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再録「町民会館を借り切った大利根のサンタ」 [音楽業界]

まだ本作業には未着手ながら税金週間に突入、電子壁新聞などやっておれぬ。で、旧稿再録である。とはいえ、一応時事ネタがらみ。

去る土曜日、ミューザ川崎でウィハンQの演奏会がありました。いらっしゃった方も多いでしょうね。比較的期間は短い今回のこのチェコの楽人の来日、彼らなりに非常に明快なビジネスモデルに則っている。要は、「日本各地で地元演奏家とピアノ五重奏やらをすることで演奏会をつくり、ウィハンQはバックバンドに徹し、クァルテット自前の曲はそれぞれの演奏会で1曲くらい」というもの。ま、特殊職能団体として遙か極東の島国への短期出稼ぎ、ということです。

川崎の演奏会は、そんな中で、ウィハンQをメインとした唯一の演奏会でした。どうしてこんな演奏会が出来たかといえば、理由は簡単。ウィハンQを愛するホール事業課長のK氏が、彼らの実力でこんな演奏会ばかりではいかん、と義憤にかられ、自分のとこでちゃんとしたコンサートをやらせる決意をしたから。地方公共ホールで「演奏会を決める」権限を有する方が、適切な判断をした、ということです。「クァルテットは客が入らないんですけど、しょうがないでしょう」と苦笑なさってましたけど。関東圏の室内楽ファン諸氏よ、K事業部長に敬礼っ!

なお、この12月にアーロンQを川崎がやるのも、ヴィーンでこの団体を聴いて気に入ったK課長の決断に拠るとのこと。氏曰く、「うちでは某AQみたいな賞味期限切れはもうやりません!」。おお、立派な発言だっ、再び敬礼っっっつ!

さても、K氏の痛快な発言を聞いて、ひとりの社長さんのことを思い出しました。以下、㈱ぎょうせい発行の小学校管理職向け月刊専門雑誌『悠』に「エリアが奏でるハーモニー」という題で連載していたエッセイの2006年5月号原稿まんまです。雑誌リニューアルで去る3月号で廃刊になり、連載もオシマイになりました。担当編集者S氏からの承諾を得て、旧稿再録します。どうしてここで挙げるかは、お読みになればお判りの筈。ちょっと季節はずれですけどね。ではどうぞ。

                           ※※※※

             《すてきなメロディ-エリアが奏でるハーモニー-第2回》
町民会館を借り切った大利根のサンタ~埼玉県北葛飾郡栗橋町総合文化会館イリスホール/シベリウス「親愛なる声」/テンペラ弦楽四重奏団演奏会

 音楽ジャーナリストがコンクールに出向くのは、結果を知るためではない。数多くの新しい才能にまとめて出会うのが目的だ。だが、コンクールには年齢制限がある。弦楽四重奏の場合、結成から10年ほどでコンクール時代は終わる。そこからは「期待の新人」ではなく、若いプロとして生き方を模索するとき。結果として、コンクールの舞台を去り、若手から中堅に向かう頃になると、その音楽家に接する機会は激減する。
 だから、北関東は栗橋でテンペラ弦楽四重奏団の演奏会があると知り、出掛けねばと思った。90年代末にコンクールの舞台で何度か出会った北欧の娘さんたち。青春時代を終えた胸突き八丁でどう成長しているか。昨年暮れ、クリスマス前のことである。
 とはいえ、この演奏会、ちょっと妙だ。映画会、地域住民演奏会、菅原洋一、爆笑ライブと、総計12のイベントが並ぶ栗橋町文化会館平成17年度自主文化事業に、純粋なクラシックは2本。数は問うまい。不思議なのは、音楽公演ではこのテンペラQ演奏会だけが無料なこと。どこの自治体も税収不足で四苦八苦の昨今、他の公共ホール公演は有料なのに、栗橋町の太っ腹ぶりはなんなのか。
 整理券は配布当日に無くなった客席に、ホールのご厚意で潜ませていただく。栗橋は東京のベッドタウンにはちょっと遠い埼玉と茨城の県境。東武線とJR宇都宮線の連絡駅へと両線が接近する鉄路の三角地帯に、町文化会館がある。副館長も務める教育委員会生涯学習課長K氏、豪快に笑い「そりゃ無料なんて普通じゃないですよ。この演奏会、隣の大利根町にある某企業の丸抱えなんです。」
 曰く、小規模ながら自動車部品メーカーとして国際的評価の高い地元企業の代表取締役I氏が、出張先のヴィーンで偶然テンペラQを聴き一目惚れ。東京の音楽事務所が招聘し来日したもの、知名度は皆無とあって地方公演は難しい。でも自分の会社の従業員に聴かせたい。じゃあいっそ、費用は全部出し、隣町の会館に近隣住民を無料招待してしまおう。とはいえ広報や人集めは大変だ。「そこで会館の主催事業にして、私らもお手伝いすることにしたわけですな。要するに、地域密着企業メセナです。(K氏)」
 ハイテク工場の社長が、気に入った音楽を社員や周辺住民に聴かせたいと、自腹で町営ホールを借り切る。こんな地元公立文化施設の使い方、筆者は前例を知らない。

 開演前、満員の聴衆の前に登場したI社長は、意外にも、ダンディな紳士だった。ちょっとはにかみ加減で、自分が大好きな音楽家を皆さんにも聴いて欲しいと挨拶、そそくさとステージを去る。続いて喝采の中に登場した4人のフィンランド女性(もう娘じゃあなかった)が紡ぐ音楽が、祖国の大作曲家シベリウスが遺した傑作「親愛なる声」だった。
 第3楽章冒頭、ヴァイオリンの呟きにチェロが応え、密やかな対話が交わされる。正直、会場に座る人々の全員がシベリウスやフィンランドの若き才能を聴きたくて無料チケットを欲したとは思えぬ。付き合いも多かろう。でも、目を伏せそっと本音を漏らすような弦の歌い交わしは、驚くほど素直に客席に伝わった。木枯らしの北関東に流れる、親密な声。
 社長さんが皆に触れて貰いたかったのは、こんな音楽のあり方なのかしら。そうだったなら、とっても洒落た大利根のダンディ・サンタに、心からのメリークリスマス。
                                   (月刊『悠』2006年5月号初出再録)


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