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フォルテピアノがニッポン列島を巡る年の瀬 [演奏家]

中身としては『演奏年鑑』年間室内楽総論に書くことなんだが、なんせ今や世間で買えない媒体なんで、自分へのメモとして記します。

昨晩、季節がいつか判らない様な不思議に生ぬるい雨の中、神田川の大曲はトッパンホールさんまで出かけたです。これを拝聴するため。
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レプリカとオリジナル2台の19世紀初頭フォルテピアノを舞台上に並べ、その道の専門家がベートーヴェンとシューベルトの人気大曲を弾きまくる、という演奏会でありますな。流石に「ピアノ」というジャンルは聴衆の分母数も多いようで、秋の終わりの冷たい雨が落ちるんだかなんだかの湿っぽい神田川沿いの大気に瞬く間に音がズレてきそうな2世紀以上昔の木製工芸品の前には、調律さんがアクション部分を引っ張り出すや携帯カメラで激写(死語…)せんとするギャラリーが溢れかえるだっく。
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このジャンルへの関心の高まりがひしひしと感じられる絵面ですな。

演奏そのものは、この演奏家さんのキャラまんまの良くも悪くも「フラッときて、譜面台に楽譜立てて、ちゃちゃっと弾きます」ってもんで、その自然体な音楽がモダンピアノで精密に響きをコントロールされた音楽とはまるで異なる、文字通り「二眼レフカメラで撮影したセピア色の写真」そのものでありまして、ここまで違っちゃうともう別物。ってか、微妙にモダンピアノに近付いたシューベルトのとりわけ2楽章など、ああああ俺はホントに20世紀後半以降の楽器の音に洗脳され切っているのだなぁ、と呆れてしまう程でありました。ただ、やはりここまで楽器の道具としての耐用限界と響きの未整理っぷりを聴かされてしまうと、「あああ、ピアノがここまで進化してきて良かったなぁ、スタインウェイさんありがとう」と感謝の気持ちが湧かんでもないことも確か。

なーんて話はどーでもいいわけで、興味深いのはやくぺん先生のへっぽこ頭がなにを感じたとかではなく、この扱いが面倒そうでどこのホールでも備品としてあるわけではない楽器そのものについて。どういう理由か知らんけど、2022年秋から冬の数週間のニッポン列島、「フォルテピアノ」という楽器が北へ南へと大移動しているという珍事が起きている。これまでも専門家とされる何人かの演奏家さんがオリジナルやらコピーやらのフォルテピアノを運んでは全国各地で演奏会を行っていたわけですし、今世紀頭からここ佃月島晴海近辺では学校アウトリーチに運び込むなんて無茶までやってた。モダンピアノと違ってその気になればえっちらおっちら階段で3階の音楽室まで運ぶ、なんてことも出来なくはないといえ、まあ、よくも無茶やるなぁ、と思いながら眺めていたもんじゃわい。

フォルテピアノでの演奏会をやろうとすると、まず問題になるのは楽器をどうするか。前述のように、ニッポン津々浦々の公共ホール民間ホールで、フォルテピアノを館の備品として備えているところなんて、どれだけあるのやら。あったとしても、このトッパンの演奏会のように、オーセンティック系奏者の皆さんは「作品が書かれたり、初演された頃の楽器の響きを再現する」ことを一つの目的としているわけですから、18世紀終わりから19世紀にかけての日進月歩でピアノの改変改良が進んでいた頃の作品を演奏するには、それぞれの作品ピンポイントで対応する楽器が必要になってくる。さあ、どーするんじゃ。

そんな扱いが面倒なことは演奏家から主催者、裏方までみんなよーく知っているのに、この数週間、次から次へと押し寄せるであろう物理的経済的な困難乗り越え、所謂「メイジャー演奏家」に寄るピアノフォルテを用いた演奏会が立て続けに行われているニッポン列島なのであります。まずはこれ。
http://www.pacific-concert.co.jp/foreigner/view/354/
天下のムローヴァ様が、11月19日から22日の間に、豊田→浜離宮→武蔵野→横浜と連日フォルテピアノを移動させての二重奏を敢行。まあ首都圏を移動するのはともかく、豊田市でマチネを終えたらトラックに積み込んで新東名東名ひた走り、翌日午前中には築地まで持ってきておもむろに調律。いやぁ、大変だったろうなぁ。

ところがどっこい、これで驚いてはいけないのじゃよ。明日師走元旦を初日にほぼ半月にわたり、庄司紗矢香&カシオリの二重奏がフォルテピアノ抱えてニッポン列島大移動。
https://www.japanarts.co.jp/concert/p985/
なんと、まずは紅葉客未だ溢れる京都は東山に始まり、北九州→札幌→名古屋→大阪→三原→横浜→溜池、って大移動。特に北九州から札幌は土日のマチネ乗り打ち。ホントにこんなこと出来るのか?あるフォルテピアノ関係者さん、普通に無理でしょ、と目を剥いてました。陸路運搬はあり得ないでしょうから、別の楽器を先に行かせているのか?はたまた福岡空港から千歳空港に慌てて空輸するのか?

この空前の移動には業界関係者の誰もが驚きの目で眺めているようで、昨晩のブラウティハイムで、トッパンのプロデューサーさんに「何が起きてるの、どっかピアノフォルテ運搬専門の会社が出来たとか、古い楽器専門のリース会社が全国展開するようになったとかなの?」と尋ねたら、そういうことでもないそーな。N氏も、不思議だとのことでありました。

うううむ、一家に一台、とはいわぬが、ホールに一台フォルテピアノ、という時代になった…わけないよなぁ。

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スマイスの弦楽五重奏曲 [演奏家]

まだツアー明けの残務作業が山積みとはいえ、いかな隠居とはいえこの先のことも考えねば、とまともにやってなかった来る金曜日に戻る新帝都での10日程の間の日程を埋め始めたら、おやまぁ、こんなトンデモないものが。今や大人気の「イギリスが誇る最初のメイジャー女性作曲家」たるエセル・スマイスの弦楽五重奏曲なんてものが、来る12月2日に新帝都で演奏されるじゃないですかぁ。
https://www.affinis.or.jp/event/detail/aes2022.html

スマイスといえば、昨今の「歴史に埋もれたマイノリティ作曲家ブーム」としか言えない現象の一様を担う大物、なんせ《難破船略奪者》などという厨二病患者の魂射貫きまくりそうな題名のオペラが突然の流行、今やエルガーやらヴォーン=ウィリアムスへの下地を作った英国19世紀ロマン派の作曲家として、大西洋挟んだエイミー・ビーチくらいには有名になりつつある作曲家でありまするな。作品1とされる弦楽五重奏も、たまにはやられる、というレパートリーになりつつあるのかしら。ま、そもそもレパートリーが極めて限られた限られた名曲しかないジャンルなんで、ひとつでも演奏に無茶がない作品が増えるのは有り難いことですしねぇ。

ちなみに、こんな曲です。うううむ、今はホントになんでもWeb上にあるんですねぇ。https://www.youtube.com/watch?v=PwNaS5H-F6U
作品として面白いか、よく出来ているかは、ま、会場でご判断あれ。ヴァイオリンの福崎氏曰く、「これをどう調理するかが僕たちの仕事です」との頼もしい発言。

なにはともあれ、ニッポン列島に生息する100名弱くらいの英国音楽マニアの皆様、これはもう聴き逃す手はないでありましょうぞ。チケット代もアフィニス様のお陰で極めて良心的ですしね。

さあ、スマイスの時代は来るか?はたまた、「誰もやらないのにはわけがある」という格言をあらためて確認する冬の初めの寒い晩になるのかっ?

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ザール河畔で遺伝子情報争奪戦リング開始 [演奏家]

ザールブリュッケンの朝です。あと20分で中央駅へ向かい、指定無しのICで3時間、ノンビリとフランクフルト国際空港駅に向かい、10日間のユーロパス乗り納めです。ICEは中央駅に行っちゃうんで。

昨晩、音聴いているだけであとは寝ちゃおー、というつもりでやってきたこの町の市立劇場の《ラインの黄金》、これがまあ、トンデモなもので、個人的にはヴァーグナーの全作品の中で唯一「好き」というか「面白い」と思えるこの作品の面白さ炸裂で、まさかまさかの最後の大ホームラン、気持ちよくシンガポール経由福岡に向かえます。

話し始めればもう甘いラインのワインが何本空くやら、というほどの情報量の多さ。ブダペスト出身で恐らくはサイバーパンクオタク娘やってたんだろーなあー、という若い(多分)女性二人チームの創り出す世界は、一言で言えば…うううむ、あの評判最悪のリドリー・スコット御大大暴走「エイリアン・プロメテウス」から「エイリアン・コヴェナント」の暗ぁあああくいやぁな世界。情報争奪謀略戦という意味では神山攻殻機動隊SACの厚生労働省もの、みたいかな。ともかく、「感動」や「涙」を期待している人には、そんなもの欠片もありませんから。

以下、ひとことでネタバレしてしまうと、この舞台では「ラインの黄金」とはエルダから取り出された特別な遺伝子情報(のコードネーム?)なのです。で、「ニーベルングの指話」とはその特殊な遺伝子のサンプルみたいなもので赤く輝く小さな試験管みたいなもんに入っている。で、地下で働くミーメ博士が創り出した「指輪」のパワーとは、このエルダの遺伝子情報を使ったクローン作成技術なんですわ。

もう、頭クラクラでしょ。無論、そんなこと、演出家は当日プロでも喋ってないし、解説があるわけでもない。ただ、最初はなんじゃこりゃ、とビックリしても、2時間半後にはそんな世界や起きていることはちゃんと判る。凄く高い舞台技術であり、演技であり、総合的な舞台制作力。そして、コロナを生き延びた客席を埋める地元じいちゃんばーちゃんの殆どは、歌手がちゃんと歌えれてれば「ああ、いまはこういうのなのかい」で納得し、大拍手を送っている。

かつてマデルナが過ごし、若きブーレーズが暴れた街の底力、おそるるべし、でありまする。

さて、もうチェックアウトして中央駅に行かねば、ともかくホントに感想以前の感想でしたぁ。なお、最後の神々のヴァルハラへの入場の音楽の真っ最中に美少年美少女のジークムントとジークリンデがラボから引っ張り出され、泣き叫ぶのに強引にバラバラに違うラボへと連れて行かれてしまう。神々ラボ職員達と一緒に、ステージ真ん中に立ってる二人。
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ニーベルハイム研究所には、どうもヴァルキューレの初期型試作タイプらしき連中もうち捨てられてたみたい。なにより、ラインの遺伝子操作研究本部からコードネーム「ラインの黄金」を盗み出すためにアルベリヒ博士の手助けをしていた奴が誰なのか?なんせ、こんなめんどーくさい話とまだ思わずにボーッとみていたので、ずっとローゲだと思っていたが、どうも違うようにも思えるぞ。傭兵会社社長ファーフナーに連れてかれちゃったクローンのフライア2号は《ジークフリート》に向けてどうなるのやら、…ってな具合で、明らかに伏線はばらまかれ。

でも、先、あるかなぁ、この演出。とてもまとめられるとは思えんぞ。

ちなみに音楽は、明らかに大劇場で上演するとバランスに問題が起きるこの作品、ハープ2台の縮小編成ながら、ここまでちゃんと最後のラインの乙女達の嘆きが聴こえたのも珍しいかな。

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ターリストリオ来日公演中 [演奏家]

もう、身も蓋もない宣伝です。

現在、アウグスブルグ拠点のピアノ三重奏団「ターリストリオ」が来日公演の真っ最中であります。日本語の正式表記が、途中の・なしでベタベタとカタカナ。意識的にそうなさってるので、ドイツ語のTalistrioをまんま日本語に移した、ということらしい。どうやら日本語の公式はこちらのFacebookみたい。
https://www.facebook.com/talistrio/
公式はこちら。ドイツ語のみ。
https://www.talistrio.com/?fbclid=IwAR3H44T6iUwRuY1G8YasLE4eEYu9nx_UBAI1vntK8i75XBaRqk-qmUUjGsk
アウグスブルクで活動なさってる日本人チェリストの岡田琢朗さんが、奥様のヴァイオリニストたる奥様のエーリカさんと、そのおにーちゃん(だと思う、弟かな)ヴエンツェル氏と組んで活動している、ある意味極めてファミリーでピアノ三重奏団としてはありそうでないグループですな。

岡田さんが関西出身ということで、コロナが明けての里帰り公演。というわけですから、あちこちの主催者さんに直接声を掛けての手作り日本ツアーで、この辺りは師匠のヘンシェルQのクリストフ譲りというか、なんというか。先月、ヘンシェルQのモニカさんが音楽プロデューサーとなりアウグウスブルク市郊外の工場跡地文化施設で開催されたアーツイベントに参加、大喝采を博したとのことでありまする。

紹介が遅れてしまい申し訳ないんですけど、もうツアーはとっくに始まっておりまして、この先の日程は週末に向けて28、29日の兵庫県西脇市、30日の大津のコンサートスペースたるフィガロホールだけです。いかんせん西脇は遠い、などと仰らずに、秋の栗拾い(なのかしら?)兼ねていかがでしょうか。ちなみに室内楽好きなら、28日京都エク、29日びわ湖アマービレ、30日大津ターリストリオ、というなかなか味わい深い連チャンが出来ますよ。

いまどきはこんなカッコいいプロモーションヴィデオがある時代。なんのかんの言わずに、ご覧あれ。日本語字幕付きです。


やくぺん先生ったら、土曜日の兵庫を拝聴する予定です(ゴメン、だって日曜日はフェニックスで《浜辺のアインシュタイン》なんだもーん)。紅葉にはまだちょっと早いけど、秋深き奥兵庫でお会いしましょう…って、2時開演じゃないかぁ、今まで3時と思い込んでたぁ。
http://www.nishiwaki-cs.or.jp/apikahall/event/history/000803.html

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演奏家がSNSで情報発信するということ [演奏家]

雑談です。

昨日来、今の世の中のあり方を考える上で非常に興味深い事態が勃発しております。事の発端は、これ。
https://twitter.com/DBarenboim/status/1577358192711008256

ピアニストで指揮者のダニエル・バレンボイム氏が、昨日、自分のtwitterで「このところ体調不良で、この先数ヶ月の音楽活動、とりわけ指揮活動を停止します」と発表しました。

この情報が流れたのは、昨日10月5日の日本時間での午後くらいから。バレンボイム氏のtwitterをフォローなさってる方は世界にどれくらいいるか知りませんけど、まずドイツ語で出され、英語でも同じ内容が出されたツィートは、あっという間に世界の数千人単位の目に触れたようであります。日本でも、Facebookなどに「大変だぁ!」というファンや業界関係者さんからの情報が瞬く間に流れるようになり、夕方にはみんな知ってる、みたいになってましたね。

まぁ、バレンボイム氏に於きましては、コロナ明けのリンデン・オパーとすれば最初の最も大きなプロダクションのひとつで、とっくに売り切れてる《リング》チクルスからの降板が数週間前に発表された段階で、これはなかなか大変じゃないかぁ、という空気は流れておりました。あ、もう最初のチクルスが《ヴァルキューレ》まで出たところなのね。おいおい、あっという間に売り切れという話だったのに、今日の《ジークフリート》は当日券が出るじゃないかぁ!11月3日の《ジークフリート》、強引に動けばベルリンに回れなくもないので、チケット確保出来たら無茶するか、と思ってもいたんですが…そっちはまだチクルスの販売のみですねぇ。チクルス席で完売となってるチケットだけど当日になればチョロッとは出てくる、ということなのかしら。そうなら、ともかくこの日はベルリンに控えていて、翌日朝にエベーヌQ聴きにハンブルクに向かう、という日程にしてしまう荒技もあるなぁ。
https://www.staatsoper-berlin.de/en/programme/ring/
ま、それはそれとして…やはり、というか、やっと、というか、監督の動向に関してはこのような発表になったわけですな。

で、こうなると当然気になるのは、来る11月末から12月にかけて予定されていたリンデン・オパーのオーケストラを指揮しての来日公演であります。こちら。
https://tempoprimo.co.jp/
日本の招聘元さん、現時点でも未だにトップに華々しくバレンボイム監督&リンデン・オパーオケのバナーが踊っておりまする。
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とはいえ、ニュースページに行くと、こうなってる。
https://tempoprimo.co.jp/archives/6885

昨日の本人からの一報が世界に流れた瞬間から、どれだけの数の人が招聘元さんの公式ページに走ったやら、恐らくはチケット買った人の全員が慌てて覗きにいったでしょうから、もの凄い数の検索数だったでしょうねぇ。で、この招聘元さんからの情報がアップされたのが本日の午前中。つまり、丸1日とは言わないまでも、半日以上の時間、バレンボイムのブラームスが聴けると心躍らせていた方々は宙ぶらりんな状況だったわけですなぁ。

具体的にそれで何が困るわけでもない、どうしようもないといえばそれまでの話とはいうものの、うううむ、これって、とってもイヤな状況だなぁ。

バレンボイム氏はその周辺の方々が、マネージャーやオーケストラ運営の方々、はたまた海外公演の招聘音楽事務所やら主催団体に、事前に連絡をした上でこのtwitterでのアナウンスがあったのか?日本側の対応が遅れたのか、はたまたどうしても昨日の欧州時間での朝一での告知の必要があったのか?なにがなにやら。

昨日午後、一報があった情報がフェイクではないか、twitter画面を本人のオーセンティックなものと確認する方法って何があるのやら、マジで考え込んでしまったです。

とにもかくにも、このような情報が本人の口からいきなりファン愛好家関係者の携帯端末なりPC画面なりに届いてしまうとてつもない時代なんでありますわ、わしらが生きているのは。礼儀正しい媒体なら「バレンボイムさんの健康と無事の復帰を祈ります」などと書いてオシマイにするんだろうが…ま、当無責任電子壁新聞は、以上オシマイ。ところでリンデン・オパーの《リング》、誰が振ってるの?

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木曜午前11時からの《ゴルドベルク変奏曲》 [演奏家]

神奈川は県の名称にもなっている東神奈川、ある世代には懐かしい(って、今でも米軍しっかり居るけど)瑞穂埠頭米軍基地ノースピアのゲートまで駅前の道路を真っ直ぐ海に向けて5分も歩けばたどり着く些か物騒にも思える碌でもない場所に、「横浜市内各区専門ホール設置プロジェクト」としか言いようがない市の文化政策で造られたかなっくホールというヴェニュがあります。隣の「21世紀10年代の弦楽四重奏の聖地」サルビアホールのロケーションとまるで同じ、JR東日本と京急がスピードを競い合うキョーフの路線に挟まれた狭い空間を住宅含む中層の総合ビル(ま、一昔前の言い方をすれば立派な雑居ビル)なんぞで埋めて、その一部分を公共文化施設にする、という奴ですな。
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両駅の二階空間部分からそのまま繋がっている、便利と言えば滅茶苦茶便利な場所です。

このホール、極端なことを言えば横浜市内に山のようにある「公立駅前ホール」なんですけど、これだけ市内に数があればいろんなことをやってやろうという指定管理者やら公共財団やらが出てくるわけで、中にはおっちょこちょいの跳ね上がりのプロデューサーなんぞもおり、やたらと頑張ってるところもある。←あ、これ、最高の褒め言葉ですからね。

かなっくホールもそういう方がいて、音楽だけではなく演劇とか舞踏とか落語とか文化レクチャーなんかまで含めていろんなことをやっていた。その成果が、このラインナップ。ご覧あれ。
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で、上段左隅が、本日の演奏会。こちら。
https://kanack-hall.info/event/2022%e5%b9%b4%e5%ba%a6%e3%80%80%e3%81%8b%e3%81%aa%e3%81%a3%e3%81%8f%e3%82%af%e3%83%a9%e3%82%b7%e3%83%83%e3%82%af%e9%9f%b3%e6%a5%bd%e9%83%a8%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%81%e3%82%bf%e3%82%a4%e3%83%a0/

300席のホールで、入場料はワンコイン500円也。正に公共ホールのやるべきお仕事ですね。数日前にほぼ完売、パツパツ。開場は10時半なんだけど、その前から当然ながらご隠居ばかりの聴衆はもう待っていて
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チケットに振られた番号で呼ばれた順番に自由席のオーディトリアムに入っていく。で、こんなん。
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この客席を前に、佐久間&生野の昴21Q半分と、小澤塾なんぞにもいらしたチェロの奥泉貴圭がコロナ前くらいから始めたという「常設」弦楽トリオが、シトコヴェツキ版《ゴルドベルク変奏曲》をまるっと朝から演奏するわけですわ。

どうやら流れのある企画らしく、ここに来ている横浜はかつての碌でもないベース裏のご隠居連がみんなバッハのマニアだとか、室内楽の滅茶苦茶コアな聴衆だというわけではない。その意味で、感覚的にはお隣の鶴見のホールとは全然違います。恐らく、明日、鶴見のタカーチュQにも行く聴衆は、あくしめ以外はひとりもいないんじゃないかしら。

中身ってば、ともかく12時には終えねばならぬ1時間という縛りがある中で、お喋りやらまで付いているわけで、演奏は抜萃というわけではないけど、30の変奏の中で繰り返しをやったのはポイントになりそうな数曲のみ。良くも悪くもトントンずんずんつるつる進む、とてもじゃないけどこれは寝てる暇も無いぞ、って昼前のお休み音楽でありました。まあ、この状況ではこのくらいのテンポ感(というのかなぁ…)で進んだ方が良いのかしら。

面白いのは、どう聴いても「弦楽三重奏」の音楽だったこと。鍵盤、それもチェンバロという楽器の様々なキャラクターは、特に再現に於いては気にしない。シトコヴェツキ版の楽譜はもう生まれる前からあり、モーツァルトのディヴェルティメントやらシューベルトやらフランセやらの定番弦楽三重奏楽譜と同様の、このジャンルの最も重要なデカい楽譜である、って視点からの再現でありました。うううむ、そういう時代なんだなぁ。

時代なんだなぁ、と感じることといえばもうひとつ、喋りの上手さですね。巧みに喋るというよりも、的確にポイントを掴んだ、ムダのない喋りが出来る。今時の若い演奏家にとって、特にこのようなある種のシチュエーションが前提の演奏会で仕事をきっちり得ていくためには、舞台から直接、それも的確に喋れるコミュ力は不可欠。フランスのアマデオ・モディリアーニQがなんであんなに人気があるのか、正直言えば不思議としか言いようがあいのだが、フランスの業界の人にきけば、奴らはイケメンで喋りが上手だから、という話。なるほどなぁ、と大いに納得したわけですけど、そんな流れはニッポンの業界でもハッキリと見えるようになって来ているなぁ。

次の段階に移行とするなら、やはり音の綺麗さだけど…弦楽トリオでバッハで音を綺麗に、となるともうひとつの高い壁が立ち塞がるわけで、頑張って欲しいものであります。

かなっくホール、来週土曜日はこの団体とヴィブラフォンの鬼才會田瑞樹のコラボがあるんですけど…ゴメン、あたしゃ、かなっくホールから見上げるみなとみらいの向こう、神奈川県民ホールの《浜辺のアインシュタイン》に2日ともいかにゃならんねん。残念だなぁ、ホント、どうしてこういうことがおきるのかなぁ。

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豊後竹田のアンサンブル一周年 [演奏家]

昨日、《荒城の月》の舞台として知られる豊後竹田で1年前に旗揚げした室内アンサンブル「TAKETA室内オーケストラ九州」が、活動開始1年を記念する第3回定期を開催しました。
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https://teket.jp/3162/14578

この団体、竹田市が豊後竹田駅から阿蘇方向に向かう豊肥本線沿いに造った新たな文化施設「竹田市総合文化ホールグランツたけた」を拠点に活動する一般社団法人で、市が直接運営していたり、ホールがレジデントとしての予算で主催公演を行っているわけではありません。あくまでも、竹田市を拠点とする民間団体です。九州でこの規模の団体というと、長崎県は大村の長崎OMURA室内合奏団が頭に浮かぶでしょうが、あちらは認定NPOになっていてメンバー表にも弦管合わせて35名程の団員が挙がり、知る人ぞ知る村嶋寿深子さん芸術監督としてドカンと重みを与えてる、ま、普通の意味での「地方拠点の室内管」ですな。
https://omurace.or.jp/

それに対し、竹田の新団体は規模も公式ホームページでは11名、要は「室内アンサンブル」ですね。オーケストラ、という表現は、ま、一種の比喩なんでしょう。ご覧のように大分や福岡出身者を集め、中にはヴィオラ首席生野氏など、東京の室内楽業界では知れた名前もありまする。なんのことない、昴21Qのヴィオラさんですわ。

竹田という場所、滝廉太郎が住んだところで有名とは言え、空港を抱え今や新幹線停車駅まである人口10万弱の大村と比べても人口2万ちょっとと圧倒的に小さい、なんと我が田舎町由布院町の倍程度という場所。大分県とはいえ大分市からは車でも熊本に抜ける横断道で1時間弱、豊肥本線に至っては久大本線真っ青の阿蘇観光路線でしかない今日この頃、隣町とはいえ由布市側からも宮崎の延岡側からも直接のアプローチはなく、ホントに山の中のトンネルだらけの古都でありまする。普通に考えれば小編成アンサンブルを支えるバックがあるとは思えない。吹奏楽やら合唱やらが滅茶苦茶盛ん、とかいう場所は日本各地どこにでもあり、山陰某所では吹奏楽に特化した「アーティストに住んで貰う町作り」なんてのもやっていて一部から動向を注目されているけど、そういう感じで何か今時の「アーティスト地方環流」みたいな戦略が全面的に打ち出されたプロジェクトというわけでもなさそう。ま、この辺りを議論し始めれば長くなるわけで、それはそれ。とにもかくにも1年間、いろんな風な活動をしてみました、というご報告の演奏会でもあったわけです。

やくぺん先生は直線距離にすれば50キロないくらいの山1つ越えた北の盆地から来るわけだが、なんせいちど大分市に出ないと公共交通はないので、昼間の演奏会じゃないと行けない。先頃あった古澤巌氏がアンプリファイされてない生のヴァイオリンで弾きまくる演奏会は夜の開演だったんで、戻ってこられる終電が8時半くらいで行きたくても行けないのであった。今回はマチネだったんで、行きは台風で走るのか心配な豊肥本線、帰りは熊本空港経由でやってくる大分行きバスで往来した次第。

さてもさても、そんなこんなで開催された演奏会でありますが、今回は「オケのメンバーだけでやる」という1年目にして初の原点回帰的なステージとなり、団の地力が問われる真剣勝負となったわけであります。日頃の営業広報努力の結果か、それなりに地元の中学生なりも会場に姿を見せ、完全車社会らしく開演前の広い駐車場もそれなりに埋まってら。
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冒頭はSQ+コントラバス編曲の《荒城の月》でご挨拶し、まずはブルッフの秘曲、ヴィオラとクラリネットの為の二重協奏曲が披露されます。うううむ、この規模のホールとはいえ、ロマン派ベッタリの響きを指揮者無し弦楽器パートひとりで担当するとなると、やはりもっとボリュームが欲しくなるのは否めないなぁ。ま、そんなの判ってやってるのだろうし、作品としてはこれ余程バランス頑張らないとヴィオラ聴こえないんじゃないかい、って楽譜っぽいので、このやり方は意味はあるのだろうとは思わせてくれました。こんな曲ですわ。ほれ、今は簡単に楽譜まで見られるんだよなぁ。
https://www.youtube.com/watch?v=Qepj2m6F01Q

この演奏会、やはり白眉は団員のみで演奏されたラインベルガーのノネットでした。なんでこの曲、と思うでしょうが、理由はあるらしい。無論、団員だけで演奏出来るメインピースになる4楽章の大曲であること。それから、どうやらこの団体が顕彰する滝廉太郎がラインベルガーのピアノ曲を日本で最初に紹介していて、その関連の演奏会をやったときに団長のコントラバスさんがラインベルガーに興味を持ち調べたらこんな格好の曲があった、ということらしいです。

自分のメンバーだけでやれるし、滝廉太郎を顕彰するという団の基本姿勢にも合致してる曲で、余り「クラシック音楽」の演奏会との付き合いがない(首都圏のマニア聴衆のようなすれっからしではない、ということ)方々を前にロマン派の知られざる名曲を自分らのレパートリーにしていく方針なら、決して間違ってはいない。そんな意欲をしっかり感じさせてくれる、大いにお腹がいっぱいになる再現でありましたとさ。お疲れ様。
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竹田という市の規模を考えれば、維持出来るギリギリの規模のプロ団体でしょう。ひとつの県とはいえ山を越えればまるで別の文化圏で交流は殆どなし、孤島の集まりみたいなキューシューという不思議な島で、これからどのように活動していくか。ま、山の向こうからノンビリ眺めさせていただきましょか。

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ウィグモアホールから女王追悼レクイエム無料ライヴ [演奏家]

月曜午後に無事に帰国以降、もう滅茶苦茶な日程。佃大川端で急ぎの所要を済ませて一昨日に温泉県盆地の仕事場にやっと戻り、山積みの作文作業と思ったら、流石にこの歳での無茶な移動に体調を崩し、昨日はなにも出来ず。今日もやっと這いずるように月末まで7本ある原稿のひとつを入れ、今、やっと直しにOKが出たところ。防災無線は付けっぱなし、いつ近くの中学に避難しろという命令が出るかも判らぬ中、どーしろというの。

そんな中、ヴィグモアホールから緊急のメール連絡が来ました。グリニッジ標準時の本日午後8時、日本時間の明日午前4時という些か困った時間から、逝ける女王追悼でフォーレ《レクイエム》が無料でストリーミングされます。
https://wigmore-hall.org.uk/watch-listen/live-stream?utm_source=wordfly&utm_medium=email&utm_campaign=MSW-Sep22-SeanShibepostcard&utm_content=version_A&emailsource=13302

演目をまんまコピペすると以下。《レクイエム》は最後ですね。台風情報で寝ずの番の方は、是非どうぞ。まだネットが繋がれば、ですけどね。

Théodore Dubois (1837-1924)
Benedicat vobis

Camille Saint-Saëns (1835-1921)
Tantum ergo Op. 5
O salutaris in A flat
Offertoire pour la Toussaint

Charles Gounod (1818-1893)
Elévation in B minor

Léo Delibes (1836-1891)
Ave maris stella

Théodore Dubois
Ave Maria
Méditation in D

Alexandre Guilmant (1837-1911)
O salutaris Op. 37

Gabriel Fauré (1845-1924)
Requiem Op. 48
(1893 version, adapted for solo baritone, mixed choir and chamber orchestra)

日本の報道は知らんけど、ババリア国ではそれほど目立った追悼騒ぎにはなってませんでしたね。これくらい。空港で売ってたシュピーゲルの表紙。
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英独の二重国籍で、某オペラのコンサートマスターを努め、なんとヴェールズQが3位になったときのミュンヘンARDで審査員だったという某ヴァイオリニスト氏とかなり長く話す機会があったんですけど、どうも英EU離脱前にはBBC響のコンマスなどもやってた方ながら、あんまり熱心に逝ける女王については喋ることもありませんでした。そんなもん、なのかな。

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長い長いファミリーコンサート [演奏家]

すっかり夏恒例となったチェロ奏者上森祥平氏の「1日でバッハとブリテン無伴奏全曲」演奏会、今年も恙なく開催されましたです。
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http://www.alti.org/at/20220709.html
http://www.millionconcert.co.jp/concert/detail/2022_07/guide/220718uwamori_bach.html

この演奏会、コロナの一昨年を除けばもう10年以上やってて、死ぬまでやりますと舞台の上で公言しちゃってる文字通りのライフワークでありますな。で、昨日もしっかり完奏なさり(やくぺん先生ったら途中でアウトで、バッハの4番はロビーのフカフカ椅子でぼーっと座ってました)
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最後には昨年同様に奥様とお二人の息子さんが出てきてアンコールにパパお疲れ様御家族アンサンブルがあったりして。なんせ上森氏、知る人ぞ知る話でしょうけど、この演奏会がバッハ全曲だった10年ちょっと前に6番を弾き終えた舞台の上から公衆の面前でプロポーズしてOK取った、というトンデモな心温まるエピソードがあるわけで、そのときからの聴衆がかなりいるであろうことを考えれば、文字通りの「今年も我が家はみんな元気ですよ」って演奏会なわけですわ。

ま、正直、純粋に音楽という意味で聴けば、このような演奏会ってやはり特殊だなぁ、とあらためて思った1日でありましたです。朝のブリテン1番から始まり夕方のバッハ6番まで、全てを暗譜。ということは、録音してパッケージで世に問うような「正確で精密な演奏」である筈はない。特にバッハに関しては、もう午後最初の1番冒頭から極めて上森流の音楽、それが曲の性格に合わせてどういう風にますます上森流になっていくかを一緒に体験する、という午後なのであります。で、最後に、お疲れ様でした、ってファミリー総出演。

音楽的にはこういうやり方だと曲の性格の違いが凄く分かる結果になり、特にバッハ5番の難しさ、その後に長い長い音合わせの後に始まる6番のまるで楽器を変えたのかと思う程の色の違いなど、勉強になった。ブリテンに関しては、夏の朝一発の1番というのはこの曲に凄く合ってるし…で、3番はやっぱり良く判らん、ってものでしたね。

こういうコンサートのあり方がある。ホント、上森氏はなんと幸せな音楽家なのか、と羨ましくすら感じてしまう。ああ、某賞の選考委員をさせていただいていた頃、この方をプッシュしてホントに良かったなぁ、と思わせて下さいました。たまにはこういう時間に接しないと、ニンゲンドンドン悪くなる。ありがとう御座いました。

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ケント・ナガノとうとう山鹿に登場 [演奏家]

まだ音楽祭公式ホームページなどにはアップされていないようなのですが、何故かtwitterでは発表されているようですので、記します。

昨年、コロナ禍でなんとか初回が開催されたくまもと復興国際音楽祭、第2回の開催がアナウンスされました。こちらをご覧あれ。
https://mobile.twitter.com/kumamoto_rimf/status/1544676177327292416/photo/1

ハイライトは、指揮者ケント・ナガノ氏がおじいちゃんの故郷たる熊本県山鹿の八千代座という由緒ある劇場で指揮する、昨年予定されながら実現しなかった公演でありましょう。こんなとこ。
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映画『るろうに剣心』の舞台となった、とのことです。こちらが八千代座公式ページ。
https://yamaga.site/?page_id=2

演目は昨年予定されていた《月に憑かれたピエロ》など。詳細はいずれ発表されるでしょうが、ともかく、しっかりと上のチラシをご覧下さいませ。参考までに、これが昨年のお話。商売作文をやったので、当無責任電子壁新聞では中身についてちゃんと取り上げておりませんです。スイマセン。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2021-09-11

9月9日の熊本市内での九響公演など、このクラスの指揮者とすればビックリするぐらいお安いですから、来週土曜日の発売日にはチケット争奪戦になる…のかな。とにもかくにも、東京首都圏からでもいらっしゃるという方は少なくないことでありましょう。頑張って闘いに参加して下さいな。

ちなみに、あたくしめはミュンヘンARDコンクールの弦楽四重奏本戦が終わり、慌てて日本列島に戻ろうとしている辺りなので、取材なりには行けません。昨年いろいろお世話になりましたから、本来はやらにゃならぬのでしょうが。関係者の皆様、なんとかしてみます、ちょっとお待ちを。

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