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竹田版《蝶々夫人》はほぼ《お菊さん》であった [音楽業界]

昨日、ここ温泉県盆地から南に山越えて距離としては数十㎞の隣接市の市役所がある街まで行き、こういうものを拝見して参ったでありまする。
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https://www.city.taketa.oita.jp/glanz/koenjoho/kouenlink/1/2023nen/8821.html
市の文化振興財団が4年がかりでやってきたプロジェクトということで、それなりにしっかり情報発信もされているようで、こういうサイトもありまする。プロダクションの進行をSNSで市民納税者さんたちに見せていった、ということなんでしょうかね。
https://www.city.taketa.oita.jp/glanz/koenjoho/kouenlink/301/index.html

そんなこんな、舞台が出切るまでの経緯やらはそれなりの量の情報が提供されているようなので、気楽に実際に舞台を眺めた感想にもなってない感想を記しておきましょうか。なんせ温泉県の中では実質唯一の文化振興財団など公的な文化支援組織が一切ない文化果つる田舎たる由布市住民とすれば、なんとも羨ましい隣町の大きなイベントですからねぇ。

んでこの公演、岡城趾周囲に広がる竹田地区に人口1万1千人ほど、九州横断特急も停車するこの規模の街で公共ホールが主催する「オペラ」とすれば、充分に立派なものでありました。阿蘇越えて熊本方面から来る人がいたかは知らぬが、往来の豊肥本線には明らかに「グランツでやるちーちょーさんを観に行く」としか思えぬ乗客も、多くはないと言え乗ってはいたようでした(とはいえ、聴衆の9割以上が自家用車で来てるのは21世紀20年代の田舎の常識でありますな、公共交通機関を使う方が非常識という世界ですから)。それなりに集客の広がりはあったようです。今だから言うけど、数日前までは100枚売れてないという話さえ伝わってきて、これは人を連れて行かねばならぬのかもしれぬが、隣町とはいえ車でも山越え1時間半はかかる場所なんでなぁ…と思ってましたが、客席は平土間は埋まり、2階にも上から観たい人やホールが面白い子どもらが行っている、というくらいの充分な客の入りでしたので、関係者の皆様からすれば良かった良かったでありましょう。

「オペラ」というと初台やら上野文化会館やらNHKホールら2000席クラスの巨大空間でピットにオケがびっしり入って、とお思いになるかもしれませんが、実際は世界中のあらゆる場所でいろんな形で上演がされている。竹田市のような郊外含め2万人程度の規模の街でも、欧州では普通に劇場があり、オペラが上演されている。日本でも、最近流行の100人から200人のコンサートスペースで歌手とピアノでオペラ抜萃なり、編纂したものが上演というか演奏されることも珍しくなく、東京首都圏中心部でも第一生命ホールさんが「室内楽ホールdeオペラ」シリーズやったりとか、Hakujuホールさんが大ホールで活躍する著名指揮者と歌手で「TRAGIC TRILOGY」なる極小編纂ものをやったりとか、いくらでも行われておりますな。「オペラ」って、案外、やられ方は多様なんですわ。

そういう視点からすれば、この竹田版「マダム・バタフライ」という舞台は、もうしっかりとした「オペラ」上演でありました。無論、ピットに数十人のオケがいるわけではなく、舞台の真ん中奥にRentaro室内管さん15名が陣取ってます。舞台上手には畳と障子の日本家屋を切り取った小さな舞台が据えられ、オケの後ろには合唱が立つくらいのスペースがあり真ん中に空間が空いており、上手下手の他にそこからも出入出切るようにしてある。ま、毎年1本ペースで池袋が主導し気鋭の演出家が制作し全国数カ所のホールをまわっている奴とかと同じ、今時流行の「ホールオペラ」のやり方でありますな。それこそ、先頃初台の《シモン・ボッカネグラ》が話題になった前のアムステルダムの監督オーディがやたらとやりたがり、《リング》チクルスやら《アッシジの聖フランチェスコ》やら、はたまた《光》抜萃などでそれなりに成果を挙げていた「わざとオケをドカンと真ん中に置き、跨ぐようにいろいろ舞台が展開する」ってやり方の、コンパクト版でありまする。

とはいえ、若い演出家の泊氏は北九州芸術劇場拠点の方で、演劇だけではなくパーフォーマンスの演出などもなさっているということで、そんなオペラ系の試みの延長ということではないみたい。この舞台の最大のポイントは、なんといってもプッチーニの音楽を用いつつ、一部の配役を歌のない台詞役者に置き換え、要は「オペラ・コミーク」型にしている、というところ。主役級はこの作品をレパートリーにしている歌手さんですが、ゴローはテノールではなく、演出家さんが北九州で率いる劇団の役者さんで完全に台詞役。実質上、レシタティーヴォに近い部分の多くを、歌手のパートも含め台詞に置き換えてます。そして、これは終演後に演出家さんに直接言いましたけど、普通の意味で音楽的な聴き所とされている「ハミング・コーラス」などがカットされてます。なるほど、合唱を地元のアマチュアの方が担当することを考えれば、奏者に過度な要求は極力避けるべきでしょうから、賢く勇気のある判断でありましたな。

演出家が台詞を書くということになるわけですから、当然ながら、台本にも手は加わっております。基本的な物語としてのプロットとしての最大の、最後のちょーちょーさんの自殺はありません。演出家さんに拠れば、これはプロジェクトの最初から竹田市側の要求だったそうな。そもそも作品が成り立つ背景が些か異なるものとなっており、音楽やら演出の仕方よりもなによりも、こここそが「竹田版」たる所以。ちょーちょーさんの物語を、「プッチーニの《蝶々夫人》のモデルは竹田出身のおかねさんで、晩年は故郷に戻り当地出身の軍神広瀬中佐とも交流があった」という竹田市民ならみんなそれが当たり前と思っている(チーフプロデューサー曰く)逸話の上に乗っけている。となれば、当然、自殺してオシマイ、というわけにはいかんですわな。こういうサイトもあります。

ぞんな視点からの「読み替え」ですから、例えば結婚式の場面でちょーちょーさんの関係者として田舎から出てくる人達は、みんな「西南の役で没落した岡藩は竹田の武家の娘おかねさんの親戚」です。んで、合唱団はこの日のために練習を重ねて来た市民であります。男声など若い人は一切おらず、大学オペラやはたまた二期会公演なんかでも違和感を覚える「おいおいこの町は若いもんしかおらんのかぁ」ってやつの真逆。でも、遙々長崎まで阿蘇越えて雲仙通って来るのだから、こういう顔ぶれになるのは当然だわな。ちょーちょーさんも、なんか竹田名物姫だるまっぽいし。それどころか、結納品を持ち出すときに瀧廉太郎の《花》が鳴っちゃったりするのは、流石にちょっとサービス過剰かしらね。

で、前述のようにピンカートンに息子を渡したあと、ちょーちょーさんは自害せずに、決然と舞台を去って行きます。客席がちょっと戸惑っているところに狂言回しをしていたゴローが出てきて、「さて、それから…」と後日談となり、故郷に戻り隠遁生活を送ったという伝説を語ります。最後は、竹田市民合唱団の真ん中にちょーちょーさんも登場、《荒城の月》を歌い上げ暗転(カーテンありませんから)、という次第。

なお、楽譜は一巻編成の編曲版ですが、ドイツなどの田舎の小さなオケで上演するために流布している既存楽譜ではなく、今回の上演のために演出家泊氏が拾った部分を福岡の末松誠一郎氏が編曲しているそうな。この類いの編曲だと現代音楽系の作曲家さんがやりたがる楽器の持ち替えやら打楽器の多彩な使用などはなく、極めてストレート。こういうやり方だとピアノにやたらと比重がいき、その異質な音色が目立ってしまうことが屡々ですけど、それは避けるやり方でしたね。お疲れ様です。

以上、竹田版ちょーちょーさん、1万人の街で「市民オペラ」としてプロの演奏家と地元で立ちあがったプロ室内管に、北九州の演出家チームが加わり創られた、演奏会形式とはまるで異なる、正に総合芸術としての「オペラ」でありました。なによりも印象深かったのは、こういう形でもしっかり人を泣かせる力があるプッチーニの楽譜の強さでありましたです。バッハとは言わぬが、プッチーニってオーケストレーション取っ払ってもこんなに強い音楽だったんだなぁ、へええええ。

コロナ禍を挟み数年かけ、いろんな準備を重ねて竹田市民に竹田市なりの「オペラ」の舞台をきっちり観せたこの公演、納税者も納得したんじゃないでしょうかね。では、大拍手。
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ここまでまだ読んでる酔狂な「悪い人たち」なら既にお判りのように、この舞台、どう考えてもプッチーニの《蝶々夫人》じゃなくて、メサジュの《お菊さん》でやった方がええんでないかい、と感じざるを得ない部分はあります。この作品、やくぺん先生が葛飾オフィスを売り払い、でもまだ盆地での移転先がちゃんと決まらずに月島倉庫に仕事机持ち込んでなんとか生き延びていた頃、大川向こうの人形町でピアノ版で日本初演されてるんですよねぇ。
https://www.music-tel.com/NihonbashiOpera/archive/2021Okikusan/flyer.html
バタバタしてたときで、興味はあるが作品として俺には生涯関係ないわなぁ、と乏しいお財布も考えて見送ってしまった。今思えば、観ておくべきであったのぉ。

震災の後に新しいホールが出来、あちこちから関係者や音楽家が集まっていろいろ始まり、竹田以外では意味が無いとまでは言わないけど、竹田でなければ創れない舞台が出来て、なるほどこれがちょーちょーさんだよね、と納税者が思えたであろう、立派な舞台でありました。関係者の皆様、お疲れ様でしたです。さあ次は竹田版《お菊さん》、なんて無茶なことは言いません!

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