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新国立劇場「兵士たち」について [現代音楽]

以下に記すことは、恐らく、日本語文化圏のネットの海の上では全く語られていない類の感想かもしれません。会場で不幸にも小生に捕まった方に漏らしても、まるで賛同を得られなかった意見であります。
なんであれ、最初に言っておかねばならぬのは、以下に議論する、ってか、どーでも良い感想を漏らすプロダクションに現場で関わった全ての方のご苦労と努力に対し、小生は最大限の敬意を払う者である、ということ。

さても、そこまで前置きして敢えて記しますと…2007年の「こどもの日」、新国立劇場オペラ劇場で上演されたツィンマーマンの「兵士たち」(新国立劇場と違った日本語訳を用いるのは、長年慣れ親しんだ言い方を今更代える気はないし、それに新国立劇場が挙げている題で記すとグーグルなどの無作為検索でこの壁新聞に辿り着く方がいらっしゃるだろうから)を3階の隅っこで見物していて、とっても哀しくなりました。

どうもこの劇場、舞台で行われている中身よりも、プロダクションの有り様ばかりが気になって、まともに「舞台芸術」としての結果を素直に受け取れない。ホントに困った場所です。なんせ、あたしの税金でやってる劇場だからね。

今回の上演が、もしも二期会がやったとか、びわ湖ホールがやったとかならば、もう小生は諸手を挙げて大絶賛し、よくやった偉い偉い、と叫んでまわるでしょう。電脳上のあちこちで、現代音楽に詳しい方や、業界関係の方が絶賛なさっているのと同じです。

でもね、小生は、そんな気持ちは百も二百も承知した上で、それでもやっぱり、猛烈になさけなああああああい気持ちになったんですわ。今シーズンの始めに「タンホイザー」を見物して、「10年やった結果がこれならば、この劇場は日本国の財政のお荷物以外のなにものでもないと判断し、即刻廃止すべし」と思ったのと似たような、はたまた似ていないような。

確かに、「エレクトラ」の興行的な失敗や、なによりも「ルル」で露見した新国立劇場のカンパニーとしての情けないほどの力不足を前に、新芸術監督の若杉氏が万に一つの失敗も出来なかったのは、納税者としてよーく判ります。そのために、可能な限りリスクを大きくしないやり方で、ハイブロウなファンやら評論家の絶賛を勝ち取る必要があった。そんなこと、カンパニーとしてこの劇場を眺めていれば誰にだって判る。

だから、ドレスデンでコンセプトを出し、初台の劇場と非常に似た環境にあるネザーランド・オペラでコピー上演がきっちりやれたデッカーの舞台の設計図をまるまる買って来ちゃって、自分らの手持ちの最高のチームできっちりコピー上演してみる、というコンセプトは間違いではない。いかにも若杉監督らしい、極めて賢い、文句の言いようのないやり方です。

いろんな意味で「ホントにやれるのか」と危惧されていた上演をちゃんとやり切ったことで、若杉監督への、少なくともアーティスティックな批判やら疑問は、暫くは表立って出ないことでしょう。それどころか、業界世論の動向によっては、次の冒険も出来るかもしれない程の大成功でしょう。びわ湖ホールを批判した議員さんなんぞ、軽く一蹴出来る程の圧勝ですわ。ホント、頭の良い人だなぁ。

小生が感じたのは、それらを全部理解した上での虚しさなんです。

ああああ、これって、最高に難しい課題を現存兵力の全てを投入し完璧に解いた、現在の東京ではこれ以上望みようがない模範解答だなぁ。

それ即ち…

あああ、この「兵士たち」という総合舞台作品から、世界第2位だかのGNP(かな?)、世界のベストテンに入る軍事費(対ユーロ円安がここまで酷くても、ベストテンからは落ちてはいないだろう)を誇る、この世界の一等国ニッポン・ブンカコッカのナショナル・テアターのプロダクションとして、日本国の舞台人が世界に向けたユニバーサルな舞台言語として発信する「兵士たち」トウキョウ・ヴァージョンを作る実力は、残念ながら、ないんだなぁ。

たとえプロダクションとしてはしっちゃかめっちゃかで、なんとかでっちあげた舞台も世界中の国立オペラ座クラスの主要カンパニーが制作しているものとしては最低水準と酷評された「ルル」の方が、まだ気概があった。不可能に挑み、あえなく轟沈する特攻を眺める気持ちでも、よほど清々しかった。

よーするに、「あたしゃ、アグリチームのドンキホーテ的心意気を腹の底から応援するような、浅薄で視野の狭い浪花節好き愛国者なのであーる」ってだけのことです。つまり、「トヨタかホンダがフェラーリの設計図買ってきて、完璧にコピーして、その結果、トゥルーリーかバトンがフェラーリに次いで表彰台の3位に登ったときに感じるであろう虚しさ」であります。←比喩が特殊過ぎるか…

ま、「やっぱ、7月のNYの、でっかい倉庫みたいなところに数十メートルの花道を設えてやる舞台を見物にいこーかなぁ」なんてお気楽こいてるアホの無茶苦茶な意見、と呆れて笑って下されば幸であります。はい。
http://www.lincolncenter.org/load_screen.asp?screen=lcf_diesoldaten_main

なんにせよ、新国立劇場、そして若杉氏の次に来るオペラの芸術監督さんには、今回の成功を踏まえ、今回出来なかったことに挑戦する形で、この作品のホントの新演出を出して貰いたいぞ。うん。
 
今回のデッカー原作アムステルダムほぼまんまのコピー輸入品舞台を眺め、「俺だったらこうする、俺にやらせろ」と思っている日本の演劇人は沢山いる筈だ。そんな人の中から、それこそ甲州街道沿いに街宣車が並んで「非国民の演出家、出てこーい!」と叫ばれるような、右派国会議員が上演中止に向けて圧力をかけようとするような、「オペラニュース」や「オペラヴェルト」の記者が慌てて駆けつけるような、そんな「大日本帝国の『兵士たち』」や、ことによると「憲法第九条下の『兵士たち』」が生まれるための第一歩となることを、切に願うのでありまする。そういう「世界に誇れる日本国のナショナルシアターの舞台」を作ってくれないと、一納税者として納得出来ん。アムステルダムに行けばもっと精度の高いものが観られるようなものを、税金使ったプロダクションでやって欲しくはない。
だってこのオペラ、「あらゆる意味で上演が猛烈に難しい」という重大な1点を除けば、「カルメン」程にも誰にでも判る、もの凄く単純かつ普遍的な舞台作品なんだから。別に設定を変えなくても、極端な読み替えをしなくても、普通にまともな日本の社会に生きる演出家がまともにやれば、イヤでも日本の社会なりの「暴力というもの」が浮かび上がってくるだけの力がある素材なんだから。

以上、当電子壁新聞には珍しい、主筆による社説でありました。

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Takamoto

やくぺん先生主筆の社説を拝読させて頂きました。私とは全く違った視点で捉えた「本音」を読ませて頂き、本当に感動しました > やくぺん先生社説

大阪アウトリーチの様子の詳細を伝えて頂けるのは本当にただただ感謝するばかりですが、やはり同じ日に同じ舞台を聴いた(観た?)方がリアリティがあります。

『日本発の情報発信にこだわるやくぺん先生の視点』は、本当にこれからの私が見習って行きたいと思っています。これからもさらなるご活躍を楽しみにしています。
by Takamoto (2008-05-14 22:15) 

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