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ピアノ独奏演奏会で譜面を見る [演奏家]

いろいろありまして暫くは、下手するとこの先ずっと、遠くに行けない体になりましたです。というわけで、これまでは極東の島国湾岸帝都で開催されながらもなんのかんの理由をつけたりつけなかったりして顔を出さなかった類いのジャンルの演奏会にもきちんと足を運ぶようにせにゃなるまいなぁ、ということで、これまで年間に数回通ったかどうかという独奏ピアノなぁんてやくぺん先生には縁の薄かったもんも心を入れ替えて聴くべえか。

かくて一昨日は足立区のスター白石光隆さんが毎年開催している上野での演奏会を聴きに行き、それなりになんのかんの思うところがあって、やっぱりちゃんとした方のパーフォーマンスというのはいろいろ勉強になるものであるなぁ、と失礼極まりない感想を抱いたりしたわけでありました。黛敏郎氏が敗戦2年目に上野音楽学校の生徒だった19歳のときに書いた《オール・デ・ウーヴル》という小品はめちゃくちゃ面白かったです。「これは若き黛敏郎の秘曲、って言ってるけどホントは嘘で、白石さんが自分で今、即興でジャズっぽい曲を弾いてるだけなんですよぉ」なんて言われらた、さもありなん、って信じちゃいそうなもんでありました。数年前まで軍楽隊で死ぬかもしれないという状況に置かれていた才気煥発な少年がこういうもんを書いていたんだなぁ…って。昨今の黛敏郎やら三島由紀夫やら、はたまた赤尾敏だって「アカ」と罵倒されそうなおかしな風潮、この作曲家の「思想」ってか、なんでああいう政治思想を抱くに至ったか、今なら堂々と研究ができるんじゃないかなぁ。その出発点に、こういうもんがある。

ま、それはそれ。本日やっと秋になったかと思わせるちょっとは人が暮らせそうな空気の中、のこのこ浜離宮まで出かけて聴かせていただいたのは、ピアニストというか、指揮者というか、作曲家というか、ともかくマルチ音楽家の野平一郎さんがバッハの《パルティータ》を曲集頭から最後まで6曲、一晩で全部弾いてしまおうじゃないか、というなかなかヘビーな演奏会を拝聴するため。

先月の終わりには上野で上森氏がバッハの無伴奏チェロ組曲全部+ブリテンの無伴奏チェロ組曲全部、という年に一度の体力精神力に挑戦、ってプログラムがあって、それはそれで聴く方も猛烈に疲れたわけだが、なんせ鍵盤楽器独奏というのは情報量がとても多いジャンルですから、果たしてやくぺん先生のへなちょこ精神力で乗り切れるのだろうか、長さはチェロの半分でも中身はおんなじくらい重たいわなぁ…なーんて試練の気持ちで伺ったわけでありました。

結果からすれば、なんとまぁ、とっても「楽しい」一晩でありました。

なんせ相手は作曲家さん、バッハの作品について懇切丁寧にお説教してくれるような音楽が2時間以上続くのかなぁ、と思ってたら、まるでそんなんじゃない。ぶちゃけ、「普段は作曲なんぞにも使ってるモダンなピアノの前で、野平先生がちょっとそこに置いてあった《パルティータ》の楽譜を拾い上げ、ねえねんちょっと貴方、譜めくりやってくれる、って感じでお嬢さんを呼びつけ、頭の変ホ長調から弾き出したら、面白くてやめられなくなって、あーらまぁ、気がついたら全部弾いちゃった」って感じの一晩だったんですわ。

そう、野平先生、浜離宮のモダンなスタインウェイ(どの楽器を使ったかマネージャーさんもご存じありませんでした)に譜面台を立て、譜面を置き、横には譜めくりさんも用意して演奏なさったのでありますよ。

正直、やくぺん先生の数少ない「独奏ピアノのリサイタル」を聴いた経験の中で、新作やらノーノやらシュトックハウゼンやら「ゲンダイオンガク」は別として、世間一般で言うとろの普通の曲のコンサートで譜面をがっつり出し、譜めくりさんも控えさせて演奏するのは、初めて眺めたようなきもするぞ。

随分と昔のことになるけれど、某スターピアニストのNさんの著作のお手伝いをさせていただいたとき、Nさんといろいろ話す中で、盛んに出てきたのは「どうして演奏会って暗譜じゃなきゃ駄目なのかしら」って話題でした。ああ、やっぱりプロにとっても暗譜というか、譜面を忘れちゃう恐怖ってのは大変なことなんだなぁ、お仕事とはいえご苦労なことだなぁ、と思うしかなかったわけでありまする。なんせ実際に暗譜じゃない演奏というののちゃんと接したことがないわけで、譜面があるとないとでどう違うのかなんて、聴衆にはわかりゃしないしさ。

先ほどの野平先生、そんな、ある意味で禁断の行為を堂々と行ってしまったわけです。そこに醸し出された不思議とインティメートな空気は、ことによると「譜面を覚える、間違えないように弾く」という緊張感が少しでもあるところでは醸し出されないものだったのかもなぁ、なーんて思えた。これはこれで、あり、ってね。

野平先生、6時半に始まって休息込みでしっかり9時までかかった演奏のあとに、なんと《フランス組曲》第5番の「アルマンド」と、さらには平均律クラヴィア曲集第1巻の嬰ハ短調をお弾きになりました。
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勿論、譜面使ってます。なんかもう、ほんとに「そこにある譜面取って、はい」って感じ。このアンコール、譜面なしで弾いてたらなかったんじゃないかしらねぇ。

大御所の演奏会だからこそ許されることなのか、なんであれ、バッハって楽しいよねぇ、凄いネタがいっぱい詰まってるよねぇ、って次から次へと野平さんといっしょに面白がってしまった演奏会でありましたとさ。

バッハだからあり、なのかなぁ。シューマンなんかだったら、とても想像できないぞ。

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