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レトロ映画館で《ラインの黄金》を眺める [たびの空]

もうこれは事実なんだから仕方ないけど、キューシュー島は「オペラ」は不毛の地なのであーる。

恐らく、20世紀初頭の白系ロシア人のカンパニーの帝劇公演に始まる「外国オペラ団日本公演」の歴史にあって、「大分県民オペラ」など老舗の市民オペラのカンパニーは長く活動している地域だし、昭和音大のオペラデータベースを眺めてもキューシュー島では福岡県396回、大分県176回、熊本県173回、鹿児島県166回、長崎133回、宮崎103回、佐賀50回、というオペラ舞台上演の記録はあり、《カルメン》なり《魔笛》なり《ボエーム》なり《蝶々さん》なり《夕鶴》なり《吉四六昇天》などはそれなりに上演されているようですがぁ、シュトラウスは《薔薇の騎士》と《サロメ》のみ、ヴァーグナーは福岡と大分で《オランダ人》と83年のまだ東のリンデン・オパー福岡公演で《タンホイザー》(スィトナー御大じゃなく、ジークフリート・クルツじゃないかな、指揮は)が演奏されているだけ。失礼ながら、福岡で《ポギーとベス》舞台上演が行われているのはちょっとビックリでしたけど。

以上、昭和音大さんのデータベースを信用する限り、やはりキューシュー島はヴァーグナー不毛の地であることは否定出来ないようでございまする。ましてや《リング》となれば、いちばん近くで見物出来たのは昨年秋、福岡板付空港からヒョイっと海峡跨ぐこと45分くらいのフライト、大阪よりも遙かに近い大邱の空港から路線バス乗って15分、大邱オペラハウスでのマンハイム歌劇場のプロダクション全曲上演だったわけでありますな。その前も、ソウルでゲルギーがやってたりとか、未完ながらいくつかプロダクションがあった。上海では万博のときのシュタンツ様指揮ケルンのプロダクション、ついこの前には西側で稼げなくなったゲルギーとその仲間達がソウルや東京でやったプロダクションの映像強化改定版を上海大劇院やらでやったばかり。ま、考えてみればニッポン列島でも《リング》全曲舞台上演って、あちこちでやってそうなんだけど実は首都圏は上野と初台、それに最後はコロナで一般公開がなかったびわ湖沼尻くらいしかないんですよねぇ。

というわけで、キューシュー島にだって生息して居るであろーヴァーグナー重症患者の方とすれば、中州の映画館でコヴェントガーデンの最新演出《リング》第1弾として《ラインの黄金》がかかるとなれば、これはもうボーッとしているわけにはいかんのでありましょうぞ。やくぺん先生程度の耐ヴァーグナー根性無しの甘っちょろい輩としても、せめてシーズンにひとつくらいはヴォータンの悪巧みと失敗の喜劇(ファーゾルとが殺されるから、悲劇なのかな?)を眺めないとカンが鈍ってしまうなぁ、と思っていたんで、どうせ夜に長崎に行かにゃならんので、朝10時に福岡は中州の上映館に向かい、初日を眺めてみるべぇか、と夜明けまでまだ数時間もある温泉県盆地JR駅朝5時半過ぎの大分行き久大線始発に乗り込んだのであったぁ。なんせ、久留米方面に向かう始発では福岡地下鉄中洲川端駅到着が上映開始3分前ということなんで、冒頭コントラバスが鳴り始める前に席に着くにはこれしか方法がない田舎なのじゃよ、うううむ。

※※※

とにもかくにも9時過ぎに朝の活気溢れる、はたまたインバウンド溢れる博多駅に到着、名物1,2番線の駅ラーメンではなく、3,4番線の駅立ち食い饂飩に向かいキューシュー島ローカルフードの頂点に立つ牛蒡天饂飩を食し、地下鉄で中洲川端に向かうのじゃ。
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1番出口を出れば目の前は福岡に残る最後の老舗名画座「大洋映画劇場」のチケット売り場、橋を渡った向こうには福岡アクロスが聳えておるではないかぁ。

この一部福岡映画愛好家さんには最後の聖域だったらしい名画座、時の流れに抗することも能わず、この年度末には建て替えのために閉館とのこと。
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嘆き悲しむ声はあちこちにあがっているようじゃが
https://rkb.jp/contents/202309/202309017699/
博多駅にも立派な今時のシネコンがあるみたいだし、福岡麻生帝国中枢たる大都会のくせに車利用に関しては妙に田舎な感覚で、首都圏では「コンビニに駐車場が付帯するようになるとトーキョーの皮を被った田舎」という定義もあるわけじゃが、その物差しを当てれば福岡博多はみんな田舎じゃわい。映画館にまともな駐車場がなくては、家族連れなど誰も気や選者路。ましてやこの規模
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100人以下の小規模な箱ふたつと、都会とすればギリギリのメイン劇場という大きさでは、今やシネコンの隅っこに間借りさせて貰ってるマニア専門特殊アニメ上演スペース程度じゃわのぉ。

この劇場、新帝都都心部では別フランチャイズで上映されているメト・ライヴとコヴェントガーデンのライヴが同じ箱でかかっているらしく、どうやら昨日までは一部ロマン派オペラ愛好家さん中心に異常な程の盛りあがりを見せていたメトの《Dead Man Walking》がかかっていたようで
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失礼ながらアメリカ20世紀オペラの本格ステージ上演は後にも先にも《ポギーとベス》一度きり、ヴァーグナー大作は《タンホイザー》のみというキューシュー島のファンとすれば、もう文字通りの聖地としか言い様がない場所。4月以降、どーするんでしょーねぇ…

で、ともかくこのホールじゃな、と確認し
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上映ルームに入ると、こんなん。今時のSNSの風潮に従って敢えてピンボケじゃわい。
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昨晩、ネットで切符を購入した時点ではやくぺん先生含め2席しか売れておらんじゃったが、まあ、両手ほどの客はおるようじゃの。一安心、なんじゃか…

かくて10時にヴァーグナー眺めたい熱心な善男善女(老、ばかりじゃが)の前で、まずは元気なおねーさんが舞台裏でなんのかんの作品解説をし、パッパーノ御大と演出家さんが対談する様子が延々と15分以上流される。なんと、演出家さん、壮大なネタバレをなさってるんじゃが、ええんかいなぁ。ま、この発言がないと、「最初から最後まで出ずっぱりの全裸の老女はなんなんだ?」と頭に疑問符飛ばしっぱなしで気になって仕方ない方もおるじゃろうから、こういうもんなんかのぉ。

舞台は良くも悪くもかなり細かい演技が要求されるもので、特にローゲなんぞは歌って踊ってとは言わぬが、アクティング・シンガーとし極めて高いものが必要。代役全く無理、って今時の舞台ですわ。昨今の映像多様のハッタリこけおどしおとぎ話視角化ではなく、がっつり「演劇」で、果たしてこれ、コヴェントガーデンの天井桟敷で眺めて判るんじゃろか、と心配になるくらいの細かさ。

とはいえ、演出家が細かく作り込んでいけば行くほど、いろんなところのポッカリガッツリ空いた穴が目立ってしまうのがヴァーグナーの困ったところでもあるわけでぇ…ひとつの方向に向けてしっかり筋を通したが故の突っ込み所も満載ではありました。ま、それが《ラインの黄金》を眺める楽しさでもあるんだけどね。

映画館で眺める際の最も困るところは、果たしてこのオケと声のバランスとか、ほとにそうなのかなぁ、という気持ちが抜けない事です。特にヴォータンが出たとこ勝負でしか者を考えてない困った社長から、なにやら妙に諦観した重厚なご隠居になっていくエルダ(問題の全裸の老夫人)との絡みから指輪を諦める辺り、ホントにこのバランスでヴォータンの声が聴こえるのかね、と心配になるなぁ。ま、この作品の舞台ライヴ上演で最大の問題になる最後のラインの乙女達の訴えの部分、舞台上ではお気楽神様たちがバタバタと虹の橋を渡っていく騒々しい音がしているのに、オーケストラは何故かスカスカで無駄なほど並ぶハープがパラパラ頑張っているだけ、というあらゆるメイジャー舞台作品中でも最もバランスが難しい、というか、ぶっ壊れている箇所の処理など、映画で見せてくれた方が気にならんでいいかもなぁ、なーんて思ったりして。

正直、この演出で《ヴァルキューレ》以降を絶対に観たいぞ、とは余り思わない、《ラインの黄金》としてはなかなかまともで頑張ってるじゃないか、というものでありました。

終わるとも昼過ぎ、名画座から出るなら、小さなエレベーターに並ぶよりも、ぐるりぐるりとレトロな階段を歩いて下りましょ。
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チケット売り場で「10回眺めると1回タダ」という会員カードを「3月までなんですけど、要りますか」と尋ねられたのをハイハイといただいたこともあり、たまたま翌日に福岡板付からシンガポールに向かう便が盆地からでは始発でも間に合わんので福岡カプセルホテル前泊にしてあるから、丁度上映しているらしいメトの《マルコムX》くらいは眺めに参りましょうかね。

それにしても福岡のヴァーグナーマニアさんたち、《ヴァルキューレ》以降はどこで観られるんじゃろかね?

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