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石武オフィス開設 [売文稼業]

2021年9月3日、大分県由布市湯布院町に「石武オフィス」を仮開設いたしました。
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過去10数年、「書いてあることはみんな嘘、信じるなぁ」をモットーとする当無責任私設電子壁新聞を立ち読みなさってる酔狂な皆々様におきましては薄々ご存じの通り、当電子壁新聞が何故かいきなりPMFプロフェッショナル弦楽四重奏コースをやってた札幌で開設された0年代半ば頃は、佃二丁目の路地に庵が、窓を開ければ紙飛行機か糸電話で連絡が出来る向かいのマンションにオフィスがあった。以降、オフィスだった部屋が大家さんの息子が住むことになったと追い立てられ、庵と一緒になるような別の路地の長屋へと同じ町内でリヤカーで引っ越し。311の秋に葛飾で一人暮らしとなっていた父親が没し、その遺言で、無人となってしまう葛飾の実家に数十年ぶりに住民票を移さねばならなくなり、なんのかんのなんのかんので同じ佃二丁目内ながら「お嫁ちゃまの家族が暮らす縦長屋」と「柿の巨木がある元親の実家のオフィス」との二重生活になった。葛飾オフィスの方をどうするか、いろいろと家庭内で話をしている真っ最中にコロナ禍が勃発。ぶっちゃけ、フリーのやくぺん先生はモロにコロナの影響で収入激減、葛飾の家の固定費支払いすら困難な状況となる。かくて、成田空港へ降下する旅客機を見上げる千葉の親の墓の前で手を合わせ、葛飾を離れることを決意したのが昨年のサンクスギビングの頃。去る3月末には、涙なみだで巨大柿の木とシジュウカラさんやメジロン夫妻にバイバイし葛飾の地を去る。以降の半年ほど、佃縦長屋で嫁のご家族の居候状態で蟄居しつつつ、月島と豊洲の倉庫に収めた家財を含め最終的なオフィス移転先を探す作業を続けぇ…

いろいろ縁あって、ここ温泉県は別府の奥座敷、観光地としてそこそこは知られる湯布院町の観光地からは反対側に、恐らくは終の棲家となるであろう庵を結ぶことになった次第だっくだっく。
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とはいえ、お嫁ちゃまの上野での任期があと5年ありますので、ベートーヴェン没後200年で盛り上がる年までは、新帝都と温泉県の奥座敷の二重生活になることになります。幸か不幸かコロナ前に「世界のメイジャー室内楽コンクール全てに顔を出す」という現役生活からの引退を表明しておりましたので、新帝都などで顔を合わせる皆々様とすれば、日本列島を離れてる間が温泉県滞在になった、というくらいの感じになるだけでありましょうが。

連絡先などは、これまでと変わりません。月末までネットの工事が入らず、暫くは携帯小型ルーターがライフラインとなってしまいますので、10日に大川端に戻るまでは大きなデータは送らないで下さいな。

ちなみに、「石武(いしたけ)」とは合併で巨大になってしまった湯布院町内のある地域を示すローカルな呼称で、現在は公式な地名としては用いられておらず、Googleマップなどで検索しても出てきません。悪しからず。

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