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邦画マニアの方にお願い:昭和35年頃の別府・由布院 [売文稼業]

ひとつ東京天樹オープンがらみの記事をやらねばならぬが、それ以外は全部排除して、いよいよ「ゆふいん音楽祭全記録(仮)」初稿執筆に専念し始めています。来週、日帰りで宮崎に行かねばならぬかと思ったが、ラッキーにも取材対象の方がこの週末から来週前半に東京に出てきていらっしゃると判明し、もう既に足が出つつある取材費をどうするか頭を捻る必要がなくなり一安心。今はパリでもニューヨークでもスカイプなんぞで取材できるんだけど、やっぱりデジタルディヴァイスを駆使するのを万人に期待するわけにもいかず、ま、あとは電話取材かなぁ。IPフォン大活躍かしら。

んで、当電子壁新聞をご覧の皆々様にひとつお知恵拝借。ウルトラ邦画マニアの方限定。

◆1960年から62年くらいまでの東宝映画で、クレジットに「中谷健太郎」と記された作品をご存じの方がいらっしゃいましたら、どんな作品で、どんな役職でこの名前がクレジットされているか、ご教授下さい。1959年までは東宝の公式サイトに「監督助手」で作品名が挙がっているのですが、1962年に由布院に帰郷されるまでの2年間の情報がないのです。そんな細かいこと本人に尋ねればいいだろうに、と仰られるでありましょうし、誠に以てその通りなんですけど、なんせ相手もお忙しい方でして。実は、本編の記述に1961年夏に中谷氏が何をしていたかが判りたい部分があり、「監督助手」だと思ってたらそうじゃないみたいなので、困ってます。

◆1961年(昭和36年)頃の別府や由布院、九重高原などが収まっている映像をご存じの方がありましたら、「この作品のここに出てるよ」とか、教えて下さいな。余りにもピンポイントなんだけど、ま、もしも万一、ってこと。昭和36年に撮影された新東宝の『太平洋戦争と姫ゆり部隊』が由布院でロケされたのは判っています。

以上、宜しくお願いします。特に前者、今時、アニメのスタッフだったら細かくデータベースを持ってる方がいらっしゃるみたいだけど、半世紀前の邦画界の、結局映画人としては名を成さなかった方の痕跡を探しているわけだから、これはもうダメもとな話なんですけど。

「書いてあることはみんな嘘、信じるな!」じゃあなくしようとすると、かくもめんどーなことがいろいろ出てくる。いやはや、ま、商売だからしょーがないけどさ。

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コメント 3

kenta

東宝映画の以下で見ると監督助手ということで、1958~1959年で5本の作品が出てきますが・・・・。
http://www.toho.co.jp/library/system/finds/name

「日本のオペラ」先週末に入手しました。とても良い冊子なのに、情報センター広く知ってもらう気無い?このブログを見て情報センターにコンタクトするくらいしか、入手経路が無いような・・・。調べて書く必要があることは、手間ばかりかかって大変ですが、有り難く読ませて頂く者もおりますので。
by kenta (2012-05-24 17:13) 

Yakupen

Kenta様

そうなんです、この後の2年が空白なんです。当時の映画会社の人事システムがどうなっていたか判っていれば、いろいろ推察も出来るのでしょうが。お手上げです。まさかこの2年間の東宝作品のテロップをしらみつぶしに眺めるわけにはいきませんしねぇ。それをやればなにか出てくるんだろうが、ま、本筋ではないので、そこまではご勘弁、ってところ。

「日本のオペラ」、そんな調子ですか。まあ、最初は売るかどうかも判らない、なんて話だったんで、売る気になっただけ立派でしょう。

by Yakupen (2012-05-25 00:17) 

Yakupen

メールやフェイスブックでいろいろ情報をお寄せ下さった皆様、有り難う御座います。正直、フィクションならいろいろ想像を膨らませることも出来る時代だけど、なかなかノンフィクションには難しい頃ですねぇ。あらためて、なんで「ノンフィクション」とか「ドキュメンタリー」というジャンルが出版業界から死に絶えたか考えさせられました。

ノンフィクションはフィクションよりも真実に迫れるか、わからんなぁ。ま、それを言ったらやってらんないんだけど。だって、ノンフィクションだと書けなくなっちゃうことがいっぱいあるんだもんさ。

by Yakupen (2012-05-25 12:41) 

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