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文房具騒動 [売文稼業]

一昨日、10年来共に世界を歩き回り、単行本一冊と共著本三つをやった(……これだけかぁ、情けなや)メインマシンが、突如、逝きました、おかしいな、という感じがしてきた瞬間に、慌てて今の仕事関係で必要なデータは据え置きハードディスクに落としたので未着手のテープ起こしデータが消失したりとか、必要な取材メモがなくなったりとかはしなかったものの、いくつかのソフトのログインパスワードなどを集中管理していたファイルをサルベージュする前に全に駄目になってしまいました。で、当電子壁新聞の更新もできなくなっていました。今は、サブマシンを1年ぶりに生き返らせ、Windows10のテストマシンにしていた前のメインマシンを引っ張り出し、あれやこれやで週末に締め切りが来ていた原稿をなんとかやっつけ、送り……って状況でありました。

なんのことはない、単なる文房具の不良でありまする。それだけでこんな、実質数日仕事ができない状態になってしまうのだから、なんだかなぁ。

ともかく、仮復旧はしましたので、来週も仕事はちゃんとやれます。まずはマーク・ダネルのテープ起こしから原稿作成、その後に松本の原稿がレイアウトが決まる筈なのでやっと枚数が出てきて、作業にかかれる。9月最後の週は、アマリリスQとタカーチQの取材が放り投げられていて、それに終始しそう。ま、それらの作業はなんとか乗り切れるかな、という感じにはなってきました。

誰に対する連絡だか判らんが、そんなわけで、関係者の皆々様にはご迷惑かけましたけど、来週からは商売もん作業は一応、大丈夫、という連絡です。当電子壁新聞に関しましては、なにしろ2005年の開設以来、So-netさん側のハードアップデートが殆ど成されておらず、例えば写真のアップもフォトショップでデータを小さくして読み込まねばならない、なんて今どきの若い人にはあり得ない状況。そのフォトショップが仮営業中状態では入っておりませぬので、アップされることがあっても文字のみになるでしょう。ま、だからなんだ、だけどさ。

なお、以前ちょっと記しましたやくぺん先生の体の問題ですけど、メインパソコンが逝った前日から本格的な治療が始まりました。今日明日にあの世いき、というもんじゃないようですので、ちゃんと仕事します。新しい電子文房具購入せねばならぬ!仕事くださいなっ。

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ピアノ独奏演奏会で譜面を見る [演奏家]

いろいろありまして暫くは、下手するとこの先ずっと、遠くに行けない体になりましたです。というわけで、これまでは極東の島国湾岸帝都で開催されながらもなんのかんの理由をつけたりつけなかったりして顔を出さなかった類いのジャンルの演奏会にもきちんと足を運ぶようにせにゃなるまいなぁ、ということで、これまで年間に数回通ったかどうかという独奏ピアノなぁんてやくぺん先生には縁の薄かったもんも心を入れ替えて聴くべえか。

かくて一昨日は足立区のスター白石光隆さんが毎年開催している上野での演奏会を聴きに行き、それなりになんのかんの思うところがあって、やっぱりちゃんとした方のパーフォーマンスというのはいろいろ勉強になるものであるなぁ、と失礼極まりない感想を抱いたりしたわけでありました。黛敏郎氏が敗戦2年目に上野音楽学校の生徒だった19歳のときに書いた《オール・デ・ウーヴル》という小品はめちゃくちゃ面白かったです。「これは若き黛敏郎の秘曲、って言ってるけどホントは嘘で、白石さんが自分で今、即興でジャズっぽい曲を弾いてるだけなんですよぉ」なんて言われらた、さもありなん、って信じちゃいそうなもんでありました。数年前まで軍楽隊で死ぬかもしれないという状況に置かれていた才気煥発な少年がこういうもんを書いていたんだなぁ…って。昨今の黛敏郎やら三島由紀夫やら、はたまた赤尾敏だって「アカ」と罵倒されそうなおかしな風潮、この作曲家の「思想」ってか、なんでああいう政治思想を抱くに至ったか、今なら堂々と研究ができるんじゃないかなぁ。その出発点に、こういうもんがある。

ま、それはそれ。本日やっと秋になったかと思わせるちょっとは人が暮らせそうな空気の中、のこのこ浜離宮まで出かけて聴かせていただいたのは、ピアニストというか、指揮者というか、作曲家というか、ともかくマルチ音楽家の野平一郎さんがバッハの《パルティータ》を曲集頭から最後まで6曲、一晩で全部弾いてしまおうじゃないか、というなかなかヘビーな演奏会を拝聴するため。

先月の終わりには上野で上森氏がバッハの無伴奏チェロ組曲全部+ブリテンの無伴奏チェロ組曲全部、という年に一度の体力精神力に挑戦、ってプログラムがあって、それはそれで聴く方も猛烈に疲れたわけだが、なんせ鍵盤楽器独奏というのは情報量がとても多いジャンルですから、果たしてやくぺん先生のへなちょこ精神力で乗り切れるのだろうか、長さはチェロの半分でも中身はおんなじくらい重たいわなぁ…なーんて試練の気持ちで伺ったわけでありました。

結果からすれば、なんとまぁ、とっても「楽しい」一晩でありました。

なんせ相手は作曲家さん、バッハの作品について懇切丁寧にお説教してくれるような音楽が2時間以上続くのかなぁ、と思ってたら、まるでそんなんじゃない。ぶちゃけ、「普段は作曲なんぞにも使ってるモダンなピアノの前で、野平先生がちょっとそこに置いてあった《パルティータ》の楽譜を拾い上げ、ねえねんちょっと貴方、譜めくりやってくれる、って感じでお嬢さんを呼びつけ、頭の変ホ長調から弾き出したら、面白くてやめられなくなって、あーらまぁ、気がついたら全部弾いちゃった」って感じの一晩だったんですわ。

そう、野平先生、浜離宮のモダンなスタインウェイ(どの楽器を使ったかマネージャーさんもご存じありませんでした)に譜面台を立て、譜面を置き、横には譜めくりさんも用意して演奏なさったのでありますよ。

正直、やくぺん先生の数少ない「独奏ピアノのリサイタル」を聴いた経験の中で、新作やらノーノやらシュトックハウゼンやら「ゲンダイオンガク」は別として、世間一般で言うとろの普通の曲のコンサートで譜面をがっつり出し、譜めくりさんも控えさせて演奏するのは、初めて眺めたようなきもするぞ。

随分と昔のことになるけれど、某スターピアニストのNさんの著作のお手伝いをさせていただいたとき、Nさんといろいろ話す中で、盛んに出てきたのは「どうして演奏会って暗譜じゃなきゃ駄目なのかしら」って話題でした。ああ、やっぱりプロにとっても暗譜というか、譜面を忘れちゃう恐怖ってのは大変なことなんだなぁ、お仕事とはいえご苦労なことだなぁ、と思うしかなかったわけでありまする。なんせ実際に暗譜じゃない演奏というののちゃんと接したことがないわけで、譜面があるとないとでどう違うのかなんて、聴衆にはわかりゃしないしさ。

先ほどの野平先生、そんな、ある意味で禁断の行為を堂々と行ってしまったわけです。そこに醸し出された不思議とインティメートな空気は、ことによると「譜面を覚える、間違えないように弾く」という緊張感が少しでもあるところでは醸し出されないものだったのかもなぁ、なーんて思えた。これはこれで、あり、ってね。

野平先生、6時半に始まって休息込みでしっかり9時までかかった演奏のあとに、なんと《フランス組曲》第5番の「アルマンド」と、さらには平均律クラヴィア曲集第1巻の嬰ハ短調をお弾きになりました。
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勿論、譜面使ってます。なんかもう、ほんとに「そこにある譜面取って、はい」って感じ。このアンコール、譜面なしで弾いてたらなかったんじゃないかしらねぇ。

大御所の演奏会だからこそ許されることなのか、なんであれ、バッハって楽しいよねぇ、凄いネタがいっぱい詰まってるよねぇ、って次から次へと野平さんといっしょに面白がってしまった演奏会でありましたとさ。

バッハだからあり、なのかなぁ。シューマンなんかだったら、とても想像できないぞ。

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新帝都湾岸台風直撃・札幌足止め [たびの空]

札幌は中島公園の北の端、すすきのから南に下ってきたところのビジネスホテルにおります。千歳発午後8時20分、羽田到着午後11時予定のANAが欠航。明日の交代便もANAエアドゥJALスカイマークPeachジェットスター諸々各社全く便が取れません。

これは危なそうだなぁ、という気配を感じつつ、午後3時開演のダネルQ2日目、札幌の財団委嘱新作初演、グバイドゥリーナ、ショスタコ15番、という地味自慢みたいな演奏会が始まる前に、iPhoneの電源を切りました。で、どうやら午後3時半に欠航が決まったようでANAさんからメール連絡、別便への振り替え案内が来たようだ。とはいえ、こっちは終演後の諸々の作業が終わるまでまともにメールなど見られる筈もなく、さて、明日のダネルQは博多に移動なんだけどちゃんと飛行機は千歳に来るかわかりゃせんなぁ、などと他人事のように思いつつ、とにもかくにも千歳空港まで行って状況を見た方が良かろうと、iPhoneを復活させながら札幌地下鉄駅方向に暑い暑い公園内を歩いていると、おおお、メールが来てるぞ、わああああ欠航じゃないかぁ!

既に情報が出てから2時間近く、慌てて明日の振り替え便予約サイトに転送されても、もう明日の便など全くありません。明後日火曜日の便でも、既に満席が出始めている。

さあああて、どーするべーか。

ともかく地下鉄に乗って札幌駅方向に向かうと、車内で電話がかかってくる。ニッポン国は何故か車内で携帯電話に対応してはいけないルールがある特殊な地域なので取ることは出来ないけど、先程バイバイしたマーク・ダネル御大からじゃないかぁ。ともかく次の駅で降りて、ホームで対応すると、午前中にやったインタビューで良い足りないことがあったらしく延々と話してくる。ちょっとゴメン、今、東京便がタイフーンでキャンセルになって足止め、宿を探さにゃならんのよ。おお、そうか、じゃあ、これから一緒に夕飯を食べようじゃないか!いやいや、まだ宿も取ってないし、これから東京に戻る便も取らねばならぬし。そうかぁ、残念だな、じゃあ、明日、空港で会おう!

ポジティヴでなければ演奏家にはなれないのじゃ、うん。

で、ともかく、引退発表までは毎年年間数十日利用していて上級会員になっている外国ホテル予約サイトのアプリに行き、札幌の最安値ホテルを探します。へえ、昨晩の札幌は猛烈に宿が高かったんだけど、今日はいつもの閑散期値段じゃないかい。昨晩泊まった宿よりもお洒落な公園直ぐ横のビジネスホテルが昨晩の半額以下、税込み5000円以下であるじゃないか。で、地下鉄ホームで瞬時に予約。地下鉄札幌駅の改札を出ることなく、また中島公園駅に戻ります。

予約完了から15分後に公園を眺める宿にチェックイン。フロントのおねーさんに状況を説明すると、曰く「じゃあ、これからお客さんが次々あるかもしれませんね。」ま、仰る通り。なんせ今日は秋のフードフェスティバルが大通公園で始まっていて、それで観光客もいっぱいいて、そいつらがみんな帰れなくなってるわけですから。空港は大混乱だろうなぁ。

かくて部屋に入り
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あれこれ状況を眺め、フードフェスティバルで350円也で買ってきたメロンパン愛好家弟君土産の札幌名物なんとか屋のメロンパン、このままでは固くなっちゃうからさっさと食ってしまえ、と暗いなら、なんのかんのなんのかんの。流石に、佃のぶんちょう様たち土産の奴らが大好きな朝摘み新鮮北海道の胡瓜は、喰らうわけにいかんわい。結果として、明日月曜日は便を取ったところでまともに飛ぶはずがない。午後に医者にいかねばならぬが、病院だってまともに機能するはずがない。で、札幌から戻れません、火曜日にしてくださいというメールだけは入れて、明後日午前9時半の変更便を確保。溜まっているアップグレードポイントを使って金持ち席にしてしまうのであった。なんせ、混乱時は少しでも強いチケットを持ってる方が有利ですからなぁ。

宿は、またまたホテルアプリを使い、空港に送迎してくれる千歳近辺の宿の最安値を探す。古いシティホテルで正価タグが2万円を超えてる部屋が税込5018円也で出ているので、なにも考えずにゲット。空自正門前から真っ直ぐ行き、空港バスが高速に向けて曲がるところにあるデカい宿じゃないか。北から進入するF-15やアベちゃんトリプルセブンが眺め放題の宿だなぁ。今回は混乱が予想されたので少しでも機材を軽くするため、写真は札幌の財団さんに貰えば良いと一眼レフ持ってきてないので、千歳の北に座って機械鳥見物なんでアホなことを考えず済んで良かったわい。

そんなこんな、あれこれ処理をしたらもうこの時間。世間になんの役にも立たない現状報告でありました。ともかく、新帝都には火曜日昼前に戻る予定です。明日はテープ起こしか、急ぎの短い原稿ひとつをノマドりながらやりまする。

葛飾巨大柿の木、御願いだから台風に耐えてくれたまえっ!

[追記]

一夜明け、北の大地札幌は相変わらず気の触れたような暑さ。どうやらバビロン・プロジェクトのレイバーが大暴走しそうな湾岸直撃台風だったようで、葛飾巨大柿の木に被害は必至なるも、お隣さんの電話番号発見出来ず焦るばかり。病院は担当者が辿り着けないと連絡あり。大川端縦長屋から眺めるやくぺん先生ノマド場上の藤棚近辺でも、かなりの倒木が出ているとのことでありまする。

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札幌のプチ・ヴァインベルク祭り [弦楽四重奏]

当電子壁新聞では未だに表記が定まっていないWeinberg、どうやら日本語では「ヴァインベルク」と書く流れとなったようなので、「書いてあることはみんな嘘、信じるなぁ」をモットーとする当無責任私設壁新聞でも時流に乗っ取りヴァインベルクとします。なお、当電子壁新聞記事検索では両方ありますので、ホントに調べたい酔狂な方は「ヴァインベルク」と「ワインベルク」の両方で探してみてちょ。暇があったら統一したいとは思いますが、そんな面倒なことをやる気はしないなぁ…

札幌のキタラホールが14年来招聘しているダネルQが、日本での本拠地たるキタラ小ホールで「プチ・ヴァインベルク生誕百年祭り」を開催してくださいました。
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2日間連続2回の演奏会、数時間前に終わった初日はまずショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲第1番に始まり、ベートーヴェン作品135、それにヴァインベルクの第2番という4楽章作品が3つ並べられます。この団体の隠れ社長ではないかと推察しているバシュメットと並ぶロン毛ヴィオラの巨匠ヴラッド氏立ち話で曰く、「今日は古典的な形式の作品を意図的に集めました。そう、台北でやるチクルスのプログラムと同じ…だったと思うなぁ。」

続く明日の午後は、なんとなんと、どういう背景があったかしらぬがキタラホールがこの演奏会のために委嘱するという大盤振舞をした札幌大谷大学芸術部の先生をなさっている作曲家小山隼平の新作、それにグバイドゥーリナの《バッハの主題による省察》、そして最後はショスタコーヴィチの15番。なんともまぁ、よくまあこんなプログラムをやってくれたもんでありまする。これはもう、どんな貧乏人たれ朝一のLCCで北の大地まで来なければならんじゃないのよ。

ちょっと残念なのは、このプログラムのとんでもなさというか、ものスゴさが広く札幌市民に伝わっていなかったこと。キタラがダネルQのこういう趣旨のプログラムのために新作委嘱し、世界初演するんだから、当然NHK札幌やら道新やらが詰めかけねばならん筈じゃないの。それは明日だ、と言われればそれまでだが、もうちょっと大きく盛り上がってくれてもいいのになぁ…ちなみにこの週末は金曜にオープンした北海道の秋祭り「札幌食の祭典」で市内は大いに盛り上がっており、キタラ館長さんも「七丁目から向こうに屋台がたくさん出てます」と仰ってました。お陰で今日は飛行機も宿も滅茶苦茶高く、今、これを書いている中島公園駅徒歩3分のビジネスホテルは普段の倍以上の値付け。周囲の飯屋にはすすきの方面から流れてきた人々で溢れてます。うううん、キタラとすればそんなんじゃなくてダネル&ヴァインベルク祭りだろーにぃ!

もとい。で、前天皇隠居直前に溜池で開催されたN響&下野御大の「東京プチ・ヴァインベルク祭り」、金沢の連休音楽祭りの中でスルッとやられちゃった「クレメルが祝うプチ・ヴァインベルク祭り」に次ぐ、恐らくは記念年最後の盛り上がり「札幌プチ・ヴァインベルク祭り」でありますが、大いに盛り上がりました。

なんせこの数年で90年代前半世代の中でも一気にメイジャー化しちゃったダネルQ、ショスタコーヴィチのサイクルは何度やったか、ヴァインベルクの全17曲だってチェロのマルコヴィチ様が天下のイザイQが終わって移籍して下さってからでも何度もやってる。今年はパリでやり、世界で初めて全曲演奏を行ったバーミンガムでももう一度やるという。台北でも3年越しの「ベートーヴェン+ショスタコーヴィチ+ヴァインベルク」サイクルがこの11月に終わる。ともかく、やたらと弾いてる連中。
ですから、やああいヴァインベルクってすげーじゃん、ってやっと全曲揃った楽譜を眺め、2番とか6番とか比較的手が付けやすい曲を有り余るパワーとアンサンブルのテクニックにかまけてガンガンに弾きまくる若いバリバリな奴らの音楽とは違い、ショスタコ・アレグロの狂気さ1.5倍みたいなヴァインベルク・アレグロをイケイケゴーゴーで盛り上がって大喝采、という音楽ではない。無論、生理的な盛り上がりはあるに決まってるけど、全体のバランスの中に収まった、猛烈に手に入った再現になっております。

あ、マーク先生の足バタバタパーフォーマンスは健在、ってか、冴え渡っておりまするが、それはもうこの団体のトレードマークみたいなもんだから、苦笑して眺めるしかないわなぁ。この人、立って弾いたら竹澤さんみたいになるんだろーか?

本日のハイライトは、アンコールにありました。まずはマークが「スーパームーヴメント」と言ってチャイコフスキーの《アンダンテ・カンタービレ》楽章を弾く。これはまあ、この流れですから、歌いすぎない、ロシアのベタベタ演歌とはちょっと違う音楽。で、大拍手止まぬ中、まさかのもう1曲。ステージ上のマーク社長に拠れば「ヴァインベルクにはシューベルトみたいに書いたけど放っておく曲がたくさんあり、これも1950年に書かれて、私たちも昨年初めて演奏しました。日本では初めて」だという《即興とロマンス》という小品。このロマンス部分がねぇ、映画音楽なんぞで食っていたヴァインベルクの面目躍如、もう涙が出くらい懐かしい素敵な音楽なんでありますわ。おおお、この病気の見つかった死に損ないの俺にも、まだこんな旋律で感動するなんて純朴な乙女のような心が残っていたのか、と泣きたくなるようなチャーミングな音楽。そう多くはないと言え熱心な札幌の聴衆の心を鷲掴みにし、こんな演奏会では珍しいスタンディング・オーヴェーションをするおばさまでいらっしゃいましたです。

終演後は延々とサイン会。楽器をやっている方と話こんだマークは、その方の楽器を取り上げて弾き始め
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みんなが苦笑を通り越して早く飯食いに行こうぜ、って呆れ顔になるまで引き倒しておりましたです。

ちなみにこの演奏会のキタラ側の担当者の若き日下氏、なんと数年前まで「エクプロジェクト」に加わって下さっていたそうで、いやぁ、撒いた種がこういう形で北の大地で育っているとすれば、死に損ない爺も嬉しいのであるぞよ。うん。

さても、明日の演奏会、まだチケットはあるようですので、皆さん、今から羽田や伊丹に走っていらっしゃい。ただし…台風新帝都直撃みたいなんで、帰れるかわかりませんけどね。

[追記]

今、キタラホール楽屋でマーク・ダネル氏へのインタビューを無事に終えました。相変わらず喋りまくられました。「ヴァインベルクについて」1本です。掲載誌は『音楽の友』誌です。請うご期待。

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歴史を書くことについて [売文稼業]

もの凄く壮大な話にきこえるけど、ま、気楽な茶飲み話でありまする。

数日前、東京都交響楽団の定期演奏会で無料配布冊子「月刊都響」最新号を手にしました。
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むかぁし、やくぺん先生も数年連載をしていたことがある媒体なので、毎月バックナンバーを送付されてくるけど、やっぱり会場じゃないとなかなか隅から隅まで眺めることはないなぁ、こいういうもの。

んで、どういう風の吹き回しか、今月は所謂「演奏史もの」が2本も掲載されており、そのうちのひとつの若杉さんとわたなべあけさんを回顧する作文など延々6ページもある。連載ものの「オリンピックと音楽」という3ページの記事も、いよいよ本丸、都響設立についてが始まりました。演奏史というのはある意味で極めてマニアックなもので、余りページをとってもらえることがない。たまたま今月は若杉&あけさん回顧の定期演奏会が組まれたからなのでしょうけど、冊子54ページで本来の目的の当日プログラム曲目解説や出演者紹介が大半を占める中で6分の1もが演奏史なんて、ちょっと普通ではないバランスでんがなぁ。

さても、この「演奏史」ってジャンル、非公開のコンサートやプライヴェート主催者のイベントが関わってくると面倒もあるだろうけど、基本的に不特定多数の聴衆を相手に宣伝して開催される公開イベントだから事実関係のデータを調べるなんてちっとも難しいことなかろーに、とお思いでしょうねぇ。

ところがどっこい、それがそうもいかないんだわ。

なによりも、細かい情報量が多いので、データそのものの記録間違いが多い。それから、かなり頻繁に起きるのは、「事前告知された情報と、実際に演奏されたコンサートの細かい事実関係が異なっている」という事例が珍しくない、ってか、演奏者や曲目やらのギリギリの変更なんぞ日常茶飯事。その辺りのチェックなしに公式な記録集が出来てしまうこともある。だけどオソロシーことに、という一度公式なデータが出来てしまうと、それが事実であり実際に起きた方が間違いと多くの人が信じてしまう。これ、実際にN響公式史なんぞでも起きていることで、戦後のある時期にN響コンサートマスターを務めていた故岩淵龍太郎氏となんかの機会にそんな話になり、自分が弾いている筈の演奏会がそうなっていない、と目の前で激高なさり始め、どうしていいものやらオロオロした記憶があるっけ。

話が面倒なのは、「ちゃんと調べてくれなかったんですねぇ、困ったもんですねぇ」と相づちを打っているしかない場合はともかく、天下のベルリンフィル公式100年史だかの場合など、もしかしたらこれは史実ではないと判っているけど意図的にやってる(やってた)んじゃないか、と邪推せざるを得ないような状況もあること。
手元に現物があるわけではないので詳細は記しませんが、ナチス時代政権下の演奏会データでは、もうそのときにはベルリンを脱出している筈の演奏者の名前が記されている箇所がある、と関係者の方が洩らしていらっしゃいる。その方の推察では、その音楽家がベルリンを捨てたことを当時の人々に悟られたくないので、実際にはいないのに当日の印刷物や公式発表はその人が弾いているようにした。それを誰も直さないままにアルヒーフに収められ、公式史を作成するときにはもうその頃を知った人などいないわけですから、担当者は疑問の持ちようもなく、事実と信じて作業をしたのだろう、とのことでした。怒ってるというより、仕方ないでしょうねぇ、ああいう時代でしたから、という感じでした。

つまり事々左様、一次資料が案外と役に立たないジャンル。事実チェックをしようとすると、まず「これは本当かなぁ」と当たりを付け、同時代の新聞とか批評とかを探さねばならない。学生の論文とか、助成金が出ている研究ならともかく、普通の事務的な作業としては手間がかかりすぎるわけですわ。

なんでこんな話をしてきているかというと、この「月刊都響」9月号のふたつの記事の「演奏史」を書くスタンスの微妙な違いが興味深かったからであります。

若杉&あけさん特集は、我が業界のスター書き手氏の著名記事で、客観的なデータをバランス良く拾いながらも、記事としてのハイライトは「私が聴いてきた、私が接してきた若杉さん&あけさん」となるようにしてあります。つまり、「客観的とされるデータはこういうものでそれはそれ、私が実際に知ってるお二人はこういう方」というものです。きっちり読むほど意外に(といっては失礼だけど)誠実で、流石に大手新聞スター記者が長かった方だと思わされるテクニックに溢れた記述になってます。当時を知ってる読み手は、「おお、私の知ってるあけさんは…」とか思わず誰かにいいたくなるような記事。

もうひとつのオリンピックの方ですが、これはまあぁ、とても難しい部分に触れてるなぁ、と感じざるを得ませんでした。「都響の創設」という、日本のオーケストラ史でもあまり語られない部分を、都響の公式機関誌が扱ってるわけです。つまり、著者名があろうが「あくまでも個人の見解です」なとどとすっとぼけるわけにもいかぬ。「へえ、これが都響の公式見解なわけか」と人々に思うなと言う方が無理でしょう。

著者さんは可能な限り客観的に記すようにしていらっしゃいますが、やはりこういう記述は当時の都議会議事録とか、創設時のミッションステートメントとかを引用しないと危ないんじゃないかなぁ、と思ってしまいます。市場に流れ販売される出版物ではない、国会図書館には入らないかもしれないけど、上野東京文化会館音楽資料室には確実に収まるでしょう。そして、後に「都響とオリンピック」について調べる人は、必ずやこの記事を検索し引用したり、都響の公式なステートメントに準ずるものとして扱うことになる。

著者を批判しているのではありません、誤解なきよう。だから、もの凄く慎重に典拠を示してこないとまずい、大変な仕事になるよなぁ、と思わざるを得ないのであります。

正直言えば、やくぺん先生は学生券で三桁台の値段のチケットを買って天井桟敷で聴いていた70年代終わりのあけさん時代から、お嫁ちゃまが「都響創立20周年記念合唱団」でまらはち歌ったりなんなり。その後も合唱団に裏曲目解説書いてまわすみたいなことしてたり、なんのかんのお付き合いをしていた中で、「都響は東京オリンピックのレガシーとして創設された」なんて話を一度として聞いたことがありませんでした。実際にそうだったかどうかを疑うわけではないにせよ、少なくともこの団体がそういうものだなんて思ってる奴は、周囲にはいなかった。事務局のDさんなんかがどう思っていたか知らぬけど、あけさんからアツモン、コシュラーなんぞの時代、コンマスが小林健次さんから、信じられないかも知れないけどあの古澤巌氏だった頃に、普通に都響と接していた庶民一般人が「都響がオリンピックに関係ある」なんてまああああったく思ったこともなかった。

だからこそ、創設のミッションステートメント、もしくはそれらしきものがどんなものだったのか、是非とも現物の文書なりで知りたいと思うわけです。

「演奏史」が歴史である以上、読み物としてのストーリー性はあってはいけないとは言わぬ。でも、1964年にブルーインパルスの五輪の輪を遙か彼方から眺めた記憶があるガキとすれば、そのときの自分が感じようがなかった「オリンピックの文化活動」なんてものがあったなら、是非とも確かめてみたいのでありまする。

ちなみに、昨今の一部の「前のオリンピックのときには…」ストーリーで「オリンピック・パラリンピック」と1964年の都民が口にしていることがあるけど、あれは全く歴史捏造です。当時、パラリンピックなんてだーれも知らなかった。あれはマズいよなぁ…

当たり前過ぎることだけど、歴史を語るのは難しい。唯一の現実的な対処策は、「誰の立場から語るか」を明示すること。この「月刊都響」9月号は、その点では極めて明快だから、これはこれであり、なんですかねぇ。

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お知らせ [売文稼業]

振り返れば札幌PMFにプロフェッショナル弦楽四重奏コースが設置され、東京Qが講師として招聘され、のこのこ札幌に出かけ眺めてるたびの空で、なんの因果かいきなり始めた当無責任私設電子壁新聞、あれよあれよと10数年、やくぺん先生もすっかり爺初心者となり、「世界中のメイジャー弦楽四重奏コンクールを眺める」という恐怖の持ち出し生活が財力体力とも限界となり引退を宣言。老いぼれ余生となったものの、自転車を漕ぎ止めたら収入皆無となるフリー生活、どうやってこれから生きていくべーか、と暮れゆく新帝都の空を眺めていたところへ、周囲の知人友人関係者同世代に次々と思いがけぬ訃報が続き、なんだかなぁ、俺もいよいよそういう順番か、と思ってたところ、先週くらいから流石に体調が悪く、これも先に逝った友人らがなんか言ってるのかもねぇ、と冗談言いながら(アウトリーチ取材以外では)10数年ぶりに病院というところに行ってみたらあちこちたらい回しされぇ…

先程、ある病気の認定をされましたとさ。

てなわけで、今日明日にうわの空どころか「やくぺん先生あちらの空」ってわけではないにせよ、これまでのような無茶苦茶な生活は出来なくなりそうでありまする。

無論、フリーの我が身、やるべき仕事はきっちりどころか、保険適応とはいえ医療費稼ぐという具体的過ぎる目的があるわけで、ちゃんとやります。お仕事下さいっ!ただ、遠隔地への長期取材などはちょっと暫く無理、ってこと。来月の台中《神々の黄昏》はパス。無論、来週末からのジュネーヴ歌劇場での《浜辺のアインシュタイン》も、本来なら借金してでも行かねばならぬもんなんだけど、涙涙でパスでありまする。来月末のソウルの《ルカ受難曲》は、ギリギリまで考えます。11月の台北のダネルQの「ベートーヴェン+ショスタコーヴィチ+ヴァインベルク」チクルス最終回も、未だ未定。来年9月のパリの《光の月曜日》だけは、這ってでも行きますっ!天才パスカルくんの《光》チクルス、まだあと5年もかかるじゃなかぁ、完結までに。ううううん…

病院前にふらふらな状態で眺めたベンジャミンの悪辣すぎる台本のオペラの感想になってない感想とか、書きかけで放ってあるもんもいくつかあるんですけど、ま、別にこんな無責任電子壁新聞、一銭にもなってないどころか自分で他人様から嫌われて仕事を減らしてるだけじゃないかとすら笑われてる代物、この先の更新頻度は更に低下する可能性がありますので、その辺り、お許しあれ。

って言いながら、この週末はそのダネルQが台北でやってるサイクルのホンの一端を示してくれるヴァインベルク記念年らしい演奏会をやって下さるので、迫る颱風の中、遙々札幌まで朝一のLCCで向かいまする。
https://www.kitara-sapporo.or.jp/event/event_detail.php?num=3413
昨晩の段階では、まだ連中、イタリアにいるとのこと。今頃、シベリア上空を渡ってるくらいかな。一応、お仕事になってるので、中身については某表の媒体で、ということ。悪しからず。

それにしても、医療費ってホントに訳の判らぬシステムだなぁ。病院経営ってオーケストラ経営にそっくりじゃないか、こういうジャンルならちゃん商売になるジャーナリズムがあるんだろうなぁ…なーんていろいろどーでも良いことを考えてしまう。世の中にはいろんな世界が広がってるものでありまする。

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バンフ大会始まって以来の結果 [弦楽四重奏]

極東の島国列島の本日昼前、第13回バンフ国際弦楽四重奏コンクールの結果が出ました。なんと、この大会始まって以来の「1位2団体」という驚愕の結論となった次第。こちら。すっかり公式速報化しているヴァイオリン・チャンネルからですけど。
https://theviolinchannel.com/joint-1st-priz-awarded-banff-international-quartet-competition-marmen-viano-quartets/
公式にも賞の詳細が出ました。
https://www.banffcentre.ca/articles/2019-BISQC-Winners-Announced

ファイナリスト3団体から、マルメンQとヴィアノQが1位を分けることとなりました(各賞をどう分けるかはよく判りませんけど)。発表直後の現地からの報告では、聴衆の間ではかなりの戸惑いがあったようです。なにせ、今回からバンフセンターのレジデンシィだけではなく、かなりいろいろな副賞もあって、こんなにひとつが持って行って大丈夫か、という感じもあったんですけど、こういうやり方をするとはねぇ。ちなみに演奏終了から結果発表までかなり時間がかかり、聴衆は随分イライラして待っていたみたい。

どうしてこういうことになったか、恐らくはいかなこんな無責任私設電子壁新聞でも記せないこともあるんでしょうが、いずれいろいろ漏れ聞こえてくるでありましょう。なにはともあれ、「必ず優勝は出すけど複数団体の同位入賞はあり得ない」とみんなが信じていたバンフ大会だけに、かなりの衝撃だったことは事実のようです。

思えばバンフ大会、始まってから20世紀最後の優勝団体のミロQの頃までは、アマネットQなど余り上手くいかなかった(って、今もメンバーほぼ違って存続してますが)団体もあるものの、セント・ローレンスQやらラークQやら、ちゃんとキャリアを積めた団体に優勝が出ていた。だけど、21世紀には行ってからは「北米系の素材として良い団体」に優勝が行くようになり、数回前からははっきりと「カナダの次世代を担う団体を探す」という裏テーマが表に見えちゃうようになってきていた。前回のロルストンQ優勝で、良くも悪くも「バンフのローカル化」は一区切り付き、さて今回からどうなることやらと思っていたわけですが…いやぁ、こういう結果になるとはねぇ。

考えてみたら、豪州のティン・アレーQはあったものの、「バンフ優勝」というタイトルを獲得した欧州の団体って初めてじゃないっけ。なんせハーゲンもヘンシェルもクスもファイナリストで、優勝はしてないんだもんねぇ。

3年後には、いよいよ待望の新しい音楽ホールも完成し舞台も新たになるとのこと。新しいバンフ、仕事抜きの娯楽で好き勝手なことを言っていれば良いような状況で訪れられたらねぇ、婆さんや。

とにもかくにも、バリー監督以下、関係者の皆々様、聴衆の皆々様、お疲れ様でした。なお、マルメンQはボルドー大会の世界ツアー賞獲得団体として来年6月、大阪の闘いが終わった後に日本を訪れ、晴海などで演奏することが決まっております。ほーら、世界大運動会よりも楽しみでしょ!

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バンフのファイナリスト出ました [弦楽四重奏]

ホントに速報のみ。防災の日のいろんな大規模訓練も終わり、朝からやたらと騒々しかった新帝都の空もいつもの日曜午後のノンビリ気分になった秋の始めの筈の湿った曇り空の下、今、遙か涼しく爽やかな(筈の)バンフの山の中から、第14回バンフ国際弦楽四重奏コンクールのファイナリスト、3団体がアナウンスされたとの連絡がありありました。

カリストQ
マルメンQ
ヴィアノQ

だそうです。本選のベートーヴェン・ラウンドは現地時間でレイバーデー週末の日曜日午後、日本時間ではレイバーデー休暇でもなんでもないニッポン列島では月曜の朝っぱらということで、有り難いんだかなんだか判らん時間になりますねぇ。毎度ながらのヴァイオリン・チャンネルでライブがある筈。また貼り付けときましょか。ほれ。
https://theviolinchannel.com/vc-live-2019-banff-international-string-quartet-competition-livestream/
あ、ヴァイオリン・チャンネルさん、もう速報で記事をアップてるわ。現場にレポーターがいる、ってことでんな。ま、そりゃそうだろうけど。
https://theviolinchannel.com/banff-international-string-quartet-competition-finalists-2019/

とにもかくにも、去る6月のボルドーで「世界ツアー賞」を獲って、来年の6月には晴海にもやってくることが決まっている大阪大会出身のマルメンQ、ぐぁん張ってくれたまえっ!

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