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三重協奏曲讃 [演奏家]

昨晩は遙々と石川県立音楽堂まで日帰り、オーケストラアンサンブル金沢に客演する葵トリオを久しぶりに拝聴してまいりましたです。
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https://www.oek.jp/event/5239-2

やくぺん先生世を忍ぶ外の人の現役時代の仕事の仕方からすれば、葵トリオさんは「もうこいつらは俺が見る必要はないな」ってポジションに来てるわけで、貧乏な中をシンカンセン乗って金沢くんだりまで出かけて(往路はANA直前マイル使用、有り難くも3000マイルで羽田から小松基地まで運んでいただけましたです)、一昨年暮れだかの名古屋のカセッラなんて「今回聴き逃すともう聴けないぞ」ってもんじゃない、定番中の定番曲をそこまでして聴くこともあるまいに、と呆れんでもないわけじゃが…

とはいえ、なんせピアノ三重奏という形態の団体が、ニッポン国文化圏をベースに「常設」としてこの先四半世紀やら半世紀やらの時間をかけて中堅巨匠へと成熟していこうとしているなんぞ、過去に類例のない壮大な(無謀な、ドンキホーテな!)実験でありまする。なんせ、弦楽四重奏の場合は、それこそ結成から空中分解、はたまた実質上の活動停止など含め、死屍累々の惨状を無数に眺めるのが商売ですけど、ピアノ三重奏は全く始めて。無論、老い先短い爺、その全過程を眺めるなんぞ絶対に出来ないとはわかりきっており、寂しさを感じるなと言われても無理というもの。それでもやっぱり遙々眺めに行ってしまうのは…あああぁこれがニンゲンの業というものであろーかぁ、ううううむ。

もといもとい、老いぼれの繰り言はともかく、若く未来のある葵トリオでありまする。皆々様ご存じのように、葵トリオは2018年秋のミュンヘンARD国際音楽コンクールで行われたピアノ三重奏部門で優勝、実質的にキャリアのスタートを切ったわけでありますな。で、それからもう5年、ヴァイオリンとチェロとピアノが独奏者となるベートーヴェンの三重協奏曲の独奏を担当するユニットとしてオーケストラ・アンサンブル金沢の定期演奏会と名古屋及び大阪ツアーに参加することになった。

って記すと、「だからなんだ」でしょうけどぉ…これ、実はもの凄くレアなことなんですわ。今、日本語文化圏で最も簡単に過去の上演演目の検索が可能な東京文化会館のアーカイヴで「ベートーヴェン 三重協奏曲」と検索してみましょうぞ。1961年からサントリーが出来てメイジャー団体の定期が去っていく21世紀初めまでの40余年だけのデータと考えても、なんとこの作品が上野の舞台で演奏されたのはたった19回。そのうち、所謂著名な「ピアノ三重奏団」がソリストを担当した演奏は、敢えて言えば「イストミン・スターン・ローズ」トリオしかないのであります!これ、なかなか衝撃的な事実でしょ。
https://i.t-bunka.jp/search/result?q=%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%80%80%E4%B8%89%E9%87%8D%E5%8D%94%E5%A5%8F%E6%9B%B2
まあ、一番最初にやってるのが巖本真理&黒沼俊夫&坪田昭三という実質的に巖本真理Qの中心人物ふたり、というのがなんとも味わい深いですけど、70年代の日本ではピアノトリオの代表と信じられていたスーク・トリオも、日本を代表する「中村紘子・海野良夫・堤剛」トリオも、ある時期の日本で唯一の常設に近いトリオ活動をしていたジュピター・トリオも、上野でオケをバックにこの作品を演奏していないようなのですわ。へえええええ…

ま、そんな上演レアな作品を、既に札幌で札幌交響楽団の演奏会でも披露している葵トリオさん、再びの登場なわけであります。

有名なコンクールで勝ったんだから当然だろうに、ってお思いになられてもしかたない。ところがどっこい、それがそれが、またレアな機会なんじゃよ。「世界的に著名なコンクールに優勝すれば、プロアマ含め世界に何千と存在するオーケストラからソリストとしての声がかかる」なんて成功物語、存在するとすればあくまでもピアノやヴァイオリン、チェロなんぞ「ソリスト」という業種が存在している課目での話です。室内楽のコンクールの場合、今年立て続けに開催された大阪、メルボルン、ミュンヘンARD、はたまたバンフ、ボルチアーニ、ボルドー、ロンドンウィグモアホール、などのグランドスラム級大会でぶっちぎりで優勝しようが、世界中のオーケストラから独奏者としての声がかかり引き手数多、なんてことは絶対にないんですわ。

理由は簡単、曲がない、それだけです。特に弦楽四重奏の場合は、所謂オーケストラとやるメイジャーな協奏曲がひとつもない。無論、マニアさんたちからは「シェーンベルクがあるだろーに、マルチヌーやシュポアにだってあるぞぉ」という声は挙がるでしょう。昨今では、アダムスの《アブソリュート・ジェスト》という将来有望な作品も出てきたし、デュサパンにもあるし、努力は続けられている。

でもね、普通の意味での世間の音楽ファンがみんな知ってる作曲家の手になるメイジャーな「室内楽グループとオーケストラのための協奏曲」って、ひとつしかないんです。そー、楽聖ベートーヴェンが元気もりもりになり始める頃にお遺し下さった、「ヴァイオリン、チェロ、ピアノとオーケストラのための三重協奏曲ハ長調」ただ一つ!

作品としては、ピアノが暇すぎる、それに対しチェロが無性に難しい、あれやこれや文句を仰る方もいらっしゃいますが、なんのなんの、ハ短調ピアノ協奏曲やら交響曲第4番くらいには人口に膾炙した、泰西名曲の地位を200年以上保ち続けているわけでありまする。

この作品、何がありがたいかと言って、第1楽章なんぞではそれなりにヴァイオリンもヴィルトゥオーゾっぽいことを見せてくれたりしつつ、なんのかんの最終的には第3楽章で「ピアノトリオ」という形態を聴く楽しみ、敢えて言えば「ピアノ三重奏という音楽のプレゼンテーション」をしっかりしてくれているということ。この作品を聴き、大盛り上がりのアンコールにハイドンの楽しいト長調のジプシー・ロンド楽章やら、昨晩のようにベートーヴェンのピアノ三重奏曲第2番の第4楽章みたいパリバリな音楽を弾けば、会場に座ったピアノ三重奏なんて地味な演奏会を自分から切符買って聴きに行くなんてまずあり得ないであろう多くの聴衆だって、「ああ、すごくカッコいいじゃん、もっと聴いてみたいなぁ」と思っちゃうでしょう。へえ、ピアノトリオって、いいじゃないか、ってね。

葵トリオさんは、この3日のツアーで恐らくは4000人くらいの聴衆に「ピアノトリオ」を聴かせることになるのでしょう。この数字って、オーケストラなどの関係者からすればなんてことない数でしょうけど、昨今の400人のホールでやれれば立派なものという室内楽業界の現状からすれば、10回もの演奏会をやったくらいの数。それも、いつもの顔ぶればかりの狭い室内楽マーケットではなく、広い客層に向けての露出なのですから、もう夢みたいな話です。

幸いにも、葵トリオの演奏は、作品とも相まって、あまりこのジャンルに馴染みのない方々にも「おおおおお」っと思わせるものです。いやぁ、ホントに、ベートーヴェンさんありがとー、ルドルフ大公様ありがとー、シュパンツィックさんありがとー、で御座います。

とはいえ、葵トリオにして次にいつこの作品を弾けるかは判らないそうな。お暇な方は、名古屋大阪へ是非どうぞ。

[追記]

葵トリオのマネージャーさんに拠れば、なんとまぁ、葵トリオさんったら3回の公演のアンコール、全て違う作品を披露したそうな。「常設ってのはこうなんですよ、ってアピールです」とのこと。葵トリオさんとしても、この作品はピアノ三重奏団として取り組み、深めるに値するポテンシャルがあると仰ってるそうで、それこそライフワークとして取り組む気満々だそーな。さても、どこまで深められるか。各シーズンに1回くらいは演奏する、なんて繰り返せれば、全体未聞なんじゃないかな。

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