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「耳で聴かない音楽会」を聴きにいく [音楽業界]

昨年から日本フィルがやってる「耳で聴かない音楽会」という企画があります。なにやらあちこちで褒められているようなんだけど、案内やらチラシやらを眺めてもどんなものなのかよく判らぬ、ってか、全然判らん。
https://www.japanphil.or.jp/orchestra/news/23774
とはいえ、その題名やら褒められ方からして、恐らくは今時のテクノロジーを総動員して聴覚障害などがある方や「聴く」という作業そのものにハンディキャップのある方をターゲットとしたもんだろうから、おいそれとお邪魔するわけにもいかんよなぁ、と思ってた。で、記者会見みたいなものくらい眺めさせていただいてもバチがあたりはすまいが、本番眺めずに記者会見だけ行くのもなぁ…とぼーっとしてる間に時は経ち、あらまあ、もう明日は本番じゃないの。慌てて公報さんに連絡を取ったら、じゃあともかくご覧になって下さいとのこと。

てなわけで昨晩は、病院アウトリーチをそーっと見物するような気分で突拍子もない土砂降りの中を初台まで向かった次第でありました。

おそるおそるロビーに入ると、なにやらイベントが開催されているぞ。ヴァイオリンの楽器体験、ここに並びなさい、と書いてある。なーるほど、ミドリさんがアジア各地でやってるようなヴァイオリンを弾いてそのボディに手を当てさせて目の見えない人に振動を感じさせる、なんてことをやってるのかぁ、と勝手に納得して眺めていたら、なんかちょっと違うぞ。で、日本フィルの担当者の方に尋ねると、「そういう要請があればOKですが、基本は地方公演でやっている楽器体験コーナーです。普段は子どもさんが対象なんですが、やってみたいのは親御さんみたいなところもあるので、本日は年齢制限をしてません」とのこと。なーるほどねぇ。ちなみに日本フィルさんは団としてアウトリーチでの楽器体験のために用いる楽器を所有しており、本日もそれを用いているそーな。ま、それなら「触りたい」という人がいても大丈夫、ってわけでんな。

反対側にも人の列が出来てる。覗き込んでみると、こちらは正にこのコンサートのひとつの主眼であるところのモダン・テクノロジーのようじゃ。抱っこして音楽を視覚と振動で感じるボールみたいなものと、髪の毛に射して振動や光を感じるマシンの体験コーナーでありました。これが客席に全部備えられていて…というわけではないようです。他にも、最近はでっかいシネコンなどには備えられてるシートに振動する装置が付いていて…ってもんとかもあったみたい。

もうひとつ興味深いのは、当日プログラムを開いたところに「コンサートが始まる前に!タイプライターアプリをダウンロード!」とQRコードが印刷されてます。アプリを増やすのは嫌だけど、これはなんか演奏会で使うなんだろーなー、しょーがないなぁ、と慌ててダウンロードしようとするけど、なんせそもそもコンサートホールという場所は電波を遮断するようになっているわけで(とりわけニッポンの場合は)、たくさんの人がいっぺんにこんなもんをダウンロードすることは想定していないのでしょう。電波大混雑でいくら待っても下りてきません。ま、しょーがなあぁ、と客席に着くしかないのでありました。

斯くて「耳で聴かない演奏会」は、その題名が示すが如く、天下の名曲《4分33秒》第2楽章で賑々しく幕開けした次第であります。これが終演後に出されていた演目。当日の刷り物にはパッヘルベルとサン=サーンスしか記されてません。
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冒頭のケージですけど、オケの皆さんは一所懸命演奏しているけど音だけは出さない、というエアオケをやって下さって、始まった途端に「あー、ケージかぁ、全曲やるのかなぁ、どっかの楽章だけかな?」と思ったすれっからしは客席に少なくなかったでありましょうぞ。で、続いてちゃんと音を出して《剣の舞》をやってくれる、という「耳で聴く演奏会」になったわけでありました。

結論から言えば、このコンサート、聴覚障害者の方向けの特別な演奏会というようなものではありませんでした。要は、「日本フィルが各地でやっている(でも、案外、首都圏のメインホールで夜の演奏会で示すことはないような)ファミリーコンサートのノウハウを用いた体験型コンサートに、今時のヴィジュアル系メディアアーティストのゴージャスな映像が絡む」というもの。パイプオルガンの下に細長いスクリーンが設えられ、平土間のいちばん後ろにシュトックハウゼンでも始まるかという勢いでエンジニアさんたちがパソコンやらコントローラー開いて座り、って状況。で、「耳で聴かない」とは、「みんなでいろいろやってみましょう」という意味。正確に言えば「耳で聴くだけではない演奏会」でありましょうな。

なにしろ、楽しいファミリーコンサート定番のルロイ・アンダーソン《タイプライター》は、いつものように打楽器奏者さんが独奏者になるだけじゃなくて、客席にスマホ出すように司会者さん(手話通訳さん付き)が呼びかけ、事前にダウンロードしたタイプライターの音が出るアプリをみんなで起ち上げ、さあそれでじゃんじゃん一緒に叩きましょう、ってさ!あたしゃその時点でもダウンロード出来てなかったんで、ぼーっと眺めているだけでありましたけど。いやはや。

このコンサート、実はいちばんすげえええええと思わされたのは、独奏タイプライター奏者として舞台に上がったメディアアーティストでこのコンサートの仕掛け人みたいな位置付けの落合陽一という方(わしら爺初心者には、あのCIAやモサドの内部事情を全て知ってる世界的ジャーナリスト落合某氏の息子さん、と思え
てしまうのだけど)が、客席に向かって「どんどん写真撮って良いですよ」と仰ったこと。ほれ、こんなん。
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ステージ上にカメラさんが入り、タイプライター叩くところを後ろに大きく映し出したりしてさ。無論、日本フィル打楽器奏者さんを独奏者に本番演奏がされた後には、はい撮影ストップ、という命令が出されましたけど。いやぁ、この日、最も「未来」っぽかったのはこのインスタ向け大サービスの瞬間だったなぁ。

で、その後は、当日プログラムと一緒に配られたサンドペーパーをみんなでジャリジャリ言わせる《サンドペーパー・バレエ》でまた聴衆参加。休憩中には本日大活躍の打楽器陣がロビーに出て来て、クラッピングのサプライズ演奏で聴衆を巻き込む(うううん、ホントに地方ファミリーコンサートのノリだなぁ)。てな調子の聴衆参加型はここまで。後半はCG作家さんが作った映像を流しながらの《動物の謝肉祭》全曲でありましたとさ。

さても、この演奏会、正直、これだけいろんな人やチームが参加してくるイベント系の演奏会だと、いろんな事故は起きるもんですねぇ、と思わされること多々だったわけでありますが、とにもかくにも今時の30代前半、それこそ生まれたら直ぐにケージなんて死んじゃってるし、って世代の方々が「オーケストラ」を相手に何かしようとするとどういうことをしたいと思うのかはよーく判った演奏会でありました。ちなみに客席は、普段に日本フィル定期演奏会でインキネンのシベリウスに心奪われたり、ラザレフ御大のショスタコに熱狂すしているようなお馴染みの顔ぶれは(関係者以外)ほぼ皆無。それはそれでよろしかったのでありましょう。

所謂「クラシック音楽のコンサート」の枠組を実は全然壊すことはなく、今風のテクノロジーを動員してポップスなどの「コンサート」では当然のこととなっている「聴衆の身体性」を少しでも探求してみましょう、ということなのであろーなー、などと夏の暑さですっかり糠味噌になってる前頭葉で考えたりするわけだが…だからなんだ、とトラッドなファンの皆さんに突っ込まれても、そういうもんです、としか言いようがないです。はい。

音楽的に興味深かったのは、パッヘルベル《カノン》の弦楽合奏版がヴィオラパート抜きで演奏されたこと。それから、《動物の謝肉祭》の「白鳥」は独奏チェロと2台ピアノで演奏されたのでありますが、オリジナルで演奏すると、高橋たかこさんが弾いた方のパートってなんか滅茶苦茶勿体ない楽器とピアニストの使い方してるんだなぁ、作曲家はなんかピアニストに悪意でおあったんかい、と思っちゃったとこ。

とにもかくにも、テクノロジーをきっちり使いこなすのはホントに大変なのである、とあらためて当たり前のことをつくづく思わされたものでありましたとさ。願わくば、このいろいろな仕掛け、日本フィルが地方公演やアウトリーチでも使える簡易版というか、テクノロジー簡素化ポータブル版みたいなものが作れて、1回やってみました、ってんじゃなくて、ちゃんとオケの財産となってあちこち持って歩けると良いんですけど。そういうわけにもいかないんでしょうかね。

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