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Schuppanzigh、シュパンツィヒ、シュッパンツィク? [弦楽四重奏]

先週末、ぼおおおっとした頭で延々と田園都市線に揺られフィリアホールまで行き、アルティQを聴かせていただきましたです。なんせ、彼らのフルコンサートをちゃんと聴くのは、京都で旗揚げ公演をやったとき以来、というんだから情けない。その後はまるっきり日程が合わなくて、昨年の「東京のオペラの森」でヴェルディのクァルテット聴いただけで、ホント、申し訳ありませんでした。
感想は、こんなとこに綴るようなものではありませんから、省略。ただ、先月のプレアデスQと並べて考えると、いろおおんな意味で、みんな音楽家として変化し、成長しているんだなぁ、と感じた次第です。「今、重ね来し日々に、万感の想いを込めて」なぁんて書いちゃいたいくらい。←判る方には判るでしょ。だってねえ、遙か昔のやんちゃ坊主たちヴァンガードQに始まり、ハレーQ、ゼフィルスQ、イグレッグQ、キタラホールQ(あ、まだあるか)、埼玉アーツシアターQ…

さても、会場でクァルテット愛好家のドイツ語研究者Sさんにお会いしました。で、小生が執筆させていただいた当日プログラムの駄文の表記を巡って、とても勉強になるご指摘をいただきました。「いまは猛烈にアホなんで、今のお話をメールかなんかでいただけませんか」と情けないお願いをしたら、直ぐに以下のような説明をいただきましたです。

話はとても単純。Schuppanzigh というドイツ語をどのように発音し、どのように日本語のカタカナ表記にするべきか、ということです。いろいろと端折って掲載しようかとも思ったのですが、研究者さんのものの考え方、着目の仕方など、とってもよく判る議論展開なので、まんま転載させていただきます。

なお、今後、小生もこのご指摘に従わせていただき、「シュッパンツィク」と表記させていただきます。但し、編集者の方が「シュパンツィヒ」と校正してきたら、以下の論拠を出した上で、相手側にお任せせざるを得ません。ま、学問の掟と業界の掟の違い、ということ。

あ、問題になってるシュッパンツィクという人は、ベートーヴェンがヴィーンに出た1700年代の終わり頃から最晩年までずっと付き合ったヴァイオリニストで、一言で言えば、世界最初のプロのクァルテット奏者でした。よーするに、「ベートーヴェン時代のボビー・マン」ですわ(え、この比喩じゃあかえって判らん、って?)。この人の助言でべートーヴェンは作品18のあちこちを弄り、出版曲順を決めてます。最晩年の後期クァルテットの作曲に於いても、当然、この人が率いる団体がベートーヴェンの頭にあった筈(「大フーガ」が弾けない、と突っ返した張本人!)。ウィキペディアの記事と写真を張り付けと来ます。べんきょーするよーに。なんか、つんさんに似てないかぁ。http://en.wikipedia.org/wiki/Ignaz_Schuppanzigh

「弦楽三重奏という形態を盛んに実験した上で見捨てたベートーヴェンが、弦楽四重奏に専念するようになり、その結果、現在に至るまでの音楽文献の中での弦楽四重奏の特権的なまでの優位性が確立された」…なんて歴史的事実の根っ子に存在するキーパーソンでありますな。幸松先生などに言わせれば、「弦楽四重奏団の系譜を辿れば、全ての団体が何らかの形で全てシュッパンツィクに辿り着く」そうな。それほど偉い人の名前が、ずっと間違って表記されていたというのですから、コワイといえばコワイ話ですねぇ。というわけで、Sさんの以下の論考、じっくりお読みあれ。

そうそう、ボンのベートーヴェン博物館にあるこの作曲家所有のクァルテット楽器一揃えを用い演奏・録音している団体が、Schuppanzigh quartettを名告ってます。こいつら。http://wp1046252.wp073.webpack.hosteurope.de/schupp/言うまでもないと思いますけど、この団体、180年前にあってベートーヴェンの初期から後期までを初演した団体の末裔、というわけではありませんので、誤解なきよう。あくまでもトリビュートとしての命名ですから。

                            ※

 「シュパンツィヒ」というカナ表記を見ると、ドイツ語をかじったことのある人は十人が十人まで、まず間違いなく「原綴りは Spanzig もしくは Spanzich 」と考えます。その際、「シュ」は子音でアクセントは「パ」にあるものと自動的に判断します。(ジングシュピールのシュピールなどと同じ、綴りと音の対応ルールによります。)
 しかるに正しい綴りは、似ても似つかぬ Schuppanzigh なのです。アクセントは「シュ」に置かれます。
 「パ」にアクセントを置いて「シュパンツヒ」といくら言いつのっても、ドイツ語では(英語でも)理解されないと思います。
 確かに標準ドイツ語の発音ルールでは、語末の -ig は「私は」の ich と同音になります(口語・方言は別)。しかし、-zigh を「ツィヒ」とする表記には、無意識のうちにカタカナとローマ字が干渉しているように思います(「 h はハ行の子音字」という日本語母語話者の思い込み)。
 実際には、一応ドイツで権威とされる Duden の発音辞典によれば、Schuppanzigh の末尾の発音は(ich ではなく) ik の音とされているのです。
 私見では、Schuppanzigh の末尾の h は「 ig を ich と同じ発音にしない」というシグナルと考えられます(いわば上記ルールからの逸脱を示す指標)。「この g は(ch のごとき摩擦音ではなく) k と同じ破裂音で発音する」という印です(言うまでもなく h は単なる目印で、サイレント)。(イタリア語で gi が「ヂ」音を表すのに対し gh はガ行を表すため ghi が「ギ」となるのと類似した規則のようにも思いますが、どうでしょうか。)
 結論としては、「シュッパンツィク」なら、カタカナのまま読んでも問題なく通じると私は考えます。発音上の注意点は、「シュ」にアクセントを置くことと、語末の「ク」を子音のみにとどめること、この二点のみです。
                                        (K大学法学部 新谷 崇)