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ピアノ三重奏団のいろいろなあり方 [演奏家]

当初の予定では、これまたニッポン同様桜咲き乱れる対馬海峡の向こうは統営から新帝都に向かい、国際から地域ローカルまで様々な規模の「春の音楽祭」総計3つを眺める予定だった卯月前半でありましたがぁ、諸般の事情で、ってか、ぶっちゃけ、昨年の確定申告の結果、余りの己の貧乏っぷりに驚き、今年度の基本方針として「原則赤字仕事はやれない」を掲げざるを得ないことになったため、残念ながら原稿が商売もんとして売れる見込みが全く無い「統営国際音楽祭」は断念せざるを得ず。

かくてこの2週間弱は、原稿1本で上野の杜までの交通費くらいはカバー出来そうな「東京春音楽祭」の室内楽4公演、それに主催となるNPOの顧問という名の雑用を仰せつかっているために赤字も何も言ってられぬボランティア仕事たる「ながらの春 室内楽の和音楽祭」3公演+マスタークラスを見物。あとは、この10数年来の付き合いで遙か異国のコンクールの様子も眺めた弦楽四重奏団ひとつと、昨年秋に曲目解説を書かせていただいたけど本番は温泉県にいて聴けなかったピアノトリオひとつ、それにかつて13年間曲解書いていたけど新監督になってからは聴くのが初めての某オケと、数週間前にキューシュー島を同行していた某オケ、以上総計12公演を拝聴し、今回の新帝都滞在は全てオシマイ。ああ疲れた…

今回の桜咲く新帝都滞在最後に拝聴する最後の公演は、アッという間にインバウンド溢れかえる街に戻った銀座は新橋にも近く、四丁目交差点の向こうからリンゴ公式ショップが隣に移転してきて周囲の顔つきもまた新たになったヤマハ銀座本店は6階のサロンで開催された、トリオ・ソラ演奏会でありました。自転車駐めるとこないんで、銀座通りの高速(なのか?)ガード下、インバウンドバスの乗降所として異様な賑わいを見せている肉のハナマサ前に自転車を駐めて、ノコノコ歩いて向かったわけでありまする。


正直、個人的には弦楽四重奏というジャンルはいろいろあって30余年ずっと眺めて来ているけど、どうもピアノ三重奏というジャンルは、あれこれ付き合っている割には馴染みがなかった。なにしろ「ピアノ」という存在の印象が大き過ぎる形態であることは否めず(だって、モーツァルトやフンメル初期までは、「オブリガートヴァイオリンと通奏低音付き鍵盤ソナタ」ですからねぇ)、文献の頂点となるロマン派時代というのはどうにも個人的にはあまり興味が持てない様式なもので(押しつけがましい、無駄に騒々しい、もう貴方の素敵な個性なんて結構ですから…って音楽だもんさ、妄言多謝)、そういうものもあるよね、という感じで眺めていた。

ところがどっこい、「やくぺん先生が現場に居るとニッポンチームは絶対に優勝できない」というジンクスが現実のものとなり、トリオ・アコードもアーク・トリオも良い結果が出せず、もう眺めに行かなくてもいいや、と行くのをやめたミュンヘンARDコンクールで葵トリオが優勝しちゃって、あああああ…と地団駄を踏み、これは人生最後にもうちょっと勉強せんとなぁ、と心を入れ替えたりしたら…コロナになってしもーたわい。

そんなこんな、ともかくピアノ三重奏というジャンルは余りにも自分がものを知らず、恥ずかしいんで、少しでも機会があれば勉強せねばと爺なりに考え、新帝都滞在の最後の日に貧乏人が己への投資と大枚叩いてサロンコンサートの切符を買って、席に着いたのであーる。演目はこんなん。
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うううむ、北米で今大流行のLGBTQの流れド真ん中のヒグドン様、それに未だにどうにも得体の知れないカプースチン。極めつけは、数ある室内楽文献の中でも個人的には最も不得意な《ドゥムキー》、という「さあ、嫌がってないで勉強しろ、爺さん!」ってお尻をひっぱたかれてるような演目が並んでおるわけですわ。

ったら、入口で紙1枚の刷り物が配られ、あれぇ、演目が違うじゃんかい。カプースチンがなくなって、エイミー・ビーチになってらぁ。

実はこの団体のために去る秋に曲目解説を書かせていただき、その中にエイミー・ビーチのピアノ三重奏がありました。
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この歳になって、曲目解説を書いたことが一度も無い室内楽曲なんてなかなかなく、温泉県盆地図書室に埋まっているエイミー・ビーチの分厚い伝記本を引っ張り出し(多分、カーネギー楽屋口前の本屋がまだあった頃に、ワゴンセールかなんかで買ったんじゃろなぁ)、幸いにも楽譜は今時は簡単にネットで手に入るので、へええそうなんだぁ、と思いつつお勉強して作文したわけでありまして、本番の時期に新帝都におらず、聴けないのは残念だなぁ、と思ってた。そんな気持ちを汲んで下さったか、冬を挟んで聴かせていただけて、これはこれで有り難いことではありましたです。なんせイヌイット(「エスキモー」と言ってはいけんのじゃよ、昨今は)のテーマが使われた北米で最初に偉くなった女性の作曲家、なんてこれまたLGBTQの古典中の古典作品で、最近、妙にやられてるみたいなんよね。

それにしても、ピアノ三重奏団って、なかなか面白いプログラミングをするのでありますなぁ。葵トリオみたいに、「弦楽四重奏作るみたいに数ヶ月練習しないとコンサートに上げない、古典派後期からロマン派の超定番曲をきっちりレパートリーとして積み上げていく」というやり方をしている若手団体もある。一方で、こちらトリオ・ソラさんみたいに、「バラバラな拠点の奏者が年に2回くらいのセッション期間中を維持し、それぞれが興味のある楽譜を次々と弾いていく」というやり方もある。前者のやり方は、ともかく曲をじっくりみっちり聴かせてくれる。後者は、へえ、こんな譜面があってこんな曲なんだぁ、という知的好奇心を満足させてくれる。グループとしてのキャラクターを反映し、まるで違うピアノトリオという文献へのアプローチをしてくれている。

有り難い時代になったものでありまする。それより前の時代を担当する「ピリオド楽器での三重奏」というこれまた全く別のディープな世界も広がってるしねぇ。

ピアノ三重奏の世界、ライヴで接する度にいろいろなことを教えてくれる、興味深いジャンルでありますな。老後の娯楽には、ちょっと勿体なかったかなぁ、という気がせんでもないけどさ。

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公共交通機関で役場に行けない町 [たびの空]

コロナ前の2019年春以来、5年ぶりのフル開催となった「ながらの春 室内楽の和 音楽祭2024」先程無事に最終公演が終わり、恙なく幕を閉じましたです。

音楽祭というものは、ホントに規模は様々で、この千葉県長生郡長柄町で開催されている室内楽の音楽祭は期間にして10日間、イベントの数としてはゴルフ場クラブハウスでのサロンコンサート2公演と、町立キャンプ場施設での3日間のセミナー、それに町の教育委員会の協力を得た町民無料招待ファイナルコンサートの総計4つ、動員人数は…多分、総計で250人くらいかしら。桁数間違えてるんじゃなくて、ホントにこの数字です。事業規模にして恐らくは100万円ちょっとくらい、まあ、町のお寺のお祭りよりも小規模かもしれないですな。同時期に東京は上野の杜で開催されていた「東京春音楽祭」やら、玄界灘を越えた福岡麻生帝国の対岸は統営で開催されていた「統営国際音楽祭」なんぞに比べるべくもない、ホントに小規模な田舎の祭りでありまする。

とはいえ、祭りは祭り。小さいなりに盛りあがりを見せ、参加した人々にはそれなりに意味のあるものになったならOKでありましょうぞ。

そんな小さな祭りのフィナーレが開催されたのが、長柄町町役場に隣接し昨年竣工したばかりの「ながランホール」でありました。
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知る人ぞ知る悪名高い袖ケ浦ナンバーやらサッカーチームジェフ市原、はたまた菜の花や桜咲き乱れる頃には日本中の撮り鉄が押しかける小湊鐵道などで有名な東京湾に面した市原市と、千葉の山の中では最も人も多く外房線の要所でもある茂原の間に挟まれた内陸部、人口7000人弱の長柄町は、東京駅から直線距離にすれば50㎞ほど、西に向けば八王子くらいの場所なんだけど、まるで首都圏のエアポケットみたいなごっつい田舎であります。昨今の市町村合併の流れからすれば、当然、茂原市に吸収合併されてしまって当たり前なんでしょうけど、どーゆーわけかそれは拒否して「町」として生き残ってしまっている。

で、クァルテット・エクセルシオのチェロを務める大友氏が、今を去ること20年前、クァルテットで喰っていくために妻&子ども3人とどうやって生きていくかを考え、一念発起し東京は多摩川の遙か西の奥、多摩センター近辺を離れて遙か千葉の山の奥は長柄町に転居。距離としては東京駅からならほぼ同じく50キロくらいだけど、環境はまるで異なるとてつもない田舎に引っ越したわけですね。この地で田圃の中に奥さんが音楽院を始め、子どもらは近くの小学校中学校に通うようになる。時移り、一番下のお嬢さんも当地で誕生し御家族6人となり、音楽院もなんのかんのでそれなりに地域で知られるようになった。で、いつのまにやらクァルテット・エクセルシオもNPOとして許認可を受けている拠点は東京都だけど、首都圏でレジデント・アーティストとしてアウトリーチやら地域活動の拠点としているのも晴海辺りから浦安に移り、なんだか「千葉の団体」という感じすらし始めている。

ま、これがクァルテットで生きる、ということなんだろーなー。

ってなわけで、せっかく長柄町に出来た公共ホールであります。ここを使わん手はない。とはいえ、この会場、なんと有料入場者を集めるイベントには貸してくれないそうなんですわ。だから、というわけでもないけど、本日は町民に招待状を配り、無料招待する、という形を採ったわけでありまする。
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ま、ご覧のように、図書館部分の手前から集会室のようなホールに入る、って小さな町あるあるの造りですね。そこに、100名近くの聴衆が集まった。これって、全町民の1%以上、ということではありませんかっ!これって、多摩市だったらパルテノン多摩の大ホールにガッツリほぼいっぱい客が入った、ってくらいでありますぞっ!

実質上の「お招きアウトリーチ」みたいなプログラムの演奏会ながら、後半は《アメリカ》全曲弾いて、最後の楽章では後ろの方の席に座った女の子、汽車シュッポシュッポのノリノリで体を揺すっておりましたわい。終演後、副町長さんからお花を贈呈されたりして。
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ステージの上にあがってくれればいいのに、なんだか千葉っぽく奥床しいなぁ。

というわけで目出度し目出度し、なんだけど…このながランホールの最大の問題は、公共交通機関が一切存在しない、という点にありまする。

去る3月のダイヤ改正で小湊バスさんの茂原駅から町役場前を通る路線バスが廃止され
https://www.town.nagara.chiba.jp/soshiki/2/13132.html
陸の孤島になりましたです。驚くなかれ、ながランホールがオープンする直前に、町役場などに来るコミュニティバスも廃止されてしまってます。
https://www.town.chonan.chiba.jp/osirase/34388/
ま、そもそも町内バスがあったとしても、最寄りのJR駅は外房線茂原にしても内房線五井にしても、はたまた小湊鐵道さんにしても、町内に駅がありませんから、町営バスが鉄道駅まで繋がることはあり得ないわけですし…。

いやぁ、温泉県盆地に拠点を移してから、九重高原とか豊後竹田市の奥とか、公共交通機関が全く無い会場でコンサートが行われる事実を前に、ちょっとショックを受けていたんだけど、なんとまあ首都圏は東京駅から車で1時間半かからないくらいの場所で、このようなことが起きるとはなぁ。

ちなみに今回、やくぺん先生が新帝都大川端縦長屋からながランホールまで赴いた道程は、「JR京葉線越中島駅→蘇我乗換え外房線茂原駅→小湊バスロングウッドステーション行き鼠坂バス停下車→コンビニ駐車場に町外からの関係者が集合し音楽祭スタッフが車でピックアップ→ながランホール→音楽祭スタッフにより茂原駅まで送っていただく→茂原駅から外房線京葉線で新帝都へ」でありました。鼠坂バス停からホールまでは、Googleマップさんに拠れば延々と水が入り始めた田圃の中をダラダラと50分ちょっと歩け、だそーな。

長柄をゼーリゲンシュタットにしたい、という野望、果たしてどうなるやら。距離的には成田羽田からながランホールまでの距離って、フランクフルト空港からゼーリゲンシュタットの修道院までと殆ど違わないんだわなぁ。頭の上を空港アプローチのひこーきたちが降りていくのも同じ出しさ。

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クァルテットを続ける [弦楽四重奏]

弦楽四重奏団というジャンルは、「ソリスト」とはまるで異なり、ホントの意味での「新人」を追いかけるのが不可能な困った業界でありまする。新人が出てきても、コンクールなどで結果を出してもそこからものになるまでに最低でも5年、普通は10年かかってやっと「期待の新人登場」くらいの注目を浴びるか浴びないか。

20代前半に結成されたとしても、欧州では「30歳の壁」での選り分けが待っている。簡単に言えば、ヨーロッパのきちんと給料が払われ生活の保障がされる臨時編成自主運営なんかじゃないまともなオーケストラの場合、トゥッティ奏者として採用されるオーディションの年齢制限が30歳くらいまでで、それを越えての採用となると別ジャンルで既にキャリアを積んでいる奴が首席クラスで採用されることがあるくらい。つまり、30歳のところで弦楽四重奏団として喰っていくかを決断しないといけん、ということですわ。

北米でも似たようなもので、30過ぎくらいで「解散します」とFacebookやtwitterに投稿して活動を終える、なんて団体がいくらでもおります。ロルストンQもコロナ禍で活動停止だそうだし…。ま、室内楽コンクールそのもののを評価しない、という考えもあるわけだけどさ。https://chambermusicamerica.org/articles/in-it-to-win-it/
ちなみに、この昨年11月のチェンバーミュージック・アメリカの記事、ロルストン関係を以下に引用しておきます。ちなみにロルストンの第1ヴァイオリンのリー女史は、今はトロント響第2ヴァイオリン副主席だそうな。ふううう…
”Sometimes, competitions don’t provide the key to lasting success. Consider the Rolston String Quartet, which won first prize at the 2016 Banff competition. Despite this and other accolades — including the grand prize at the Chamber Music Yellow Springs competition and the Cleveland Quartet Award from Chamber Music America—the group disbanded last year amid a variety of career pressures, worsened by the pandemic. ”

って、話はどんどん別の方に突っ込んでるんでもうこれくらい。弦楽四重奏団を続ける困難さは世界のどこでも同じ、とあらためて確認したところで、昨晩は我らがソレイユQが作品130を弾いたぞ、という本論なのじゃ。

我らが太陽さん、ソレイユ弦楽四重奏団さんといえば、サントリー室内楽アカデミー第1&2期生から出てきた最初の「常設」を目指す団体でありました。こんなんとか…もう10年以上前なんだなぁ。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2013-05-08
ありました、なんて言うとなくなっちゃったみたいだけど、毎度ながらの「クァルテット創設最初の5年」の壁を越えるところでメンバーがそれぞれの道を選択することになり、第2ヴァイオリンとチェロが「先輩おねーさん」として若いもんを従える形に再結成。チェロさんの本拠地の上田を拠点に年に1度の「定期演奏会」を行うことをメインに据えて活動を続けているわけでありますわ。若いもん、っても当電子壁新聞を立ち読みしようなんて酔狂な方とすれば、「ああ、琉球響のコンマス座ったりしてる彼と、反田オケにいるヴィオラくんじゃないの」なんて思うんじゃないかしらね。
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沖縄での活動なども模索していたようですが、とにもかくにも上田でのアウトリーチなどと、その前後に東京のサロン型会場での本気勝負、というやり方で7回目となるのかぁ。

なにせ0年代終わりからの「小規模コンサートスペース」ブームで、100席規模くらいのちゃんとした室内楽がやれる条件の良い民間スペースが日本各地に乱立することとなり、そういう場所の中でもメイジャーなヴェニュのひとつたる代々木上原の急坂の途中で、ちゃんと定員いっぱいくらいの聴衆を集めているのですから、立派なものとしか言いようがないでありましょうぞ。

こういう会場は、良くも悪くもダイレクトに生音が伝わり、もう一切の隠しようがなく、同規模の残響過剰な教会やら、響きが全部どっかに吸われれてしまうような宴会場やら、はたまた学校の講堂まんまで外の音がまるまる入ってきて音響も何もないやら…なんてところとは違う。ちゃんとしたマイクロ・コンサートホールです。それだけに、求められる演奏の質はかなりの水準となるわけで、いやぁ、侮れないわね、こういう場所での「定期演奏会」は。

年間にどれくらい練習やら本番やらの日程が入るのか知らんけど、自分らでマネージメント出来るところで、自分たちが弾きたい楽譜を音にする作業を続けられる状況を作れたのだから、これはこれでありなのでしょう。作品130の1楽章やらカヴァティーナ楽章前やらの、微妙なパルスとも言えぬ揺れみたいなものが自然と出てくるくらいになるまで、なんとか呆れられても同じ楽譜を繰り返して貰いたいものでありまする。

ちなみに、ソレイユを脱した元メンバーも、己の道を弦楽四重奏で開いていこうとなさっております。こちら。
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元ヴィオラさんが、ドイツでオペラのオケなどを弾き帰国した妹さん、それにこれまたアカデミーで別の弦楽四重奏をやっていた第1ヴァイオリンさん、それに知る人ぞ知る芸達者チェロ氏と結成した団体で、千葉や東京首都圏を拠点にアウトリーチなどを含めた活動をなさっている。演奏会は、まだピカピカの東武東上線池袋から直ぐの立派なコンサートスペースで開催しております。ちなみにこの演奏会、元ソレイユの第1ヴァイオリンさんも客席に顔をみせておりました。

弦楽四重奏として外国に留学し、その道で喰っていくために切磋琢磨し、あるいはもうダメだと諦めたりするだけが、クァルテットを続けるやる方ではない。地方で音楽を教えたり、お母さんになったりしながら、それぞれの生き方で弦楽四重奏の楽譜に向き合っている。クァルテットで生きていくには、いろんな道がある。そういう努力があちこちで重ねられることで、少しでも世間にベートーヴェンの後期やらメンデルスゾーンの魅力的な小品やらが広まることは、業界全体としてとっても大事なことだもんねぇ。

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「Nomori」終焉 [音楽業界]

キューシュー島は温泉県盆地の貧乏老人やくぺん先生ったら、新帝都に2週間弱出てきてなにやってるかといえば、ふたつの春のフェスティバルにせっせと通うばかり。ひとつは桜咲き誇る上野の杜で開催されている今や大メイジャーな都市型音楽祭「東京春音楽祭」で、もうひとつはこれまた上野以上に桜咲き乱れる千葉の山奥でひっそりと開催されているプライベートな小規模サロンコンサート&セミナー&発表会「ながらの春 室内楽の和音楽祭」でありまする。

んで、前者はやくぺん先生に関心がある類いは、昨晩の文化小ホールでの「シェーンベルク生誕150年記念私的音楽協会編曲作品名曲選」でオシマイなわけでありますが、音楽祭としてはまだまだ来週末まで続くどころか、昨日からがいよいよラストスパートというか、この音楽祭の創設の頃、ホーレンダー総裁&小澤ヴィーン国立歌劇場なにやら監督に拠る「東京のオペラの森」を彷彿とさせるラインナップとなるわけでありまするな。ほれ。
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いやはや、これを眺めるに、60と余年前に東京文化会館が建立されたときに多くの東京都民音楽愛好家が思い願った「戦後復興東京のオペラハウス」という夢が実現したようなラインナップではありませんかっ!

ま、みんな「演奏会形式」という潔さがなんとも言えぬところではありますが、とにもかくにも昨日木曜日から来週末までの10日間の間に、《ボエーム》、《アイーダ》、《エレクトラ》というメイジャーオペラハウスのスタンダードレパートリー演目が2回づつ演奏され、その間に合唱団メインで記念年作曲家ブルックナーのミサが入る。しかも、《アイーダ》は今やイタリアペラ専門家として世界一のスター指揮者が満を持しての登場だし、《エレクトラ》はドイツの口煩い評論家が選ぶ年間ベストオペラハウス賞を獲りまくっていたフランクフルト歌劇場のマエストロが専門分野をひっさげての登場ですから、誰がどう見てもここ上野公園口駅前に聳えるのは「世界の大都市のメイジャーオペラハウス」でないと言うのは不可能でありまする!

ああ、「のもり」もここまで立派になったのかぁ、大変なことになってもーたのぉ、我がトーキョーも…なーんて思いつつ、小ホールに上がっていくダラダラスロープ左手に貼られた過去のポスター群を眺めていたら…あれぇええ、「NOMORI」って表記、なくなったんかい?!

ほれ、よーくご覧あれ。ポスターの左下にある公式ロゴマークの下に、あの懐かしい《エレクトラ》で始まった、この音楽祭なんなんねん、ヘネシーシリーズとはちがうんかぁ、オケはNJPでもないしサイトウキネンでもないの、なんなんねん?…などとみんな不思議がっていた頃からお馴染みのロゴの下に、常に記されていた「東京のオペラの森」という文字がなくなってます。
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んで、K音楽事務所時代から見知ったスタッフさんに尋ねてみたら、「あ、気付きましたか。そう、ロゴを変更し、NOMORIはなくなりました」とのこと。

この音楽祭、ともかくある時期から誰がディレクターか、少なくとも外から見る限りは全然判らず、でも規模としては完全にメイジャーな「都市型音楽祭」なわけで、いろんな人から誰にアクセスすれば良いのか直接尋ねられることも屡々だった。そしてその際に、音楽祭の名前として「NOMORI」というなんともけったいな略称が定着してしまい、とりわけ日本語を理解しない方からすれば別に何が奇妙とも思わずに「のもりのもり…」と呼ばれていた。余りに繰り返されるんで、「♪のもりのもりせーねかぁ、のもーーーーりぃ」と歌っちゃうよ、ってさ。

ちなみに昨晩の《ラ・ボエーム》公演、なんとなんと80代後半のホーレンダー御大自らが舞台に登場、しっかり困った爺の役をこなして大喝采だったそうな。無論、マイク無しっ!

ま、なにはともあれ、「NOMORI」なる略称も正式に過去のものとなった「東京春音楽祭」、今の音楽好きの鑑たるスポンサー会社会長さんが個人的に頑張ってやってる感が漂う状況が、この先、どうなっていくのか?かつて「東京音楽祭」なんてものがあったことを覚えている方はどれくらいいるやら、長く続く上野の春のお花見シーズン定番オペラ演奏会形式上演祭りとして定着するのか?

このイベントにせよ、連休の有楽町祭りにせよ、21世紀の末期資本主義の都たるトーキョーのメイジャーな巨大都市型音楽祭のどちらもが、東京都やらニッポン国やら御上が関与する「オリンピック」やら「万博」やらなんぞという特定広告代理店と政府自治体政権のアヤシげな癒着で税金ガンガン投入する公的なフェスティバルとは違う枠組みで行われているというのは、なんとも気持ちが良いところでありますな。

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ベルリンフィルの上海レジデンシィ [音楽業界]

コロナの頃にすっかり途絶えていた西の海を挟んだ大陸の最大手音楽事務所Wuプロモーションさんからの広報リリースが復活したのは、昨年始めだか一昨年終わり頃のことだったか。

正直、10年代半ば以降の電脳セキュリティ強化と国内オリジナル電子マネーの流通などで、0年代の終わりの北京五輪から上海万博の頃に随分と開いたかに思えた大陸中国の扉が、また次第に閉じられてしまった感があります。御上の規制コントロールがしっかり利いた大陸独自の極めてクローズドな電脳ネットワーク世界が猛烈に展開して、再び巨大な竹のカーテンの彼方に行ってしまったよーな…

ま、どんな社会やら御上やらであれてきとーに上手く付き合うのが当たり前な13億人もがひしめき合う社会でありますから、少しは外に向けても情報を提供してやろうという民間企業も存在するようでありまして、万博後に就任しコロナ禍にもめげずにイケイケで頑張ってるウー若社長、なかなか頼もしい限りでありまする。

さても、んで、ちょっと前に送られてきた4月のリリースをぼーっと眺めていて、へえええ、と思う告知がありました。めんどーなんで、もうWeb版を開いてまんま貼り付けてしまいます。別に関係者のみの告知ではなく、誰にでも見られるんだと思うし。なお、「大陸のサイトを開くと中共政府に情報を盗られる」という神話伝説をお信じの方には、無理してまで眺めろとは言いません。大事なことは先に記しますから。
https://wupromotion.com/index.php?option=com_acymailing&ctrl=archive&task=view&mailid=176&key=b44cf572e9a23da39768a98f428cc958&subid=9345-8fedbbc68f36229d644314b523574637&tmpl=component

今月には、日本では「ケルンWDR交響楽団」なる名称が用いられているらしい、若杉さんやらオーボエの宮本さんなんぞで知られた所謂「ケルン放送響」が来訪でんな。今のシェフと一緒に来て、主要都市でガッツリ演奏していく。その後にはニッポンでもお馴染みのブッフビンダー御大がかなりの期間滞在して随分と演奏会をやっていく。5月にかけてはボルドー歌劇場のバレエが来て、同時期にはヴェルビエ音楽祭のオケも来るぞ。その後にはペテルスブルク・フィルハーモニー(どのオケのことか判らんわい!)、フィレンツェ五月祭管と続き、いよいよ6月末に大本命の登場、「柏林爱乐在上海音乐会
Berliner Philharmoniker 2024 in Shanghai 06.24 - 07.01」でありまする。

詳細は、もうベルリンフィルの公式サイトにはガッツリ上がってます。こちら。
https://www.berliner-philharmoniker.de/en/concerts/calendar/details/55844/

毎年恒例のシーズン終わりのベルリン郊外の森野中での野外コンサートを終えて、えいっと上海入り。ヴァルトビューネでもソリストを務めたユジャ・ワンをメインゲストに、なんのかんの4公演を上海大劇院を舞台に行い、他にも教育活動やらあれやこれやの「レジデンシィ」らしいこともやるそうな。この英文ニュースではあんまり判らんなぁ。
https://english.shanghai.gov.cn/en-Festivals&Celebrations/20231214/7512bafbbc2c4bcaa8a95417bdcd7e5f.html

ま、詳細はぶっちゃけ、上海からよりもベルリン経由で情報を取った方がいろいろ判りそうですな。演目は《英雄の生涯》とかブラームス交響曲第4番とかがメインで、うおおおおこりゃ行かんとマズいわい、ってなトンデモ演目はありません。中国の現代作品大作とか、記念年のシェーンベルクやらブゾーニやらブルックナーやらは無いようですので、ま、「悪い人達」もご安心下さいな。

今は半分キューシューは温泉県の貧乏隠居のやくぺん先生とすれば、距離的には長崎から船に揺られて丸1日…って航路は今はないにしても、福岡板付空港から東シナ海跨いでわずか1時間、新帝都よりも遙かに近い場所なんで、気にならないこともないけど…ま、この演目なら無理することはないのぉ。

ご関心の向きは、情報にお気をつけあれ。チケットのお値段は、今や二等国ニッポンと違わんどころか、もっと高いかもよ…って記してみたものの、もうチケットはソールドアウト、とあるじゃんかぁ。経済崩壊などと騒ぐ方もおられるようじゃが、上海金満パワー、まだまだ炸裂じゃのぉ。
https://www.smartshanghai.com/event/75913

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現代音楽大人気? [現代音楽]

朝から春の嵐が荒れ狂う新帝都、やくぺん先生のちんまり寝床だけがある湾岸縦長屋も強風に煽られてギシギシ音をたてておりまする。桜も一気にオシマイかな。

とはいえ、上野の杜はまだまだお花見やる気満々の新年度最初の月曜日の宵、賑々しくも開催中の「東京・春・音楽祭」、始まった頃の「オペラの森」という言葉は今はどこ
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本日は巨大な都市型音楽祭には不可欠な「現代音楽」イベントのハイライトたる、アンサンブル・アンタルコンテンポランの名曲選が文化小ホールで開催されましたです。

「1ヶ月以上の長い開催期間に、古い時代の音楽から現代新作までありとあらゆる課目を揃え、都市の特定地域のいろいろなヴェニュを用いて規模も様々なコンサートが繰り返される」という所謂「都市型音楽祭」というのは、常設インフラとしての設備と組織がある程度備わっていれば広告代理店型巨大イベントのやり方でもなんとかやれるジャンル。演劇祭やら地域型アート・フェスティバルに比べると、先端的演出のオペラでもやらない限り、政治的な面倒さやら多様性やらや差別やらへの配慮もそれほど神経質にならんでもいい時効案件ばかりの安パイ「古典音楽」でありますから、「音楽の街●●」とか「音楽による街興し」とかは行政や地域商工会議所さんにとっては言い出しやすいことは確かなんでしょう。演劇祭なんて口の立つディレクターがしゃしゃり出てくるし、美術祭はブツとしての作品管理が案外面倒。いちばん簡単なのは「映画祭」だというけど…ま、それはまた別の話。

何の話じゃ。もといもとい、んで、本日のフランスは華の都を代表する常設現代音楽専門アンサンブルの来日公演であります。この団体のツアーというのは、特定の作品演奏でどうしてもこの方々が必要だとか、バリバリの現大作曲家がプログラムディレクターやら芸術監督を務める音楽祭でのテーマ性を持ったレジデンシィだとか、そういう事例が多い筈なんだけど、今回の来日はたった2日間の上野文化会館小ホールでの公演のための招聘。正直、やくぺん先生ったら発表を聴いた瞬間に「ああ、エトヴェシュ小特集をやるという話だった統営からこっちにまわるのか」と思い込んでしまい、統営がクラングフォーラム・ヴィーンと知ってちょっとビックリしましたっけ。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2023-12-21

ディオティマQは当然のように統営で弾いてから上野、という東アジア桜の2大名所ハシゴをやってきてるわけで、なんかあったんかいな、と思うなと言われても困るぞ、って感があるけど…ま、それはそれ。とにもかくにもホールの裏では人々が夜桜見物阿鼻叫喚の上野の杜で、世界一の現代音楽専門家集団が二夜にわたる名曲選を披露してくれるわけでありまする。

この類いのアンサンブル、日本でも常設のものだけでも、東京には老舗のアンサンブル・ノマドやら東京シンフォニエッタ、アンサンブル東風、大阪ではいずみシンフォニエッタ、などなど、たぁくさんあるわけですけどぉ、アンサンブル・アンサンブルアンテルコンタンポランの最大の特徴は、創設時からエレクトリシャンがメンバーに加わっていることにある。今はシテ・ド・ラ・ムジークに本拠地を移転しているけど、最初はかのポンピドーセンター隣の浅い池の橋を渡った向こうのIRCAMビル地下に無数の配線のたくらせた電子音なんてやってたわけで、そんなに移動が簡単ではない現代テクノロジーと音楽芸術の融合が前提だった。

ところがどっこい、今回の名曲選では、この団体のそのような要素はすっぽりと抜けて、まるで「クラシック」のライヴアンサンブルのような形での来日となってます。ってか、懐かしの東京ディズニーランド裏の第一生命ホールをメイン会場のひとつにして開催された「ブーレーズ・フェスティバル」の時以来、「電子音楽も普通の楽器のひとつとして新たな音響を開いて行く」というこの団体の本来の目的に沿った規模での来日公演って、絶えてないんじゃないかしら。秋吉台とか武生とかでそういう形での招聘って、してるのかしら?

そんなわけで、本日の公演は「アンサンブル・ノマドのフランス版」みたな形での20世紀の古典作品総浚え、というショーケースだった。んで、そういう形が功を奏したのかなんだか知らんけど、なぁああんと驚くな、会場はほぼ満員でございましたです。

ヴェーベルンからカーターに至る「20世紀音楽の著名代作曲家に拠る評価が固まった作品」が並ぶコンサート、演奏そのものも例えばヴェーベルンの協奏曲第2楽章がそれこそカラヤンみたいなレガートでセリーと音色旋律がつるりと美しく響き、ロバート・クラフトやハンス・ロスバウトの時代が懐かしいなどとふてくされたことは言わないけど、「あああ、古典音楽じゃのぉ」と安心して聴いていられる。音楽祭の偉い人やら評論家やらがいっぱい座った客席も、安心して大喝采を叫べる、いかにもメイジャー音楽祭っぽい一晩であったとさ。

去る土曜日のシェーンベルク弦楽四重奏全曲演奏もそうだったけど、いよいよ「ゲンダイオンガク」がホントに「古典」になってきて、作品の淘汰が進んでいるなぁ、と実感する今日この頃。考えてみれば、もう21世紀も四半世紀が過ぎようとしているんじゃからのぉ。

さても、今晩の「フランス作品ショーケース」はどれくらい聴衆が入るのやら。

[追記]

おはようございます。昨晩の「フランス作品名曲選」ですけど、聴衆の数は流石に初日ようなほぼ満席には至らなかったものの、この類いの演奏会としては異例の数の聴衆が詰めかけておりましたです。

これまた意外にも、ミライユやらデュサパンやら、日本でも著名な評価の固まった作曲家の作品は「ああそうですか」って感じだったんだけど、後半のマレシュとロバン作品が面白かったですわ。流石にこの類いの編成の新作をもう半世紀近くも積み上げてきたわけですから、IRCAMバックヤードには収めきれないほどの膨大な初演した楽譜の山があるわけで、このような「今回のツアーの編成でやれる受けそうな曲はないかな」と本気になって探せばいくつも出てくるんだろうなぁ、とその奥深さに驚嘆させられた次第。

こういうアンサンブルって、いつなくなるか判らぬ演奏団体有志や企業の趣味で成されるのではなく、実質上の国立できちんと組織として維持され活動拠点も確保されてこそなんだわなぁ。初台の武満メモリアルがそういう場所になることを、一瞬、期待したんだけどねぇ…

[追記の追記]

桜も流石にそろそろオシマイの上野の杜で、田舎者やくぺん先生が今年参加する最後の「東京春音楽祭」公演の私的音楽協会編曲選を拝聴しながら、ノンビリとヨハン・シュトラウスⅡのワルツに響く謎のハルモニウムに耳を傾けてたあと、ヴェーベルン編曲のシェーンベルク室内交響曲の相当に無理がある編曲を拝聴していて、急に思い出しました。アンサンブル・アンタルコンタンポランの「名曲選」公演って、香港芸術節で聴いたことあるじゃないか、って。

確か、ピンチャー御大が指揮者として出始めだった頃、比較的この団体としてはフル編成。でも、エレクトリシャンは無しで、数年前にサントリーの夏祭りで《大地の歌》編曲版をやったときみたいな編成だった。んで、やったのが、シェーンベルクの室内交響曲第1番だったわけでした。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2016-08-26
ともかく、前半終わったところで香港駅から空港特急に飛び乗って、深夜2時発だかの桃さんだかで成田に戻るという無茶な日程だったことばかり覚えているなぁ。

てなわけで、この団体、それなりに「通常の室内オーケストラ」としてのツアーってやってるようじゃのぉ。このとき、香港作曲家の作品とかやったか…忘れてもーた。いやはや。

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LCCはホントに安いのか? [たびの空]

ホントになーんの意味も無い雑談です。時間つぶしにもなりませんよ。一頃は「たびの空」カテゴリーで盛り上がっていたLCCネタ、久々のエントリーじゃわい。

温泉県盆地と新帝都大川端二重拠点生活が本格化して3年目ともなり、拠点移動の直接のきっかけとなったコロナ禍もどうやらオシマイとなったらしく、ニンゲン共のこの島やら地球上での移動が再び活発になった今日この頃、更には諸事情で(実情を言えば生活苦から)引退宣言を撤回せざるを得なくなった哀れな貧乏老人やくぺん先生ったら、新帝都はともかく「最寄りのバス停からのJR駅までのバスは1日午前中に1便、それも週に3日のみ」というオソロシー公共交通超僻地の温泉県盆地の庵からも世界中に出歩かねばならんことも増えて、去る3月の納税時には交通費の額に呆れかえり、これはマズいと頭を抱えている大川端に桜咲き乱れる春の朝なのであーる。ううううむ…

ってのも、今、春のうららの大川上り下りの旅人の楽しげな風景をシン・ゴジラ視点の縦長屋勉強部屋から眺めながら
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来る6月から8月終わり頃までの「夏日程」をあれこれ決めねばならぬ己への秘書仕事といういちばん嫌いな雑務をやっており、昨年以降なんとなく感じていたことをあらためて実感したのであーる。それ即ちぃ…

LCCって、ホントに安いんかい?

いや、安くなくてなんのLCC、と思いじゃろ。無論、ワシも同感で御座いまする。基本的に「乗客は自分で歩く荷物」という割り切った経営発想、どこぞのジャンクハンバーガーショップのように「スマイル0円」なんて素敵なジョークを飛ばす気など更々ない。それどころか「スマイル追加料金2000円」などと設定してきそうな勢いのニッポン国離れした接客業を堂々と展開するわけであり、それはそれで安いんだから仕方ない、俺は荷物なんだ、と納得しつつ利用するのがLCCというものなのであーる。うんうん。

だけどね、どうやらやくぺん先生が拠点とする温泉県盆地の最寄り空港たる滑走路だけは無闇と長いくせに自動着陸誘導システムなどは完備せず、ましてや世界でも類例のない独立国としてはあり得ない治外法権外国軍隊自由往来岩国基地空域が眼前に聳え立つ我らが国東半島先っぽ空港ったら、キューシュー島の他の主要都市空港と異なり就航しているのが実質メイジャー航空会社及びその子会社のみで、系列の違う空マークさんとか富士夢さんとかが入ってないので、なんのことはないホントの意味での価格競争がないノンビリした空港なんじゃよ。

超ドル箱福岡板付、長崎、熊本、宮崎、鹿児島、なんて各社の乗客獲得競争が本気で行われてる空港と違い、「ま、これくらいにしときましょ」って便数割り当てがなんとなく決まっていて、LCCも普段は1日1往復、機材繰りが付くときはもう1便増やすかね、って感じ。LCCのセールでも、本気で値引きする気はなく、まあちょっと色付けてしておかないとセールって言えんからなぁ、って扱いなんじゃわい。

やくぺん先生の場合、持病持ち認定をされてでっかい医療機械を持ち運ぶ生活になって既に5年、どこに行くにもデフォルトで3㎏の荷物が存在するのじゃわい。ってことは、もうこの時点でLCCの安さの秘訣たる「機内持ち込みMax7㎏の荷物以外は一切なーんにもありません」という条件で残す余裕はたった4㎏しかないのであーる。背負子にパソコンセット入れて、カメラ入れたら、もう4㎏は軽く突破必至。ほれ、今や背負子抱えただけで判断出来る7㎏職人のやくぺん先生じゃわい。
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そんなわけで、「仕事場間の移動」で不可欠な資料やら郵便物やら書籍など膨大な紙モノ、はたまた生活に必要な物資などを運ぼうとすると、有料の手荷物預け購入は絶対に不可欠となるのであーる。

LCCさんご利用の貧乏人諸氏ならよーくご存じのよーに、LCC さんにとっての稼ぎ頭は、実はなんのことなない、この手荷物運賃なんじゃわな。そこに空港使用税、クレジットカード手数料などがあれよあれよと重なり、例えば「成田大分4500円セール」などというチケットが購入出来たとしても、なんのかんので支払う額は8000円くらいにはなってもー。

となるとぉ、「荷物は20㎏越えようがお預かりいたしましょう、機内の持ち込みも10数㎏までご自由です、無論、クレジットカード使用料などいただきません」というJALさんANAさんソラシドさんなどの季節限定セールの早朝便などと、実質違いは$10もないくらいになってもーたりするんじゃわい。無論、欧州でなどではメイジャー航空会社も機内持ち込み有料料金が当たり前になってきているから、この素敵なニッポン国内ローカルルールもいつまで維持されるやら…

幸い、大川端縦長屋からちーば落花生空港に向かうか、はたまた六郷河原ゴジラ空港に向かうか、驚くなかれお値段的にはビックリするほど違うことはないんじゃが、LCCさんの「90分前到着時間厳守」と「最悪出発30分前に京急駅に着いてもなんとか飛び込める」ANAさんの気分的な違いは大きいしのぉ。

てなわけで、結論からすれば、「タイミングを見計らえば、ANAソラシドさんとLCCさんは実質そう違わないじゃあなかろーか」というオソロシー結論になりつつある今日この頃なのであった。

ちなみに、実際に今、購入の作業をしていた来る6月20日のマキシム・パスカル指揮アンカナ定期に向かうための道程、「温泉県盆地やくぺん先生庵→ANAセール大分空港→大阪伊丹空港→JR西日本北陸本線&北陸新幹線→石川県立音楽堂」vs「温泉県盆地やくぺん先生庵→ANAセール福岡板付空港→石川小松空港→石川県立音楽堂」の空路+鉄路部分は、なんとなんと、共にほぼ同額の€110弱でありましたとさ。LCCは大阪駅から近い伊丹ではなく関空になるので、時間の関係で使えず。いやはや。

おっと、誠にもってどーでもいい無駄な話じゃったわい。さても、お仕事せにゃ。

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ながらにまた春がやってきた [音楽業界]

今を去ることもう随分と昔、ポーツマスから移ったロンドン国際弦楽四重奏コンクールがロード・ユーディ没後に金融街シティを離れ、行き先が定まらずウロウロしていた頃、メイン会場をロイヤル・アルバート・ホール裏のロイヤル・カレッジに移して開催されたことが一度だけありました。半島南では今をときめく人気ソリストとなっているボンソリ・キムちゃんがまだ10代のアイドルみたいな学生さんで、偉そうな先生たちに混じったKNUA弦楽四重奏団(だったと思う…)の第2ヴァイオリンで出場しており、なにやら大人気となってた年であります。ヴォーチェが勝てず、伏兵デーニッシQに優勝を持って行かれた年じゃたのぉ。その後、ロイヤル・アカデミーとウィグモアがメイン会場になり、なんだか良く判らん結果を連発しているロンドン大会が、まだまだコンクールっぽかった最後の年、って感じがするわい。

セッションの間に、会場となったロイヤル・カレッジのオーディトリアムで公開シンポジウムが行われ、なんのかんの英国文化圏の偉い方々が登壇しあれやこれや喋った際、最後に聴衆からの質疑応答になった。んで、おもむろに手を挙げた参加者のひとりが、「弦楽四重奏を団体として常設で続けるにはどうしたらいいですか」という、もう身も蓋もないというか、単刀直入この上ない質問を、壇上に居並ぶ面々に向けて発したわけであります。と、これは俺が答えるしかあるまいなぁ、という風に乗り出した英国文化圏では(敢えて「英国文化圏のみでは」とは言いません…)アマデウスQ以降絶に圧倒的な評価と絶大なる人気を誇ったリンゼイQの第1ヴァイオリンを務めたクロッパー御大が仰るには、「まず、どんな規模でもいいから、自分のフェスティバルを持ちなさい」でありました。

へえええ、と思いましたねぇ。

どういう意味か、アホなやくぺん先生ったらそのときには良く判らなかったんだけど、その後、あれこれそんな視点から世界の弦楽四重奏業界を見渡すに、なるほどねぇ、と思うに至った次第でありまする。

つまり、自分らが責任を持ち、アーティスティックなだけではなくその他諸々を含めた仕切りが自分らのクレジットでやれる、やらねばならない、そんなイベントを持て、ということ。常設の弦楽四重奏というのは、弦楽四重奏の楽譜を弾きたい4人が集まって練習して発表している演奏家の趣味団体ではない、団体としての運営やそこに集まってくる人々との関係を含め、自分らできちんとコントロールする訓練をしていかねばならない。そのためにも、どこまで自分らで出来て、どこからが出来ないかを見極め、他人任せではなくその勉強が出来る状況を持て、ってことでありますな。

ま、それだけが理由なわけじゃないけど、以降、エクの皆々様には「ともかくどっか田舎ででもいいから、音楽祭やりましょやりましょ」と勝手なことを言って焚き付けていたわけでありました。

ったら、今を去ることもう7年前に、こんなイベントが立ちあがることになった。
https://yakupen.blog.ss-blog.jp/2017-02-09
ま、それ以降は、当無責任電子壁新聞のバナー左下にある「検索ボックス」に「ながらの春」と突っ込んでいただければ、だああああっと幾つも出てきますので、ご関心の向きはご覧あれ。

何処も同じコロナ禍、この小さな音楽祭も2020年春から開催出来ず。その間に長柄町内でもいろんな動きがあり、昨年はエクの参加はなく共同主催の「ゴーシュ音楽院」単独で開催する小規模なイベントとして再び様子を眺めてみることにしたようじゃった。んで、なんのかんのなんのかんのなんのかんのあったようで、とにもかくにも今年は、会場も全く新しい「ミルフィーユゴルフクラブ」なるもうちょっと五井寄りの長柄町西の方に移り、まずは「サロンコンサート2公演+終演後のティータイム」というミニマムなフォーマットで再開された次第でありまする。

会場となるゴルフクラブ、無論、バブルの時期に千葉の山の中に建てられたこのような施設ですから、とても立派な建物であります。ほれ、入口ロビー受付から階段を上がった上層階へどうぞ。
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ゴルフクラブとしては、コロナ前までの会場となっていたゴージャスなところよりも、よりストイックというか、ゴルフというスポーツに徹した簡素な造り。ゴルフをするのに必要なものがきちんとある、というヴェニュであります。メイン会場となるゴルフコースと中央の巨大なポチャン池を臨む部屋はこちら。
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数十席のコンサートスペースでのサロン型コンサートが大流行の昨今、まるで違和感はなくなってるでしょ、こういう場所。コンサートをやるのは初めてとのことで、ゴルフ場支配人さん以下スタッフの皆さん、とても献身的にサポートいただきました。音楽イベントそのものが初だそうで、スタッフのおねーさんたちもなんだか嬉しそうだったのは良かったですね。

無論、ピアノがどうやっても入らない、音響もまだまだ試行錯誤、等々、いろいろ課題はあるでしょう。でも、小さな会場のライヴでないと体感不可能なコントラバスのブンブン絨毯を揺らして伝わってくる響きには、遙々桜咲き乱れる千葉の山まで足を運んで下さった皆様も大いに満足なさっていたようでありました。

あ、ご存じのように房総半島内陸は付け根とは言え完全な車社会、せっかっく近くを走っている小湊鐵道さんからもアクセスはなく、五井駅から送迎バスになります。山道には雉さんなんぞもノンビリしておりますぞケンケン!

てなわけで、数時間前に無事にNPOエクも主催者の一部に復活した「ながらの春 室内楽の和音楽祭2024」のゴルフクラブ公演は終了。プログラムに挙がっている本公演の後の、別室でのお茶の席でのアンコール演奏も復活しましたです。今時の流行で、「写真撮影はOKです」だったオマケ演奏の様子をお聴かせしましょうぞ。目の前にお茶のセットがドカンとあるのは、あくまでもアンコールですよ、ってことですので。
(提供:ながらの春音楽祭&NPOエク・プロジェクト)

聞くところによれば、どうやらエクとしては、結成30年にしてこの余りにも有名すぎる名曲をコントラバス付きで弾いたのは初めてとのこと。やっぱりこういう音が座れてしまうカーペットが敷かれた空間では、ダイレクトな生音の低音は圧倒的な存在感を示しますね。残念ながら、YouTubeどころか最高級オーディオセットでも再現は絶対に不可能、やっぱり桜眺めるついでに千葉の山まで来なきゃ、と思わせてくれるわい。

「ながらの春」音楽祭、来週からはエクがプロやアマチュア奏者の間に入って弾く合宿セミナーです。週末にはセミナー発表会、そして次の日曜日には長柄町公民館でフィナーレのコンサート。お暇な方は、流石にもう「桜満開の」とは言えないだろーけど、知る人ぞ知る桜の名所にいらっしゃいな。

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シェーンベルク6時間に聴衆400人越え! [音楽業界]

桜満開の花曇りの土曜日の本日午後、上野の杜は奥深く東京藝術大学は奏楽堂を会場に、午後2時から休憩&レクチャー含め終演は8時という長大な演奏会が開催され、レクチャー司会として舞台に登った業界関係知る人ぞ知る有名人ゴローちゃんから「もぎられた半券は462枚」という発表が賑々しく行われましたです。
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おいおいおい、カザルスホールでもいっぱいにならないくらいの数で何を喜んでいるんだ、と呆れるかもしれませんが、このイベントの内容が「シェーンベルク弦楽四重奏全曲演奏」であると知れば、なるほどねぇ、と納得していただけることでありましょうぞ。

この演奏会、急に表の作文をやってくれという依頼が入ったため、書き始めていたこの無責任私設電子壁新聞原稿、内容を急遽変更。どーでもいーことだけを書きますっ。ゴメン。

とはいえ、批評原稿なんて偉そうなものには記せないことのほーが遙かに大事だ、というのが当電子壁新聞のポリシーであることは今更言わずもがな。で、敢えて表の作文には記せない重要なことを記せばぁ…この演奏会の最大のポイントは「シェーンベルク特集の聴衆はブルックナーのそれに近い」という事実が発見されたことにあるのだったぁ!

評論家率も異常に高かったこの演奏会、客席を埋める7割が「オジサン」でありました。いや、7割所ではないかな。なんであれ、亀井聖矢やら石田組やらの客席を埋める聴衆、はたまた初台の《アイーダ》に熱狂する善男善女(実は知らんけど…)とはまるで異質、ある種の「オタク」っぽい空間が広がっている感がありましたです。

いやぁ、これはちょっと驚きでした。所謂「現代音楽」新作発表などのインディーズっぽい演奏会の客席を埋める都内各所の音大作曲家学生やそのお友達演奏家に漂う音大学祭の雰囲気とはまるで違う。はたまた一昔前の草月ホールやセゾン劇場、パルコ劇場などの「ゲンダイオンガク」演奏会のなんとも微妙にオシャレな空気とも、また違う。やっぱりブルックナーなんだわなぁ。

シェーンベルクという、正直なところ21世紀の今の時点でどのような評価をすれば良いのか些か難しいところにいる作曲家さんの大特集、これくらいの聴衆が期待出来るのならば、「東京・夏・音楽祭」とすればせっかく「東京の三大メイジャーオケ&ベルリンフィル奏者達」というラインナップでやってるニッポンのザルツブルク復活祭音楽祭みたいなものなのだから、ガッツリ腹くくってヴァイグレやらカンブルラン御大に《モーセとアロン》やら《今日から明日へ》をお願いしても大丈夫だったんじゃないかしら。

本日の貴重な演奏会、ここまでやったんだから最後は「皆さん、よく聴いてくれましたで賞」みたいな《浄夜》じゃなく、音楽祭で上野の杜近辺に来ている沢山の歌手やピアニストの中には《ナポレオン・オード》をやってやろうじゃないか、という人もいたんじゃないかしらね。ホントは最後はやはりアメリカ時代の最高傑作たる弦楽三重奏曲で終えて欲しかったけど、もうディオティマの皆さん、体力精神力的に限界じゃろなぁ。

ともかく、お疲れ様でした。隔靴掻痒な作文になってしまって、スイマセン。

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『妖精の距離』を見にいく~ミュージアムはオワコンか? [現代音楽]

新帝都に戻った翌日、予定していた原稿作業がどうやら故ポリーニ様のお陰で飛んだようで時間が出来たのをいいことに、遙々旧グランドハイツの向こうは板橋の区立美術館まで足を運んできたでありまする。
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桜満開になった曇りゾラの下、目的はこれじゃわい。
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公式案内はこちらをご覧あれ。
https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001737/4001747.html

区立美術館あるあるの周囲が公園ってセッティング、お花見がてらというわけではないんでしょうけど、広くはない特別展スペースは意外な程の人出。無論、平日午後ということで殆どがご隠居割引きの方々なんじゃが、美大とか美術予備校の学生っぽい若い人たちが数人の集まりで来て、展示品を前に真剣に話をしている、なんて図も見られましたです。なんとなんと、同業者のK先生などもいらしていて、おやおやこんな場所で、って空間じゃったわい。

ほおおお、美術館、生きてるじゃん。少なくとも、ニッポン新帝都の住宅地では「ミュージアム」はオワコンじゃないよーじゃわい。

なんせ、その直前、これから歌舞伎眺めに行くというトロントの某財団の方と銀座四丁目の某パン屋さん上層階パン食べ放題洋食ランチを喰らいながら久しぶりにいろいろな雑談をしてたんだけど、なんかの拍子で今時の北米のトレンドを笑う中で、「コンサートホールをミュージアムにしてはいけない」という毎度ながらの流行の話が出てきた。先頃、某ドイツの弦楽四重奏にインタビューしてたときに「私たちのコンサートはミュージアムで、現代を含めたあらゆる時代の作品を提示せねばならないと師匠に言われてます」という趣旨のことを仰ってたのを思い出し、ああああ「欧米」の業界意識の違いだなぁ、翻ってニッポンはねぇ…などとボーッと思いながら地下鉄三田線に揺られてたわけでありまして。うううむ、ニッポンの公共アート・ヴェニュ、何をするのがお仕事なのやら…

もといもとい、ま、それはそれ。んで、上のサイト案内をご覧になればお判りのように、冷静に考えて20世紀のアート潮流で最も大きな影響を与えてたと歴史的な評価をせざるを得ない「シュルレアリズム」の大戦間ニッポンへの影響をあちこちから作品引っ張って来て並べる展示会であります。御家族お友達以外には漏らせないような率直な感想はともかく、正直、やっぱりシュルレアリズム作品って美術館に似合うなぁ、とあらためて思わされたですな。だって、買って自分ちの廊下か玄関上がったところに掲げて毎日眺めたい、とは感じないもんね。東郷青児やらがその先に向かった方向が、やっぱり「売れる」ためには正しかったのも当然だわなぁ、って。あ、皮肉じゃないですよ、実感です。

やくぺん先生なんぞとーしろーが個人的に思うことなどどーでもよくてぇ、当無責任電子壁新聞を立ち読みなさっているような酔狂な方にご紹介したいのは、唯一点。ガラスケースの中に展示された瀧口修造『妖精の距離』でありまする。

一応、限定100部とはいえ1937年に商品として世に出た「詩集」で、古本屋さんに良い状態のものが出ればそれなりのお値段でもあっという間に品切れになる代物ですけど、ホンモノを手に取ったどころか、見たことある人も殆どいないでしょ。今、面白半分に調べたけど、この瞬間にマーケットに流れてるものはないみたいですなぁ。
http://mozubooks.com/?pid=129045468

シュルレアリズムの日本での導入から展開、戦後の高度成長前くらいまでの流れを簡素に俯瞰する展示の中で、最盛期のひとつの事例としてこの詩集がガラスケースの中に展示されております。太っ腹にも3冊が用意され、全12編中の3作品が見開き、右ページの瀧口の詩と左ページの阿部芳文の二次元作品とが眺められるようになっております。

で、ハイライトは「遮られない休息」なのは言うまでもないでありましょうぞ。これね。
https://search.artmuseums.go.jp/gazou.php?id=53142&edaban=1

正直、展示会全体の照明が非常に抑えられていて、本来ならポータブルアートとして手に取って眺めるものとすれば不満もないではないですけど、なるほどこれなのかぁ、と思うことは出来ますです。

では、こちらを眺めながらご覧あれ。なんか、こうしてみると、楽譜ってアートじゃのぉ。


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