SSブログ

異常なまでにバランスの良い「兵士たち」 [現代音楽]

昨晩、ザルツブルク音楽祭がスカラ座と共同制作した新演出のツィンマーマン「兵士たち」、最終公演が終わりました。なにも知らない微笑ましいお上りさんのふりをして撮影した、終演後の拍手喝采に応える出演者たち。
029.jpg
会場には皆様お馴染みの音楽評論家東条さんもいらしてたので、あちらのブログにいろいろご感想が出るでしょうから、あたしゃ、メモ程度にちょっとだけ。

ええと、意外にも、あれだけ切符が余っているといわれていたのに、お客さんはいっぱいいました。まあ、ザルツに来て、音楽祭やってて、ええ今日のヴィーンフィルが出るオペラの切符があるの、€300なら日本で観るよりもお安いじゃない、いきましょいきましょ(各国文化対応)、って感じの方もいっぱいいたんでしょうね。中身がどんなもんであれ、いつものように滅茶苦茶着飾った正装の方々がいっぱい。グレージャケットが定番の東条さんの黒ジャケット姿、初めてみたかも。

会場のフェルゼンライトシューレというのは、日本でも盛んにNHKがいろんなオペラの放送をやってますし、何よりも映画「サウンド・オヴ・ミュージック」で栄光のオーストリア海軍士官(いつもギャクとしか思えぬのだよなぁ、事実なんだろうが)キャプテン・トラップの一家が亡命直前の演奏会やった場所だし、皆さんご存じだと思いますけど、ともかく舞台が横にやたらと長くて、ピットが舞台の3分の2くらいしかない。で、岩盤をくりぬいた舞台の後ろは3階建てになってて、ピット直ぐ上のメイン舞台は猛烈に狭くて細長い。奇妙この上ない空間です。

「兵士たち」というオペラの演出では、複数空間でいろんなことが起きるのをどう処理するかが問題になるのだけど、この会場はそんなのなんの問題もない。だって、正面1階舞台の上手と下手だけでも、まるで別の空間になり得る。階を違えれば完璧に別空間になる。それよりも、この演出を間口の広さが3分の1くらいにしか思えぬスカラ座に持っていって大丈夫なの、って心配になるくらいでした。

ト書きに「昨日、今日、明日が舞台」なんて、いかにもこの作曲家らしいことが書いてあるんで、意匠や時代設定はどうにでもなるわけだが、今回の舞台は1920年代くらいかなぁ、に設定してあります。現代に設定した方が衣装の調達なんか楽なんだろうが、流石ザルツブルク、そんなドイツの地方歌劇場みたいなケチはしません。この時代に設定した理由は、ナチズムに向かう時代を暗示した、なんて思いそうだが、そーじゃないですな。舞台の後ろに写真が発明されてしばらくした頃にヨーロッパに山のように出回った初期のポルノ写真が、次々と映し出されるのですわ。絡みはなかったけど、女性器丸出しはいくらでもあったんで、NHKがBSで放送するとかなったら、冗談じゃなくモザイクがかかりそうなものもいっぱいあった(26日の上演をZDFが収録したそうなんで、恐らく、パッケージで映像が出てくるんでしょう)。その写真の時代に合わせた、って感じでしたね。

兵士たちの頭の中の欲望をまんま示したみたいなポルノ映像が投影されるんだけど、この作品の上演で屡々問題になるフィルム映像による登場人物の心情吐露やら、軍隊の非人間性やらの表現は、まるでありませんでした。ぶっちゃけ、いろんなことを細かくやってるんだけど、もの凄く正攻法の、ドイツ語圏シャウシュピールハウスで上演されるまともな演劇の演出みたいなものです。枠組みや設定に奇をてらったところは全然ありません。

いちばん面白かったのは、堅気の恋人を振って職業軍人に走って堕落していく主人公マリーが、そんな生活はもうやめろと伯爵夫人から説得される第3幕。このとき、マリーは誰の子か知らぬがお腹が大きくなってます。あれぇ、いつあんなことになったんだ、と思ってると、伯爵夫人のお説教の間にマリーは又を大きく開いて、上っ張りの下に手を突っ込み、下腹部から藁をぐずぐずと引き出してる。マリーが男と交わるときは、電話ボックスみたいなものののなかで藁まみれになってやってたんだけど、その藁を腹の中に入れていたわけです。それをズルズルとつかみ出し、二段ベッドの上に座って、延々と垂らしていく。誰がどう見ても、マリーは自分の手で堕胎してる。で、説得を拒否したマリーに、伯爵夫人が最後に「可哀想な子」と吐き捨て去って行く瞬間、伯爵夫人はマリーではなくて、腹から掻き出された藁の山に向けてその言葉を呟くわけですわ。これ、かなり細かい演出なんだけど、凄くインパクトありましたね。ああ、彼女が哀れんでるのはマリーという「今日」じゃなく、「明日」に対してなんだなぁ、って。

もうひとつ。街娼から物乞いにまで落ちぶれたマリーが父親に会うが父は娘と認知できない、という大詰めの泣かせのシーン。その直前に、乱暴狼藉し放題だった兵士たちはみんなどういうわけか死んじゃってて、舞台に遺体となって転がってる。だから、最後の部分はマリーが生きてるだけで、特別な動きはなにもありません。演出家さんが最後になにをやらかすか期待していると、ちょっと肩すかし。

全体に、「軍隊という組織が持つ非人間性と暴力性」という抽象的なテーマは表に出されず、「ひとりの美人でナイスバディなバカ女が、軍人なんてしょーもない連中にひっかかって、性的ななぶりものにされて落ちぶれる」って話になってます。敢えて言えば、「私はなぜ従軍慰安婦になったか」という話です。眺めていて、新国立劇場と韓国国立オペラでこの作品を共同制作し、初台とソウルで上演するような時代がやってくるのであろーか、なんて思ってました。

そんなこんなの演出だけど、特筆すべきはやっぱり音楽でした。なによりもあの「ゲンダイオンガク」の暴力性を徹底的に表現し尽くした無慈悲な譜面が、異常なまでにバランス良く鳴っていたのは驚き。初台で数年前に聴いたのはなんだったんだ、と哀しくなる程であります(この作品と良い、あの悪名高い「ルル」といい、新国立劇場は監督さんが勢い込んでこういうタイプの作品をやってもことごとく失敗し、上演した努力以外の褒める箇所がない黒歴史のページへと送り込んでるわなぁ)。まるでエンジニアがきっちり弄った録音を完璧な装置で聴くみたい。オルガンやら、打楽器やら、ハープやギターやチェンバロやら、どう考えてもバランスがおかしくなりそうな楽器を含め、きっちりした枠に収め、暴れるところは大暴れをさせている。あのフェルゼンライトシューレが広すぎない、丁度良い音響環境になっていた。やはりメッツマッハー御大、只者じゃあありません。NJPさん、凄い才能の人を取っちゃったんだから、大事にしてね。

それにしてもヴィーンフィルさん、世代交代が進んだのか、こういうの平気でやってそれっぽい音を出すようになりましたねぇ。まあ、このオケでメシアン録音してる指揮者さんと一緒の仕事だもんな。

以上、ともかく、眺めてきました、というご報告でした。観たい人は、多分、来シーズンにスカラ座で出るでしょうし、全然切符は売れないでしょうから、ミラノまで行って下さい。冗談じゃなく、何度かみないと判らない部分もあるので、なんか用事をくっつけてまた行こうかと思わんでもないです。ただ、スカラ座のオケなぁ…うううん。

nice!(0)  コメント(2)  トラックバック(1) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 2

北

オーストリア海軍につきましては、富士重工「世界の傑作機カレンダー」のまさに今、2012年7,8月に同じネタがでてます(LOHNER Type Te)。マッキがらみのエピソードもぬかりない鳥養鶴雄氏解説。オーストリアからミラノへ、というのは偶然の一致ですね。


メッツマッハーはプログラムで三題噺をつくれる人、とシロートなりに思ってます。たしかバッハーシェーンベルクーブラームスのコンサートで、最後の第一交響曲を「音色の扱いにおいて『新しい音楽』である」というアプローチでやってんだな、と思った瞬間、信者(笑)になりました。
聴くことに正解はないのでしょうが、そう思いこませてくれる人ってのは大事にしなきゃね、と思います。


暴力性とバランス、といえば、サントリーホールで月曜にやった「ホロス」もきちんと整理された演奏でした。興奮はしないけど、興奮と縁が切れてはじめて、なにか見えてくるのかも…と、聴き終わって時間がたったほうが印象が増殖するような演奏でした。

失礼しました。
by 北 (2012-08-29 22:28) 

Yakupen

北様

的確な突っ込み、有り難うございます。こんなどーでもいー作文でも、する気が出ます。トラップ大佐はやっぱりトリエステ勤務なんですかね。

メッツマッハーは、果たしてこれだけの人が今の予算や企画規模のNJPにどれだけいてくれるのか、ちょっと心配になるくらい。せめて在位期間にノーノの「プロメテオ」とか、せめて「兵士たち」交響曲でいいから、やって欲しいですよねぇ。

それにしても今回の演奏を聴いてつくづく思ったのは、若杉監督には申し訳ないが、やっぱりもうあの頃の若杉さん、指揮したい気持ちは分かるけど、誰かちゃんとこの作品を処理できる人に譲るべきだったんじゃないかしらねぇ、ってこと。結果として指揮者の気持ち先行になり、初台の御上天下りトップの方々に「こういう訳の分からない現代オペラは音楽監督がやりたがっても人が入らない」という抜けがたい意識を植え付けちゃっただけなんだから。
その意味では、松本の小澤氏みたいに批判が全部自分に跳ね返ってくる民間のやり方じゃなく、御上に監督として傭われるというやり方をずっとしてきた若杉氏の限界だったのかなぁ、なんて。大野氏には同じ道を歩んで欲しくないものです。

なんかヤバイ感想になってきたので、これまで。サントリーの名曲選、いきたかったなぁ。いいなぁ。

by Yakupen (2012-08-30 19:34) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 1