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評論家佐々木喜久氏没 [売文稼業]

別件で調べ物をしていて、遅ればせながら、ある方の記述で知りました。

音楽評論家の佐々木喜久さんが、4月7日にお亡くなりになられたそうです。残念ながら正確な生年データが見当たらないのですけど、80代半ばくらいだったんじゃないかしら。とはいえ、コロナ時代の2年が記憶や印象からすっ飛んでますから…

我が狭い業界のフリーライターにはいくつかの出自があり、佐々木さんは典型的な「新聞記者あがり」でした。現役バリバリのスターライターでいえば、キャラは相当に違うけど元日経のいけたくさんかな。毎日の梅津氏は桐朋学長なんで想像の遙か上を行く出世をなさってしまったんで比べようがないけし、辞めてフリーになれば朝日の吉田純子氏がもっと近いかしら(学歴の流れが違うけど)。そう考えると、いかにも「海外にはもの凄く優秀な人がいるんだけど、それが国に帰ると…」という愚痴で名高い(今もなのか)讀賣らしい、最後の20世紀大新聞者出身フリー記者だったかな、という感はあります。読響の当日プロが今の形になるときの編集長さんだったそうで、主著はこちらかな。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/464397026X/ref=dbs_a_def_rwt_hsch_vapi_taft_p1_i0

若い頃のやくぺん先生やお嫁ちゃまが、東京に戻るよりも安いからとマンハッタンの定宿に数週間滞在し、そのまま大西洋渡って独逸行く、とかしてた頃に出版された、NY記者時代の記事なんぞを纏めたものですね。

佐々木さんの「音楽ジャーナリスト」としての立ち位置は、良くも悪くも「音楽や音楽家が大好きなオジサン」でした。なんじゃそれ、と思うかもしれないけど、そんな立場を大手新聞記者時代からフリーになってまできっちり貫ける人って、案外、いそうでいない。

新聞上がりの方は、大手メディアの肩書きや名刺が無くなった瞬間に、どのような立ち位置で仕事をするか、己のあり方の決断を迫らます。やり手の方の多くは「音楽や音楽家をテーマに自分を売る」評論家というか、作家的な立ち位置、場合によってはプロデューサー的な立ち位置に移っていくわけですな。もうキャラの違いとしか言いようがないわけで、それで上手くいったり行かなかったりする。佐々木さんは、自分の意見や感想を売り込むわけではなく、あくまでも大好きな演奏家の奏でる大好きな音楽を聴き、最後まで「ファン目線」を貫けた。だから、音楽家に対する接し方も謙虚で、音楽という特別な時間を与えてくれる特別な人への敬意を抱き続けていらっしゃいました。

ああ、こういうのは俺はやれんなぁ、と羨ましく思ったものです。

千葉の方にお住まいで、何故か突然呼び出され、佃にいるというと、じゃあ東京駅八重洲口大丸上層階のレストランで、と指定されてお話したことがあったなぁ。特別な話があったわけでもなく、最近どうよ、みたいな感じの話だったっけ。最期にお姿を見かけたのは、松本ハーモニーホールで奥志賀とジュネーヴの音楽塾学生合同弦楽アンサンブルで小澤氏が作品135の第3楽章を振ったあと、人が溢れそうな島内駅ホームまで歩いていらっしゃるところ…だったかな。あたくしめは、なんか囲みがあるらしいという連絡が入り慌てて戻ったけど、佐々木さんはそのまま駅へと歩いて行ってしまわれた。思えば、小澤氏が振ってるのを眺めたのも、あれっきりだなぁ。

大手新聞メディアが衰退し、SNS上には断片化されたヘッドライン情報が某大に流れ瞬時にして消えていき、何も溜まっていかなくなった21世紀20年代の我が業界、もうこの先は出てこないであろうタイプのライターさんでした。あちらの世界では、いろんな演奏家さんが聴けて嬉しいんじゃないかしら。

合掌

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