SSブログ

何故『ペンテジレーア』なのか? [現代音楽]

先程、ブリュッセルのモネ劇場でパスカル・デュサパンの歌劇《ペンテジレーア》の世界初演が恙なく終了しました。カーテンコールに応えるデュサパン様。写真左隣のタイトルロールさんは、去る8月にサントリーホールで歌ったのと同じ方です。
022.JPG

ま、文字通り「恙なく」という感じ。会場に混乱もなければ熱狂もない、というのがホントのところ。クライストのドイツ語を今風にあれこれ弄ったリブレットの歌唱に出されるフランス語とオランダ語の字幕が極めて不調で、全11場のうちの第3場くらいだかでオランダ語字幕が完全に死んじゃった、なんて事故はあったものの、まあ、会場にいた地元の聴衆はフランス語字幕があれば何の問題もないのでしょうから、それはそれ、ってね。

ええと、全体で休憩無し1時間半くらいの音楽は、正直言えば、昨年の8月にサントリーホールで委嘱世界初演されたこのオペラからの抜粋の印象と基本的に同じです。低減の蠢きの上に素朴なハープの歌がつま弾かれて始まるプロローグから、同じテーマが戻ってくるエピローグまで、音楽の手数はさほどありません。恐らくは意図的に拾われたアルカイックな音律が支配し、オルフなんぞとはまた違った繊細にして時に暴力的な打楽器の使用など、いかにも「古代ギリシャ」って雰囲気の1時間半であります。

ただ、サントリーでの抜粋と決定的に異なることがひとつありました。客席の彼方此方、3階正面に坐ってたあたくしめの頭の上にもスピーカーが配置されていて、全体にどういう配置になってたかは全然判らないけど、恐らくは平土間を取り巻くようになっていたんでしょう。そのスピーカーからライブエレクトロニクスというよりも、そーですねぇ、ちょっと前のIRCAM系作曲家でお馴染みの音素材があれこれと響くんですわ。

とはいっても、先頃90歳を迎えてパリやシカゴでお祝いが盛んにされているブーレーズの《レポン》みたいな、動いていく電子音にライブの舞台が反応する、なんてもんじゃない。極めて素朴な、「あれ、水の音だぁ、雷の音だぁ」って、素材がハッキリ判る生音にちかいサウンド。それがオーケストラ間奏などで随分と頻繁に使われる。
いちばん印象的だったのは、アキレウスがアマゾネスに射殺されるシーンで、演技としては弓などが出て来てるわけではないんだけど、どうにもハリウッド映画《トロイ》のブラッド・ピットとしか思えぬアキレウスを殺すのは風を切るような音なんですわ。オーケストラはほぼ沈黙しているところに、電子音響としてそういうもんが、かなり微かな音量で流される。

《ルル》ならば主人公がシェーンを撃ち殺すピストルの音のシーン、《ヴォツェック》ならマリーを殺した証拠のナイフを探しに沼に入って主人公が溺死するシーン、そんなところで作曲家が繊細にして最高のオーケストラ総譜を書いてきたところを、デュサパン先生、テープの音響でサラリと処理しちゃったわけです。

なんかちょっと拍子抜け、ってか、えっ、って感じでしたね。

ま、それはそれとして、やっぱりこの作品、90分程の時間を付き合ってみても、当初からの疑問に腑に落ちる答えを見つけることはあたくしめには出来ませんでした。要するに、「なんでクライストの『ペンテジレーア』をやるの?」って疑問。

ぶっちゃけ、これだけのオペラ劇場のリソースと才能、予算を使って、このテーマで新しい作品を作ったのを納得させるのは、ウォールト・ディズニーの物語や、ホロコーストでの悲劇をオペラにするのよりも、百倍もハードルが高くなるのは誰にだって判ってます。そもそもオトマール・シェックが同じクライスト素材で同じ題名の作品を作っていて、ドイツ語圏では稀にながら上演されることもある。同じくらいの長さの古代ギリシャ劇なら、それこそ《エレクトラ》だってあるわけだし、オルフのヘルダーリン版《オイディプス》やら《アンチゴネ》だってあるわけです。そこに割って入るものを出してこないことには、残っていかない。どういう理由であれ初演の舞台に集まった聴衆の9割以上に「何が何だか判らんが凄いもんを眺めてしまった」と思わせなければならない。「そこそこええんでないの」ではダメなんですよ。

その意味では、このデュサパン氏の企てが成功していたかと尋ねられると、正直、やくぺん先生には「ううううん…」としか言いようがないです。少なくとも、「ダメダメな《エレクトラ》やるくらいならこれをやれ」と叫ぶ気には、ちょっとなれないですねぇ。20世紀の終わり頃にパリのバスチーユで見物したっきりのフィリップ・フェネロンの《サランボー》を思い出した、なんて言ったら失礼この上ないんでしょうけど。

いや、音楽そのものは、極めて手堅く、なにより90分というコンパクトさとはいえ、それなりに飽きさせずに聴かせてくれる(繰り返しになりますが、手数そのものは少ないです)、そう悪くはないものです。演出も奇を衒うところはなく、真っ当にまともにやってる(多少、同性愛の要素をアマゾネス、アテネ軍側共にチラリと見せるようなところもあったけれど、それをテーマとして前面に出してクライストの無茶な話を読み替えているわけではありません)。だけど、これだけの大がかりな仕掛けをして「そこそこええんでないの」ってわけにはいかんじゃろ、ってのがオペラという総合芸術のオソロシーところ。

てなわけで、そろそろ荷物詰めをせねばならないので、この瞬間の正直な感想を記しましたです。なお、モネ劇場のサイトでストリーミング放送もあるようなことをプログラムに書いてあったようなんだけど、なんせフランス語とオランダ語なんでちゃんと読めません。またきちんと判ったら記します。

明日はまた大西洋を越え、春にはまだ寒そうなNYに向かう長い長い4月1日です。どうやら東京湾岸の桜は見られそうもないなぁ。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0