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ベートーヴェンが語るヴァルターのピアノ [演奏家]

ひとつまえのブログ原稿、「3月1日の夜に晴海第一生命ホールでアントン・ヴァルターの現物を使ったレクチャーコンサートがあるぞ」という話を書きながら、どっかにあったなぁ、と思ってた原稿をやっと引っ張り出せました。1994年に、当時はまだ霞ヶ関ビルの日本文化財団にいた武田プロデューサー(こいつは絶対にそのうち辞めるな、と思ったら、やっぱり辞めて、BCJ事務局長になりあの団体を大発展させ、その後は会社を作り、今や「目白バ・ロック音楽祭」プロデューサーとしてすっかり有名人になってます)に頼まれて翻訳したベートーヴェン時代のピアノ発展に関する論文。全文引用すると凄く長いけど、ベートーヴェンがアントン・ヴァルターのフォルテピアノについて語っている手紙があるので、その部分だけ抜粋しておきます。
残念ながら、ベートーヴェンがアントン・ヴァルターについて記している手紙はこれだけみたいですねぇ。そのあたり、1日のレクチャーで平野先生にお尋ね下さい。

ええ、蛇足を申しておきますと、恐らくは小倉さんのレクチャーで言及されると思いますが、このヴィーンにあったヴァルターの工房によるピアノフォルテは、言葉の真の意味での「ウナ・コルダ(弦一本)」が出来ませんでした。となると、問題はあの有名な第4協奏曲緩徐楽章でのウナ・コルダ指定なんですね。なんか、想像しただけで、当時ヴィーンきってのピアノ奏者だったベートーヴェンと、次々と改良されたピアノを持ち込むピアノ製作者らとの間の緊張関係が垣間見えるようでしょ。

なお、レクチャー及び3日の演奏会担当S女史から、2月28日夕刻に連絡がありました。「今、フォルテピアノちゃんが到着しました。華奢で、壊れそうでコワイ」とのことです。へええ。なんせレプリカじゃなくて、ヴァルターのオリジナルだもんね。今日の湾岸の強風で吹っ飛びそうな工芸品ですから。ちなみに、楽器運送屋さんじゃなくて、美術運搬専門の会社が運んできたそうな。へええ。

追記:今、レクチャー終わりました。プログラムにない「街の歌」のフィナーレ、やりました。これが1807~10年にヴィーンで造られたアントン・ヴァルターのピアノ。こんな風に見物できることなんて、もう二度と無いかもしれません。膝ダンパーが判りますか。

以下、デレク・メルビル氏の論文『ベートーヴェンのピアノ』からの抜粋引用。小生のパソコンデータベースに死蔵されておくくらいなら、ちょっと虫干ししても問題ないでしょ。非営利私設壁新聞なんだもん。翻訳著作権は小生だしね。一切の引用その他は厳禁です。

                            ※※※

                デレク・メルビン『ベートーヴェンのピアノ』より抜粋

 ベートーヴェンのピアノや、その楽器に対する考えや態度を考えるに於いて、耳の疾患の問題は非常に重要である。しかし、耳の聴こえなさの程度を正確に知るのは極めて困難である。
 ベートーヴェンが最初に自分の好みと表明したピアノ・メーカーは、アントン・ヴァルターだった。他のいくつものメーカーが無料で楽器を提供してくれる状況にあって、彼はヴァルターに代金を払う用意をしていたことからも、彼がこの製造者の仕事をとても高く評価していたのは明らかである。彼がヴァルターのピアノをそれほどまで評価したのは、何ら驚くべきことではない。既に述べたように、特にヴィーン芸術歴史博物館に収められている一台などは、真に特筆すべき響きの美しさを持っている。勿論モーツァルトもヴァルターの楽器が気に入っていた。ハイドンはヨハン・シャンツ製を好み、ヴァルターは高価だし、良いのは10台の内の1台程度だ、と言っている。次の手紙は、ベートーヴェンがちゃんとしたウナ・コルダの機能が付いたピアノを切望している点で特に興味深い。この機能はそれまでのヴィーン製ピアノにはないものであった。

◆ベートーヴェンの手紙:ニコラウス・ゼメスカル・フォン・ドマノヴェチェズ宛 1802年11月
 ところで親愛なるゼ[メスカル]君よ、もしよかったら、僕の件に関してヴァルターにちょっと思い知らせてやってもいいんじゃなかろうか。まずなんにせよ彼がこれに一番相応しいのだから。それだけではなく、僕とヴァルターの関係がぎくしゃくしていると皆が感じ始めた頃から、ありとあらゆる製作者連中が僕の周りに集まって来て、僕に仕えようと必死なのさ。それも全く奉仕でね。どいつも皆、僕が気に入るだろうそのままにピアノフォルテを造ってくれようと言っている。例えばライヒャなんて、彼のピアノフォルテ製作者から、僕のために楽器を造らせてもらえるよう必死に嘆願されてるそうだ。信用出来る奴は大勢いるが、彼もそのひとりだ。もうこの男の工房に行って、何台か良い楽器があるのを見てきた。そんなわけで、そんな連中から僕はピアノフォルテをただでもらえるのだけれども、ヴァルターには30ドゥカットを払うつもりがある、と判らせて貰えないだろうか。でも30ドゥカット以上はびた一文払うつもりはないし、材質はマホガニーであるように。それから、弦一本だけを叩くストップ[即ちウナ・コルダである]を組み込んで欲しい--これらの条件が満たされないならば、僕は他のメーカーに注文を出し、その後で楽器の面倒をみるようにハイドンのところにも連れて行くつもりでいる。以上をはっきりとさせておいてくれたまえ。今日の昼頃、1人の外国人が、フランス人なのだが、僕に会いに来る。その折、ラ[イヒャ]氏と僕にとって嬉しいことに、ファケシュのピアノで僕の腕前を披露することになろう・・・


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