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非公開の名ホールたち [音楽業界]

昨晩、厄偏庵に別の用事の打ち合わせで集まった業界関係者共の間で、「一般に公開されなくなった名ホールはいっぱいあるのに、なぜカザルスホールばかりが騒がれる」という話題になりました。ってか、なりかけた、ってくらいかな。

確かに、「かつてホールとして公開されていたが、今では一般公開されていない」という空間は、民間にはいくらでもあります。特に、都市部の大学キャンパスでも外部空間と遮断しちゃうのが当たり前の日本の場合には(早稲田とか立教、それに青山なんて、世界の都市常識から見れば、壁を作って囲い込むことはあり得ない場所でしょう)、学校関係施設が非公開になってしまう傾向にあるのは、ある意味、仕方ないのかもしれない。

例えば日大カザルスホール一般公開中止、といわれて誰でも頭に浮かぶのは、直ぐ近くの共立講堂でしょうね。カザルスホールからあの周恩来が通った中華屋の横を抜けて神保町すずらん通り方向に向かい、スイートポーズの先で岩波書店の方まで行かずに通りを左に曲がって集英社を超えるとある、名ホールです。戦後のある時期までは、もう音楽にせよ演劇にせよここばっかりだった。無論、今の妙に綺麗になっちゃった建築は最近のリニューアルだけど、場所も、佇まいも昔のまんまでしょ。最近では、某クァルテット助成財団のオーディションがここでやられることがあるので、何度か潜り込んだことがあるくらいだなぁ。
詳細はこちらをどうぞ。へえ、2000席もあったんだぁ。1000席くらいの場所だとずっと思ってた。歴史も、カザルスホールよりも遥かに長いですしね。
http://www.kyoritsu-wu.ac.jp/institution/koudou/index.html
でも、「共立講堂が使われなくなって…」などと嘆きの声が挙がるのは、聞いたことがない。

皇居に面した明治生命館だって、戦前にはちょっとだけオーディトリアムを公開していた。でも、あそこがなくなって悲しい、などという話も聞いたことがない。あのホールも、この前の明治生命館の改修までは存在していた筈(追記:調べてみたら、なんと講堂は今も健在だそうな。無論、非公開。http://www.takenaka.co.jp/majorworks/topics/2006/sum/01.html)。流石に入ったことないなぁ。直ぐ横では、建設当初は非公開だった集会室を戦後に一般公開した旧第一生命ホールがあれほど隆盛を誇っていたのに、全く貸し出す気はなかったみたいだし。

株公開でちょっと話題の第一生命つながりの蛇足ですけど(個人的には、創業者の理念を裏切り相互会社たることを捨てた第一生命には関心はありません!)、今の晴海トリトンにある第一生命ホールだって、設計の当初では一般公開するつもりはなかった。でも、あの3本高層ビルの真ん中にぽかんと浮かぶ姿が、今時のホール設計としてはあり得ない目立ち方だったもので、これじゃあ格好付かぬぞ、ってことになった。第一生命ホールがNPOによる運用という先駆的なやり方をすることになったのも、外部に公開することを前提に造られたのではないからなんですな。

ホールなんてのは、どっかの広めの部屋やらオーディトリアムがたまたま音響が良かったり、なんかの都合や所有者の勢いで公開しちゃったら、便利なんでみんなが盛んに使うようになった、ってのが本来の在り方。わざわざ音響設計をやって室内楽用のホールを建てる、なんて発想そのものが間違ってる、とまでは言わぬが、まあ、余程珍しい。ある意味、バブリーな考え方でもあるわけですね。無論、永田先生らの努力を無意味と断ずるのではありませぬ。誤解なきよう。

その意味では、やっぱりカザルスホールというのは特殊だった。特殊、というのは即ち、「無理があった」ということでもある。毎度毎度の有名な格言、「誰もやらないことにはわけがある」って奴が、ここでも有効なんだろうなぁ。

ちなみに、世界で最も響きの美しい非公開ホールは、やはり何と言っても、マンハッタン島の北のはずれにあるAmerican Academy and Institute of Arts&Lettersのオーディトリアムでしょう。ハッキリ言って、まともな音響の室内楽会場はYのオーディトリアムくらいしかないマンハッタンで、最も良い小規模会場です。でも、公開の演奏会は一切行われていない。小生は、マッケラス御大がセント・ルークス管でハイドンの後期シンフォニー録音するのと、仲道さんがプロデューサーさん雇ってロマン派小品集を録音するのを取材したことがあるだけですけど、カザルスホールよりも遥かに自然な素晴らしい響きの空間でした。典型的な「造ったら上手く行っちゃった」系の響きですわ。グァルネリQだとか、ピーター・サーキンだとか、ここで録音している人は多いです。ホールの音を聞きたい方は、このお皿なんぞをどうぞ。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/690507
なんで演奏会会場として使われないか、というと、まあひとつの理由は、周囲の環境でしょう。なんせブロードウェイ挟んで反対側はイースト・ハーレムのかなりディープなところだからなぁ。クリント・イーストウッドが「マンハッタン無宿」の最後で犯人追いかけて走り回ったあたり、というとお判りかしら。

いずれにせよ、日大カザルスホールは特に珍しい例ではない、世界には非公開の名ホールってのは案外いっぱいある、という無駄話でした。

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