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鯉のぼりの彼方には [演奏家]

久しぶりの青空に、東京湾岸トリトンスクエアのそこここには巨大メザシのような鯉のぼりが吊られ、一部は新緑の浜風にどうにか泳いでます。

さても、連休前進行で地獄というのに、昼前からチャリチャリと晴海まで繰り出し、吉野直子さんのハープを拝聴してまいりました。今年から第一生命ホールで始まったお昼前の短いコンサート、「はじめのいっぽ」の3回目です。こんなにうらうらした昼だと、東京湾岸見物にいらっしゃる奥様族も多いようで、なかなかの盛況ぶり(SQWに少しおくれなもし)。厄偏庵への露地の入りっ端に建つマンションのオーナーマダムもいらしてて、なんだかとってもローカルです。

約1時間のコンサートで吉野さんがお弾きになったのは、お馴染みのグランジャニーやルニエ編曲ものだけじゃない。モーツァルトのニ短調幻想曲やら、ブラームスの作品117のインテルメッツォの変ホ長調の奴やら、鍵盤用オリジナル楽譜もあります。
ま、考えてみれば、チェンバロの中身をフレームから出して、えんとこしょっと縦にして、指で直接叩いてるのがハープなのだ、とも考えられるわけですから、理屈とすれば再現は不可能ではない。吉野さん程の名手をもってすれば、まるでチェンバロをひっかいているような響きのきっちりしたコントロールも出来るし、いかにもハープらしい倍音をタップリ鳴らした優しい和音だってお手のもの。なかでもブラームスはねぇ、なんというべきか…終演後、思わず御本人に、「あたしの葬式では、うちの嫁さんのためにあの間奏曲、弾いてください」などと恐ろしいことを口走り、周囲の人々から呆れられてしまいましたとさ。

本日のもうひとつの大発見は、吉松隆作曲「ライラ小景」というハープオリジナルの小組曲。吉野さんに拠れば、フィリアホールの委嘱で昨年暮れに初演され、本日がステージでは3回目の演奏だそうです。吉松とハープって、いかにもなんだけど、意外にも初めての作品とのこと。「銀河鉄道の夜」に霊感を受け、プロローグ、北極星のダンス(典雅というより今風のリズム)、モノローグ、暗黒星雲のワルツ(暗い響きが印象的)、そしてエピローグから成っています。
舞台の上の吉野さんの短い解説で宮沢賢治がモチーフと聞いたとき、定番の「ほしめぐりのうた」の断片でも響くかな、と想像したのだけど、さすがは現代のラヴェル吉松隆、そんな凡人の考えることなどやりゃしません。キャッチーなメロディでアピールするのではなく、リズムと、なによりもハープの音色の美しさを繊細に用いた星空に巡らせる心情風景画でありましたとさ。ハーピストにとって、とてもとても貴重な文献がひとつ増えました。

終演後、第一生命ホールロビーから眺めると、我らが田舎町佃の高層アパート群の下を、鯉のぼりたちがヨタヨタと泳いでる。露地住民があげる甍の波よりゃ高いけど、とても勝ち組御殿の天井には届かない。朝潮運河に溺れる寸前をかろうじて掬い上げられたみたい。

でも、夜ともなれば、細長いマンションにも満天の星のような生活の光が瞬き、よっぽど風が強い晴れた晩なら、おおぐまこぐまが永代橋の上辺りにかかり…。

ハープの響きの向こうに、東京湾岸の田舎にも初夏がやってくる。

晴れ渡る 佃の昼に ほしめぐり


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