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伝統と格式の《フィデリオ》 [音楽業界]

どういうわけか先月から全曲を舞台で聴くのは3回目、《レオノーレ第3番》に限ればチョン・ミュンフン指揮東フィル、飯守監督指揮東響、メスト社長指揮クリーヴランド管、それにチョン指揮スカラ座管と、2週間毎にゴージャスなライヴ演奏を4回続けて聴いてるというさりげない豪華《フィデリオ》月間が、先程、無事に終了しましたです。

てなわけで、最後を飾る天下のスカラ座の舞台でありますが
IMG_3059.jpg

http://www.teatroallascala.org/en/season/2017-2018/opera/fidelio.html
これ、まあ、なんというか、「なるほどねぇ、初台のお客さんは、ヴァーグナー曾孫さんのトンガリ演出なんかじゃなくて、こっちが欲しいんだろうなぁ、ホントは」って感想が全てであります。皮肉でもなんでもなく、ホントにそーゆー感じのもの。

無論、今時ですから所謂「モダン演出」で、マルツェリーナはアイロンかけてるし、ヤッキーノはバスケットボール持って遊んでるし、牢獄の現場ポリツァイ連中は一緒にバスケしたり年寄りはサッカー新聞(だと思う)読んだり。キャストで唯一東フィル演奏会形式と重なったピツァロはどうみても線の細いIT企業社長か賢そうなEUのお役人現場エクゼ。囚人らの動かし方も今時のイベントの現場規制のやり方だし…。

ただ、2幕の地下の暗くてデカい、うち捨てられたアヤシイ空間の感じはなかなかのもので、ああフロレスタンはなんかバランスの悪いヘンなもんでも喰わされて足かせされて運動不足であんなにデブデブになってしまったのかぁ、なぁんて妙な納得したりして。レオノーレのフロレスタン発見の瞬間も、あれだけ広い空間があると、まあああいう認知の仕方になるんだろうなぁ、と納得。フロレスタンが嫁さんが判らないのも、あんなに暗ければねぇ。んで、問題のピツァロの前での名告りの瞬間は、定番の帽子を取って長い髪の毛が出て来るだけだし、ちゃんとピストル出してピツァロの短剣に対峙して「おお、やっぱりトランプ以下銃器所持規制反対派が大喜びする展開かぁ」と思ったら、あっさりピツァロがピストル奪い取って、なんだ玩具じゃ無いか、とぶち壊されちゃう。おおおお、どうなることやらの瞬間、高らかに法務大臣の到着が鳴らされ…

って、つまり、ホントにいかにもな「これぞ伝統と格式の《フィデリオ》じゃ」という鉄板演出。

ただ、この舞台で面白いかったのはこれから。なんせ、東フィルでの上演と同じく、《レオノーレ3番》を最初にやっちゃってるんですよ。で、夫婦が盛り上がり終わるとロッコがドタバタ地下に下りてきて、台詞で状況を手短に説明。と、あっと言う間に上手の壁が破られ、光が入ってきて、作業ヘルメットを被った人々がどどおおおっと雪崩れ込んでくる。

つまり、展開が余りに急で、どっかに逃げてたピツァロも何か手を打つにもなんの術も無く、あれよあれよと状況に流され、牢を破ったらしい囚人が次々雪崩れ込んでくるので動きも取れず、アホ面で法務大臣様に対面せざるを得なくなる。

ことここに至り、やくぺん先生ったら、なるほどぉ、と膝を打ったわけでありまする。今だ語り草、既に歴史になりつつあるあの初台演出(同じボックスに座ったのはニューヨーカーご夫妻で、数週間前に出たトウキョウの新演出の話をしたら、大いに盛り上がってくれましたぁ!)が可能だったのは、ひとえにマーラーのお陰だったのか、ってね。

だって、初台では、あの長大な《レオノーレ第3番》が2幕の場面転換に用いられるというマーラーが始めた習慣があるからこそ、飛び道具無しの無為無策でピツァロに立ち向かったレオオーレはあっさりピツァロの反撃を浴びて射されてしまい、ピツァロはフロレスタン夫妻をブロック積み上げ幽閉してしまい、囚人の中に偽物フロレスタンと偽物レオノーレを用意させる、なんて周到な事実隠匿作業の準備が可能だった。少なくとも15分くらいの時間はあった。なんて賢いんだ、なんて悪辣なんだ、なんて有能なんだ、初台のピツァロ!

残念ながら《レオノーレ第3番》という時間の余裕を与えられていなかったミラノのピツァロさんは、いまどきの役人らしく臨機応変の現場対応が出来ない体質もあったか、なすすべもなくフェルナンド大臣と対面せざるを得ず、どうやら最後は自殺せざるを得なかったみたい(小生の席からはよく見えなかったんですけど、舞台奥に姿を消したあと、ピストルの音のようなものが響きました)。何が降ってるのかよく判らぬ白いものが舞う中、みんな夫婦を讃えあうんだが、ひとりマルツェリーナだけは、状況に納得いかず、レオノーレがゴメンナサイと近寄って来ても拒み、ヤッキーノを放置しひとり不満たっぷりに舞台を去って行く。これだけの事態の急変があると、まあ、全ての人が起きてることに納得出来るわけではない、ということはチョロッと見せてくれる、そこそこは「現代的」な演出でありましたとさ。

上演全体とすると、初日が出て2度目のステージのようだけど、タイトルロール以下、決して万全ではない歌手もいたり(ブーが出るのではないかと心配でした)、最後のチョンさんの大煽りにスカラ座管付いて行く決まったく無しとは言わないが、ま、勢いだけでもってっちゃったみたいなところもあったり、完成度では東フィルの方が高かったかも。ただ、やっぱりスカラ座管は「腐っても鯛」で、冒頭の序曲頭の最弱音のレガートの質感やら、さりげない伴奏の16分音符の刻みやら、もう猛烈に美味しい響きがあちこちで聴こえる。貧乏人の強がりではなく、最初の《レオノーレ第3番》を聴いただけでもう€144という超高額切符のボックス席いちばん奥のもとは取った、と思った次第。

立派な劇場で、立派なセットで、猛烈にゴージャスな響きのオケで、ふつーの《フィデリオ》を聴きたいと思う方は、今からでも遅くないからミラノまでどうぞ。この劇場では有名作品ながら人気が無い出しものらしく、まだまだ切符はいっぱいあるみたいですよ。

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