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夏の終わりのシェーンベルク [音楽業界]

なにしろ主催者さんが文化庁だからこのご時世で開催されるのかなんとも判らないなぁ、と思いつつ、オケ連さんからもなにも行ってこないので、仮オフィスへの徒歩通勤の途中のコンビニに寄ってともかくチケットを確保しようとしたら、みんな同じ事を思っているのか可哀想なくらいまだたくさんのチケットがありそうな気配の演奏会があります。んなので、無責任な当電子壁新聞らしく、何食わぬ顔で宣伝します。お仕事でも何でも無い、単に「これじゃもったいないだろーに」ってお節介。

ニッポン国御上が自ら主催者となって、日本各地にオーケストラの響きを広めてやろーじゃないか、という壮大な企画であります。実質の運営をやっているオケ連さんのページから能書きをまんまコピペすると、「『オーケストラ・キャラバン47』は、文化庁の「大規模かつ質の高い文化芸術活動を核としたアートキャラバン事業」の一環です。文化芸術の重要性や魅力を発信し、体感して頂くことにより、コロナ禍の萎縮効果を乗り越え、地域の文化芸術の振興を推進する目的で開催されます。 全国37会場、47公演をお届けいたします。 お住まいの地域をクリックして是非ご覧ください。」へええええ…なんで函館以北の北海道、それに九州には全然キャラバンは来ないのか、ちょっと不思議だけどさ。
https://www.orchestra.or.jp/caravan2021/

関東地方は、オリパラ祭りの間の寂しいお盆の新帝都を盛り上げようというのかしら、秋のアジア各国からのオーケストラを集めるシリーズのお盆企画みたいな感じで、来週の火曜日から金曜日まで連日4日間ぶっ続けでオペラシティに大阪仙台名古屋のオーケストラを招聘して開催されることになってる。これ専用のチラシまであったりして。
https://www.nhk-p.co.jp/event/detail.php?id=1671

大いに盛り上がって良い筈の企画なんだけど、うううむ、どうもあまり盛り上がってる感はないなぁ。ミューザ川崎の夏祭りが奇跡的に一切の事故もなく無事に終了した後だから、ということでもあるまいが、なんだかちょっと不思議な空気が漂ってるのは否めない。だってねぇ、五輪騒動が終わったと思ったら一転、家から出るな、デパ地下行くな、帰省なんて滅相もない、ということになってるわけで、そんな新帝都は都庁のお膝元に日本各地からオケがやってくる、と言われてもなぁ…

そんなわけで、この企画そのものが静かにキャンセルになったのかと思ってもいたんだが、そういうことでもないよーだ。それなら、万全のコロナ対策をし、なんとでも足を運ばねばならぬ演奏会があるではないかぁ。そう、この演奏会ですっ!
http://sym.jp/publics/index/637/

いかがでありましょうか、マーラー、シュトラウス、ツェムリンスキー、シュレーカー、はたまたヴァーグナーから山田耕筰くらいまで、そんなもんをお好きな方ならば絶対に聴き逃すことなど出来ない貴重な演目の極めて貴重なライヴでの演奏、シェーンベルクの作品8全曲が披露されるのでありますよ。

こんな曲だからググってwikiでも眺めてくれ、で済ませたいが、今、やってみたら、意外にもこの作品に関しては日本語に限らず殆ど情報がありませんね。ユニヴェルサールの楽譜売ってるページの解説が、いちばん面倒がなさそう。
https://www.universaledition.com/6-orchestral-songs-for-voice-and-orchestra-schoenberg-arnold-ue34794
なんとまぁ、YouTubeにオーケストラ総譜付きで音が挙がってます。ほれ。

なんとか生活が出来そうだと世紀転換直後のベルリンに乗り込んだシェーンベルク、あの人気曲《キャバレー・ソング》なんぞを残した滞在を終え、些か不遇なままにヴィーンに戻って来たところで手がけた、マーラーやシュトラウス、ツェムリンスキーに範を取ったオリジナル管弦楽伴奏のソプラノの為の歌曲集。ちょっと後になるけど、ベルクの《アルテンベルク歌曲集》なんかにより近いかな。いかにもこの時代を反映した、でも所謂無調の「ゲンダイオンガク」になる前の世紀末ドロドロ濃密な世界(…とも、ちょっと違うけどね)。《グレの歌》やら《浄夜》やらの世界とほぼ(あくまでも、ほぼ、だけどさ)同じ。

ほら、聴きたいでしょ。いかなこれだけのマーラー・ブームになったとはいえ、日本のオーケストラの定期では殆どやられてない。まさか日本初演ということはないと思うし、若杉氏なんぞがいかにもやってそうだけど、どうなのかしら。メゾソプラノじゃないからなぁ。

もの凄く貴重な機会ですし、月末の《ルル》の予習にもなりそうですから、ご関心の向きは是非とも来週の木曜日、オペラシティへどうぞ。こういうものをサラッとやれちゃうのが、こういうオーケストラ・フェスティバルの有り難いところなんだわなぁ。

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オーセンティックなテープ作品再生 [現代音楽]

この数年、ある意味で聴衆の「分断」を先取りしたかのようなターゲットをはっきり絞った演奏会をいろいろと展開している日本フィルさんが、20代から30代の普段は生オーケストラやクラシック音楽を聴かない層をメインの聴衆とする演奏会を昨晩開催しました。会場はトーキョー五輪競技開催中はエリート関係者の宿泊施設となっていたホテルの真ん中で、絶対に近寄らないようにすべき地域のひとつだった溜池はサントリーホール。なにやら一部若者のカリスマ・オピニオンリーダー(インフルエンサーという言葉がどーもダメな老人なのじゃ)らしい落合陽一、そー、わしら老人世代には、世界の裏社会を全て知り尽くしモサドもCIAも手玉に取る実はこの人がゴルゴ13なのではないかと言われた世界を股にかけるジャーナリスト落合信彦…の息子さんですわ、その落合息子がプロデュースしシーズンに一度か二度開催され、今回で6回目となる「コンサートホールで演奏するフルオーケストラをインスタレーション作品として観せる」という言い方が最も正確なイベントでありまする。なんせ、開演前のホール前広場はこんなん。
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あの雀やセキレイや周辺住民の子どもらが遊ぶ噴水に、巨大なモノリスっぽいもんが立てられ、デジタル映像美術品となってます。ブルーローズでは、ある世代以下にはカッコいいと感じられるらしいモノクロで落合氏が撮影した過去のコンサートの写真が展示され、インスタ世代に対応しここは全て撮影OK、どんどんアップしてね。その代わり、コンサートはダメですから、って。

コンサートそのものがどんなものだったかは、ま、「落合陽一、日本フィル、サントリーホール」とでも検索すれば、いくらでも出てくるでしょう。プロデューサー氏の難しそうなご発言などは、こちらを眺めていただけば良いのかな。
https://japanphil.or.jp/concert/24672
仰ることがどーあれ、とにもかくにも、ラヴェル編曲の《展覧会の絵》を演奏するにはギリギリくらいの編成で、Pブロック潰した仮設のスクリーンにデジタル映像が投影され、映像の変化にライヴのオーケストラが合わせるんだか合わせないんだか、という演奏が繰り広げられたわけでありまする。

この演奏会、様々な方向に向けて聴衆を広げていくという意味ではそれなりに成功してるみたい。客席には普段の頭の白いご隠居が目立つ日本フィル演奏会とはまるで違い、こざっぱりした真面目そうできちんとした若い人たちがたくさん座っておりましたです。

さても、やくぺん先生とすれば、この演奏会の最大の関心は、1曲目に披露されると告知されていた黛敏郎作曲《オリンピック・カンパノロジー》でありました。どういう作品かを記し始めると長くなるので、適当に作品名でググってください。こういう曲。下の映像の12分くらいからです。

要は、1964年に内幸町NHKの電子音楽スタジオで製作されたテープ音楽なわけで、昨晩はどいういう意図かは知らんが、夢よもう一度で無残な失敗に終わった二度目の東京五輪の直後に溜池はサントリーホールの大ホールでこいつを響き渡らせたわけですな。

テープ音楽なんだから、裏のどっかに繋いでぶら下がってるスピーカーから流せばいいだけじゃないか、と思われるやもしれませんねぇ。ま、そうだといえばそうなんですけど、初期テープ音楽を「演奏会」という形で再生演奏するのって、案外と面倒なことなんですわ。なんせ、テクノロジーが日進月歩の世界、数年前のフォーマットがもう古くなってるのが当たり前の世界です。遙か半世紀以上前のテープがあったところで、それを今のコンサートホールに響かせてくれといわれても、そうそう簡単ではない。演奏会のチームには毎回同じメンバーらしく、音響の専門家さんがコーディネーターとして名前が挙がっているので、それなりにきちんとした配慮はあるのであろー、どーなることやら。

で、客席に座ると、真っ暗でオーケストラもいない空間に、いかにも黛《カンパノロジー》シリーズのひとつらしい、様々な鐘のライヴの響きのリミックスとコラージュが鳴り渡るのでありまする…がぁ、ううううむ、なんか不思議な響き。巨大なホール全体に昔のカセットテープの音を鳴らしているみたいな、不思議な懐かしさ。

このような作業をするとき、普通は専門の音響さん(アンサンブル・アンテルコンテンポラン以降の今の常識では、音響さんは指揮者にも匹敵する重要なアンサンブルのメンバーで、アーティストのひとり扱いです)がオリジナルテープを吟味し、演奏する空間の中でそこに納められた情報をどのように再構築するかを考え、それを実現する最大限の努力をするようになってます。昨年秋の秋吉台でのクセナキス《ペルセフォネ》も、去る初夏の目黒パーシモンホールでの《ヒビキ・ハナ・マ》も、大変な努力と労力を経た「オリジナルテープ音楽の現代の会場での再現」だった。テープ音楽のコンサートとしての再現って、普通の楽譜を楽器で音にするのと同じくらいの手間暇がかかるのですわ。

休憩時に日本フィルの関係者さんに尋ねたところ、昨日の演奏は良くも悪くも「NHKの棚にあったテープを借りてきて、サントリーホールの音響システム室でスピーカーに繋いだ」というものだったそうな(無論、必要な処理はいろいろしたのでしょうが)。演奏するための条件として、中身には一切手を付けないことが要求されたという。結果として、あの不思議な巨大なモノラル録音の響きがホール全体を満たすことになったとのこと。

なるほど、これこそ正に、「電子音楽のオーセンティックな再現」だわな。

テクノロジーに縛られて音楽の表現が変わっていくのは、バッハ以前の古い時代の弦楽器であれ、ベートーヴェンやフンメルの頃のピアノの発展であれ、20世紀の金管楽器の発展改良であれ、はたまた20世紀後半の電子音楽であれ、みな同じ。「ゲンダイオンガク」も半世紀を超える厚みのある世界となり、その再現のオーセンティシティが大きな問題になり、議論される時代になったのであるなぁ、と半世紀前の高度3キロ上空に描かれた秋の五輪の輪を懐かしく想い出す夏の終わりの晩でありましたとさ。

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どうやって「聴衆参加」と「鑑賞」を両立させるか [現代音楽]

この非常事態のお盆休みの真っ只中、明日から東京芸術劇場で東京都歴史文化財団主催「サラダ音楽祭」が開催されます。
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そのメインイベントのひとつ、レオナルド・エヴァース作曲の子供のためのモノオペラ《Gold!》のGPを拝聴させていただきましたです。こちら。
https://www.geigeki.jp/performance/concert230/c230-4/
作品のデータに関心がある方は、こちらのブーシー&ホークスさんの公式ページをご覧になった方が面倒はないでしょ。
https://www.boosey.com/cr/music/Leonard-Evers-Gold/100640

東京芸術劇場という今の東京公立劇場で最も積極的に「演劇」をテーマとしているヴェニュは、上に乗っかっているコンサートホールはあるものの、所謂「オペラ劇場」は存在していない。で、結果として、コンサートオペラというか、オペラの演奏会形式というか、直球ではない絡め手の捻り玉であれやこれやと興味深い「オペラ上演」を試みてくれている。また、前衛の時代は遙か半世紀も昔、電子音楽を含めた今時の「アクセスしやすいコワくない現代音楽」をいろんな形で提示する試みにも積極的に取り組んでいる主催者であることは、皆様よーくご存じでありましょうぞ。同じ東京都歴史文化財団が運営する上野東京文化会館との棲み分けなど、端から眺めていると良く判らんことも多々あるけど、ま、それはそれ。

さても、何の予備知識もなく接した作品でありますが、昨シーズンのネザランド・オペラでも上演があったり、ベルリン・ドイツ・オペラでもやられたり、欧州オペラ劇場では定番の子供向け作品として定着しつつあるとのこと。ふううん、なにがそんなに立派なのやら、という興味本位で本来のターゲットたるよい子のお友達やそのお母さん、はたまた関係者ご親戚などなどの後ろの方に、ひっそりちんまり座らせていただいたわけでありまする。無論、演出が久々の東京登場の我らが菅尾友氏、という要素も大きかったわけですけど。

で、1時間弱の本編を拝見させていただき、この作品がよく出来ていると評価される理由は、とても良く判りました。なーるほどね、って感じ。皮肉っぽく言えば、作品について褒めるのはとても簡単、非常にポイントがはっきりした作品でありました。

正直、やくぺん先生は「自前の歌手や演奏家を抱えた劇場がきちんとある文化圏での子供のためのオペラ作品」などというものをガキの頃に眺めて育ったような立派な背景は持ち合わせておりません。ヨーロッパの公共が運営する劇場には子供向け小規模オペラが年に数本出るシリーズが用意されているのは承知しているものの、そういうもんをわざわざ眺めることもまずありません。小澤氏がヴィーンやってた頃の《子供のための魔笛》なんてのは映像を眺めたことはありますけど、幸か不幸か、そういう舞台にライヴで接したことはない。《ブルンジバル》とか、ヘンツェの《ピノキオ》だっけ、他にもブリテンとかメノッティとか、そんな著名作家の定番作品はいくつか観たことあるくらい。

だから、この1985年生まれのオランダ人おにーちゃんの作品が、「子供のためのオペラ」としてどう評価されるべきか、判断など全く出来ませんです。

そんな無責任発言しか出来んアホなやくぺん先生ですら、あああ、と思わされたのは、この作品の客席に座る子供たちの巻き込む仕掛けの巧みさでありました。

前世紀の終わり頃に「アウトリーチ」という言葉というか、概念というか、活動というか、そんなもんが盛んに言われるようになり、今世紀に入るとそれが「聴衆参加」から「ワークショップ」へと展開していった。もの凄く乱暴に言えば、「単に聴いている、鑑賞しているだけじゃダメで、自分がなんか一緒にやったような気にさせてナンボ」ってこと。それが良いかどうかはともかく、今や音楽を弾きました、音楽を広めました、だけじゃ、評価委員会のコワい先生や助成財団の偉い方々は頸を縦に振ってくれない。音楽は「自分が積極的になんかする」ツールであってやっと評価される、という傾向がはっきりあります。

その意味で、この作品はそんな2010年代の風潮をはっきりと反映させている。なんせ、最初に主人公というか、ひとりでお父さんを除く全部の役をやるソプラノさんが出てきて、「僕がこうやったら、みんなで波の音をやってみよう」と呼びかけ、客席の子供たちが体を動かして波の音を創り出す練習をし始めるんですから。このプロモーション映像の2分20秒辺りを眺めてちょ。
https://youtu.be/JlIWgWOdORM

こんな風に、子供たちが舞台上の打楽器奏者と一緒に「願いを叶える謎の魚が住む海」を音で表現する箇所が、総計で6回くらいだったか自然に組み込まれている。バタバタ体を動かす一種のボディーパーカッションとなって表現するのだけど、その同じ波の表現が、物語の進展に従い微妙に、あるいははっきりと、異なっていなければならないんですわ。要は、子供たちは「助けてあげたので(なのかな、その辺りはあまりハッキリ描いていない)願いを叶えてくれることになった不思議な魚の気持ちを、象徴的に示す海の表情の変化」を、自分らの体全体で作る音楽として表現せねばならない。つまり、ちゃんとお話を聞いてないと聴衆参加部分にきっちり参加は出来ない、ということ。

なるほどねぇ。最初は昨今流行の「ワークショップ・リーダー」のお姉さんが主人公になって子供たちを弄っていく作品なのかと思いながら眺めていたら、なんのなんの、きちんと「物語の鑑賞」をしていないと上手くは反応出来ないようになってるじゃないの。へえええええ、こりゃすごいわ。

てなわけで、時代が求める作品はちゃんと出てくるものであるなぁ、と感服しながら、人の欲望の不毛さを描いた(のか?)子供向け《兵士の物語》ともいえなくもない物語を見物したわけでありましたとさ。

そうそう、もうひとつ興味深かったのは、この規模ならば常識的には伴奏はピアノ一台なんだけど、この作品では男性打楽器奏者がひとりで伴奏していること(無論、打楽器はいっぱい並んでるし、鍵盤ハーモニカも弾くし、お父さん役として演技もします)。上述のように子供の参加部分は「全身ボディパーカッション」という打楽器ですから、これまたなるほどね、って大いに納得。

子供のためのオペラとして、こういうレベルのものがあるのかぁ、と勉強になりますので、そっち関係に関心がある方には是非…と言いたいところだが、なんせ緊急事態下の一席空けの客席、明日明後日ともとっくに売り切れだそうな。またの機会もありそうとの噂も聞きますので、チャンスがあればご覧あれ。

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ヴァーチャル五輪の島 [ご当地五輪への道]

広島と長崎の原爆忌の間、鎮魂の夏がコロナの秋へとかわっていく台風崩れの空の下、足かけ15年のご当地五輪騒動が幕を閉じた…ようです。

そもそも、内陸は目白の徳永さん門前町の零細企業東京出張所みたいになってたむやみとデカい貸家を離れたやくぺん先生んちが、東京湾岸部入口東京駅銀座から最も近い田舎佃へと庵を移したのは21世紀の初めのこと。お堀端GHQから晴海再開発地区に移転してくる第一生命ホールが、区の文化財団すら存在しない都心部過疎地人口10万を切っていた中央区の晴海豊海月島佃地区をターゲットに、音楽を中心とするNPOのアーツ・オーガニゼーションとして活動することになり、今はがっこのせんせーに隠居してるお嫁ちゃまが起ち上げディレクターとしてそこに関わることになったから。

オープン当初は遙か池袋から月島まで有楽町線で出て、開通したての大江戸線に一駅乗り変えて通っていたのだが、地域密着の活動をするためにはもう一歩地元に踏み込む必要がある、それならいっそ住民になってしまえ、ってことになり、それなりにコミュニティがあり、マンションとは違って人が勝手に入ってこられて、その気になれば家の前で宴会だって出来るよーな、佃二丁目の路地の長屋に移り住んだわけでありました。お隣の魚河岸ご隠居に誘われ、やくぺん先生も町会に入り、なんのかんのやらにゃならなくなったわけでありまする。

都心部への人口回帰の先駆けとなる動きで、三井不動産らの高層マンションの足下となった佃二丁目は天上人と地べた民の間の「分断」が顕著になりつつあり、この地域を守る住吉大社のお祭りでもいろいろトラブルがあったり、それはそれでいろんなことがあったわけだがぁ、ろくにコンビニすらないそんな湾岸入口の田舎町にオリンピック騒動が降って沸いたのは2006年の夏の終わりくらいだったかしら。

内藤新宿の都庁にすらまともにやってこない湘南OBの都知事さん、あの人が銀座から東に来るのは年に一度の東京マラソンの日だけと悪口言われてたんだけど、その都知事さんが何を血迷ったか、都内に遺された最後の広大な空き地、中央区民とすれば年に一度の東京湾大華火大会見物の見物場所でしかなかった晴海客船ターミナル横にメインスタジアムをぶっ建て、そこから東の幻の都市博跡地ですらもない湾岸地区に競技場を集中させる「コンパクト五輪」なんぞを行うと言い始めた。

かくて、ご当地五輪へのながああああああい迷走が始まったのでありましたぁ。

ご存じのように、2016年誘致を目指したこの「ご当地五輪への道」はあえなく頓挫。これで騒動は終わったと思ったら、内藤新宿の高層ビルにいらっしゃる方々は懲りずにまだ話を続け、千駄ヶ谷の64年スタジアムを建て替えメインスタジアムにする計画を画策。とはいえ企画の半分は2016年晴海五輪の焼き直しで、コンパクトな湾岸五輪は東西に広すぎるトーキョー全域に広がる焦点の絞れぬイベントとなり、ご当地には晴海トリトン南の旧晴海国際見本市会場跡地は選手村になることになった。

へえ、まあ、選手村なら、試合が終わった世界中の選手達が月島西仲通に繰り出してもんじゃ喰って、佃月島の路地に入り込んで一緒にレバカツで酒飲みながら騒いだりすることになるのかぁ、地域の祭りとしてはメインスタジアムが出来るよりも良いんじゃないの、楽しそうで、ホントにやれるならねぇ…

んだども、そういうことは、全く起きなかった。そう、見事な程のスカだった。

正直、この「ご当地五輪」、恐らくは後の歴史に「ヴァーチャルで開催された最初の大規模国際大会」として記録されることになるのでしょう。つまり、「東京でやろうが札幌でやろうが、はたまた湾岸でやろうが調布でやろうが、全くどーでも良かった」ということ。

先月頭くらいから盛んに走り始めたトヨタの水素やら電池で動く五輪専用車たち、スタッフや選手を一生懸命運びご当地周辺で動き回ってたけど
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全国から動員された地方警察や軍隊が軍事基地か原発かという感じでがっちり施設を取り囲み、物見遊山の人々は湾岸には全くやってこなかった。選手や関係者も、メディア連中も、西仲通に来ることはなかった。「オリンピック」という名を冠した巨大テーパマーク状態になる筈だった晴海大橋や豊洲大橋から向こうの湾岸地区に、東京駅や門仲方面から連日万単位の人々が押し寄せ、やくぺん先生の生活圏の道路は常に大渋滞、人で溢れる…なんてことはまるでなかった。

膨大な経費をかけた常設のスポーツ専用スタジオが灼熱の人気の無い湾岸にズラリと並び、出演者は晴海の一角に押し込められ自由に動けず、大手メディアが独占し膨大な量の放送だけが行われた、ニッポンのメディア総力を挙げたヴァーチャル・イベントは華々しく行われ、湾岸住民が無料で見物出来たのは
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銀座上空で見事に五色の煙を引っ張ったけど千駄ヶ谷上空での五輪の輪現出には無残な失敗を晒したブルーインパルスの負け戦のみ。

ま、そんな歴史に残る珍事、都民1人あたり11万円拠出した身体性の欠片もない肉体の祭りが、たまたまご当地で行われてしまい、眞佃嶋界隈もホントの祭り休んでそれに付き合わされてしまった。五輪専用車と関係者運搬バス
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各地から動員された兵隊や警察、上空を舞う地方県警ヘリたち
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大江戸線や有楽町線のボランティア姿の人々を除けば、やくぺん先生がライヴで眺めたのは、選手村の灯りと、高速道路から眺める水泳
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それにカヌー競技場の閑散とした遠景のみ。バスから見たとき、実際に試合やってたらしいんだけど…

地元民とすれば、ヴァーチャル空間をテレビやパソコン、携帯端末画面に現出するための立ち入り禁止スタジオがご近所に仮設されただけだった真夏の湾岸の17日。

かくて、「ご当地五輪への道」カテゴリー、一巻の終わり。あとの祭りは、ま、「新佃嶋界隈」カテゴリーになるかな。

虚しさを 覚える間もなく 往く祭り

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時代の空気を知るということ [音楽業界]

アホな灼熱の世界大運動会騒動も、メインは何故か遙か北の島に移り、最後の花形馬術競技などは内陸は世田谷の田舎で開催されてるんだろうから、もうすっかり祭りの後の空気が漂う立秋の湾岸でありまする。

本日は、本来ならば《マイスタージンガー》で盛り上がる筈だった文化会館に知らずに来ちゃった方々に謝るために待機しているスタッフにご挨拶をし、上野の杜は旧奏楽堂に行って参りました。何度も出すけど、こんな演奏会。演奏される作曲かの簡易プロフィルをご覧あれ。
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https://archives.geidai.ac.jp/4294/

本日の旧奏楽堂、なんせ今は台東区の施設ですから都が発している緊急事態に対応した一席空けのコロナ配置で
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結果として満席。当日券も出ない状況でありました。

中身は、1921年から23年に生まれ、1940年代に現藝大に入学、1943年から翌年に学徒動員で出征し、1945年にフィリピン、台北、霞ヶ浦などで死んだり殺されたりした若い作曲家たちが上野の杜やらで遺した作品のいくつかを演奏。同世代に同じく上野の杜に学んで生き延び、その後の日本の音楽界に大きな影響を与えた中田喜直、畑中良輔、團伊玖磨らが同じ頃に書いていた作品も披露する、というものであります。演奏したのは、藝大の後輩たち。お馴染みの顔もいくつも。

このような趣旨の演奏会ですから、普通の意味での「作品としての完成度」やら「芸術家としての個性」とかを見せびらかすものではありません。文字通りの「音で聴くアーカイヴ」としての演奏会です。企画した先生や、この類いの作品の上演では常にお声がかかる売れっ子評論家研究者さんが登壇し延々と演説をなさる、というものでもありませんでした。ともかく、目の前に遺された先輩達の楽譜をきっちり音にしてみる、という試み。そこからいろいろ感じることがあれば感じ、思うところがあれば勝手に思え、という押しつけがましさはないイベントでありました。感動やら涙やらの強要がそんじょそこらに大安売りされてる真っ只中にあって、有り難いことであります。

考えてみれば、極めて狭い期間に書かれた藝大学生の習作やら課題作品やらを纏めて聴く機会って、ありそうでない。20代に入ったばかり、プロの作曲家や演奏家として最初の訓練を終えようとする頃の習作に近い楽譜、それも世界の作曲動向などから全く隔絶された上に、今この瞬間のメディア9割をジャックしている五輪五輪報道の状態がもう何年も続いているような極めて特殊な環境で創作されている作品達です。善し悪し、好き嫌いの問題ではなく、聞こえてくるのはハッキリとしたひとつの時代の空気でありますな。

この頃の「作曲」にとって何が最大の関心だったのか、音楽を構築するとはどういうこととして捉えられていたのか、これだけ並べられると、なるほどねぇ、と思わされることが多いです。やはり作曲には旋律が重要なのか、和声というのは局面を転換するための道具なのか、そしてなにより、唯一敗戦2年後に書かれた(らしい)中田喜直作品で顕著なリズムへの関心はやはり時代の反映なのかしら、等々。

出征して上野に戻らなかった学生たちの経歴を眺めて興味深いのは、4人のうちのふたりまでもが既に西洋芸術受容の第2世代だった、という事実。世代的には生誕百年を迎えるくらい、学校は違うけど別宮貞雄、はたまたクセナキスなんぞと同年配で、ノーノやらブーレーズらとはひとつふたつ学年上、という辺りの、永遠の若者たち。

作者の人生と作品を重ねて感動やら涙やらを誘おうとする言動を行いたいなら、いくらでも可能でしょう。例えば、少なくとも本日演奏された作品を眺める限り、最もストレートに時代の空気を吸い込んだ作品を遺している鬼頭恭一という青年
https://archives.geidai.ac.jp/seichokan/kito/
この方は、敗戦が宣言される2週間前に霞ヶ浦で「秋水」のパイロット訓練中に地上での事故で死んでいる。この部隊、「秋水」が迎撃機としては使い物にならないが人間ロケットとしてなら使えると判断され、本土決戦になったら敵艦やら敵陣に突っ込んでいく文字通りの人間ロケット弾特攻を行うパイロットを養成する部隊だったのは、その辺りの話をご存じの方はご存じでしょう。いずれにせよ、目の前にあるのは「英霊として国に命を捧げる」道だけだった。

最もキラキラした才能があったようにも感じられる村野弘二なる若者
https://archives.geidai.ac.jp/seichokan/murano/
帝都では敗戦が宣言された6日後に、それを知らぬままにルソン島で自決しているという。この青年は、リヒャルト・シュトラウスの同時代オペラの譜面など眺めた上で《白狐》なるオペラを書いたのだろうか?
https://archive.geidai.ac.jp/12896
プリングスハイム指揮するマーラーやらのオーケストレーションは、ライヴで体験できていたのだろうか?

残念ながら、この演奏会で披露された音楽たちには、この若者らがルソン島のジャングルや霞ヶ浦の空でみたもの、感じたことは、込められていない。音楽家、作曲家として彼らがそこで感じていたものを、私たちに伝える方策は、もうなかった。

この若者達があと数ヶ月を生き延び、再び上野の杜に戻って来たならば、ことによれば1950年代のパリやモスクワ、ニューヨークを経験することになったかもしれない。そして、1964年五輪の行進を伴奏する壮大にして心躍る音楽を担当していたかもしれない。

そんな「あり得なかった過去」に頭をクラクラさせながら、ぼーっと古い奏楽堂を出ると、2021年の秋が立っている。

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鎮魂の日に [音楽業界]

狂気の世界大運動会なんて終わればみんな3日で忘れる一過性イベントはともかく、世間で8月6日といえばヒロシマ原爆忌であり、佃住民とすれば住吉さんの大祭が始まる日。だけど、やくぺん先生のお宅では亡母の命日になっていて、ましてや今年は十三回忌。真言宗という宗派ではどういう風に扱われるかよー知らんけど、世の中一般とすればご家族郎党お寺さんに集まって坊さんに読経してもらい、もう12年にもなるんだねぇ、などと言いながら田舎の料亭で昼からビール飲んだりする…筈だったのでありまする。

とはいうものの、いよいよニッポンでは世界運動会が終わって世界から1年ずれた、ってか、アジア周辺諸国に足並みを揃えて、なのか、ともかくこれまで以上に厳しいロックダウンに近いことが起きてくるのはよーいによそーされることなのであーる。当然のことながら、十三回忌ともなれば母方の親族弟妹それなりに後期高齢者揃いとなっており、いくらワクチン打ったからとはいえ、あちこちから頭の上に成田に向けて降りていくカーゴMD11やら320やらが通う千葉の東外れまで来て貰うわけにはいかぬ。かくて、昨日は親族のところを巡り、十三回忌法要は出来ないけどいつも墓の維持管理ありがとうございます、と坊さんに納めるお布施集めてまわる。

明けて本日は、ヒロシマ式典の市長挨拶だけを拝聴し佃大川端の縦長屋から東京駅まで出て、京成高速バスで湾岸住民には15年越しの狂気の祭りにも終わりの空気が漂い始める「ああ、あれをどうするんだろーなー」って施設横目に眺め
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でっかいカーゴジャンボが頭の上をかすめる成田空港アプローチ下を潜って
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バス停真ん前のお寺さんに至り、朝から法事が三本入って大忙し、と電話の向こうで高笑いしそうだった坊さんに今年はこういうわけで集まりが出来ませぬがよろしくお願いします、と頭を下げ渡すもん渡し、ヒヨちゃんギャーギャー叫ぶ下にぐぁじゅいぐぁじゅいと墓掃除をして…

かくていろんな風な追悼が幾重にも層を成す昼間が過ぎていく。

祭りをブンカで最後に大きく盛り上げる筈だった上野の杜の《マイスタージンガー》も、皆様ご存じのように、一昨日だかに全て中止と決定。
https://www.t-bunka.jp/stage/10110/
おおおおお、という悲鳴があちこちから揚がったのではありますが、明日土曜日はなんだか知らぬがコロナなどない世界でもあるかのようにいろいろ演奏会が重なっている日で、なんだか知らぬがそれらはキャンセルにはなっていない。もの凄く元気の良いダヴィッドが聴けなかったのはちょっと残念だけど、まあこういうこともあろうと諦め(秋の初台は行く気はありません)、神様の巡り合わせ、お前はそもそもこっちを聴くべきではなかったのかい、ということなのであろう。こんな演奏会を聴かせていただくことになりましたです。
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https://archives.geidai.ac.jp/4294/
https://readyfor.jp/projects/senbotsu2020/announcements/176354

説明は不要、上のサイトをご覧あれ。文字通り、鎮魂の音楽会であります。残念ながらこの演奏会、盛況にして既にチケットはないとのこと。残念、と思った貴方は、是非こちらへ。
https://toukon1956.com/?event=matsuri-42
こちらも多くを語る必要などありますまい。知る人ぞ知る、旧第一生命ホール時代からこの場所と深い関わりを持つ東混さんが、ホールが晴海に移ってからはここに場所を移して毎年開催している「原爆忌に《原爆小景》を聴く鎮魂の日」でありまする。

なにせ場所が場所(GHQならぬ公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会は、第一生命ホールと同じビルに入ってます)、果たして今年は無事に開催されるのか心配でしたが、どうやら行われるようですね。配信もあるみたいだし。

祭りが終わる虚しさが既に漂い始めた湾岸に「ミズヲクダサイ」が響き、いつもの、鎮魂の夏が往く。

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バンフはトーキョー2020から何を学んだのか? [弦楽四重奏]

まるまる一年先、2022年レイバーディ前の夏の終わりに遙かカナディアン・ロッキーで開催されるバンフ国際弦楽四重奏コンクールの要項が発表されました。今はどのような立場なのか判らないけど、21世紀10年代に向けたバンフ大会を作ったバリー・シフマン氏が自身のFacebookで"Inspired by the Olympics..."との前置きを付け、数時間前に詳細な要項を発表しています。簡素なものではなく、細かい本番日程を除けば実質現時点での最も詳細な情報が上がっておりまする。こちら。
https://www.banffcentre.ca/bisqc-2022-competitor-info?fbclid=IwAR0vh_CSk7exbJSFLga8Q57hVXZLwmKca5lDzuF7SJRcKLruP7DFHoCT_x4

関心のある方はきちんと読み込んでいただければ良いので、じっくりどうぞ。ざっとRules and regulations を眺めて、へえ、と思ったり、おいおいおい、と思ったりした部分を拾っておくと…

★First and second prize winners of any previous Banff International String Quartet Competition (BISQC) are ineligible to apply. For the purposes of this rule, this includes quartets or individual members of quartets.
→へえええ、こういう規定があった大会って、これまでにあったっけ?

★Quartets that have already competed twice in BISQC are ineligible to apply. For the purposes of this rule, a quartet will be considered the same group if 50 percent of the personnel are returning.
→上の規定と並べて、要はバンフは「あがりの大会」ではなく「今後教育育成していく若手を発掘する大会」であることを明快に示してきました。

★A resume of the quartet’s history including repertoire list and performance history for the period covering January 2019 to October 2021. Please include all booked concerts that may have been cancelled due to pandemic as well as any online concerts.
→コロナが最も大きく影響を与えている項目ですな。コロナのときの活動をどう評価するか、なかなか難しいところです。

あとはまあ、このところのバンフと基本はかわりません。予選でのヴィデオでの扱いなど、いろいろ細かいところもありますが、なによりも面白いのは以上の三点

うううむ、バンフは腹を据えた、ということですか。これをあの聴衆がどう受け止めるかですねぇ。「バンフは直ぐに使えるお安い即戦力供給ではなく、フィショッフのひとつ上の育成団体発掘になったので、使い物にならない」と判断する地方主催者さんが出てきても不思議はないですな。

このような動きに、大阪やメルボルンが何か対応する必要があるのかしら。うううむ…

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裏九州芸術祭駆け足巡り [たびの空]

取材の時間が全く見えないために金曜日の朝4時起きで佃縦長屋を出て、天樹やら狂気の五輪会場林立する湾岸地区の向こうに旭が昇ってくるのを眺めながら大川越え
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最寄りの地下鉄浅草線宝町駅まで歩き、始発の京成高砂行きに乗り込んで旧葛飾巨大柿の木跡最寄り駅まで。北総線を突っ走る21世紀の弾丸列車普通に乗り換えて成田第3ターミナルに至ると、そこはもうコロナやら緊急事態宣言やらは何処に、いつもの夏休みご家族帰省旅行の子連れ若者喧噪が広がっている。

なんのかんの、鹿児島空港に到着、さっさと路線バスで霧島音楽祭が行われている「みやまコンセール」に急ぐ。ホールでやっとこの日の動きが見えてきて、無事に「実際に行ってみないと判らない」取材が出来たのは、既にお伝えしたとーり。

先生達が泊まる立派な温泉観光ホテルからいちばん近い門限九時(!!)の民宿で一夜を明かし
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いくつか付帯取材があり得たのだが、メイン取材対象の松原先生から「昨晩は受講生含め誰も居ないホールだったら問題なかったけど、今日はお客さん含め人がいろいろ動くので、無理はしないほうが良いでしょう」という判断があり、それに従うことにいたします。

てなわけで、朝、ずるずる荷物引っ張って民宿を出て、霧島温泉の観光シンボルにされているらしいアヒル隊長の様子を温泉街で眺め、生徒さんや先生に評判のデイリーヤマザキが自分で作ってる豆大福を購入し、ノンビリと「みやまコンセール」に向かう。なんのかんの、堤先生やらにもご挨拶だけはして、本番を拝聴。おおお、やっぱり「練習→インタビュー→本番」というプロセスを経るといろいろと話の突っ込み先が増えるなぁ、と大いに満足し、終演後に裏でウロウロして余計な迷惑をかけないために事務局にお願いして呼んで貰っていたタクシーに飛び込み、アヤシげな雲行きになっていた空とアヤシげな霧島地区の観光の現状を憂うタクシーうんちゃんのぼやき節を聞きながら
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大枚3190円払い所はここと、日豊本線は霧島神宮駅に到着するのであった。

ホントは青春18キッパーとなって延々と北上するのが身の程なのであるがぁ、なんせこの裏九州縦断路線には各駅停車が1日に早朝と夕方に2本しかないというとんでもない難所がある。霧島温泉駅の駅員さんも「青春18の人も諦めて特急に乗るみたいですよ」とニヤニヤしながら仰る宗太郎越えに付き合ってる暇は流石にないので、躊躇なく由布院駅までの普通乗車券を購入。サウナの中にいるような誰も居ない広い待合室で霧島温泉観光事務所で買ったおにぎり弁当を喰らい
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各駅停車都城行きを待ち、やってきた2両編成に乗って西都城。無駄に広い駅舎で宮崎までの自由席特急券を購入し、かなりくたびれたつばめ型特急車両でこれまた音楽祭開催中の南国宮崎に向かうのであったぁ。

※※※

朝飯を宮崎名物ふにゃふにゃ饂飩にするためだけにこの街ではいつも宿泊することになってしまっている駅と芸術劇場間くらいのビジネスホテルで一夜を過ごし、遙か八紘一宇の碑を眺め、妙に名店化が進んでいるふにゃふにゃ饂飩を喰らって
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音楽祭真っ最中の劇場に歩き、地元のドンK先生にご挨拶しダラダラとお宅でどーでもいい話をしながらお昼をいただいてしまい、音楽祭特別弦楽八重奏アンサンブルを見物。この音楽祭、スターンが来ていた頃から室内楽にはホントに最適の場所が微妙になくて、今回ももうちょっと小さい空間でやれなかったのかなぁ、と力演を残念に感じていたら、明日のどこぞへの出張公演が実質上の本編演奏会だとのこと。
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うううむ、なんせ昨日霧島で弾いていたチェロ嬢も参加しているアンサンブルなのじゃ、なかなか贅沢なことをしてるんだなぁ、この音楽祭。

ま、例年なら5月で大阪のコンクールやらと重なる開催時期が、コロナのお陰でここまでずれ、久しぶりに空気にだけは触れることが出来ました。ありがとーございます、と皆様に挨拶し、宮崎駅までまたまたタクシーを吹っ飛ばす。会話内容は、殆ど昨日の霧島と同じ。「バスが深夜過ぎまでったのがなくなってねぇ」という話題が加わるのは、流石に宮崎市は大都会じゃわぃ。

大分に向かう特急にちりんの発車5分前に駅になんとか辿り付き、自由席特急券買ってホームに走り込むと、直ぐにまたまたつばめ型車両がいかつい顔してやってくる。
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なんせコロナで大幅減便、これを逃すと1時間半も空いてしまうのであーる。宮崎大分は、昔からゆふいん音楽祭を終えて霧島音楽祭に向かおうとする演奏家が難儀していた箇所で、今は都市間高速バスも運休中。延々と日豊本線で北上するしかないのですぅ。かつてのシーガイア眺め、由布院駐屯地のニッポン海兵隊と連動する垂直離着陸雷電の塒になるという新田原の横を抜け、先程のオクテットが明日やってくるという門川っちゅう街に挨拶し、びっくりするくらい文化都市な延岡の文化センターを遙かに眺め、いよいよ宗太郎越え。まるでトンネルが出来る前のミラノからチューリッヒに抜けるトレニタリア優等車両みたいな空気を醸しながら豊後の国に入り、別府湾の向こうに湯煙たなびく超大都会大分に到着するのであった。

※※※

またまた明けて翌朝、すっかりおされになった大分駅から相変わらずオシャレの欠片もない久大本線各駅停車に揺られ由布院町に入り、なんのかんのなんのかんの用事を済ませ、この用事でお世話になった某氏にご挨拶せにゃとかつて音楽祭ボランティアが泊まり込んだ金鱗湖畔の某所の扉を開けると、おおおおおぉお久しぶり、と声が飛んでくるぞ。なるほど、今年はこの盆地もコロナで日程が滅茶苦茶で、本来なら6月の筈がこの週末に開催されることになっているドキュメンタリー映画祭の見慣れたスタッフ連中が、打ち合わせの真っ最中であったとさ。
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https://yufuinbkff.wixsite.com/bunkakiroku

かくて、駆け足たびの空、どこに行っても芸術祭行脚、一巻の終わり。落ちも、ネタも、ありませんっ。

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