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台中の《齋格飛》は観る価値ありっ! [音楽業界]

台北は桃園空港の古い第1ターミナルのいちばん隅っこ、LCC溜まりのゲート前におります。楽桃航空さんで深夜過ぎに羽田に戻る弾丸ツアー、台湾島の神無月はまるで湿っぽいヨーロッパの冬の初めみたいな肌寒さ。今時のピカピカなアジアの空港じゃなく、一昔前のシェレメチェボかブカレスト南か、って薄ら暗さ。

一昨年に台中の立派な国家歌劇院がオープンし、その開幕フェスティバルの目玉として《ラインの黄金》が上演され、ホントにサイクルになるのや信用できんなぁ、と思ってたら無事に昨年は《ヴァルキューレ》が上演された。以降、このパドリッサと仲間達の愉快で楽しい《リング》、どうやら国慶節の休みの時期に一作つづ上演を続けることになったらしい。偉いぞ、台中市、凄いぞ、台湾文化省!んで、3作目たる《ジークフリート》を見物に参った次第。
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今は香港やら韓国、シンガポールなんぞはネット上であっさり必要なチケットが購入出来るし、中国本土も手はないではないけれど、台湾のチケット購入は案外面倒。んで、台湾に深い関わりをお持ちになる某氏に御願いし、購入していただきました。貴重な切符でありまする。ありがとうございます。

さても、そんなこんなで10月10日は辛亥革命から何年になるか知らぬが、とにもかくにも目出度い国慶節の台湾島に朝っぱらに到着し、なんでか知らんが市内大渋滞の台中に到着したのは昼前。ちょっと宿でぶっ倒れ、午後5時開演に向けてオープン当初は随分と話題になった単なる四角形の箱なのに晴海トリトンみたいにくにゃくにゃして方向感覚失調症になりそうな劇場に至り、昨年とほぼ同じ最上階の1列目ほぼ真ん中の席に着く。これで日本円6700円くらい、どうも舞台から距離が遠くなるとお安くなるようで、結果として極めてお得な値段付けになってるなぁ。妙に物の分かった劇場ならいちばん高い席にされかねない場所だもん。

舞台そのものは、もう随分前からDVDやBlu-rayになっていてそこら中でいくらでも買える「メータのバレンシア《リング》」まんまです。実はこの演出、ルフトハンザの機内で《ヴァルキューレ》を途中まで眺めて、あああこれはもう結構だは、と放り出し、当然ながら他の作品は手を出していなかった。で、昨年、これは映像ではアホらしいけど実際の舞台ではそれなりに説得力があるじゃないの、と思い、また今年もノコノコ出かけてきたのでありまする。

実質的には「IMAXシアターみたいな映像の前で演技している」に近い背景のCG処理とか、既にバレンシアでの初演から10年にもなり、アップデートされてるのかと思って眺めてたんだが、オソロシーことにYouTubeにまるまるアップされてる映像を拾い見ると
https://www.youtube.com/watch?v=BaF8zdfS0q8
おやまぁ、実質同じじゃないですかぁ。いやぁ、これをちゃんと再現したのだから偉いなぁ、正に現代の総合芸術の頂点としての《リング》サイクルを若い人にガッツリ見せるなんて、凄いぞ台湾当局、偉いぞ台中市!

演出は、もうこの映像を眺めれば判るように、「見世物」に徹した大スペクタクルです。金の無いヨーロッパの中規模都市の劇場で気鋭の演出家さんが知恵を絞っていくらでもやりようのある無茶な作品から自分らなりに意味のある「解釈」やらをしてくれる頭がよさそーな、これが俺の解釈だ、さあ議論をしてくれ、って舞台の極北。予算ジャブジャブ、高さや本火をジャンジャン活用するサーカスのような動き、おまえらそれやっちゃうかと呆れる瞬間もあるド派手なCG映像(ヴァーグナーがつまらない最大の理由たる、延々と昔話を繰り返しているところなどは、過去の映像をしっかりと舞台の後ろに投影して「ここは回想シーン」ってしちゃいます)、抽象性と具体性がグチャグチャになったギャグぎりぎりの装置や衣装など、《リング》を知らないけどテレビゲームや今時の中国資本ハリウッド映画なんぞでなんとなく「わるきゅーれ」とか「英雄ジークフリードの大蛇退治」とか耳にしたことがあり、キャラクターの感じもなんとなく判ってるような判ってないような人々を相手に、ともかく判りやすく、面白く、5時間を過ごさせてあげますから木戸銭払って座ってなさい、って舞台であります。

そういうやり方だと、それこそヨーロッパ最前衛の演出家がやりたがるような「リングの政治と暴力」とか、「女性による救済というゲーテ直系の独逸浪漫派的世界観」とか、そんなめんどーなことはなーんにもなくなる。ぶっちゃけ、21世紀に入って出て来た世界2大「見世物系《リング》」の一方の雄で、もう一方の雄たるメトのルパージュ演出(鳴り物入りで始まったが余りの装置の大規模さに足を引っ張られてしまってるなぁ)よりも、遙かに成功していると言えましょう。
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特に、《ジークフリート》という作品の中心にある「父の形見の名剣を自ら鍛える英雄」とか「恐怖の大蛇との戦闘」とか「森の鳥の声が判るようになる奇跡」とか、極めて神話的な物語素がモロにまんま現れる部分では、この娯楽に割り切った見世物演出は極めて効果的なんですわ。いやぁ、手を叩いてゲラゲラ笑いながら見物すれば良い、ホントに誰でも判るハリウッド映画だわな。

だけど、その「誰でも判る」をきっちり見せるために、どれだけ大変な努力が成されねばならないか。これをここまで再現出来た台中の舞台スタッフと、現代舞踏やらのバックグラウンドは、文化都市として大いに誇るべきものでありましょーぞっ!

《ジークフリート》という作品、そういうギミック大活躍な娯楽大スペクタクルを経て、最後の最後にヴァーグナーが生涯で書いた最も凄い音楽に至るわけで、そこまで来ればもう演出も何もない、ぐぁんばれ歌手さん、負けるなオーケストラ、としか言いようがない。その部分に関しては…ううん、まあ、充分敢闘賞はさし上げられる水準になっていたと申せましょう。無論、初台やメト、バスチーユとは言わないまでもそれなりに巨大な空間にNSOが響かせる音楽は、リンデン・オパーくらいの小さな空間でバレンボイム御大がガンガン鳴らすようなもんとは違うのは当たり前でありまして、そこに文句を言っても仕方ない。3年目ともなれば、おおおヴァーグナーっぽいぞ、という響きがする瞬間も出て来るものでありまする。この作品、1幕最後とか、ポリリズムとまでは言わないけど、複数のパルスが同時進行していく部分がかなりあり、一昔前の神格化された巨匠ヴァーグナー指揮者では全く見えなかったそういう部分が昨今の若手棒振りさんの手にかかるとしっかり見えてくる傾向にあるわけだが(一昨年のメルボルンでのインキネンのサイクルでは、その辺りは極めて明快でした)、流石「台湾の若杉弘」たるリュウ・シャオチャ御大、よく頑張っていたと申せましょうぞ。

ま、ともかく、スカラの黒歴史たる《ボリウッド・タンホイザー》を筆頭にこれまで何度も酷い目に遇わされてきて、もうこいつらは信用せんとも思い始めていたパドリッサと愉快なバルセロナの仲間達、彼らのやってることがいちばん上手く作品のキャラクターとマッチしたのが《ジークフリート》だった、というのはとても納得。これならば、やくぺん先生が最も苦手とする《神々の黄昏》プロローグから1幕の無意味な程長い時間も、なんとか楽しませてくれるかもしれぬなぁ、と思わんでもない。

台中大劇院の《ジークフリート》、明日金曜日もあります。日曜日の最終公演はそこそこ席が埋まっているそうですが、その気になれば日本列島から弾丸旅行も出来ますよっ。なんか、来年の国慶節も台中で《諸神黄昏》見物になりそう…かなぁ。
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