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1日早い《十字架上の七つの言葉》 [弦楽四重奏]

2015年のイースターはそこそこ春になってくれそうな日取りなんだけど、北米東海岸は春が遅いんだかなんだか、マンハッタン厄偏庵のフィリピン系コンシェルジェ(なのかな?)にーちゃんによれば、「今年は多分、春がなくていきなり夏になるんじゃないかな」って陽気であります。

ま、なんであれ聖金曜日の前日の木曜日はうらうらと晴れ上がり、イースター休暇の人々が溢れかえるは、周囲のアパートから飼い主さんと出て来た犬が走るは、栗鼠たちがチョロチョロするは、そんな毎度ながらのセントラルパークに午後の日も落ち、メトロポリタン美術館から世界中のお上りさん観光客が追い出された後、正面巨大階段右手横の裏口っぽい扉だけが開けられ、人々が三々五々入っていく。
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そー、本日は今シーズンにメトロポリタン美術館のレジデンシィとして活動しているアタッカQのコンサート、お日柄に合わせ、《十字架上の七つの言葉》が演奏されるのでありまする。開演前のロビー、ってか、通路はこんな。ミイラっぽいでしょ。
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なるほど、いかにもこのシーズン恒例、日曜日になればそれこそ世界中で演奏される楽譜の弦楽四重奏版をちょちょいと弾くのね、と思われることでしょうねぇ。まあ、ある意味、その通りなんだけど、実はそんな、マンハッタンのど真ん中でどっか外れた道を堂々と驀進する我らがアタッカが、そんな当たり障りのないことをする筈がありません。

さても、アタッカQも制作に協力した映画『25年目の弦楽四重奏』でクライマックスに使われ、いきなりソイヤーさんが隠居を発表しブレンターノQのチェロさんにメンバー交代を告げる…てんじゃなくて、なんだけっけ、ま、そんな風にしか思えない最後のシーンで舞台となってるメトロポリタン美術館の通称「マミー・ホール」、ってか、なんて名前だか未だに覚える気もないミイラ展示室の奥にある室内楽もやるオーディトリアムですな、その場所に足を踏み入れると、おやまぁ、ステージ上にはいろんなものが並んでら。
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真ん中に譜面台と椅子が4つあるのは当然だけど、譜面台にはオペラのピットみたいな照明が付いている。んで、舞台後ろには巨大なスクリーン。そして上手下手には、でっかいテレビモニターが各2面づつ配されてます。

解説を読むに、メトロポリタン美術館が山のように所有する受難テーマの美術作品の中から、中世から現代までの難点かを選び、演奏中に投影する。後ろには現代video作家さんの映像作品が流される。そして、この作品の演奏では常に最大の問題となる「受難の瞬間にイエスが十字架上で洩らした各福音書に記された言葉達を、どう処理するか」というところは、様々な時代の福音書のマニュスクリプトからその部分を画面のひとつに投影しその上に英語翻訳を出す、という形で処理をするのでありました。誰かが朗読したりするのではなく、あくまでも文字情報で示される、ということ。
考えようによってはいかにも「メトロポリタン美術館のレジデンシィ」らしいやり方で、なかなか賢いなぁ。古い美術と現代のvideoアート映像を一緒に見せる、その前で弾く、というのだから。

そんなやり方が上手くいっていたかは賛否両論でしょうけど、やくぺん先生とすれば、この演奏会の興味はその部分ではなく、アタッカQが弾く楽譜そのものにありました。なんとなんとこの演奏会、ハイドンが自分で編曲し、一応、オーセンティックなハイドンの弦楽四重奏曲として数えることもある(そのお陰でハイドンの弦楽四重奏は第××番という表記が混乱してしまうことになる)版を使っていません。アタッカQのチェロ奏者アンドリュー君が中心となって、アタッカQ自身が編曲した全く新しい版を用いているのですよ。

え、と思うでしょうねぇ。天下のハイドン先生がご自身で編曲なさった楽譜があるのに、敢えて自分らで新編曲を作る、ってんですから。

さっきから「編曲」って記してますけど、そもそもこの作品はオケ曲として書かれて、それが大成功し、いろんな版が出来ている。ハイドン自身がやった版もあれば、他人がやってハイドン先生がOKを出したものもある。んで、いかにもあれば便利、教会なんかで弾くには最高の編成の弦楽四重奏版もある、ということ。

ところがねぇ、まあ、これはタブーに近い発言だから絶対に口にしてはいけないことなんだろうけど、ハイドン先生のクァルテット版、ぶっちゃけ、なんかへなちょこなんですよ…ああああ、言ってしまったぁ、という感じだぞ。

ハイドンの弦楽四重奏全曲シリーズをマンハッタンでやってるアタッカQとすれば、いずれやらねばならぬ作品なれど、どうにも納得がいかなかったとのこと。で、今回、メトロポリタン美術館のレジデンシィとして大先輩のグァルネリQや先輩パシフィカQが踏んできた舞台でアタッカQが弾くなら、やっぱり納得いくものを弾きたい。で、アンドリューが最も素晴らしい版と信じるオラトリオ版を参考に、ハイドンが弦楽四重奏版にするにあたり外してしまった管楽器の重要な声部を拾ったり、対旋律や和声を充実させた演奏用楽譜を、新たに自分達が弾くだけのために作っちゃった、というわけです。

オーセンティック大流行の今、こんなおっかないことをやっちゃうなんて、こいつらくらいしかこの地球上にいないんじゃないかい。これはわざわざ大洋を越えてでも聴きに行く価値はあるでしょうに。

結果からすれば、このアタッカ版、成功していると思います。アンドリューに拠れば、「ハイドンが書いていない音はない」とのこと。ハイドン自身、弦楽四重奏版をどういう意図で作ったかはともかく、今のプロの演奏家、それもハイドンの弦楽四重奏を良く知った連中であれば、ここは当然こうなっているであろうと思われるような形で充実させた音楽となってました。

この弦楽四重奏版をライブで聴いた経験のある方なら、皆さんお判りでしょ。この曲、あたしらのようなしろーとの凡人とすれば、全曲聴き終わったあとで覚えてるの第1ヴァイオリンのパートばかり。他の声部で記憶に残るは、「私は乾く」のピチカートのぽっつんぽっつんと、あとは最後の大地震くらい。第3曲なんかにはセカンドの素敵なオブリガートがあったりするのに、何故か印象に残らない。それが今回の版では、「ああ、ハイドンの弦楽四重奏曲を聴いたぞ」と思えた。

どこをどう弄ったか、諸々細かいことはこんないーかげんな電子壁新聞で記すわけにもいかないけど、どにもかくにも音を聴きたいという方は、CDがこの日に会わせて世に出ましたので、どこからでも取り寄せて聴いてみてくださいな。「こんなのハイドンじゃねー」と仰る方は、そんなにいらっしゃらないと思いますよ。
http://azica.com/product/attacca-quartethaydnseven-last-words/
ハイドン先生が聴いたら、俺はあれはちゃんとしたファーストがいればあとはどんなアマチュアでも弾ける用にしたんで、全員がプロならこっちでいいじゃん、と仰るんじゃないかしらね。

ちなみに、現時点では出版などに関しては、まだどうするか決めていないそうな。そもそも出版という形で世に出すかどうかも含めて、のようですけど。

以上、手短な事実関係の報告でした。いずれ近いうちに「アッコルド」にアンドリューの立ち話インタビュー全文を掲載する予定です。ちょっとお待ちあれ。

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Eno

アンドリュー版、聴いてみたいです。あの曲は、他の編成に比べて、弦楽四重奏版は、なにか物足りないなあと思っていました。他の方もそう思っていらっしゃるんですね。我が意を得たりです。
by Eno (2015-04-06 13:08) 

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