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トウキョウ・マンハッタンに響くアントン・ヴァルター [演奏家]

メールという連絡手法が一般的になってきたこの数年、起きて受信ソフトを立ち上げると、世界中からのリリースや案内がジャンジャン入っている。東京湾岸にイタリアの劇場の新演目やらシンガポール響の指揮者交代を教えても、なあぁああんにもならんと思うんだけど。
今日も今日とて、マドリッドの舞踏団の新振り付けのリリースと、メトロポリタンオペラの来シーズンのラインナップ発表の案内(おおお、来年のチェンバー・ミュージック・アメリカの真っ最中に、なんとマゼールが「ヴァルキューレ」を振るじゃないかぁああ!)という大物があり、朝から広告をいっぱい眺めてしまった。そんななかに、我が湾岸私設壁新聞に貼り付ける意味がある緊急告知があったんで、急いで貼り付けてあげましょ。なんせ今日は商売の作文作業がたて込んでおり、こんな作文してる暇なんぞないんだし。

さても、明日3月1日の夕方、晴海第一生命ホールのロビーで、フォルテピアノの小倉貴久子さんがレクチャーコンサートをなさいます。3日のホールでの本番に向けたプレレクチャーですな。
http://www.h2.dion.ne.jp/~kikukohp/
小倉さんは、湾岸地区の小学校なんぞにフォルテピアノを持ち込んだアウトリーチを盛んになさってる、ある意味、この地域のレジデント・アーティストさんみたいなもんです。晴海月島地区の小学生は、恐らく世界で一番たくさんフォルテピアノの音をライブで聴いてる子供たちなんじゃないかしら。

子供達だけじゃなく、お父さんやお母さん、広く音楽ファンの方にもフォルテピアノを聴いてもらいましょ、ということで、昨年から浜松楽器博物館にあるフォルテピアノを晴海のホールに持ち込んで、室内楽の本公演もやってます。
なんせこの「古楽」とか「ピリオド楽器」とかいう世界は、能書きを垂れ始めれば永遠にやってられる。普段は子供に話してる内容なんぞを、アップグレードして大人にも話してあげようと、レクチャーをするわけですな。今回は、ピアノがあれよあれよと変貌していた時代の真っ直中に生きたベートーヴェンの作品を取り上げるので、話すことも多いはず。
レクチャーに付き合うのは、日本に於けるベートーヴェンの権威、だけどあんまり偉そうには見えないお髭のオジサン、レコ芸やら新聞批評なんぞでお馴染みの平野昭先生です。湾岸にもこういうメイジャーな人が来るんだよ、たまには。

んで、緊急リリースの内容は、レクチャー参加者が増えた、というもの。ひとりは、ピリオド楽器からモダン楽器まで、ヴァイオリンからヴィオラまで、はたまたルネサンス音楽から現代曲まで、猛烈に広いレパートリーをこなし、さらにはあのベーレンライターからメンデルスゾーンのヴァイオリンソナタ校訂楽譜を出しているというスーパーマン、桐山建志さん。もうひとりは、先月はブリュッヘンの指揮でベートーヴェンの「プロメテウスの創造物」チェロ独奏を延々とお弾きになられたNJP首席の花崎薫さん。よーするに、本番にも参加するエルデーディQ低音コンビですな。
ベートーヴェンとかフンメルとかのピアノトリオという楽曲は、ピアノの変貌の影響を最も受けざるを得なかったジャンルです。コンクールなんぞでも扱いが非常に難しい。でっかいスタインウェイコンサートグランドみたいなモダンピアノ全盛期には、かのプレスラー翁みたいな、バランスと音色の天才の名人芸やら職人芸に頼った再現で納得させるしかなかった。フォルテピアノの力が最も発揮されるところですから、皆様、このレクチャー、興味深いに違いありません。以下、案内を貼り付けます。

このレクチャーの美味しいところは、第一生命ホールのロビーで開催されること。20世紀末ポストポストモダンのガラス張り様式のまあるい空間からは、トーキョー・イーストリバーから彼方のプチ・マンハッタンまでが綺麗に眺められる、隠れた夜景スポットなんですな。音もビックリするくらい良くて、口の悪い人は、ホールの中よりもこっちの方が良い、なんて言うくらい。

では明日の晩、トーキョー・マンハッタンを見はるかす銀座オフブロードウェイのナイトビューの中で、限りなく弦楽器に近い音の鍵盤打楽器と擦弦楽器の対話を見物しましょうぞ。本編だって、「管弦楽の為の作品18の7」みたいな正体がバレバレになりそうな第2交響曲ピアノトリオ版とか、無骨なベートーヴェンが音色に滅法拘った唯一の協奏曲第4番の室内楽版とか、滅茶苦茶アトラクティブなプログラム!

                            ※※※

3月1日夜の小倉貴久子さん公演のレクチャーコンサートですが、当初は小倉貴久子さんと平野昭さんお二人の出演予定だったのですが、急遽桐山さんと花崎さんも出演することとなりました!

2007年3月1日(木)19:15(開場18:45)
<レクチャーコンサート>東京公演プレイベント ベートーヴェンの室内楽の魅力 場所:第一生命ホール4階ロビー ●小倉貴久子、桐山建志、花崎薫、平野昭(トーク) ■¥1,000、3月3日本公演のチケットをお持ちの方は無料。 浜松市楽器博物館所蔵、ウ゛ァルター作のフォルテピアノも登場しますのでみなさん足をお運びください。(TAN S)


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デュトワとかハイティンクとか [音楽業界]

恐らく、あちこちの音楽情報系ウェブサイトでもう騒がれてるんだろうけど、ま、早くしないと記事が有料になっちゃうので、この電子壁新聞でも記しておきます。

今朝早朝に配信されてきたNYタイムズ電子版によりますれば、東京の皆様お馴染みの指揮者シャルル・デュトワ氏が、フィラデルフィア管弦楽団の「首席指揮者(チーフ・コンダクター)」になるそうです。エッシェンバッハが有していた「ミュージック・ディレクター」の地位ではありませんから、誤解なきよう。全部貼り付けるのはおっかないので、最初の所だけ。ほれ。ちゃーるず・てといっと、なんて読まないように。

The Philadelphia Orchestra Names a Chief Conductor
By DANIEL J. WAKIN
Published: February 24, 2007
The Philadelphia Orchestra, facing the imminent departure of its music director, is buying time in its search for a replacement by naming Charles Dutoit chief conductor and artistic adviser.
Charles Dutoit is to be Philadelphia's chief conductor and artistic adviser.
Mr. Dutoit was a natural choice. He made his debut with the Philadelphians in 1980 and has led the orchestra in its summer concerts at the Saratoga Performing Arts Center since 1990. He was also director of the orchestra’s concerts at the Mann Center for the Performing Arts in Philadelphia for a decade.

原文は以下。数日で見られなくなりますので、急いでください。なんかこういう引用、良いんでしょうかねぇ。怖いなぁ。
http://www.nytimes.com/2007/02/24/arts/music/24orch.html?_r=1&oref=slogin

まあ、いろいろご感想はあるでしょうね、日本の音楽ファンの皆様も。なんせシカゴがハイティンクとブーレーズ、それに続いてフィラデルフィアがデュトワ、NYは退任するマゼールが勝手にバレンボイムを指名して一悶着、ボストンはレヴァインが病気がち、という有様ですから。1980年代頃までの音楽雑誌なら、もう大騒ぎだったでしょう。北米メイジャーオーケストラが日本の音楽ファンに影響力が強いレコードビジネスから一斉撤収した今は、「へえ、だからなんじゃい」という感じでしょうけど。

それにしても、この「チーフ・コンダクター」ってのはなんじゃろね。都響の「常任指揮者」に就任直後、椿山荘の立派なホテルの一室で小生がデ・プリースト御大にインタビュー仕事をしたとき、オフレコになって「マエストロ、ぱーまねんと・こんだくたあ、ってなんですか」と尋ねたら、「俺も知らん、教えてくれ」と返されましたっけ。いやはや。

全く個人的な感想を述べれば、つなぎ人事ばかりで先送りされてるこのところの北米オケの人事を眺めていると、指揮者がどうこうよりも、指揮者の人選に決定権を有するボードの力が猛烈に落ちてるんじゃないかなぁ、と思える。アメリカの金持ちや都市の名士のあり方が、1990年代以降に構造的に変化してるのかなぁ、とか。

ま、なんだかしらんが、噂話に毛が生えたよーなえーかげんな話題でした。ホントはあたしもそんなに関心はありません。コメント欄で議論をふっかけてきても、なにも内部情報なんてもってませんよ。商売柄、フィラ管の広報の連絡先は判るし、数年前の広報チーフは知ってるけど、この電子壁新聞は商売じゃないんだから、フィラ管に連絡してどうのこうの、なんてことはしません!はい。あ、そうそう、フィラ管の広報現場の奴って、ボロメーオQのまいちゃんのオーブリン時代の同級生だったっけ。今頃、地獄のように大変だろうなぁ、新しい資料作りが終わったら、取材対応だろうし。

さて、2月は短い。わたくしめも地獄のように働きます。


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卒業写真 [弦楽四重奏]

たった今、パシフィカQが晴海を離れ、成田に向かいました。結果としてホンの10日間の滞在だったけど、広島と名古屋に一泊で演奏旅行に出た以外はずっと晴海埠頭とトリトンスクエアの間の宿に滞在し、第一生命ホールの練習場で練習し、大川向こうのあちこちに出張っていたのだから、文字通りの「アーティスト・イン・レジデンス」でした。

一昨年の初来日では、富山は高岡でミニレジデンシィをしている最中にシミンが急性盲腸になり、慌てて大川向こうの聖路加病院まで担ぎ込まれ、結局、明治学院大学でのカーター全曲が中止になった。そのリベンジに自腹で一番安い航空券捜し同年年末に来日、会場は晴海のアート提供NPOトリトン・アーツ・ネットワーク(TAN)が頭下げ第一生命ホールを貸して貰い、結果として日本では世界のどこよりも音響的に良い条件でカーター・サイクルが行われたわけでした。
「パシフィカが来るときはなんかあるぞ」というジンクスは今回もしっかり守られ、来日がシカゴの雪嵐で2日も延びたのは前述の通り。今日も、「おい、シカゴはまた雪だって」とザワザワしていたのだが、無事に午後7時半成田発シカゴ行きアメリカン航空は飛ぶようです。良かった良かった。

さても、月島と晴海島の間の運河沿いにも彼岸桜が咲き揃い、花の蜜を吸ったメジロたちが狂喜乱舞する如月末の午後は、パシフィカQの卒業の日でもありました。

パシフィカQは、世代的にはロータスQやクァルテット・エクセルシオなどとほぼ同じです。小生が初めて連中の名前を聞いたのは、確か、グァルネリQのチェリスト、ダヴィッド・ソイヤー氏のマンハッタンのアパートだったと思う。最近出て来たなかなか有望な連中、という中で挙げられていた。で、何年のことだったか、あのアルテミスQが東京Q以来数十年ぶりに優勝したミュンヘン国際コンクールでは、パシフィカQは参加者名簿に出ていたのだけど、キャンセルしていた(さっき本人らに確認したら、その通り、とのこと)。聴けなくて残念だったなぁ。そのときのアルテミスQについては、当壁新聞の過去記事に当時の記事引用があります。http://blog.so-net.ne.jp/yakupen/archive/20050811

始めて出会ったのは、2000年だかのメルボルン・コンクール。そのときはヴィオラがオーストラリア人で、地元メディアがやたらと注目していた。第2ヴァイオリンは、今はダイダロスQに座ってるキューヤンでした(やっぱりこの業界は半径30センチくらいのところで動いてる)。エクと一緒に2次予選までは行ったが、ファイナルまでは届かなかった。そういえば、あのときもメンデルスゾーン弾いてたなぁ。案外長期的にレパートリーを作ってるもんだ、うん。

で、現メンバーになり、2002年のパオロ・ボルチアーニ・コンクールに出てきた。ワールドカップ・コリア・ジャパンの真っ最中に行われたこの大会、後の語り種になるほどレベルが高く、ファイナルは年長のアウアーQを含め、パシフィカ、クス、どれが勝ってもまるっきり問題ない、という状況。優勝者コンサートをSQWで行うために現地に出張っていたTANのディレクターも、良い意味で頭を抱えてしまった。んで、結果発表待ちの暑い暑いオペラハウス前の階段で、「カーターを全曲やるんだ」など、とても信じられないことを宣ってるこの連中、よーし、結果がどうあれ晴海に連れて来ちゃうぞ、と決意していたそうです。結果、パシフィカが2位でクスが優勝。両団体ともSQWで紹介し、現在の若手最前線のレベルの高さに関係者をビックリさせたのは皆様ご存じの通り。

さても、そんなこんなで総計3回付き合ったパシフィカQとTANですが、次回の来日からは日本アーティストが彼らのマネージメントを行います。TANと喧嘩をして分かれる、というのではありません。

TANという団体には、NPOとしての定款があります。出資者はその趣旨に賛同し、お金(活動資金)を積んでるわけですね。興行収入で運営する営利企業ではありません。で、その定款の大きな柱は、「地域に音楽芸術を提供する」と「若い芸術家の支援をする」なんですね。SQWというシリーズは、このNPOのアーティスティックな根幹を支える部分ではあるけれど、NPOとしてあくまでもこの定款の中で活動することを理事会からも常に求められているわけです(つまり、SQWディレクターは常に理事会からの批判に晒され針のムシロ状態、シリーズに意義があるとお思いの室内楽ファンは、奥様やお友達を同行して、早急に集客を倍にしてやってください!)。
ですから、その演奏家がどんなに素晴らしく、どんなに将来性があろうと、いや、将来性があればあるほど、このNPOから巣立っていって貰わねばならない。
なんども繰り返しているけど、パシフィカQは「世界を狙う」団体です。そのためには、日本というマーケットもきちんと視野にいれねばならない。最初の数回、彼らの力を紹介する段階では、東京湾岸のローカルな文化提供NPOが彼らをハンドリングすることも出来るけれど、日本全国での興行としての展開は出来ない。今回の来日での所謂地方公演も、コミュニティベースの活動をしている地方公共主催者か、極めて質は高いがあくまでもローカルな地方室内楽愛好団体が演奏先で、普通の意味でフルプライスのギャラを取れる相手ではありません。NPO同士の連帯みたいなもんです。

勿論、そのような形での音楽のあり方を生涯求めていく演奏家たちもいます。というか、それが殆どです。良し悪しの問題ではない、パシフィカQは、そうではなく、簡単に言えば、メイジャーな道を選んでいるわけですね。そのために、彼らは猛烈に練習しているわけだし、いろいろなものを犠牲にしている。そうしてまでも、彼らは世界一の常設弦楽四重奏を目指そうとしている。

我々裏方は、彼らのそんな音楽家としての生涯を賭けた選択を尊重し、手伝わねばならない。

だから、彼らは、この晴海の場所から卒業していく。晴海のローカルNPOのスタッフも、サポーターも、聴衆も、そんな彼らを喜んで送り出してやらねばならない。寂しい、なんてことはない。だって、来年6月に予定される彼らの次回の来日を差配してくれるのは、マイスキーやゴールウェイや、ブーニンを扱ってるマネージャー。室内楽なら、長くバルトークQやボロディンQを手がけ、キュッヒルQを面倒見ている。梶本やジャパンアーツなどメイジャーな音楽事務所がイベント企画会社となり、腹を据えて長期的に若いクァルテットを育てるマネージメント会社ではなくなった今(梶本で実質単身アルテミスの面倒を見ていた熱血担当者が辞めてしまい、この団体のこの先の日本での展開戦略や来日予定がまるで判らぬ)、メイジャーな団体として関係を築くなら、最善の選択でしょう。ホントに喜ばしい限りです。ちなみに日本アーティストは、パヴェル・ハースQも面倒見てくれることになってます。こういう事務所。http://www.nipponartists.jp/main/main.htm

というわけで、みんなで卒業記念写真。晴海の地に長逗留するのも、これが最後だろうし。あ、アウトリーチ担当スタッフのSさん、下向て泣きそうな写真でゴメン。忙しかったので1枚しか撮ってない。

さあ、シカゴに戻ったら、来月はいよいよエリオット・カーターの録音が待ってるそうです。某レコード会社から、まずは1番と5番が出るそうな。詳細は、発表できるようになったら、この私設電子壁新聞でお伝えしましょう。

パシフィカQに幸あれ。TANのスタッフは湾岸の肥料となる。でも、君たちは、トップをねらえ!君たちならできる!そしてまたいつの日か、このNPOが存続し、君たちを育む栄誉を担えたシリーズがまだ奇跡的に続いているならば、東京湾岸の小学生やお爺ちゃんのところに帰っておいで。


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田村緑-アウトリーチの切り札 [演奏家]

去る2月16日の当私設電子壁新聞の記事http://blog.so-net.ne.jp/yakupen/archive/20070216で、ピアニスト田村緑さんに対し「アウトリーチ界の女ターミネーター」とオソロシイ形容詞句を書き連ねたら、やっぱり御本人から「私はターミネーターなですかっつ!」と叱られました。無論、人間の出来た方ですから、眼は笑ってましたけど。

さても、パシフィカQの大川河口近辺滞在も終わったとこで、あらためて緑さんをご紹介いたしましょ。確かに「ターミネーター」じゃあ怖いなぁ。じゃ、ちょっと表現のインパクトは弱いけど、「アウトリーチの最終兵器」…てのも穏当じゃない。やっぱり、「アウトリーチの切り札」にしましょうか。なんせ、日本で最も多く公立学校アウトリーチの場数を踏んでる地域創造チーフコーディネーターTプロデューサー曰く、「彼女は10年来、ホントに沢山やってきて、きちんと方法論にフィードバックしてるからねぇ」。公式プロフィルはこちら。http://www.jafra.or.jp/jinzai/netbank/artist/07tamura.html

というわけで、ご紹介します。日本語文化圏に於けるアウトリーチの切り札、ピアニストの田村緑さんです。パチパチパチパぃ~

いきなり妙な写真ですけど、皆様、緑さんが両手に持って子供らに紹介しているものがなんだかわかりますか?そう、ハンマーです。ピアノのハンマー。よくご覧になると、後ろのピアノの上には、鍵盤からハンマーに至るメカニズムの実物が置いてあるのがお判りかな。
なんと、緑さんは、まるでドラえもんのポケットのような秘密の「アウトリーチセット」をお持ちなのです。中身を写真で紹介したいけど、プロとしての企業秘密もあるでしょうから、それはなし。でも、小ぶりのゴロゴロ引きずるトランクの中にどんなものが詰まってるか、ちょっとだけ記すと…まずはこのハンマー。ご覧のように、高音用と低音用のまるで大きさが違うもののセット。それから、ピアノ線の実物、太いのから細い奴まで。それに、後ろにあるハンマー・メカニズム一式。はたまたオルゴール(何に使うか知りたければ、緑さんのアウトリーチに潜り込んでみてください)。紙(これまたなんに使うんでしょうねぇ)、果ては実物の胡桃割り人形まで。

これら武器(おっと、また不穏当な比喩を用いてしまった)を次々と繰り出し、子供たちに「ピアノとはどのような楽器で、どのように造られて、どのようにして音が生まれてくるのか」を巧みに説明なさる。英語は完璧で、通訳としても話の中身が全てきっちり判り、さらにアウトリーチの相手に応じた内容の見切りも上手。子供たちの扱いも、そんじょそこらの音楽の先生どころじゃない堂々たるもの。それでいて、「胡桃割り人形」の「行進曲」をピアノ一台で様々な楽器の色彩や響きのポリフォニーまで弾き分ける名人ぶり。

緑先生のアウトリーチのハイライトは、「ピアノの下に潜ってみようコーナー」でしょう。ほれ。

子供たちに響板の働きを実感させるため、何人かづつ、次々とピアノの下に入らせて、ガンガン弾きます。子供たちはもう大喜び、ええええとビックリ。さっきまで「へーんだ、ピアノなんてあたしだってひけるよー」なんて顔してた生意気なお嬢ちゃんが、いやいや潜り込まされ、出てきたあとは、顔が興奮で真っ赤になってるんだから。興味深げに後ろから覗いていたNPOトリトン・アーツ・ネットワーク理事長K氏なんて(大蔵省造幣局長まで務めたダンディで知的な紳士で、TANのアウトリーチは全て見学に来ているアート提供NPO理事長の鑑のような方)、ホントに潜りたそう。緑さんが「理事長もいかがですか」なんて冗談めかしていうと、「いや、ちょっと狭い」と残念そうに仰いました。

今回のシッビとのアウトリーチのプログラムも、パシフィカQの残り3人が初日の小学校に届かないと判った深夜に、TANディレクターが急遽連絡。よーがす、というプロの言葉とともに風邪気味の体調をおして夕方に晴海に登場。成田から到着したてのシッビとその場でプログラムを作り、持ってきたピアノとのデュオの楽譜から適当なものを選び、ホールの練習室にこもって練習。そのまま晴海の宿に宿泊、アウトリーチ当日には朝の8時過ぎには教室に向かっていました。いやはや、プロ中のプロであります。

このような緑さんの「アウトリーチの切り札」としてのお姿、残念ながら、普通の音楽ファンにはまず眼にすることは不可能なんですよねぇ。三鷹近辺はもう終わっちゃったと思うし(学校アウトリーチは、年度が終わる今頃から新年度が始まって落ち着く連休明けまでは、年間でも最も頻度が落ちる季節です)。ま、なにかの機会に、ご自身のお子様、親戚などがお通いになる学校に音楽のアウトリーチがあり、「たむらみどり」という名前を発見したら、保護者のふりしてでも潜り込んでご覧なさい。世の中にはスゴイ人がいるものだなぁ、と感嘆しますよ。これホント。


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第33回ゆふいん音楽祭速報! [ゆふいん音楽祭]

いくら暖冬とはいえ、世間では桜も鶯もまだだけど、夏恒例、ゆふいん音楽祭の最初の情報が到着しました。「未定」だらけながら、早く知りたい方のために、どこよりも早くお伝えしましょう。ほれ。

                           ※※※

第33回ゆふいん音楽祭 プログラムVer.1

◆7月26日(木)夜 前夜祭

◆7月26日(金)昼 ゆふいん西洋音楽探訪

◆7月27日(金)夜 小林道夫リサイタル(ゲスト:山崎伸子)
曲目:アレッサンドロ・ポリエッティ、ベネディット・マルチェルロ、バッハ

◆7月28日(土)昼 弦とピアノの午後 
出演予定:玉井菜採、川崎和憲、河野文昭、野田清隆
曲目未定

◆7月28日(土)夜 シューベルトの晩 
出演予定:クァルテット25、山崎伸子、寺谷千枝子、小林道夫
曲目予定:「死と乙女」、弦楽五重奏曲、「糸を紡ぐグレートヒェン」等

◆7月29日(日)昼 フィナーレ・コンサート
第1部:3台のチェロによる合奏、河野&小林ベートーヴェン・チェロソナタ全曲演奏最終回
第2部:ブラームス歌曲、サン=サーンス ピアノ四重奏曲作品41

                            ※※※

ゆふいんらしく、なかなか地味に派手な演目ですね。目玉はメゾソプラノの寺谷さんのカムバック。それに、プレアデスQの低音ユニット川崎&山崎の参加でしょう(上のおふたりは丁度宮崎なので、いつも無理なんですよねぇ)。さああ、夏に向けて、休み取ったり、旅費ためたり、笛の練習したり、ブースおったてたりして下さいっ!


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ゴールドベルク山根美代子追悼演奏会 [こしのくに音楽祭]

2月の半ば過ぎなのにまるで春のような陽気、永代橋西詰めの桜が一足どころではない早さでほころび始めた今日この頃、内陸はお堀端のルーテル市ヶ谷センターで、故ゴールドベルク山根美代子追悼演奏会が行われました。

人形町の日本橋小学校でパシフィカQのアウトリーチに立会い、トッパンホールに寄って今日中に必要だという書類を出し、夕暮れのお堀端は四谷へのダラダラ坂を中央線とチャリチャリ併走してると、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。ルーテル市ヶ谷センターに滑り込む頃には、立派な雨。
そういえば、山根先生のお葬式は、ずっと冷たい冷たい雨模様だったっけ。今日の雨よりも、もっとうんとつめたぁい雨たち。

ぼーっとしてても、春になる。ぼーっとしてても、歳を取る。そして、そのうち死んじまう。

人が溢れんばかりの会場には、古部夫妻や花崎夫人など東京でのゴールドベルクの子供達、山根先生のお弟子さんたち、それに富山の人々の顔も。ほんの数ヶ月前なのに、うんと昔みたい。それでもやっぱり、「今日ね、音楽祭の新しい委員長になってくれる某企業の社長に会ってきて…」と、死者を追悼する席でも先のことしか考えぬ裏方の性。故人よ、哀れな我らをお許しあれ。

舞台の上に大きな山根先生の写真が飾られる。「こしのくに音楽祭」初日の故人とニックのデュオをゴールドベルク翁が見守っていたのと、まるで同じ場所。飾られる花まで同じに見えてしまう。

山根三銃士、トリオ・アコードが登場。ハイドンのト長調、「幽霊」、メンデルスゾーンのニ短調を、「追悼」なんて湿っぽさの欠片もない熱演で披露したあと、ヴァイオリンの白井圭君が満員の聴衆に向かい「先生に3年間お世話になりました。今も練習していると先生から「ユニゾン!」と叱られる声が聞こえて(苦笑)…」、ハイドンの第2楽章を故人に捧げます、と演奏。そして、長い拍手に背中を向けるように、写真に向かって深くお辞儀をする若者たちであったとさ。

会場を出れば、雲が切れ、夜空が覗く。蒸気が上がり、外堀近辺はすっかり春の宵。

さて、この稿をもちまして、長らくお読みいただきましたカテゴリー「こしのくに音楽祭」は打ち止めとさせていただきます。今後はこの内容、「シモン・ゴールドベルク・メモリアル」なるカテゴリーとなります。引き続きよろしゅうお願いいたします。過去や追悼はオシマイ、いろいろ新しくしましょ。

で、早速、最新情報。山根三銃士のヴァイオリンとチェロが加わるクァルテット25が、今年7月下旬のゆふいん音楽祭への参加が決まりました。久しぶりの若手クァルテット枠です。さあ、夏に向けて、ホントの音楽をやってくれたまえ。


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(仮)シモン・ゴールドベルク記念音楽祭 [こしのくに音楽祭]

明日22日午後7時より、市ヶ谷のルーテル市ヶ谷センターで、故ゴールドベルク山根美代子氏追悼演奏会が開催されます。ゴールドベルクご夫妻が眠っておられる護国寺は地下鉄で3駅と至近ですので、お時間がおありの方は、演奏会前にお墓参りもなさってくださいませ。なお、山根先生は菊がお嫌いでした。その旨、よろしくお願いいたします。

演奏するのは、葬儀でモーツァルトのピアノ三重奏を演奏し、冷たい雨の中、故人の棺を担いだ若者たち、トリオ・アコードです。

なお、故人が音楽監督を務め、オープニングで最期の演奏を行い、親友であり亡きゴールドベルク氏と同郷のイダ・ヘンデル女史の演奏会が終了するまで病室から見守った「こしのくに音楽祭」は、昨年末に実行委員会を解散しました。関係各位の皆様のご努力ご協力のお陰で、幸いにも赤字は出すことなく終了したとのことです。

現在、ゴールドベルクの音楽的遺産を継承するという同音楽祭の当初の趣旨をより明瞭に全うすべく、「こしのくに音楽祭」を発展的に解消した「シモン・ゴールドベルク記念音楽祭」(仮称)が準備段階となっております。内容につきましては、桜が咲く頃にまたお伝えできると思いますので、暫くお待ち下さいませ。基本的には「こしのくに音楽祭」の魚津セミナーの継承、比較的地味な内容となる予定です。

明日22日、市ヶ谷での山根三銃士の演奏が、音楽祭の次の正しいステップに向けての第一歩となりますように。


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人形町でクァルテット [弦楽四重奏]

宣伝です。今、晴海地区に滞在し、中央区各地で演奏しているパシフィカQですが、明日水曜日、第一生命ホールで東京地区唯一のホールでの本公演があります。
ところが、明日はなんだか東京地区、あっちこっちでいっぱい演奏会があり、「21世紀前半の世界一のクァルテット候補筆頭のひとつ」と業界では認知されつつある団体なんだけど(なんせあなた、昨年4月号の「グラモフォン」弦楽四重奏特集で何の因果か表紙を飾っちゃったんだからね、ほれ、この記事をご覧あれhttp://blog.so-net.ne.jp/yakupen/archive/20060315)、聴けない、行けない、という声が上がっている。

で、お知らせ、というわけ。主催するNPOトリトン・アーツ・ネットワークは、中央区及び湾岸地域各地に「サテライト」と呼ばれる拠点を設け、そこでのアウトリーチやミニコンサートを行う体制を作ろうとしています。そんなひとつが、旧日本橋区の中心、人形町の日本橋小学校です。そこで、ホールでの公演の翌日の木曜日、2月22日午後4時から、パシフィカQのサテライト・ミニコンサートがあります。本公演の後、って、つまり、アウトリーチ活動は興行のための宣伝じゃない、ってことでんがな。

場所は、人形町通り、昼間の親子丼ばかりが異常に有名な「玉ひで」から一本裏に入った辺り。子供向けのアウトリーチコンサートをやったあと、午後4時から、一般向けの無料ミニコンサートをやります。会場はちゃんとしたホールで、数年前にダイダロスQが弾いたところ…っても、誰も知らんじゃろなぁ。←今、そこじゃない、と声が上がりました。小学校の中のランチルームで、80名ほどが入る場所だそうです。フォルテピアノの小倉貴久子さんがいつもアウトリーチに使っていて、ここは最高、と仰ってる空間だそうな。なかなか贅沢じゃな。

午後5時からです。まだ余裕があるとのこと、直接会場に行き、おいてあるこのチラシに名前書けば入れるそうです。ほれ。PDFを張ろうとしたけど、出来なかった。ついでに栄光のG誌表紙。

パシフィカQの音楽、ともかく演奏技術の減点法で行くと殆どマイナス要素がない優等生ぶり。そこから始まって、絶対音感どころかカーターで鍛えた絶対リズム感としか言いようのない完璧な時間のコントロールと、音色のコントロールが出来る、正に21世紀の団体です。クァルテットをやってるけど、先生から「君たちは表現が出来ない」などと罵詈雑言を言われているそこの貴方、弦楽四重奏であるべきソットヴォーチェがどんなものなのか知りたかったら、シミンが弾く「不協和音」第3楽章最後の部分を聴きに来たまえ。

というわけで、完全に宣伝でした。無料演奏会だから、まあ、お許しを。さて、慌ててサントリーに行き、若者たちのヤナーチェクと、グローベンがいなくなっちゃってとっても寂しいツェトマイアーQを聴かねば。おお、この時間にチャリチャリ銀座を突破してて間に合うかぁあ。

追記:おまけ。東京湾岸、というか東京都中央区でのミニ・レジデンシィを終えたパシフィカQは、金曜日に名古屋に向かいます。名古屋には「ルンデの鈴木さん」という室内楽関係者とすれば文化勲章ものの主催者の方がいらしたのですが、昨年ご隠居なさりました。鈴木さんが個人で運営なさっていた日本一の室内楽協会のひとつ、「ルンデの会」の会員の皆さんが、自分らの力で継承しようと、過去にルンデに出演して強い印象を与えた団体を招聘してくださってるんですね。で、「パシフィカQを聴く会」というところが主催し、土曜日に公演があります(6月には「パイツォQを聴く会」も開催されそうで、主催者側の方は「ニールセン全曲でもええわ」とスゴイことを仰ってるそうです!)。中部関西圏の方は是非どうぞ。こちらのページから。http://www.pippo-jp.com/classic/index.html
あ、満席だああああ。
なお、パシフィカの連中は、金曜に名古屋に着くと、その足で幼稚園にアウトリーチに行くそうな。なんと、ルンデの鈴木さんのお孫さんが通っている幼稚園だそうで、おじーちゃんが孫にパシフィカを聴かせたいので、とのこと。偉いぞ、凄いぞ、鈴木じーちゃん!

追記の追記:せっかくだから、日曜日の横浜の日程も記しておきます。山手の小さな会場。地元NPOの主催です。http://www.seed-of-arts.org/home/index.htmlうううん、結局、「不協和音」は有料公演ではやらないのかな。


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白熊を征服する男たち [現代音楽]

自分の無知さに呆れる話です。

水曜木曜と、NHK交響楽団でアシュケナージが作品を披露する作曲家シグルビョルンソン氏は、現在晴海に滞在中、午前中には明石小学校に行ってきて、明日は旧GHQに昼間にロビコン、水曜日は晴海の本番で、木曜日は日本橋小学校で無料のサテライトコンサート、とお忙しいパシフィカQの第2ヴァイオリン奏者、シッビ・バーンハートソン氏の、伯父さんだか叔父さんだか、ともかく親戚筋であります。

「木曜の晩はフリーだよね。うん、アンクルがトウキョウにいて、アシュケナージが彼の曲をやるんで、会いに行くんだ」っていきなり言われたときは、ちょっとビックリ。

さて、まあオジサンも2通りあるわけで、母方の親戚なのかなぁ、と思ったら、なんとなんと、そんな単純な話ではない。説明を聞いて、へえええええ世の中は広いなぁ、あたくしめの常識では通用しないことはいっぱいあるものじゃ、とビックリしたですよ。

シッビも、勿論オジサンも、ついでにアシュケナージも、みんなアイスランド人です。人口20数万人、「なんか国中知り合いみたいなもの」とシッビは冗談でいうけど、たかだか中央区の倍程度、調布市くらいの人間しかいない国家なんですわ。実際、シッビはビョーク知ってるそうですし。
そう、アイスランドって、軍備を廃止しちゃってるんだっけ、NATOに委託して。つまり、この世に「アイスランド軍」というのはない。おお、それどころか、今、調べたら、昨年の秋に米軍基地を撤退させちゃってるそうな。つまり、丸腰です。でも、PKOはちゃんとやってます!これって、憲法第九条どころじゃあない。そんな国がこの世界にはあるんだよ、「平和ボケ」を罵倒するのがお好きな現実主義者の皆様、はたまたゴーマニズムまんせー世代の若者よ!それこそ「教科書では教えない」でしょうけどね。いやぁ、世の中広い。

で、そっちの話じゃあない。ええと、なんとなんと、アイスランド人には「姓」がないそうなんです。じゃあ「バーンハートソン」ってのは何かというと、「バーンハートの息子」ということ。姓がないと外国に行ったときに困るから、そういう風になってる。だから、お父さんと息子の「姓」に見える部分が一致しないことになるわけですわ。
ちなみに、アイスランドの電話帳というのはみんな名前で上がっていて、日本語にすれば「イチロー・パン屋」とか「イチロー・左官屋」とか「イチロー・漁師」とか、そんな風に表記してあるそうです。

へえええええええええええええええ…でしょ。

ま、そんなの知ってるよ、という方も世界にはいっぱいいるでしょーが、小生にはもう驚嘆でした。というか、以前、ある有名作曲家のプロフィルを書く原稿があって、どうしてこの人は父親と姓が違うんだろう、と不思議に思ったことがあった。その疑問がやっと解けた。いやぁ、生きているといろいろなことを学ぶことよ。ホントに。

なお、シッビの名前の方も、実は「シッビ」じゃなくて、何を隠そう「シグルビョルン」なんだそうです。長いので、みんな省略して呼んでいるとのこと。なんと、オジサンの「姓」の部分から「~の息子」を抜いたのと同じじゃあないの。つまり、シッビはお爺ちゃんと同じ名前、ということなんだな。
ちなみに、「シグルビョルン」とは、「シロクマを征服する男」だそうです!へええええええええええええええええええええ…!

全然「現代音楽」ネタじゃあないね。


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日本の公共文化施設に芸術監督は何人いるか [音楽業界]

旧暦大晦日前に代々木で開催された文化庁・公文協主催の公共文化ホール問題セミナー、なんのかんので一昨年暮れから引っ張ってる指定管理者問題のまとめの議論のメモを当電子壁新聞にまんま貼り付けたところ、あちこちの方から反応がありました。
指定管理については当然のことながら、意外だったのは、芸術監督制度についての反応や質問です。特に、この数日そこかしこで出会う音楽ファン、「マニア」と呼ばれるほどの知識と見識の持ち主の方々が、「日本に芸術監督ってそれっかいないんですか」とビックリしている。

もうちょっときちんと事実確認しますと、「芸術監督を制度としてきちんと有している公共文化施設は、日本には1ダースとちょっとくらいしかない」ということです。セミナー会場で司会の大和滋氏が会場の出席者に「ここにいらっしゃる公共団体やホールの方で、芸術監督制度を導入予定のところはありますか」と質問したら、70名ほどのセミナー参加者から上がった手は2本だけでした。

音楽ファンの皆さんは、音楽雑誌やら、演奏会チラシの裏の演奏家経歴紹介文などで、「●●芸術監督」とか「××オペラ音楽監督」とか、やたらめったらそんな肩書きが並んでるのを見るでしょうから、そんなポスト世界中にゴロゴロしてると思って当然です。
でも、少なくとも日本国では、その多くは民間団体やら任意団体やらのもの。公的なものではない。「芸術監督」がどんな存在なのか、法律でどう定まっているわけでもない。(「社長とはなにか」って、法律できちんと定義されてるんだろうなぁ。ご存じの方、無知な小生に教えてください。)

さても、いろいろ説明するのも面倒なので、去る水曜午後の『地域に芸術団体レジデント、フランチャイズは何をもたらすか』なるセミナーで配られた「公共文化施設と芸術団体」なる資料をそのまま引き写します。文化庁系のセミナーで配布された資料ですから、文化庁が把握している現状はこういうものだ、ということです。なお、セミナーの速記メモをまんま貼り付けようかとも思ったんだけど、なんせパネリストらがその場で語ってるデータが全て正確か小生には確認し切れません。そんなことしてる暇はありません。妙な誤解を広めるのもコワイので、貼り付けるのはやめます。以下がデータ。表記はママです。(追記:何人かの方から、「字が間違ってますよ」というご指摘をいただきました。そうなんです、間違ってるんですよ。それを承知で、敢えて「文化庁がほぼ公式な場で発表した刷り物に出している表記をまんま出しました。つまり、「ああ、野平さんという人を知らぬままに出してるのだなぁ」ということを判って貰うためです。その程度、ということ。)

                             ※

〈レジデント〉
りゅーとぴあ:Noise(芸術監督 金森穣)
石川県立音楽堂:オーケストラ・アンサンブル金沢

〈フランチャイズ〉
ミューザ川崎:東京交響楽団
杉並公会堂:日本フィルハーモニー
すみだトリフォニーホール:新日本フィル
ティアラこうとう:東京シティフィル、東京シティバレエ

〈芸術監督〉
富士見市文化会館きらり☆ふじみ:生田萬
兵庫県立芸術文化センター:佐渡裕
新国立劇場:牧阿佐美(バレエ)、栗山民也(演劇)、T.ノヴォラツスキー(オペラ)
世田谷パブリックシアター:野村萬斎
静岡音楽堂AOI:野平平一郎
びわ湖ホール:若杉弘
埼玉県文化芸術振興財団:蜷川幸雄
静岡県舞台芸術センター:鈴木忠志
神奈川県芸術文化財団:一柳慧
水戸芸術館:松本小四郎
まつもと市民芸術館:串田和美
青森県立美術館:長谷川考治

                             ※

さて、いかがでしょうか。ちょっと意外でしょ。公立文化施設や公立芸術団体の芸術監督として日本国文化庁が把握している人材は、これしかいない。別府のアルゲリッチも、松本の小澤征爾も、はたまたゆふいんの道夫先生は言うに及ばず、どれも公共文化施設の監督ではないんですね。
せっかくだから、「キラリ☆ふじみ」の新芸術監督選出を巡って、公式ホームページに報告がありますので、貼り付けておきましょ。ほれ。http://www.city.fujimi.saitama.jp/culture/singeikan.html

なお、自治体が芸術監督を条例で定めているのは更に少なく、東京都世田谷区など幾つかの例くらい。びわ湖ホールなどは、「ホールの芸術監督」として認知されているものの、あくまでも財団の定款にあるだけで、実態は業務委託だそうです。蛇足ながら、フランチャイズを結んでいるところは、文書で「何年契約」と銘記した関係は皆無だそうな。

ところで、芸術監督制度と並ぶもうひとつの公共文化施設の指導者のあり方に、「プロデューサー制」があります。芸術監督との最大の違いは、芸術監督は芸術家が基本ですが(例外もあるけど)、プロデューサーは芸術家ではなく裏方のプロであること。どちらが良いのか、これまた議論がいろいろあります。芸術家を監督に置いちゃうと、なにか責任問題が起きたときの扱いが微妙で難しくなります(役所の立場からすれば、メディアや市民はまず芸術家の側に立ちますから、非常にやりにくい)。だから、公的な団体はあまり芸術家を判断のトップに据える芸術監督制度はやりたがらない傾向にあるみたいですね。最近では横浜某所や、ちょっと前はあの秋吉台の大騒ぎが思い出されるなぁ。
ヨーロッパ(及び旧ヨーロッパ植民地で旧宗主国の社会システムが残ってる地域)の予算規模の大きな公共芸術団体では、総合プロデューサー(アドミニストレーター、インテンダント)の下に芸術監督がいる、というあり方も珍しくない(Kannoさんがコメントでご指摘下さったドイツ語文化圏オペラ劇場の例などは、こちらですね)。ちなみに、アメリカ合衆国には日本の「公共文化施設」に直接対応するものは殆ど存在しません。スミソニアンだって財団ですからねぇ。国会図書館の室内楽シリーズくらいかしら。

この辺りの実態は、音楽ファンや芸術愛好家ばかりではなく、文化行政を議論する識者や、文化担当の現場の記者も余りよく判ってないのが実情です。それぞれの方が経験したり実地で携わった文化圏の常識をそのまま持ち込んで議論している例が殆どです。
ですから、少なくとも日本語のメディアで展開される「芸術監督」やら「音楽監督」に関する議論は、「これを言ってる人は、ドイツのことやアメリカのことは判っているようだが、ちゃんと日本のシステムの実態を把握しているのだろうか」と疑ってかかった方が良いですよ(ちゃんと判ってる方は、見渡したところ、ホンの数人でしょう)。あたしも自分や嫁さん、知人が直接関わっているところ以外、ぜーんぜん実態は判ってません。
ま、議論を依頼された人も、テレビでご活躍の北朝鮮評論家(公式な情報公開のない北朝鮮の内実をちゃんと判ってる奴なんて、世界にひとりしかいないはず)なんぞとどっこいどっこいの知識でアタフタしながら場を取り繕ってる、と思うべきでしょうねぇ。これ、皮肉じゃありません。事実です。


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