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公開リハーサルは曲目解説ではない [音楽業界]

昨晩、新浦安駅前の浦安音楽ホールで、クァルテット・エクセルシオが「ベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏会公開リハーサル第2回」を開催いたしましたです。
https://www.facebook.com/QuartetExcelsior
んで、やくぺん先生の世を忍ぶ仮の姿が、「公開リハーサルの司会解説」なんて珍妙な役回りで舞台上手に控えることになったのでありまする。

公開リハーサルというのは、演奏会シリーズやフェスティバルでは一種の定番イベント。なにやら珍しいものでもない。やくぺん先生も、室内楽からオーケストラ、オペラまで、様々な「公開リハーサル」を眺めてまいりましたがぁ…そうだなぁ、公開リハーサルを眺めて「ああそうかぁ」と膝を打つ、みたいなことは、実は、あんまりありません。オーケストラの場合には、現実的には「支援者や関係者、学生に無料で演奏の一部を聴かせる」みたいなことになるのが殆ど。ホントにリハーサルをやってる内容をきちんと聴衆に伝えようと、マイクを使って指揮者の発言を拾ってみたりとか、いろいろ努力をするところは屡々眺めるものの、それによって「なるほど、この指揮者さんはこういうことをさせたいのかぁ」などともの凄く腑に落ちて、翌日の本番の演奏内容が猛烈に良く判った、なんて例は、ぶっちゃけ、あまり記憶にはありません。

室内楽でも、今でも想い出すのは90年代の始め、カザルスホールでグァルネリQが公開リハーサルをやったんだが、これがもう、完全に「リハーサルっぽい事を見せるショー」でしたね。ネガティヴな意味で言ってるのではありません。これはこれ、でした。でも、ホントに彼らが練習をしているところを見せるのではなく、練習でやってることの一部を凄く強調して、ある意味、わざとらしく、舞台で再現してみる、ってものでした。きけば、グァルネリQはリハーサルを公開することなどめったになく、どうやらこのイベントも萩本総合プロデューサーが相当無理を言ってやって貰ったとのこと。なかなかショーマンやねぇ、おじいちゃん達。

ともかく、リハーサルで行われていることをギャラリーがぼーっと眺めていても、殆どなにも判らぬ。それをなんとか判らせよう、練習で起きていることを可視化しようと、昨今ではテクノロジーを用いてろいろな試みも成されている。どうやらいちばん可能性があるのは、「演奏家たちが練習しているところをライヴで映像と音を収録、解説者やコメンテーターがニコニコ動画の画面書き込み機能などを用いて実況するのをスクリーンやスマホ画面で眺める」というものみたいですな。日本語文化圏でも、デジタル・ディヴァイスに対する抵抗が少ない30代以下の世代では、そんな試みも始まっているようですし。

さても、いずこも同じ高年齢聴衆さんが多い浦安音楽ホールさんでも、コロナでスタートが遅れたとはいえ、実質2020年シーズンに新帝都首都圏で唯一になってしまったベートーヴェン弦楽四重奏全曲チクルスの付帯事業として、「公開リハーサル」をやることにした。でも、ただリハーサルを公開したって、スコアにしがみついて眺めたとしてもやってることがどれほど判るやら。リハーサルって何をやっているのか、ちょっとでも納得出来るような方法で示せないだろーか…

というわけで、今を去ること数週間前、ともかくやってみて、いろいろ批判苦情文句が来たら少しでもフィードバックする形で良くしていきましょう、ってベートーヴェン的イケイケ気分で、最初の「公開リハーサル」第1回をやってみたわけです。これが公開リハーサル第1回のリハーサル風景。
IMG_6832.jpg
舞台にはエクが座り、後ろに大きなスクリーン。上手に司会者というか、要は突っ込み役のやくぺん先生と、解説及び投影画面譜めくりという重要なお仕事担当のカッセル(だったと思う)の劇場で何年か弾いて日本に戻ってきて、今は室内楽や教育活動をなさっているヴァイオリンの高橋渚さんとが座っている。エクの4名は、何食わぬ顔で、まるで聴衆なんていないかのように、普通に練習を始める。一応、喋っている声はマイクで拾えるようになってます。

渚さんは、「ながらの春音楽祭」でエクのセカンドを弾いたこともあり、自分でもエクとして練習や本番を行ったことがある経験者でありまする。要は、「5人目のエク」ですな。ですから、勿論、急に音楽を止めてボソボソっと誰かが何かを呟いても、それがどういう意味で、何をしようとしているかは判ります。とはいえ、わしら聴衆には判らぬぞ。んで、手元のパソコンで今エクが議論しているところのページを追いかけてくれている渚解説委員に、「今、なにやってるんですかぁ?」とやくぺん先生がアホな質問を投げ、それに「今、この音にもっと重さが欲しい、と言ってます」「重さって、音量が足りない。ってことですか」「いえ、音色というか、響きの質というか、弓の速さとかでも違ってきますし…」って。

そんな風にして、1曲につき30分弱、エクの練習とはなにをやっているのかを、演奏者の視点からお伝えしようとしたわけですわ。無論、この時間ではひとつの楽章の3分の1も終わらない。ホントに、練習のごくごく一部を除いていただきました、ってこと。あまり見せたくないけど、これが抜粋。
https://www.youtube.com/watch?v=vb5D29WTEKs

そんな最初の試みの後、練習室に座って見下ろす熱心な数十人の聴衆から、様々な声をいただきました。「解説や突っ込みが煩くて、エクの喋っていることがきこえない」「エクがやろうとしていることに集中できない」とか、散々な評判だったわけでありまする。

皆様からの批判非難の声にどうお応えするか。昨日の第2回を前に、やくぺん先生としては決断をしました。それ即ち、「出来るだけ喋らない、曲の説明は一切やらない」って2点。

この「公開リハーサル」で聴衆の皆さんが知りたいのは「演奏を創るときにエクが何を考え、何に気をつかっているか」を知ることでありましょう。「今演奏されているのが冒頭のモチーフから引き出された第1主題の前半部分なのである」とか「このスビトピアノはなぜかヴィオラのパートには書いていない」とか、そんなことじゃない。そんなの、自分で勉強してくれば判ることです。ベートーヴェンの弦楽四重奏なら、今時、曲の説明はググればいくらでも出てきます。楽譜だってよりどりみどり。オリジナルの自筆譜ですら、ボンのベートーヴェン・ハウスのアルヒーフにアクセスすれば貴方のパソコンで無料で眺められます。そういうとんでもない世界になっている。

だから、もう曲について喋るのは止めましょ。ともかく、エクが何をやってるかを、実際に弦楽四重奏を弾いている人が教えてくれる。それで十分じゃないか、ってこと。

ぶっちゃけ、第1回では作品127の冒頭を「説明」しようとしてしまい、「最初のEs-durの和音が楽章で調が変わりながら3回出てきて、3度目はC-durになるですよぉ、ほぉら」…なんて喋ってしまい、エクがやろうとしていた和音の響かせ方の微妙な質の違いの練習を、聴衆の皆さんに聴き取り難くしてしまったやも。あれはマズい。今回はしゃべらんぞぉ、つっこまんぞぉ…

さても、どういう結果になったか、正直、なんとも言えないところです。が、まあ、とにもかくにも《ラズモフスキー第2番》冒頭と、作品135終楽章の最初の3ページくらいを、リハーサルのリハーサルでエクがやってることを把握し、そこで出ていた問題が聴衆の皆さんにも共有できれば良い、という気持ちで臨んだのですが…

なんと、リハーサルのリハーサルの時は、「《ラズモ2番》頭の和音の二つ目のチェロと他の楽器の音の厚みの違いをどうやってバランス良く響かせるか」、「長いクレシェンドの中で和声が切り替わっていくところをどうやってきちんと聴かせるか」なんぞをやってるな、よおおおおし、なぁんて思ってたら、リハーサルの本番(?)では全然違うことをやってくれるじゃないのさ、エクの皆さん!作品135に至っては、「4楽章冒頭に書いてあるEs muss seinについては今日は説明しませんから、皆さん、自分で曲目解説とかみてください」なんてあたくしめが客席に喋っちゃったのに、いきなり「この2音目のmussの母音の重さってさ…」なーんてバリバリにそこの話を始めちゃうエクだったしぃ、いやはや。

そんなこんな、どんなに練習箇所が動いてもきっちり譜面をめくってフォローしてくださった高橋渚さんにはもう、ひたすら感謝しつつ、今回も試みは試みとして道半ば、という感じでありましたとさ。

ま、なんであれ、聴衆の皆さんには「弦楽四重奏の練習って、アンサンブルが合うとか合わないとかだけじゃない、もの凄く細かい、微妙なことをやってるんだなぁ」とお判りになっていただければ幸いなんでありまするが。

次回はまだまだ正月気分の1月8日、いよいよ、《大フーガ》のリハーサルです。譜めくり特訓をせねばっ。

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どる

久々に動画を拝見したら、セカンドとヴィオラの配置が替わっているのですね。
解説は興味深く観させていただきましたが、確かに難しいですね。
by どる (2020-12-08 17:07) 

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