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ジャパニメーション監督の「ラインの黄金」 [音楽業界]

今、WOWOWでルパージュの「リング」メイキングを放送している真っ最中ではありますが、本日昼に「ラインの黄金」を見物して参りました。午後1時開演なんて、まるでメトの土曜日みたいだなぁ。

果たして話題になっているのか、数年前からなぜか三ノ輪橋の近く、都電荒川線が裏を走る荒川区役所隣のサンパール荒川を拠点に活動を始めた若いオペラ・カンパニー、「あらかわバイロイト」という、ちょっとキーボードを打つ手が止まってしまうようなベタな、というか、勢いの良さと意欲のストレートさに怯んでしまう名前の団体のプロダクションです。
http://www.tiaa-jp.com/tiaa_opera/DasRheingold2012/index.html
そもそも会場は1000席くらい、オーケストラも既存オケを使うんじゃなくて上演ごとに結成しているようで、本日も第1ヴァイオリン10人は良いとして、コントラバスは3本だし、なによりも「ラインの黄金」のスコアを眺めれば誰でも目を剥くハープ6台+ステージ上に1台なんて無茶な要求を1台のハープで処理するわけですから、まあ、ヨーロッパの地方の歌劇場(日本では地方歌劇場扱いされちゃうシュトゥットガルトとかエッセンとかじゃなくて、それこそマルデブルクとかロストックとかブラウンシュバイクとか、リングをやるギリギリの規模の劇場ですね)での上演に近い。これできっちり「ラインの黄金」がそれらしく出来るなら、正に荒川区に相応しいオペラの在り方であると言えるわけですわ。

某業界関係者さん大絶賛の指揮者にして音楽監督クリスティアン・ハンマー氏や、歌手さんたちについては、ここでは触れません。ただ、ハンマー氏、この規模のオケでヴァーグナーをやるノウハウに習熟した叩き上げマエストロでありますな。必要なときには必要なでっかい音がきっちり出せる。音楽面でひとつだけ記すと、この編成で「ラインの黄金」をやると、最終場の神々の入場のシーンでラインの乙女たちが遙か彼方から嘆きの声を上げ、ヴォータンが「なんじゃあいつら」と相手にしないところ、どんなに立派な上演でもヴァーグナーの総譜の響きの薄さが目立っちゃう(特にその直後の神々のヴァルハラへの入場を壮大に鳴り響かせるほど、対比が際立っちゃう)、明らかにオーケストレーションの失敗としか思えぬ部分が、あまり目立たないで済む。怪我の功名、みたいなもんだけどさ。

さても、今回の上演、最大のポイントは、ガイナックスの山賀博之氏が演出をしていることにありましょう。そーです、かの「アベノ橋商店街」の監督さんです…っても、当電子壁新聞を立ち読みの皆々様にどれくらい通じるのか判らぬなぁ。かの歴史的大傑作「王立宇宙軍」の脚本監督さん、と言った方がまだ通りが良いかな。ま、ともかく、「旧エヴァシリーズを作っていたアニメーション制作会社の監督さんのひとり」ってことですわ。
もうひとつ、コンドルズという舞踏集団が参加することも大きなポイントだったようだが、それに関しては、正直、結果から言えば小生はかなりネガティヴです。すいません、こればっかりはいかな当電子壁新聞といえ、嘘言うわけにはいかんもんね。

実相寺昭雄氏以来のサブカル映像業界からの参入、考えてみれば「リング」というのはありとあらゆるサブカル文化の根っこにあるわけで、やりたいと思っている人がいないわけがない。小生もこれまでも黛の「古事記」はアニメ背景でやれとか、東京オリンピックやるならシュトックハウゼンの「光の火曜日」をジャパニメーション絡めて舞台に出せとか、勝手なことを言ってきた。そんなん誰でも考えることで、やっと実現してくれた。

ホントならば、新国立劇場がヴァーグナー生誕100年の新しいリングの舞台美術コンセプト及びCG背景映像と照明をガイナックスに数千万円くらいできちんと発注し、そこまでちゃんと判ったプロの演出家さんがきっちり舞台を作り、「ジャパニメーションとリングの完全コラボ」と世界に大宣伝して映像作ってガッツリ稼ぐ、ってとこまでして欲しいんだけど、ま、今の新国の体制ではそこまでは不可能。まずはオフブロードウェイのようなカンパニーで実績を積み、実験を重ねて、初台に攻め上る正攻法を取ったと考えるべきなんでしょう。

なんのかんの、前振りばかり長くなったけど、結論を言えば、本日の舞台は100点満点で120点をつけたい瞬間もあれば、零点どころかマイナス点としか言いようがない部分もあり、いろんな意味で実験っぽい出来でしたね。一番安い4000円の切符を買って明日の午後2時にサンパール荒川に走るべきか、とストレートに問われると、敢えて言います。走りなさい!ただし、衣装と舞台上のキャラクターの動き、コンセプト不明瞭な舞踏には目を瞑れる広い心をお持ちなら、ですけど(歌手はまるで本日とは別になるので、判りようがないです)。

さても、舞台の真ん中にでっかい白い輪っかがドカンと置かれ、その奥に2階部分に相当する台があります。
023.jpg
この輪っかが演出の最大にして唯一のポイント。ここにCGアニメの映像が投影されます。輪っかにラインの底のイメージが投影され、黄金が光り輝くと金色に輝き、ヴァルハラを眺める岩山では空の雲が動き、ニーベルハイムに下る際には空から地下へと映像が移り変わり、ニーベルング族が鍛冶屋をやってる絵が出たり。輪っか全体が巨大な蛇になったり、ちっちゃな蛙が隅っこで跳び跳ねたり。はたまた七色の虹の橋にもなる。ま、皆様が想像するまんま、いろんな映像が映される。
最も効果的なのは、指輪への執着とか、指輪の呪いとか、指輪そのものが議論されるときに、輪っか全体が巨大な「ニーベルングの指輪」そのものになること。これって、もの凄くインパクトがある瞬間もあります。

もうひとつ面白いのは、字幕の扱い。字幕はこの輪っかに投影されます。それも、普通に縦に流されるのではなく、二つのねじれた流れで飛びます。もの凄く見難い字幕であることは確かですが、まるで漫画の吹き出しみたいな不思議な効果があります。これは今まで誰もやってなかったなぁ。真面目に字幕を読もうとする人からは非難囂々だろうことは作る方も予想は付くだろうから、意図的なんでしょう。
[追記:今、思い出したのだけど、舞台の後ろに斜めに流れる字幕って、1990年代後半だか、まだ改装する前のもの凄く椅子の狭かったコヴェントガーデンで、サロネン指揮ピーター・セラーズ演出の「画家マチス」で眺めたことがあったような気がする。無論、この「ラインの黄金」みたいな字幕がくねくねと動き回る、って「漫画の吹き出し効果」を狙ったわけじゃなかったけど、かなりスタイリッシュなものだったような。どなたかご記憶の方おりますかね、全然間違った記憶のような気がしないでもない。]


さらに言えば、その字幕。翻訳を山賀監督がやってるんですけど、これがまあ、空前の「超訳」なんですね。日本ヴァーグナー協会みたいにドイツ文学系の先生がいっぱいいるところが絡んでいたら絶対に許されないであろう、確かにアニメの台詞みたいな訳。それがさぁ、もの凄く分かり易いんだわ。へええええ、でんがな。
なんせ、最初の「わいあわーがうぉーげでうぇっら…」から「ゆらりゆーらりゆーらりゆれるゆりかごゆらーり」でっせ!アルベリヒの最初の台詞も「おお水の妖精だ!ホントにかわいいなぁ、妖精ちゃん、おらぁ、アルベリヒってもんだ、みんなよろしくな」です。もちろん、ヴォータンが偉そうなことをほざくときには難しい言葉になったりするけど、基本はこんな調子。もっといけば、ローゲの最後の方の台詞、こんな神様連中と付き合うといろいろまずそうだから俺はおりる、って呟くところも、「神だろうが何だろうが、先の見えぬ亡者と心中するのは、まっぴらゴメンだ。よし、その方向で検討しよう。これがローゲの才覚、本当の策略ってもんさ!」ですからね。すごおおおく分かり易いでしょ。ちなみに、台本は会場で1000円で売ってます。これ、必携!

もちろん、アニメーション監督さんですから、舞台上の人の動かし方はプロではないですし、「リングとは何か?」とか、ドイツの劇場監督さんが好きそうな頭の良さそーな議論なんかありません。でも、例えばドンナーが雲を集めハンマーを打ち下ろし、フローが虹の橋を架けていく瞬間など、「そうそうそう、こーゆーアホみたいにまんまで分かり易いのを俺はずっと観たかったんよ」と快哉を叫びたくなりますよ。

てなわけで、お金とお暇のある方は、若いカンパニーへのドーネーションと思って、明日の午後はサンパール荒川へどうぞ。なお、この先にこの監督さんで「ヴァルキューレ」をやる予定などはないそうな。まあ、確かに「ラインの黄金」では成り立つ舞台だけど、その先はちょっときついだろうなぁ、とは思いますね。巨大リングスクリーンが動くなら別だけど。上空にあった輪っかがヴォータンの告別と共に降りてきて、眠るブリュンヒルデを真ん中にし地面に置かれ、周囲をCGアニメーションのローゲの炎が取り囲む、って終わり方は絶対にあるだろうけどさ。

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コメント 10

ほ

 最初話はもしかしたらオペラ監督の人からもちかけたんでしょうかね?
ガイナックスもCGのライブコントロール技術を持ってたんで丁度請け負ったとか?
演技指導は実際はオペラ監督さんが主になっていそうな気がする。
どうなんでしょう・・・(所詮推測しか出来ないっす)?
 NHKの動画観たらCG→昔の色トレスとか大蛇の鱗が様式的で森やすじ的→「あ、『わんぱく王子の大蛇退治』が観たい!」ってなっちゃったんですが;orz。
 ガイナックスとかアニメ会社にこの手の需要が増えることを祈るばかりです。
by ほ (2012-11-25 12:06) 

Yakupen

ほ様

まだ間に合いますから(わかんないけど)、今からでもどうぞ。失礼な言い方は重々承知で言えば、「リング」に興味のある方で、だめもと、って気のある方なら、4000円を払う価値はあります!会場が小さいですから、いちばん安い席でも初台のS席と同じですから。ともかくご覧あれ。

ぶっちゃけ、小生がいちばん駄目だったのは衣装でした。あれはないだろーに、って感じです。ロサンジェルスとマンハイムで出てる着ぐるみ歌手と、あの巨大円環、それにある程度以上ちゃんと人の動きをコントロール出来る演出家がそろえば、小規模歌劇場向きの「ラインの黄金」とすれば決定版になり得るでしょう。あの指揮者さんでフルオケでやらせたいなぁ。これ、冗談で言ってるんじゃないです。

by Yakupen (2012-11-25 13:10) 

アホストロ

漫画みたいな字幕といえば、初台の中劇場で昔やってますな。歌手の顔の横に字幕がふわっと出て、ふわっと飛んでいく・・・みたいな感じ。その写真はここに

http://www.nntt.jac.go.jp/opera/20000087_frecord.html

この古楽の指揮者さんがパンフレットに 「FLASHという最新技術を使って、とても斬新なことをやってくれました」 みたいなことを書いていましたね。

その字幕、まあおもしろくないことはないけれど、動きが全部一緒で飽きてくるし、プロジェクターが暗くて文字が見にくいというものでした。

当時でも FLASH は新しくも何もない技術で、やはり「この業界」の人は「新しいこと」はご存じないのだなあと苦笑したものです。

by アホストロ (2012-11-27 08:33) 

Yakupen

アホストロ様

なーるほどねぇ。マンガ表現に於けるオノマトピアと台詞そのものを一種の映像情報として提供するノウハウは、極めて独自の発展を遂げた洗練されたものになってますから、今後は舞台の背景字幕でもいろいろと可能性があるのでしょうねぇ。それこそ異種間参入が望まれる分野ですね。Gマークさんなんかが本気で演出&美術に絡んでいくかどうか、ってことなでしょう。ちゃんとお金になると良いんだが。
by Yakupen (2012-11-28 08:52) 

ほ

いけませんでしたー。
 動く字幕については新感線がよく「バラエティ番組風テロップ」ネタでやってたりしますが。装置は堀尾さんだからドイツあたりからハードを持ってきて新感線の技術スタッフが長年の舞台リアクション・タイミングのノウハウと合体させてるんだろーな。最近はLDE使ってるし。
by ほ (2012-11-28 18:27) 

ほ

今、シュトゥトガルドでデニソフの「うたかたの日々」上演中。
ヴィアンのあの世界を舞台化できんのかよーと思っていたら出来ていました(笑)。
指揮はカンブルラン御大。

by ほ (2012-12-03 18:34) 

ほ

ゴティックメード みましたが
まぁ、いろいろ言われとりますが
自分的には人物の動きが「これは舞台(永野護はバレエ・歌舞伎をよく見る)をよく見る人のこだわった動きなんだろな」と。レイアウトは永野漫画FSSまんまな感じだけどさ。それに比べると「Q」とか「RE:」は"アニメの範疇"。
by ほ (2012-12-10 21:22) 

Yakupen

ほ様

おお、いろいろ言われてるんですか。そりゃ、良かった。叩かれるのであれ批判されるのであれ、次に繋がりますからねぇ。って、繋がるのかしら…
by Yakupen (2012-12-10 23:30) 

ほ

>次に繋がりますからねぇ。って、繋がるのかしら…
繋がるなんてことになったらまたFSS本編中断の上永野マモーが過労ダウンするわいなですよ。今回の映画はやくぺん先生の思惑と違うとこで繋がってるので・・・
by ほ (2012-12-14 20:00) 

ほ

斜め上別方向に繋がるとしたら、同じ制作(作画・美術)スタッフで幾原邦彦「シェルブリッド」映画化(笑)。やくぺん先生なんかが理想とするグローバルスタンダード競争世界が展開。ちなみにR指定は確実。
by ほ (2012-12-16 17:57) 

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