月16日午後2時前、富山県入善町入善コスモホールの舞台裏。クァルテット・エクセルシオのヴィオラ奏者吉田有紀子は、人生最大の精神的危機の中にいた。

入善町内全ての中学2年生総計300人ほどの前に出て、「入善町中学校音楽鑑賞会:クァルテット・エクセルシオ演奏会」の司会進行を務めねばならないのである。

教育プログラムやアウトリーチなど、ちょっと特殊な形態の演奏会を、クァルテット・エクセルシオ(通称エク)はここ入善町の財団や教育委員会、地域婦人会などと協力し、5年の間続けてきた。入善町に1週間ほど滞在し、学校や公民館などをまわる。その間にコスモホールで練習を重ね、レパートリーを磨かせてもらう。両者の利害が一致した、地域密着型短期レジデンシィの実験だ。
http://www.town.nyuzen.toyama.jp/cosmo/hall/demae/

ま、面倒な話はどーでもいい。問題は、吉田嬢である。

こういう演奏会の司会は、毎シーズン、4人のエク団員のひとりが責任を持って担当することにしている。
結成初期はチェロの大友氏がキャラクターを生かしたしゃべりで人気を取っていて、他の連中は任せっぱなしだったのだけど、入善のレジデンシィや東京都中央区でのアウトリーチなどを始めてからは、これでは良くないと反省した。で、毎年、しゃべりが不得意な者が敢えて全ての公演のしゃべりを担当し、聴衆とのコミュニケーション能力を磨こうということになったのである。一昨年、昨年は第1ヴァイオリンの西野ゆか女史が司会を担当、結果、彼女の司会能力は吃驚するほど伸びた。今やMCの女神である。
で、いよいよ満を持して…というか、しゃべりだけは勘弁してくれと逃げまくっていた吉田嬢が、どうにもならなくなって、今年度の司会担当の重鎮を果たす巡り合わせとなったのであった。

そう、吉田嬢、ちゃんとしたホールで、数百人を前にした司会進行に初挑戦なのだ。もうベートーヴェンよりも、プッチーニよりも、しゃべりが恐怖なのだっつ。

そこにもってきて、最初の相手が、司会進行にとって強敵の敵。中学生である。

みなさん、中学二年生の頃を想い出してください。14歳です。生意気盛りですね。大人が何を言おうが、フン、としか思えぬ。洒落たことを口走れば、「このひとアホじゃない」としらーっとした目で眺める。テレビドラマでも話題にすれば、こっちの精神年齢に合わせようと迎合してるぞ、と露骨に顔に出す。それが14歳である。かのエヴァンゲリオンに搭乗し世界を救う、あの問題の14歳である。おおおお。

意を決し、吉田嬢は舞台での司会を始めた。いよいよ「吉田率いるエクVS生意気なちゅーぼー」の冷たいバトルが、入善コスモホールの舞台と客席で展開されるのだ!

と思ったら、なんとなんと…中学生は、驚くほど素直に吉田嬢を眺めているではないか。ビックリするほど率直にピアソラに揺れているじゃないか。なんなんだぁ。
そして、恐怖の「何か質問ありませんか」タイムである。しらーーーーっとした空気が漂う、オソロシイときだ。が、客席から腕が何本も上がる。
「その楽器はいくらなんですか」、「どうしてこのメンバーでやることにしたんですか」、「恋人はいますか」、「どうしたら上手になるんですか」。
すすす、素直な良い子供らではないかああああああああ。良い町だぞ、入善町!

かくて、吉田嬢の不安は杞憂に終わった。無事に司会も、演奏も終え、1時間ほどの時間を過ごしたホールを後に、中学生諸君は冷たい晩秋の雨の中、学校へと戻っていった。

エクVSちゅーぼー、エクの寄り切り圧勝で終わったのである。

尤も、土俵が東京都中央区なんぞに換わったらエクの絶好調が維持できるか、なんの保証もない。

ちなみに、本日エクが入善町の中学生の前で弾いた曲を列挙しておこう。

パッヘルベル:カノン
スカルソープ:弦楽四重奏曲第15番より終楽章Love Song
ピアソラ:Four for Tango
幸松肇:日本民謡集より「八木節」
ベートーヴェン:弦楽四重奏第14番作品131より第5楽章からフィナーレまで
アンダーソン:プリンク・プランク・プルンク

エクは、中学生にスカルソープやらピアソラやらベートーヴェン後期を聴かせて堂々としていた。
ここに座った300名ほどのうち、先に待っている残りの人生60余年で、ベートーヴェン作品131をもう2度と耳にすることのない者は、おそらくは200人以上いるだろう。ま、それはそれでしょーがない。でも、あのベートーヴェンが精神の高みの頂点を遙かに見上げたような激烈なアレグロ終楽章を、そんな若者に生涯一度でも聴かせたなんて…ちょっとスゴイことだと思いませんか。


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