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バンフ・コンクールの作り方 [音楽業界]

バンフは曇り空の朝。
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ここは山岳時間でもいちばん東なので、夏の終わりとはいえ朝の7時前くらいにやっと周囲の山々に朝日が当たり始めるくらいの場所。本日は、昨晩遅くに車で北米大陸各地から到着したような人々(なんせ、聴衆の飛び込み即興弾きセッションもあるので、楽器を抱えてくるレジデント聴衆も多く、フロリダから車で4日かけてきた、なんて人も結構いるのです)に無理をさせないため、セッションは午後からです。で、午前中には、監督のバリー(元セント・ローレンスQの第2ヴァイオリン)とレジデント数学者(!)の方が、「コンクールに於ける評価の仕方」というレクチャーをやる。要は、「具体的にどうやって採点するのか、みんなに説明しちゃいます」ということ。こんなことやるコンクール、世界にもここしなかいでしょうねぇ。

さても、このバンフというちょっと特殊なコンクール、どうやって作られているのか、財政面の話では無く、構造的な部分を、ざっくり説明しておきましょうぞ。ある意味、21世紀に於ける「イベントとしてのクラシック音楽コンクール」のひとつの理想型みたいなところがあり、まあ、ある意味、この週末から始めるミュンヘンの放送局がやってるコンクールのデパート、ARDコンクールの対極にあるやり方であります。

◆アイデンティティ・存在の理由付け
なによりも、バンフ・センターというカナダ国立のアーツセンターというか、客員教授と客員生徒だけの住み込みの大学院大学というか、そういう特殊な(割り切った、というべきか)施設が前提になっている。日本なら、さしずめ「観光客溢れる河童橋の直ぐ脇に、ホテル並の宿泊施設と現代のあらゆるアートに対応出来る最先端設備をを備えた国立のセミナーハウスがある」みたいなもんです。

この場所での弦楽四重奏コンクールを支えるアイデンティティは、「カナディアン・ロッキーという人間を寄せ付けない圧倒的な自然の中での人の営み」(アートとはネイチャーの対立項です)と、「ゾルタン・セーケイの遺産」です。前者は説明は不要でしょう。後者は歴史的な事実で、第1ヴァイオリンだったハンガリーQ引退後のセーケイ翁がこのバンフ・センターに住み、世界中からの若者をここで教えた、ということ。つまり、ハンガリーが政治的に混乱していて外国人がリスト音楽院で学ぶなど不可能だった頃に、バンフはバルトークの弦楽四重奏の直伝解釈を伝える聖地だった。だから、本日と明日の最初のラウンドでは、「古典+バルトーク」という演目になる(ヤナーチェクを敢えて選ぶ奴らもいるけど)。

◆スタッフ&聴衆
ここバンフ・センターはセーケイ翁のようなホントに住み込んじゃう完全なレジデンシィから、数日から数週間、1年の滞在など様々な滞在が可能な施設とスタッフが備わっている。このコンクールの期間中、勿論、街のホテルに泊まる人とか、バンフや隣のカンモア、はたまた車ぶっ飛ばして1時間半くらいのカルガリから聴きに来る聴衆もいなくはないけれど(幸いにも国立公園なので、ヘリコプターぶっとばして、という騒々しいセレブ客はいない)、基本はスタッフも参加者も聴衆も、みんなセンター内に泊まり込む「ミニ・レジデンシィ」になります。結果として、世界中から集まった重度のクァルテット・マニアばかり数百人が乗り込んだ1週間のクルーズみたいになる。

ぶっちゃけ、Qパルパの最大の課題は、この環境に対応出来るか、なのでありますな。この環境に耐えられれば、北米大陸でのプロの弦楽四重奏団としてのキャリアをやれる資質はあると証明されるようなもの。今回のアルパとすれば、参加10団体のどれであれコンクールで優勝しても全く不思議は無いレベルの連中しかいないのだから、結果がどうだというよりも、ここで闘ってこの空気を感じることが最大の目的。メルボルンやレッジョはちょっと近い空気はあるがやっぱり都市だし、ミュンヘンみたいな運転免許証試験を受けに行くみたいな空気とはまるで違っている。

◆試合進行
今世紀に入って、アンサンブルのコンクールは限りなくフェスティバル化しています。理由は簡単で、ソロ大会と違って参加団体が少ないから。せっかくコンクール側が経費を出して遙々世界中から来て貰うのに、いちど弾いてオシマイ、じゃあ余りにも勿体ないでしょ(ちなみに、ARDにせよボルドーにせよ、ヨーロッパのコンクールは、経費など出さない主催者側の殿様大会です)。

本日と明日は所謂「1次予選」ではなく、「最初のリサイタル・ラウンド」と呼ばれ、演目は「古典+バルトーク若しくはヤナーチェク」。ひと団体1時間くらいかかるので、流石に1日でやるのは無理だから、ふつかかかります。

明後日水曜日は、「ロマン派ラウンド」。朝から晩まで、10団体がロマン派若しくは国民楽派のレパートリーを1曲づつ弾きます。実は、やくぺん先生的には、聴衆としていちばんヘビーなラウンドなんだよねぇ。ま、それはそれ。

木曜日はお休みで、夜に前々回2位だったカナダのアフィアラQが演奏会。

金曜日は、朝から晩までカナダ人作曲家の初演大会。弦楽器で電子音の真似事をするみたいなヘビーな曲を、朝から夕方まで、10団体が次々弾きます。それだけじゃああんまり、ということか、夜は前回優勝のパーカーQが凱旋お披露目演奏会をします。なんせ客の殆どが前回も来てるので、「あいつらはこんなに立派になりました、あたしらの選択は間違ってなかったでしょ」というバンフ・センター側からの領収書みたいなもんですな。

んで、この週末だけの聴衆も押し寄せる土曜日は、「アドリブ・ラウンド」と名付けられた、「自分らの勝負曲を弾きなさい」というなんとも凄い日です。朝から晩まで、持ち時間30分ちょいだかで、10団体が「これが俺たちのベストだ」という自身のある演目を並べて来る。古典からロマン派、はたまた現代、アラカルトみたいなプログラムを作る連中もいる。プロとしての本気度を見せるラウンドでんな。

で、土曜日の夜に本選にいける3団体が発表になります。実際の点数は発表されませんが、加点方法は初日朝にレクチャーされ、webサイトにも公開されてます。

かくて日曜日の本選は、3団体がベートーヴェン中後期かシューベルト後期をひとつ弾くだけ。弾き終わると発表があって、夜は聴衆も審査員も参加団体も混じったパーティでお開き。翌月曜日は北米では夏の終わりを良いするレイバーデーの休日で、みんなバスでカルガリ空港に向かったり、車で家に戻ったり。

これがバンフ・コンクールの作り方。いかがかな、どこかの日本の自治体、真似してみますか?

さて、朝ご飯にいこーっと。

[追記]

今、シフマン音楽監督とバンフ・コンクール公式数学者モーセス・レナート教授による「優勝者を選ぶ」という巻頭レクチャーを聞いて参りました。極めて興味深いものでした。
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で、ここだけの話、小生が個人的に存じ上げているコンクール関係者で審査プロセスについて本気で悩んでいる方、プロフェッショナルレベルで関心がある方は、直接メールでご連絡いただければ、音声ファイルをおまわしします。ちゃんとした英語で60分強の、30メガくらいの小さなMP3ファイルです。投影された数字やらの映像はありませんので、ご了承を。あくまでも個人的に参考になさりたい、という方に限ります。

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