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「全曲演奏会」大流行 [音楽業界]

さてもいよいよ金曜日から東京は溜池で始まる短期集中ベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲連続演奏会のために、ヘンシェルQが成田に到着したとのこと。2週間の実質上の溜池ミニレジデンシィの間に、でっかい地震がないことをお祈りしましょう。ミュンヘンのご主人や子供たち、アウグスブルクやベルリンの奥さんに心配をかけたくはないもんね。

ひとつの団体が挑むベートーヴェン弦楽四重奏全曲短期集中演奏会、意外にも、日本でドイツ系の団体がやるのは2度目だそうな。ほんの20年前にメロスQが、やっぱりサントリーの小ホールでやってるのがドイツ系団体チクルスの最初。これ、どうもクローズドの演奏会に近いものだったのか、殆ど記録が残っていません。小生も行った記憶が全然ない。

それ以降のヨーロッパの団体による集中チクルスは、今思えば閑散としていた最初のラ・フォル・ジュルネでイザイQがやってるのがその次で、それのみ。後期なんかは1曲で1コンサートだったなぁ。結果として、多分、全曲聴くには今回のヘンシェルQをセット券で買うよりも高くなった筈。ま、そういう考えでやったイベントではなかったとはいえ、全曲聴いた方って、どれくらいいらっしゃるのかしら。俺は全部制覇したぞ、って方、手を挙げて下さぁい…別になにもさし上げませんけどね。

いやいや短期集中の全曲演奏会なら昔からいくつもの団体がやってるよ、ジュリアードQ、グァルネリQ、クリーブランドQ、フェルメールQ…って仰るでしょうねぇ。シーズンを跨いでだと、最近では上海Qもやってる。
誠にその通り。でも、お気づきでしょ。そー、どれもがアメリカ系団体なんですわ。マリカル解散から80年代終わりまで日本では絶大な人気を誇ったチェコ系の団体も、来日時に全部まとめて一カ所で演奏しちゃうという短期集中のベートーヴェン全曲演奏会というやり方はしていない(筈です。そうじゃない例があったら教えて下さい)。
オーケストラと違って、弦楽四重奏団というのは年間のレパートリーは実はそれほどありません。気楽にロースターにゴッソリ書いてる団体もあるけど、「じゃあこれやって」と頼むと、「いや、それはメニューに書いてあるけど今年はやってません」なんて平気で言ってくる。ベートーヴェンの全曲を1シーズンのレパートリーにホントに載せている団体は、ほぼ皆無なのが普通でした。

てなわけで、ヨーロッパには「1週間くらいでベートーヴェン全曲やってくれ」なんて無茶に応えられる団体がいなかった。それに、日本公演のシステムも、ひとつ都市に滞在して演奏を続けるというやり方ではなく、2つくらいのプログラムで日本全国を巡回公演する、というやり方が基本だった。だって、ひとつ都市でまとまって5公演もの切符を売るなんて、プロモーター的には絶対に不可能。あり得ない売り方ですからね。

全曲演奏会という発想は、鑑賞団体や音楽事務所が高コスト低リターンな室内楽から手を引き、メセナで演奏会を製作するホール付きセクションが力を持ち始めてから生まれてきたものなのであります。
ホールがコストの高い高名な室内楽団対を自分で招聘してしまった。地方主催者に売りたくてもホールは音楽事務所ではないので販路がない。じゃあ、しょうがないから自分のホールでいっぱい弾いて貰いましょうか。でも、同じ演目を4回も5回も打ったところで、東京圏ですら数百人しかいない(今も昔も)コアな室内楽ファンが何度も来てくれるわけではない。それならばいっそのこと、特定作曲家の全曲チクルスやって、どかんとぶち上げてみるか、その方が広報も楽だしさ…ってわけ。

ヨーロッパ系有名団体は日本に音楽事務所がしっかりあり、来日公演のシステムが出来上がっていた。それならば、と後発のホール付き製作プロデューサーは、なぜか日本には殆ど訪れておらず、大きな事務所に所属していなかったアメリカの高名団体に頼ることになる(理由ははっきりしていて、T先生やO先生などの室内楽担当大御所評論家先生たちがアメリカの室内楽が嫌いで褒めなかったから切符が売れない、でもギャラはがっつり高い)。彼らは「プロ」という意味ではヨーロッパ以上にプロの室内楽奏者なので、無茶な挑戦に燃えてくれた。
てなわけで、ぶっちゃけ、カザルスホールのオープン以降、日本ではアメリカ系団体のベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏会が繰り返されることになったわけであります。世界的には特異現象です。

興味深いことに、この「全曲演奏会」がヨーロッパに逆輸入されつつある。ってか、最近になって、そうなった。どうしてそうなったか、ぐだぐた喋り始めるとまた長くなるから今日はやりません。でも、ともかく、現実として、そうなってる。数シーズン前までは「今、ベートーヴェンやりたくてもアルテミスQがチクルスやってるから出来ないんだ」などと残念そうにしていた連中が、今や平気でシーズンをベートーヴェンばかりで埋め尽くしたりしてる。
今シーズン、セカンドが変わったベルチャQがベートーヴェンばかり。もっとビックリなのは、来シーズンからの2シーズンをほぼ全てベートーヴェンで埋めてしまったハーゲンQ。ハーゲンQはシュワルツェンベルクのシューベルティアーデとカーネギーホールで短期集中のベートーヴェン全曲演奏を行う予定(日本でも、流石に一度にというわけにはいかなかったようだが、トッパンさんで2シーズンに分けて全曲演奏を敢行します)。これって、もの凄く珍しいんだけど、東京では全然そうは思えないのがオソロシー!

蛇足ながら、今年のシュワルツェンベルクの夏のシューベルティアーデでは、カザルスQがシューベルトの弦楽四重奏全曲を短期集中的に演奏します。若い頃の作品もやります。やっぱりヨーロッパでも全曲演奏会が流行しているとしか言いようがないぞ。

金曜日からベートーヴェン・チクルスに挑むヘンシェルQは、ヨーロッパの団体としては珍しく、10年ほど前にコペンハーゲンのチボリ公園にあるホールでベートーヴェンの短期集中全曲演奏をやって大反響だったとのこと(デンマークで、ましてや室内楽ですから、日本の音楽メディアは伝えた筈もありませんが)。今回のサントリー室内楽庭ミニレジデンシィ、レコード会社などの世界的な広報をバックにした普通の意味での「著名団体」ではなく、日本では大阪国際優勝以来地道な活動をしてきた文字通りの実力派の抜擢となったのは、そんな実績を主催者側がチェックしたからでもあるそうな。
今回の東京チクルスを前に、4月と5月にドイツの地方都市でベートーヴェン全曲サイクルを2回だかやってきたそうです。なんてこった、ドイツ人が本気になるとコワイぞ。北京でもやる方向で話しが進んでるとか。無論、実現したら、短期集中では中国初になる(全曲完奏は、数シーズンがかりで上海Qが数年前に上海で終えました)。

さても、皆様、金曜からは溜池にどうぞ。金曜はドイツ系弦楽四重奏団(Qアルモニコも、敢えて言えば「ドイツ系」だもんね)が関東地区で4つ並ぶという困っちゃう日なので、初日はダメという方も多いでしょう。でも、まだまだ先がありますから、是非どうぞ。

蛇足の蛇足。明日の水曜日、上野の文化小ホールでは日本の若手中堅実力者が集まって、これまたありそうでない「シューマンのピアノ三重奏曲全曲演奏会」があります。これも行かねばっ!さあ、室内楽の月がやってきた!もー原稿なんてやってられないぞ。

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