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さらば佃二丁目町会 [葛飾慕情]

30年くらい前、母親に追い出されるように葛飾の実家を出て以来、戻ることがあるなんぞ、思ってもみなかった。

天樹がやっと低層マンションと同じくらいの高さになり、まだ両国の病院の窓から見えない頃に母親が死に、すっかり伸びきった天樹を病室の反対側の窓から眺めながら、元気になったらあれに登ろうね、なんて妹が父親に言っていた言葉が実現しないままに、父親が死んだ。育っていく姿が眺められる場所に住む者達にとって、天樹の途中には「時」を穿った傷が付いている。

そして、あたしゃ、大川と大江戸川とに挟まれた低湿地の新開地に、戻らねばならぬ。冬の真っ最中から、旧佃厄偏庵(=現佃オフィス)の歴史・思想・文学・旧約聖書学などのライブラリーは葛飾厄偏庵に移動済が完了。音楽と美術関係はまだ全て残してありますので、必要ならば以前通りにご利用あれ。ただし、震度3を越えると何が起きるか判りませんけどね。

来る日曜日、定例の佃二丁目町会の年次総会で、ほっておいたら「広報役員やくぺん君」などと書かれた紙を渡されてしまう。もう佃住民ではなくなるので、残念ながら、そんな役職いただくわけにはいきません。母が死ぬ直前くらいに「町会」という伝統と格式の地域コミュニティに引っ張り込んでくれた前佃厄偏庵隣のご隠居兄いが没し、町会とのコミュニケーションの取り方がいまひとつ判らなくなって、なんとなく半端な感じになっていたのだけど、とうとう、これでホントに「さらば佃二丁目町会」です。

総会の前に、薬屋さんの町会長と並びの牛乳屋さんの副会長には、ちゃんとご挨拶をせねばならぬ。佃の手土産は世界中どこに行っても「佃煮」で済んだんだけど、葛飾なんてとこは名物のひとつもなく、困るなぁ…と思ったら、どうやら世間はこの新開地を「下町」なんてとんだ誤解をしてくれているらしく、名物もあるらしい。そー、葛飾厄偏庵から中川放水路越え、都鳥鳴く川辺から国府台の丘を見晴るかす東京東の郊外、柴又土手の緑が薫る草団子。あの「寅さん」の実家のモデルになった、帝釈天参道の入りっぱたにある団子屋さんの定番商品。

てなわけで、溜池の室内楽庭の午前と夜の部の間に抜けだし、はるばる柴又まで行ってみましょ。京成電車を高砂で乗り換え、おいおいいつからこんなことになっちゃったんだ、高架の単線ホームから金町との間を2編成の車両が行ったり来たりしてるだけのウルトラ・ローカル線、京成金町線に乗車。おやおや、こんな呆れたラッピングカーがやってきた。
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もう一編成は、「寅さん博物館」のキャラクターがベタベタ張られておりました。

この列車に乗るのは何年ぶりやら。四半世紀ぶりくらいかな、少なくとも今世紀になってからは初めてだぞ。北総鉄道と京成本線の分岐点を高みから眺めつつダラダラと単線の高架区間を下り、柴又駅まではまた複線になる(でも、先は金町までまた単線です)。柴又駅前には戯けたことに「寅さんの像」なんぞが立っており、観光客に媚びを売ってら。ま、媚びはタダだからいくらでも売ってくれたまえ。帝釈天に向かえば、そこはアッと驚く立派な観光地。梅雨入り前の初夏の光の中を、善男善女が江戸川端の方へと歩いてく。あたくしめは、さっさと用事を済ませましょうと、目的の団子屋で草団子なんぞを買い込み(自分のための醤油団子も買うです、もちろんね)、さっさと駅に引き返す。
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川陣の焼き魚や鰻やら、いつもトントン音を立て飴を切ってる飴屋の袋なんて、見向きもしない。もうそんなもの、あたしゃあ、要らぬ。四半世紀前に一生分食い終わったわい。草団子だってそう。親父が会合で余してお土産にもってきた川陣の折なんぞ、旨いと思ったことがない。今になって、そんなもんたちを懐かしいなんて思ってたまるか。

金町から折り返してきた同じ車両で高砂まで戻り、乗り換える。柴又駅から上野駅へ直通する各駅停車は、もう運転できなくなってしまった。寅さんは、日本式ボストンバックを抱え、自動改札を抜けて京成本線の改札口へと向かわねばならぬ。ええい、めんどーだねぇ。なんだい、あの煙突より高いもんは、あんた、あれ、醜いと思わないかい。

柴又駅のホームに、こんなポスターが貼ってある。
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これからは、こういうものを眺め、追いかけるのだろうか。

柴又帝釈天の参道の向こう、東京の東にほんの数十メートルだけ郊外がある。ってか、東京の東に、郊外は土手から野菊の渡しまでしかない。わしゃ、ホントにここで生きるのか?ってか、ここで死ぬのか?

「寅さんの実家のモデルになったお店の名物です。足が早いので直ぐにお食べになってください。」そう言いながら草団子を渡したら、親父と同じ歳で現役薬剤師の佃二丁目町会長はとぉっても喜んでくださりながら、「寂しいねぇ、若い人がまたいなくなって」と繰り返す。

若い人、なんですよ。まだね。いやはや…

さらば、佃町会。いろいろ勉強させていただきました。皆さんと出会わなかったら、生涯、御輿の重みを肩に感じることなどなかったろう。

夏が来て 八角巡る 他所の街

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コメント 2

上野のおぢさん

先生、佃もいいところですが、柴又もよいです。先生は、グローバルに活動なさっておられるので、青砥の葛飾シンフォニーヒルズあたりで午後7時45分くらいに開始する室内楽でも企画してください。区役所が絡むと難しいかもしれませんが。サラリーマンは惨めで午後7時には間に合わないことが多くて・・・・

景気後退がどんどん進行すると、クラシック演奏団体の来日も減少したり、質が低下するともあるかもしれません。あの、1時間細切れのラ・フォル・ジュルネだって当初よりチケット代金が500円から1000円高くなった気がします。(せこい話ですみません。)かえって、国内の演奏団体の安い席で一回のコンサートを楽しんだ方が、良いくらいです。
(足立、葛飾の地元のアマオケ、吹奏楽団の運営について、いろいろ雑音も多いし・・・)
葛飾の先生に期待します。

by 上野のおぢさん (2012-06-11 08:05) 

Yakupen

上野のおぢさん様

実は、葛飾は藝大から1本ということもあり、案外と若い演奏家が住んでます。まあ、どうなんでしょうねぇ、基本的には「上野の郊外」ってことなんでしょうけど。錦糸町までスカイツリー足元を通るバスで乗り換え無しで行けるのはビックリしました。

なんせエアコンがちゃんとない古い家なもので、夏場にはまともに暮らせるかどうか判らず、数年は佃と葛飾を行ったり来たり。ま、利点は、成田朝7時の飛行機でも大丈夫、ってことです。実は空港利用のベースとしては意外に使いやすい場所。成田がそれこそガトウィックとかみたいな使われ方がするよういなれば便利なんですけどねぇ。さて、働かねば。
by Yakupen (2012-06-11 10:40) 

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